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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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キャリバー編
  第216話 ヨツンへイムの異常と金髪の美女

 
前書き
~一言~

 な、なんとか! なんとか!! 出すことが出来ました、1話分!
 そして……後ちょっとで、目標としていた1話辺りの平均文字数が……涙  っと、自己満足はここまでにしておきます!
 ただのクエストだったのに、まさかな事態となっちゃうのがこのキャリバー偏ですが、これって 間に合わず、実際に起こっちゃったら、大ヒンシュクなんじゃないでしょうか……。リズベットさんのお店も壊れちゃいますし、ゲームとは言え、仮想世界だったら、特に…… 苦笑

 っと、とりあえず、それは置いといて 最後に、この小説を読んでくださってありがとうございます!
 これからも頑張りますっ!!



 じーくw 

 



 そこはマップ上にも表示されないようなアルン裏通りの細い路地。
 左に、そして右に、覚えていなければ決してたどり着けない様な入り組んだ路地を進み、最終的には、民家の庭に到達する。

 そこにある扉がヨツンヘイムへの入口だ。

 以前までは、大型の土中モンスターに飲み込まれ、その先がヨツンヘイムだった。と言う偶然から見つける事が出来たのだが、そのモンスターは指定された地域にしか生息しておらず、辿り着くまでにかなりの時間が要する。

 つまり、一般的に挑戦をしようとすれば、辿り着くまでが一苦労なのであるが、キリト達のパーティは少し勝手が違うのだ。以前、トンキーと名付けた邪神を救った事で、この秘密の場所へ、地上へ続く道へと案内してくれて、いつの間にかその通路の扉の鍵もアイテムストレージに収納されていたのだ。

 フラグを立てた事で、可能になった近道、なのだが……。

「うわぁ……、いったい何段あるの、これ」

 ここに初めて来る者は皆が口を揃えている事だろう。
 リズもその1人である。それには勿論理由はある。直径2m程のトンネルの床に作られた下り階段は壁の小さなランプが放つ青白い燐光に照らされ、解像度の限界まで延々と続いていたのだ。螺旋階段故に、先が何処まであるのかが想像出来ない事も拍車をかけていた。

「んーっと、アインクラッドの迷宮区タワーまるまる一個分はあったかなー」
「確かそうだったよね。でも ちょっぴり、こっちの方が長く感じるけど」

 先頭に立って階段を下り始めているアスナとレイナが答えると、リズだけでなく、シリカ、そして クラインが同時に《うへぇ》という顔になった。

「まぁ、空を飛んで移動可能なこの世界だ。たまには、エリアの移動もこう言う趣向も良いだろう?」

 別に苦労をしている様な素振りをみせず、悠々と進んでいくのはリュウキだ。

 元々、仮想世界故に 走りっぱなしで現実の身体が《疲れてしまう》、なんて事はない。ただ、体力のメーターは存在するから、MAX速度は落ちてしまうのは仕方がないが、その部分は、精神的に来るのだ。限りなく現実に近い情報量を有する世界故に、目の前にただ只管続く階段に嫌気がしてしまい、心労も多少出てくるのだ。

「どれだけ、健脚なのよ……」

 シノンは、少しばかり呆れた口調でそう言っていた。まだ先の見えない階段なのに、そんな言葉が出てくるから仕方が無い。

「あはは。リュウキくんは、昔っから、本当に色んな所に行ってるもんね? トータル走行距離を考えたら、ぜーったい、No.1だよね? うんうん」

 少し振り向きながら言うレイナ。
 前をみて走らないと危ない、と感じるのは現実であっても仮想世界であっても同じ事だ。

 それを見たリュウキは、走る速度を少しあげると。

「ほら、レイナ。余所見しながら走ると危ないぞ?」
「もー、大丈夫だよーっ、って、わっ」

 踏み込んだ脚が上がりきらずに躓きそうになった。この場所は階段だから更に危ない。HPが減る程ではないが、それでも恐怖心というモノもある。

「ふぅ」

 リュウキは更に脚に力を入れると、一足飛び足でレイナに追いついて支えた。

「大丈夫か? ……たく、言わんこっちゃ無い」
「あ、あぅ……/// ご、ごめんなさい……」

いたたまれなくなって、レイナは顔を赤くさせていた。
 ベタな事を……、とも思えてしまった様だ。それをみて、アスナはにこやかに笑った。2人のこう言うやり取りは もう定常であり、それをはやし立てるのが、リズやら……である。

「こーんなとこまでイチャコラしてるなんてねぇ~? それに、きんちょーかんがちょっぴり足りないんじゃないの~? レイ??」
「ぅぅ……、ご、ごめんなさい……」
「あ、あははは……、大丈夫ですよ。そう言うのも、可愛いですっ」
「し、シリカちゃんの方が可愛いもん……。わ、私、ドジっ娘みたいに思われちゃうの……、ちょっと複雑だよ……」

 レイナは間違いなく、普段はしっかりとしている。
 それはアスナの補佐をしていたSAO時代から はっきりとしている事だ。だけど、時折こういった面が。……可愛らしい面が顔を出す。だからこそ 愛らしいと思ってしまうのだ。それは、アイドルとして見られていたシリカも強く思っていた。

 そして、笑顔に包まれた場だったが、まだ ヨツンヘイムには着かない。

「ふぇぇ……、ほんっと、長過ぎるでしょ」

 二度目の愚痴を言っていたのは当然リズベットだ。
 まだ、と表現をしたが……その実、1分も経っていない。

「あのなぁ。別にオレは走る事が健康的~ と言うつもりは無いが、通常ルートで ヨツンヘイムに行こうと思ったら、まず アルンから東西南北に何kmも離れた階段ダンジョンまで移動して 守護ボスを倒すか、これまたアルンから何kmも離れた地、《ロイゾ》にまで行って、そこに生息してる大型土中モンスターに、ばくんっ! と食べられて到着するか。2つに1つ、だぞ? 1パーティだったら、最速でも2時間は強制的にかかるだろう。が、此処を降りたら5分だ。通行料とって、リズベット武具店よりも儲けを叩きだす商売を始めるね。オレだったら」
「へぇぇぇ 面白いジャン! ウチの武具店と張り合おうって言うの? しょーぶする??」

 楽しそうに言いあっているところを見ると、走るのは全然問題なさそうだった。
 にこやかに聞いていた時、リーファが一言。

「あのねぇ、お兄ちゃん。ここを降りても出口でトンキーが来てくれないと、ヨツンヘイムの中央大空洞に落っこちて、死ぬ以外に無いんだよ?」
「あ……」
「ほぉ~~、なら いつ頃からする? 《格安ヨツンツアー VS リズベット武具店》。あ、私 アルンの高級レストランを予約したげるから、それを賭けない?? あそこのデザートが絶品でさぁ~?」
「じょ、じょ~~だんだって。た、ただ オレが言いたいのは、そう言う訳だから、文句を言わずに一段一段感謝の心を込めながら、降りるんだ~諸君っ! と言いたかっただけで」

 強欲を、そして 完全な負けレースを無かった事にしようとしているキリト。
 そんな中で、隣を走っていたシノンは、ため息交じりに答えた。

「別にあんたが造った訳じゃないでしょ」
「ははは……確かに」

 全くをもってご最もだ。シノンの前を走っているリュウキも思わず笑っていた。

 キリトはというと、相変わらずのクール極まるツッコミを入れてくれた事に感謝するとした。完全に無かった方向へとシフトする事が出来そうだからだ。だからこそ、感謝の心を抱くべき、と自分の中で結論をつけたところで。

「ご指摘、ありがとう」

 と、礼を言うと同時に、握手の代わりに目の前で揺れている水色のシッポの先をぎゅっと握ってやった。

「フギャアっ!!」

 シノンの口から出た言葉……、違う悲鳴とは思えない様な悲鳴と共に、山猫弓兵(アーチャー)は、飛び上がった。
 丁度、目の前にリュウキがいて、殆ど間隔をあけていなかったから、思わずに前のめりになり、背中に抱きつく形で倒れこむ。

「っ!」
「きゃ、きゃあっ!!」

 今度は、猫らしからぬ悲鳴だが、それでも可愛らしい悲鳴を上げて、前にいたリュウキを押倒して倒れてしまったシノン。
 背中からだったおかげで、咄嗟にリュウキは 両手を器用に操ると無防備に階段と激突したり、何処かの漫画の様に、ごろごろごろ~ と転がり落ちていくのを阻止出来た。

「っ……と、大丈夫か? シノン」

 背中にしっかりと抱きしめられている為、シノンの顔は見えない。だから、声を掛けるしかなかったのだが……、シノンの返答は無かった。

 今、公衆の面前で キリトのせいとは言え、リュウキの背中に抱きついて、押倒してしまった構図になっているのだ。その事をそのクールな頭は分析して……。

「っ~~~~~///////!!!!」

 言葉にならない悲鳴を、口の中、いや 喉から出す前に、何とか飲み込む事が出来た後に。

「わ、(わり)ぃ、まさか そこまでなるとは……」

 図らずしも、リュウキを巻き込んでしまった形にしたキリトが、頭を掻きながら、謝罪をして、手を伸ばすが、シノンはその手を取らずに、飛び起きると。

「こ、このっ!! このっっっ!!」

 顔を真っ赤にさせながら、キリトの顔を両手で引っ掻こうと振り回した。
 確かに悪いと思っているキリトだが、あの山猫の引っかき攻撃はそれなりに痛そうだと判断してひょいひょい、と回避。リュウキが倒れてしまった事で、皆も足を止めていた。その間に、器用に引っかき攻撃を避けながら、リュウキを引っ張り起こす。

「巻き込んじゃったな?」
「ったく、『巻き込んじゃったな?』 じゃ無いって……、やれやれ」

 両足をぱんぱん、と叩くと リュウキもため息を吐いた。結局最後まで引っかき攻撃を当てられなかったシノンは。

「アンタ! 次やったら、鼻の穴に火矢ブッコムからね! りゅ、リュウキも手伝んなさいっ!! あのバカのテッペンに、あのでっかい石、落としてっっ!!」
「……まぁ、オレも被害にあった訳だし、うん、判った。考えとくよ」
「ぃぃ!!?」

 まさかのリュウキの参戦に、思わず背筋が伸びてしまうキリト。自分で蒔いた種とは言え、ちょっとシッポ掴んだだけで、その仕打ちはあまりにもヒドイ。後にも先にも、あの隕石と対面したのは、もう大分前になるが その恐怖は今でも鮮明に覚えているのだから。

「ま、まてまて! ちょっとまてーーっ」
「ほら、今はさっさと降りよう。話はまた後だ」
「……そうね」

 シノンとリュウキはさっさと下へと走っていった。
 それに、苦笑いをしながら続くのは、他のメンバー達。リズベットは 最初こそは キリトとの《おいしい対決》を言及してやろうとしていたのだが、もうそれよりも面白そうな光景が見られるとでも思ったのか、軽くキリトの肩を叩くと2人に続いた。
 リーファもアスナもユイもレイナもシリカも、いや 或いはピナも同じ気持ちだったのだろうか、殆ど同期した様に、やれやれ、と首を振って先へと進んでいったのだ。


――あのー、今回のリーダーって、一応、オレ……なんだけど……。


 ぽつん、と残されたキリトは、そんな今さらな事を考えながらも、深く 誰よりも深くため息を吐いて、重い脚を懸命に動かすと、階段の石を蹴った。

 このクエストが終われば、あの《厄災》と立ち会わなければならないのか? 逃げようとした所に、麻痺矢でも射抜かれ、動けなくさせられた所に、盛大な《厄災》が……。

 その未来を大体予見したらしく、唯一 残ってくれていた? クラインが声をかける。

「ま、恐れを知ら無さ過ぎたな?」

 確かにご最もな御指摘である。
 
 だが、思い返してもらいたい。リュウキが倒れたのは あくまで偶然だ。シノンがリュウキに限りなく近く、傍によっていたからのドミノ倒しであり、そこまで意図した訳ではない。GGOの世界のトップソルジャー2人を相手に、イノチ知らずな事をする筈もないし。と、キリトがブツブツとつぶやいていた所で。

「パパ、見えてきましたよ?」

 先に行っていた筈のユイが、ひゅんひゅん、と呼びに戻ってきてくれた。


――……あの広大なヨツンへイムを見れば……、多少は忘れられるかなぁ。


 と、希望的観測を頭の中に浮かべながら、態々引き返してまで伝えに来てくれた愛すべき娘のユイにキリトは、軽く返事を返すと、進む速度をあげるのだった。



 そして、キリトの言う通りに、5分足らず程度で、パーティーはアルヴヘイムの地殻を貫く螺旋階段トンネルを走破し、行く手には仄白い光が見えてきた。それと同時に仮想世界の空気が一段と冷たさを増した。顔の周囲を氷の結晶がキラキラと舞い始める。

「わっ……わぁぁぁ………」
「すごい……」

 ヨツンへイムそのものを初めて見るのはシリカとシノンの2人の猫だ。あまりの銀世界に口を揃えて声を上げている。小竜のピナに至っても、シリカの頭の上でぱたぱた、と翼を盛んに動かしていた。

「さささ、さみぃぃぃ………」

 そんな情景を楽しんでいた所に、水を差してくるのはクラインの一言。
 確かに、ここは非常に寒い。分厚い氷と雪に覆われた美しくも残酷な常世の世界だ。だけど、初見であれば その鮮やかな白銀の世界に目を奪われてしまうのも仕方のない事であり、邪魔しないで、と正直シノンは勿論、シリカも思ってしまっていた。

 《白銀》

 それが、良い色(・・・)だと言う事は、この2人はよく知っているから。

 そんな中、キリトは先程の1件をすっかりと忘れて見入っていたシノンを見て、少し安心した後、直ぐ様、あの空中ダンジョン。世界樹の巨大な木の根っこ――アルヴヘイムに屹立する世界樹の根に抱え込まれる様にして、薄蒼い氷塊が、天蓋から鋭く突き出している。 《逆ピラミッド型》の空中ダンジョン。その最深部に、あの剣(・・・)がある。
 
 キリトは暫く目を離す事ができず、それに気づいたリュウキも 軽く含み笑いをしていた。

「よしっ」

 アスナは、ぐっと拳に力を入れると同時に、右手を翳して滑らかにスペルワードを唱えた。すると、全員の体を一瞬薄青い光りが包み込み、視界左上のHPゲージの下に小さなアイコンが点灯した。
 それを確認出来たと同時に、まるで上等のダウンジャケットを着込んだかの様に、肌寒さが遠ざかる。

「うん。凍結耐性の支援魔法(バフ)を掛けたよ」
「あ、私もしておくね? 直ぐに戦いが始まっても良い様に」

 アスナの支援魔法(バフ)の恩恵を受けた後は、我らが麗しき、歌姫(レイナ)の恩恵だ。奏でる歌は 聴く者全てを魅了するかの様。両手を広げて、この寒さで澄み切った空に、歌声が響き渡ったかと思えば、左上のHPゲージの上に、アイコンが現れる。《剣と盾》を象ったアイコンであり、そのスキルの名は《戦いの歌(バトル・カンタービレ)》。その効果は戦闘中に限り、ステータスがほぼ全て上昇すると言う極めて優秀なスキルだ。
 
 レイナは習得した後も、熟練値を上げて、効果もより大きく、長くなるまでに鍛えている。

『それは、本人の歌声が綺麗だからだよ』と何人かは、レイナの事を褒めて褒めて、かなり顔を真っ赤にさせてしまった、と言う可愛らしい事もあったが、それは良い思い出の1つだ。

 今回は、目の前の大型イベントに皆が集中しているのか、レイナの事をからかったりする者はおらず、ただただ、あの空中ダンジョン、もしくは、このヨツンへイムの世界を眺めていた。

 そこに、一歩前に踏み出したリーファは、右手の指を口元につけて 高く口笛を鳴らせた。
 その数秒後、風の音に混じって、――くおぉぉぉぉ………ん、 と言う様な啼き声が遠くから届いてきた。リーファに呼ばれた事が嬉しいのだろうか、その啼き声の主は直ぐに皆が見える範囲に現れる。『象水母』と表現したのは完璧だ、と思える姿、長く伸びる鼻と身体の下に伸びる無数のツタ上の触手が印象的な《邪神・トンキー》である。

「トンキーさ―――――んっ!」

 アスナの肩から、精一杯声で呼びかけるユイ。すると、その呼びかけにも答える様に、もう一度、くおぉぉぉ……ん、と最初よりは短いが、啼いて返事を返してくれた。そして 更に力強く翼を羽ばたかせると、螺旋を描いて急上昇して、この場所の高さにまで到達した。

 あまりの迫力。邪神クラスのモンスターをこうも間近で、無防備に見る様な事は滅多に無い為、初対面の数人は後ずさってしまう。

「へーきへーき。あいつ、ああ見えて草食だから」

 確かに象も草食動物だし、水母は種類にもよるが、周知されているのは、主にプランクトンを食すると言う事だ。キリトは その見た目からトンキーの食生活を決めつけた様だが。

「でも、こないだ地上から持ってったお魚あげたら、一口でぺろりと食べたよ」

 トンキーを愛してやまないシルフの女剣士は笑顔でそう答えていた。

「……ヨツンへイム(ここ)で 狩りをしてた時に、上げればよかったな。水棲タイプのヤツも何匹か仕留めたし」
「うんうんっ リュウキ君も、トンキーの可愛らしさが判ったんだねっ?」

 リュウキの呟きを訊いたリーファは 笑顔で同意を求める。……ここに本人(トンキー)がいるのに、本人(トンキー)を前に正直な感想を述べるのも忍びなく思えたリュウキは、軽く微笑を上げるだけだった。

「ちょ、ちょっとーっ なに? その笑い方っ! トンキーは可愛いもんっ! 間違いないもんっ」

 何かが気に入らない笑い方だったらしく、両拳を振り上げて、熱弁するリーファ。それに答える様に、また くおぉぉぉん、と啼くトンキー。……ここまで懐かれたら、確かに可愛らしいと思ってしまうだろうか。

「あ、あははは……」
「うんー、笑うしかないねー」
「はははっ、しっかしまぁ、ほんとでっかいわねー」
「……ふぅ。なんだか、警戒しちゃったのが馬鹿らしくなってきたわ」
「ですよね? 良い? ピナ。トンキーは大丈夫だよー」
「きゅるるっ」

 そのやり取りを笑って見ていたのは5人と1匹だった。


 大体、全員が慣れたであろう、と思えるのだが、クラインだけはまだ引きつっており、僅かずつではあるが、後ずさるのだが……、この場所はあまり下がりきるだけのスペースは無い。

 すると、トンキーはプレイヤーの感情の機微を読み取る事が出来る、識別する事が出来る高性能AIが搭載されているのだろうか、長い鼻を伸ばして、ふさふさと毛の生えた先っぽで、クラインの逆だった髪をわしっ、と撫でた。

「うびょるほっ!?」

 何とも形容しにくい妙な声を出す方な使いの背中を、キリトは容赦なく押した。

「ほれ、背中に乗れっつってるよ」
「そ……、そうは言ってもよぉ、オレ アメ車と空飛ぶ象水母には乗るな、っつうのが爺ちゃんの遺言でよぉ……?」
「ん? 前にエギルのトコで、爺ちゃんの手作りを振舞ってくれなかったか?」
「うぐっ……」
「はい。リュウキの記憶力は 半端ないから。動くコンピュータだから。間違いなーし。ってなわけで、いけって。干し柿、すげぇうまかったから、また下さい!」

 そう言いながら、容赦なくクラインの後退る身体をひと押し。クラインはおっかなびっくりと、乗り込んで、平らな背中に移動した。

「はぁ、別に普通だろ……。人を変人奇人みたいに言わないでくれ」
「ははは。ま、しょーがないだろ? 実際、記憶力やばいんだから」

 全然同意出来ないリュウキだったが、一先ず言い返す事はなかった。

 次に、相変わらずの度胸を携えているシノンと、動物好きの対象にトンキーも含める事にしたらしい。リズベットも『よっこらしょ!』と、普段気をつけてるのに、乙女らしからぬ掛け声で続いた。
 初めてではない アスナ、レイナはぴょーんっ! と飛び移る。

「……宜しく頼む。トンキー」

 ある程度乗り込むのを見届けた後、トンキーの鼻の付け根をひと撫でして、乗り込むリュウキ。

「人数いっぱいで重たいかもしれないが、頼むよ、トンキー」

 キリトも同じ様に、鼻の付け根辺りをがりがりと掻いてやると、リュウキに続いて、この全長10mある邪神級モンスター、トンキーの背中に飛び乗った。


 これで、全員が間違いなく揃った。

「よぉーーしっ、トンキー、ダンジョンの入口までお願いっ!」

 リーファが叫ぶと同時に、長い鼻を持ち上げてもう一啼きし、トンキーはその巨大な身体に備わっている8枚の翼を前からゆっくりと羽ばたかせた。


 この飛行型邪神のトンキーに乗せてもらったのは、もう何度目になるだろうか。単なる遊び、このヨツンへイムの探索、そして ただの遊び。キリトはこれまでに口には出していないのだが、乗る度に思う所があった。

「オレ、思うんだけど……」
「――ここから落ちたらどうなるか。 か?」
「うおっ! よく判ったな?」
「……キリトは、アインクラッドの外周部から 走って昇ってたからな。そこから、連想させた」

 リュウキはそう答えて、軽く笑った。確かに明確だ。10m程からダメージは発生して、30mを超えるとほぼ確実に死亡する。ゆえにこんな所から落ちればどうなるか、それは判る。ただ、気になるのは、トンキーが助けてくれたりするかもしれない、と言う事だ。あの無数な触手で捕まえてくれる。とかありえそうだが、試したりは流石にしない。

「あー、確かに気になるっちゃ 気になるわね」

 リズも同じ様な事を考えていたのだろう。2人の会話を聞いて、即座に食いついてきたから。

 皆似たような危惧を抱いている様だ。比較的トンキーの身体の中心部分に寄り添っており、成るべく下を見ないようにしていた。

 この中で、気持ちよさそうしているのは、トンキーの一番前に座っているリーファ、そして 彼女の頭上に移動したユイ、そして シリカにしっかりと抱かれているピナだけだった。

 そして、アスナとレイナはと言うと、リズの隣で座っていて、やや緊張気味だ。そこまで得意、というわけではなさそうだ。……が、ホラー系に比べたら断然マシな様子だったが。

「気になるのだったらさ、実験してみたらいいんじゃない? キリト君とリュウキ君の2人で!」
「あははっ! そーだね。アインクラッドを無理矢理登れるか、検討したんだからさっ? これも 試してみてよー」

 何やら、2人がそう言ってくるが、快く引き受ける様な事は流石にしない。確かに疑問と言えばそうだが、追求する意味があまりないから。

「検討したのは、キリトだ。オレは見てただけ」
「あ……、確かにそうだったな。……すっげー、呆れた顔されたの覚えてる」
「……誰でもそうだと思うんだが?」
 
 苦笑いを続ける面々。
 そして、やがてキリトがシノンとシリカの方を向いた。

「あ。だけど高い所からだったら、ネコ科動物の方が向いてるんじゃないかな」

 まさかの提案。その途端に、ちょうどネコ科動物を指定している2人が、真顔でぶんぶんぶん、と首を振っていた。その腕に抱かれているピナも、強く抱かれていて、ちょっと苦しいのか。――きゅるぅ…… と小さく悲鳴をあげていた。


 そんなやり取りをしている間にも、トンキーは、無数の翼を順番にゆっくり羽ばたかせ、空中を滑るように進んでいく。向かう先は、氷の空中ダンジョン上部側面に設けられた入口だ。だから、このまま安全運転で――と、思った矢先。

 いきなり、トンキーは全ての翼を鋭角に畳んだかと思うと、急激なダイヴへと突入。

「うわぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 男の太い絶叫、女性陣の高い悲鳴が空中に木霊する。

 まさかの絶叫系飛行に突入した事に驚いたが、男性陣の中で()は違った。

 大陸横断レースを開催した時、リーファやらキリトやらと、F1レース宜しくの速度で空を飛び続けたと言う経験が活きている様だ。
 そう、リュウキである。
 レースと言えば、キリトも同じだった筈だが……と疑問を浮かべていた。……最初に驚きこそはしたが、絶叫したりはせず、直ぐに冷静になり、自分の横で悲鳴を上げているレイナの肩に手を置いた。凄まじい風圧で、飛ばされそうになったのだが、自分自身の筋力(STR)であれば、片手でも十分にこらえる事が出来るから。
 それで、レイナは安心出来る。リュウキが支えてくれたら。手を、掴んでくれたら…………なーんて 事がある訳もなく、レイナは只管悲鳴をあげていて、にこりと笑うリュウキだった。

 もしも、女性陣達が大絶叫せず、その光景を見ていたとすれば……、レイナを思い切りからかったり、他の2人、キリトとクラインの事を 情けない、とため息をしたりするだろう。……特に、キリトは リュウキと同じで何度も、他者から見れば、大絶叫とも呼べる飛行レースに参加していた筈なのだから。

 女性陣、とは言っても、リーファだけは話は別だったりする。

「ぃやっほ―――――ぅっ!」

 と盛大に、このトンキーによる天然のモノ、《空中ジェットコースター》を心ゆくまで楽しんでいるのだった。







 トンキーによる大絶叫・ジェットコースターのサプライズもいよいよ終盤に差し掛かる。
 急激なダイヴによるGが掛かり、多少落ち着きを取り戻したとしても、本能的にしがみつく手を離したりは出来ないし、これまた 超冷静に 力の加減を考えて、最小限度の行動で落ち着く、なんて真似を出来るヤツはそうそういないだろう。例外(・・)はいたとしても。

 丁度、初めてトンキーと出会った場所、巨大な大穴《ボイド》の南の縁あたりに差し掛かった所で、今度は急ブレーキをふむトンキー。その減速によるGが体にのしかかると、先程まで、飛ばされそうだったのに、今度はトンキーの身体に貼り付けにされてしまった。

 どうやら、あのジェットコースターも本当に終わりだったらしい。

 緩やかな水平巡航に入ったのを確認すると、下界の様子を探るべく、皆が身体を起こそうとした。中でも、トンキーの身体の一番前にいたリーファが真っ先に、下の異常に気が付く。

「…………あっ……!? お、お兄ちゃん、あれ見てっっ!」

 何かに気づいたリーファは、殆ど悲鳴のような声を振り絞りながら、叫んだ。
 その言葉に言われるがまま、8人は一斉にリーファが指した方向を凝視。

 そこで行われているモノを確認したと同時に、全て理解した。


――何故、トンキーが突然急降下したのか、無茶苦茶とも言える飛行を行ったのかを。


 眼下では、眩いフラッシュ・エフェクトが立て続けに幾つも炸裂している。そして、凄まじい重低音のサウンドが、遠く離れた上空にも聞こえてくる。それは、何度も見たことがある。……それは、《大規模魔法攻撃》によるものだ。

 それを見たトンキーは、くるるぅぅーーん、と悲しげに啼いていた。
 その理由も、トンキーがどうして急いで飛行したのか、その理由と同じだろう。

 眼下で、大規模魔法による一斉砲撃を受けているのは、長い触手の上に饅頭型の身体を乗せて、更にはまるで象のような長い鼻と大きな耳を備えた水母と象が合体したかの様な、大型モンスター、明らかにトンキーと同種族である事は疑いようがない。
 このトンキーと違う点は、翼をもちえない、と言う事。……トンキーは、人型邪神を倒した事で、発生した《羽化イベント》のかいもあって、翼を手にしたのだ。……だが、今餌食になっている。

 トンキーを助けた自分たちからすれば、心情的には、納得できないモノであるが アレがスタンダードな《邪神狩りパーティー》であり、《邪神攻略法》でもあるのだ。30人程のレイドを組み、防御を堅牢にしつつも、圧倒的火力も備え、短時間で強大な敵を仕留めるには最適であるだろう。
 が、今回のそれは訳が違う。最も驚愕させたのは、トンキーの、象水母を攻撃しているのは、プレイヤーだけではない、と言う事実だ。

 キリトやリーファ、そしてリュウキと共に、トンキーと協力して 倒したあの人型の邪神であり、トンキーをいじめている、とリーファが感じた邪神。云わば悪者だ。その腕が4本あり、顔に至っては縦に3つも並んでいる。肌の色は鋼鉄のように青白い。トンキーの柔らかい白色とは全く違う印象がある邪神。
 その邪神は、象水母の身体を無造作に何度も何度も叩きつける。それに続くようにプレイヤーたちも、雨霰のように魔法を打ち放っていた。

「あれは……、どうなってるの? あの人型邪神を、誰かがテイムしてるの?」

 アスナが喘ぐ様に囁いた途端、シリカが激しく首を振った。

「そんな、有りえません! 邪神級モンスターのテイム成功率は、最大スキル値に専用装備でフルブーストしても、0%です!」
「……だよね。あんなのをテイム出来る様になったら、あっと言う間に アルヴヘイムは 猫妖精族(ケットシー)達の天下になっちゃう感じがするもん」 

 その巨大な姿、そして 一撃与える攻撃力の高さは、あのダメージエフェクトの大きさ、そしてサウンドの大きさで大体判る。こちらが何十発攻撃を与えても、一発でチャラにしてしまう様な理不尽さを感じるのは十分すぎる程だった。

「ンじゃ、あれ……、つまり なんつぅか……《便乗》してるって訳か? 四つ腕巨人が象クラゲを攻撃してる所に乗っかかって、追い打ちを掛けるみてぇな……」
「でも、そんな都合よく、増悪値(ヘイト)を管理できるものかしら?」
「……無理だ。例え、あいつ(・・・)であったとしても。邪神に限らず、モンスター達はアルゴリズムで動く。……とは言え、敵認識に限っては 傍にまで近づいたら殆ど認識はランダムに近い。プレイヤー人数が少なくて、あのクラゲの影に隠れながら……だったら、出来ない事はないが、あのレイドだ。それも期待出来ない。何より、あの攻撃魔法を撃っている時点で、無理だ。プレイヤー側に切り替えてもおかしくない」

 クラインの言葉に、シノンが冷静なコメントを出して、それを完全に否定するリュウキ。
 そう、幾ら攻撃を違う相手に直撃させていたとしても、所謂《横取り》と判断して、攻撃を切り替えたりもするのだ。そして、助けたつもりであっても、体制を整え直したら、《邪魔するな》と言わんばかりに助けた側からも、攻撃をもらう事も非常に多く、情に訴える事が出来るのは、トンキーの時の様な例外、イベント以外は有り得ないのだ。

 様々な検討をしていた時、とうとう、象水母が地響きと共に、横倒しとなり、あの邪神の一撃を受けて、粉砕された。

「ひゅるるるるるぅぅぅぅ…………」

 悲しげだとも言える断末魔の悲鳴と共に、膨大なポリゴン片を振りまいて、その身体を四散させた。

 トンキーは、あの仲間を助けたかったのか、或いは最後だけでも見届けたかったのだろうか、ただただ、悲しげに啼いていた。

 その悲しみの悲鳴を間近で訊いたリーファは、肩を震わせ、そのリーファの頭に乗っていたユイも深く俯かせた。

 かける言葉が見つからない中で、再び驚愕な事態が起こる。

 次に、あの人型邪神VSレイド・パーティとなるだろうと予想していたのだが、それを裏切り、象水母を倒した事で、互いに健闘をたたえるかの様に、其々がガッツポーズをして、そのまま連れ立って、新たなターゲットを探しに移動を始めたのだ。

「……大分見えてきたな。今回の件」
「え? それってどういう……」

 その《有り得ない》と思っていた事態を目にして、確信が行った様にリュウキは呟き、その意味を問おうとしたレイナ。だが、再び起こるヨツンへイムの惨劇を目の当たりにして、遮られた。

「あ、あっちも! あっちも同じ様な事が起こってる!」

 指を指した先には、あの別の人型邪神がプレイヤー達と協力して、再び象水母を攻撃しているのだ。……此処からでは目視が難しいが、よくよく観察してみれば、至る所で、かの様なサウンドやエフェクトが見えており、この周辺一帯で、大規模な攻撃、プレイヤーと邪神による攻撃が続いている様だった。

「こ、こりゃいったい……」

 唖然としているクライン、そしてその隣で同じく見ていたリズも口をゆっくりと開いた。

「もしかして、さっきアスナやレイが言っていたスローター系のクエスト……ってこと?」

 皆が揃って息を飲んだ。暫くして、レイナが口を開く。

「だったら……、リュウキ君の言っていた通り、なのかもしれないね。スローターの対象が、あの人型じゃなくって……、トンキーの、トンキーの仲間の方、だもん」
 

 そう、ここに来る前にリュウキが言っていた推測。

 エクスキャリバーを護っているのは、あのダンジョンで大量に生息している邪神は、まさにトンキーの仲間達を殲滅しているあの邪神なのだ。となれば、『あの邪神と共に、象水母達を殲滅すれば、《エクスキャリバー》が手に入る』と言う話自体がおかしくなる。

「……見えてきた、ってリュウキはさっき呟いたけど、つまり、報酬がエクスキャリバーって言うのがおかしい。ダミーかもしれない、ってこと、か?」

 キリトの言葉にリュウキは頷いた。

「……ああ。だが、あのダンジョンで目にしたエクスキャリバーが本物(・・)なのなら、な」

 リュウキはもう一つの可能性の追求だって忘れていない。
 あのダンジョンに確認された黄金に光る剣がエクスキャリバーだと言うのは、その形状を見たからなのだ。手に取って調べた訳でもない。キリトは以前、不正ではあるが、管理者コードを利用して、実際に手にとったことがあるから、あれが見た目本物である事は判っているが、もしかしたら、幻覚の類を張っているのかもしれないし、近づけば『残~念~でした♪』と言わんばかりに、消滅する可能性だって、否定は出来ない。邪神テイム成功率0%と違って。

 だからこそ一概に、どちらが正解なのかは判らないのだ。

 ただ、ここに集った皆は、リーファを筆頭に、トンキーの味方であり、且つ今 運んでくれているトンキーのこと、悲しそうに啼いているトンキーを見て、心情的には前者が正解であってほしいとは願うが。


「……だけど、多分、そろそろ判るんじゃないか?」


 暗い表情をしていた皆だったが、リュウキの言葉で顔を上げた。
 リュウキは、軽く笑うと頭上のあのダンジョンを見上げた。すると、あのダンジョンが見える方に奇妙な光が現れたのだ。光の粒たちが音もなく漂い始めた。

「っ……」

 反射的に、レイナはリュウキの裾をぎゅっと握った。
 そして、他のメンバーたちも警戒心を強めた。

 次第に、光が形を成し、ひとつの人影を作り出した。ローブふうの長い衣装、足元まで流れる波打つ金髪、優がかる超然とかる美貌。それは女性ものも。

 だけど、クラインの口から、いや キリトも同じだ。出てきた言葉は、到底美女に投げかけるのには相応しくないものだった。

「「でっ………けえ!」」

 それは無理ない、と言えるだろう。誰も非難を上げたりしない。
 何故なら、目の前に現れた美女は、その身の丈が、どう少なめに見積もっても自分たちの身体の倍以上、少なくとも3m以上はあったのだから。


「よくぞ……、我が気配に気づきました。……流石は、神なる剣を持つ勇者(・・・・・・・・・)

 キリト達の言葉に気分を害した様子もなかったが、それを訊いたリュウキは、軽く苦笑いをしていた。『バレてしまったな……』と、相手がNPCであるのにも関わらず、呟いてしまった。



「私は、《湖の女王》ウルズ」


 
 此処からが本当の始まり。

 ただの、伝説級武器(レジェンダリー・ウェポン)《聖剣エクスキャリバー》獲得する為の冒険だったが……。



 この世界(・・・・)の命運を賭けた戦いとなるのだった。




 
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