変わるきっかけ
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1部分:第一章
第一章
変わるきっかけ
「駄目です」
新井今日子はいつもの厳しい顔で彼に告げた。
「そんなことは許せません」
「ちょっと位いいじゃないですか」
「なあ」
彼のクラスメイト達も彼の言葉に応える。その彼神宮忠直は軽い調子で今日子に話していた。
「これ位は」
「校則は校則です」
しかし今日子はこう言って彼の言葉を退ける。
「どうしてもというのなら校則を変えなさい。いいですね」
「そんなのできたら困らないよな」
「なあ」
また忠直とクラスメイトは顔を見合わせて言い合う。彼等にとってみればそうなのだが今日子にとってはそれは全然違うことなのであった。
「話はこれで終わりです」
彼女は話を一方的に打ち切った。
「そういうことで。それでは」
「えっ、待ってくれない先生」
「まだ話すことは」
「私には話すことはありません」
こう言うと踵を返す。そうしてそのまま立ち去る。忠直とクラスメイトの若田部健三は困った顔でお互いの顔を見合わせて廊下で言い合うのだった。
「ねえと思わねえか?」
「俺も同じこと言おうと思っていたんだけれどよ」
健三はそう忠直に言葉を返す。黒髪を丸坊主に近い位に短く刈ったいささか険しい顔の少年だ。少し小柄で何か勿体ぶった物腰が面白い。
「その通りだよ」
「そうだよな」
忠直も黒髪だがこちらは長髪だ。それを後ろで束ねている。顔は少し細長く精悍な顔をしている。それだけ見れば男前と言ってもいいが何故か口調が軽いのがアンバランスだった。健三が制服をしっかりと着ているのに対して彼はその詰襟のボタンを上の二つ外し襟をめくってみせている。
「何でああなんだか」
「あの先生はいつものことだけれどな」
「それを言ったらお仕舞だろ」
忠直はそう健三に突っ込み返す。
「奇麗なのにな。何で性格はあんなにきついんかね」
「外見にあった性格だけれどな」
今日子は学校では美人として通っている。よく手入れされた黒髪を後ろで束ねて下ろし切れ長のきつい目にうっすらとアイシャドーをしている。肌は白く目鼻立ちが通っている。小さめの唇に見事な紅のルージュをいつもしている。長身でモデル並のプロポーションをいつも黒いタイトのミニと黒のストッキング、白いブラウスに黒ベスト、ネクタイといった格好だ。服装も実によく似合っていた。
「俺はそう思うけれどな」
「だからそれを言ったら話にならねえだろ」
忠直はまた健三に突っ込みを入れ返す。
「とにかくだ。困ったよな」
「そうだな。折角皆で楽しくやろうとしていたのにな」
「屋上でのクラス会な」
いささか高校生のやるものにしては幼稚と言えるものだったが忠直は気にはしていなかった。
「いいと思うだろ?皆で派手に」
「ああ」
健三も彼の言葉に頷く。
「体育祭の後でな。打ち上げでな」
「それしようと思っていたのにな。何であの先生はそれを認めてくれないんだか」
「だから校則だろ」
健三はさっき今日子に言われたことをそのまま忠直に言ってきた。
「それのせいで駄目だって今言われたじゃないか」
「校長先生の許可はもらったぜ」
こっちは上手くいった。今の校長先生はかなり鷹揚な性格で彼等の申し出を笑顔で受け入れたのである。他には担任の先生の許可ももらった。ところがここで副担任の許可も必要だったのだ。その副担任が他ならぬ今日子であったというわけなのだ。
「それでも校則が駄目か」
「どうするんだ、それで」
健三はあらためて忠直に問うてきた。
「諦めてどっかでやるか?教室なら大丈夫だろ」
「いや」
だが彼はその言葉に首を振る。
「屋上だ。屋上っていったら屋上なんだよ」
彼もかなり我儘であった。
「そこでしないと駄目だろ。青空の下で楽しくやらないとな」
「御前も随分こだわるんだな」
「男はこだわりの生き物なんだぜ」
彼は居直ったように言ってきた。
「それを忘れたら男じゃない。そう言うだろ」
「そんな話は聞いたことがないがな」
健三は少し冷静に言葉を返した。
「時には妥協も必要だって言われることがあってもな」
「男は妥協なんかしねえ」
それでも忠直は引かない。引くことを知らない。それはさながら闘牛場の牛のようであった。いつも最後はマタドールに倒されてステーキにされる牛であった。
「何があってもな」
「そうか。それはわかった」
健三もそれには根負けして頷くのだった。
「しかし神宮よ」
「何だよ、今度は」
「御前カードとか弱いだろ」
不意にこう問うてきたのだった。
「実際のところ。それはどうだ?」
「あまり勝った記憶はないな」
そして自分でもそれを認める。
「特に最近は。何でそんな話するんだ?」
「いや、何となくわかったからな」
今の話でである。
「そうだろうな、やっぱり」
「何でそこで納得するんだよ」
「御前のその性格からだよ」
健三はこう言葉を返す。
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