ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの死闘を 04
しつこいくらい繰り返すけど、僕の能力構成はスピード特化型だ。
防御に関しては殆ど切り捨ててあるし、攻撃に関しても数値的な火力は低い。 それでも雪丸の特性をフルに活かせば火力不足は補えるので、ボス攻略の際は両手装備の両手斧系統を除く長物武器使いとしては異例のアタッカー。 回避に回避を重ねてひたすら攻撃を加え、敵をジワジワと削り殺すのが僕の趣味……もとい、戦闘スタイルだ。
もちろんこのスタイルには弱点がいくつもある。
まずひとつ、ブレス攻撃などの回避が困難な攻撃への対応が難しいこと。
防御を切り捨てている僕が武器防御スキルを習得して、あまつさえ結構な熟練度になるまで鍛えている理由がこれだ。 ブレス攻撃の直撃を喰らえば一瞬でHP全損だってありうるので、それに対する警戒と対策は怠っていない。
次に挙げられるのは、単独戦闘での火力不足だろう。
先の言い分と若干の矛盾があるように聞こえるだろうけど、それは真実かつ切実な問題だ。
確かに雪丸のような長物武器は先端に重心を置いているため、遠心力を利用して火力の底上げができる。 けれどそれは一長一短の技術で、遠心力を加えようとすれば当然、攻撃は大振りになるし単調にもなるのだ。 防御を切り捨てている僕にとって、大振りの攻撃は敵に隙を見せてしまう諸刃の剣であり、味方がいるのなら別にしても、基本的にトドメを刺す時以外ではその技術も使えない。
他にも色々と欠点はあるけど、要するに何が言いたいのかと言うと……。
「あー、結構ピンチかも……」
グリームアイズが僕の天敵であると言うことだ。
雪丸は確かに長い。 その長大なリーチは攻略組でも随一だろうし、モンスターでも僕を越えるリーチを持つ敵は人型に限って言えばあまりいない。 実際、この前のクエストで戦った龍人形態の龍皇は、自分の間合いに持ち込むことなく僕に殺された。
だけど、グリームアイズの間合いは、その巨大な大剣と逞しい腕を入れてしまえば僕の間合いよりも遥かに広い。 それはつまり、間合いの優位に立てないことを意味している。
そして何より厄介なのがブレス攻撃で、プレモーションが長いから回避も妨害も容易いけど、回避に専念すれば軍の一団を目敏くターゲットにするし、妨害に動けばグリームアイズの間合いに入らざるを得ない。 加えて、ブレス攻撃を発動させると硬直が解け次第、あの範囲攻撃を使ってくるのでそちらは絶対に阻止しなくてはならないのだ。
幸いなことに状態異常付与の範囲攻撃の回避はできているけど、それはあくまで僕が落ち着いているからであって、未だに麻痺している軍の一団に回避の術はなく、しかもどうやら防御不可のいやらしすぎる攻撃なので、発動されれば軍の一団に麻痺の重ねがけと言う最悪に近い状況になりそうなのだから、やっぱり阻止が市場命題となる。
雪丸で斬ろうとすれば大剣で削られ、距離を取ればブレス攻撃からの防御不可状態異常付与範囲攻撃(長すぎる)のコンボが待っている。 あまり逃げ続けていると軍の一団を守れないので、状況は限りなく逼迫していた。
「こうなるとアマリのパワーが羨ましいよっと」
言いつつグリームアイズに肉薄して跳び上がり、その鼻っ面を仄かな赤いライトエフェクトを纏った左手でぶん殴る。
近距離専用に鍛えておいた体術スキル、『閃打』は左腕に装備したガントレットで威力を底上げしているはずなのに、グリームアイズのHPを数ドット削るだけで精一杯だ。 そもそも攻撃力の低い体術スキルの中でも初歩の初歩である閃打なので仕方がないとは言え、この非力さはいっそ笑えてくる。
もっとも、ダメージは殆どないものの、どうやらそこは弱点らしい(弱点を攻撃してるのにダメージが数ドットって……)ので、狙い違わずブレス攻撃はキャンセルできた。
飛び退きつつチラリと視線を送ると、軍の一団の避難は大体終わっていて、壁際まで運ばれていない連中もグリームアイズからは十分以上の距離を置いている。
(うん。 これでなんとかなりそーーっ)
瞬間、僕は己の失策を悟る。
ブレス攻撃をキャンセルすると、グリームアイズには約3秒間の硬直が課せられていた。 その隙に腰のポーションで体力を回復したり、現状の確認をしたりと、今までは逼迫しながらも余裕はあった。
だから僕は、油断してしまったのだ。
いつの間にやら硬直から解放されたグリームアイズが、僕に向かって必殺の威力を孕む大剣を振るう。
どうして? なんで? そんな疑問を置き去りにして、僕はその大剣と僕の身体との間に雪丸を滑り込ませた。
直後、今までのSAO生活でもそう感じたことのない、酷く急激な加速度で僕の小柄な身体は宙を舞っていた。
元々小柄な僕。 金属装備は左腕のガントレットのみ。 超が付くほど軽い雪丸。 頼りない筋力値。
グリームアイズの攻撃を正面から凌げるわけがない、と言う僕の弱点を露呈させた。
「うぐ……」
それでもどうにか転倒を防ぎつつ着地した僕は、その最悪の状況に絶句してしまう。
「き、貴様……」
掠れた声は、僕の真後ろにいるコーバッツのものだろう。 他にも数人の声が聞こえる状況下で、グリームアイズがグッと上体を反らし、キラリと眼が光った。
何度目になるかもわからないほど多用されたブレス攻撃のプレモーションにはなかった現象に眉を顰めつつ、僕は雪丸を回し始める。
アマリたちは遠い位置にいるし、コーバッツたちは動けない。 僕は回避が可能だけど、それをすると間違いなく後ろにいるうちの誰かが死んでしまうだろう。
そこまで状況を整理した僕に、回避の選択肢はなかった。
雪丸を回転させるスピニングシールドの発動とブレス攻撃の発動がほぼ同時。
青白い光に照らされた視界の中で、僕は自分のHPバーがガリガリと削れていくさまを見た。 ポーションで8割ほどまで回復していたはずのHPが凄まじい速さで喰われていく。
「何故、何故避けなかった……? 貴様であれば、回避は容易かったはずだ」
「あなたたちが後ろにいるのに避けられるわけないでしょ?」
「なっ……我々は貴様の敵だと言うのに、それでも我々のために……」
「それは違うよ。 あなたたちのためじゃない」
既に危険域へと突入したHPバーから意識を離し、僕は言う。
「嫌なんだ。 誰かが死ぬのが。 僕はもう、誰かが死ぬのを見たくない。 もう、あんな思いはたくさんだ。 だから……」
ギリッと歯を食い縛り、そんなことをしてもシステム的に無駄なことを片隅で考えながら、それでも現状に反発して僕は叫ぶ。
「僕は誰も死なせない!」
そんな咆哮と同時にブレス攻撃が止む。
僅か数ドットだけ残したHPを見ながらも僕は駆け出していた。
今までのパターン通りであれば、これからあの範囲攻撃が使用される。 それを阻止するために雪丸を後ろに流したまま走り、そしてソードスキルを発動させる。
雪丸が鮮血色の光を纏う。 使うソードスキルは『血桜』。
グリームアイズには大したダメージを与えられないだろう。 それでも、あの範囲攻撃を止めることは可能だ。
後方に流していた刃先が床を掠めながらグリームアイズへと向かう。 咆哮を上げて晒け出された首元へと、振り上げの一閃。
次いで訪れる硬直が解けた瞬間には、腰から抜いたポーションを飲み下すのと飛び退くのとを同時に実行していた。
「キリト!」
「わかってる!」
僕の声に一瞬の間も置かず、左右それぞれに剣を装備したキリトが僕とグリームアイズとの間に割って入った。
頼もしい兄の背中を見つつ更に後退した僕の視界に、泣きそうな顔のアマリが映る。
心配しながらも駆け寄って来なかったのは、僕の指示を遂行するためではなく、僕を信じてくれていたからだろう。 どれだけ危機的状況であろうとも、僕が必ず生きて帰ると、そう信じてくれているからだろう。
そんな愛する妻に笑顔を返してから、僕はメニューウインドウを開いた。
雪丸の耐久値は限界に近い。 その証拠に全体がひび割れ、刃は所々が欠けている。 使い物にならない相棒に心の中で礼を言い、ストレージから取り出したのは予備の薙刀……ではない。
現れたのは二振りの剣。
穢れなき純白の片手用直剣、『エスペーラス』
禍々しい紫紺の片手用直剣、『マレスペーロ』
それぞれに『希望』と『絶望』の名を冠する二振りを鞘から抜き放った僕は、クスリと笑った。
純白は僕の雪丸の色。 紫紺はアマリのディオ・モルティーギの色。
この装備をアマリ以外のプレイヤーに見せるのは初めてで、それはフロアボスに対して使うのは初めてだと言うことだ。 なのに、緊張も恐れもなかった。
あるのは安心感と高揚感。
大丈夫。 僕は独りじゃない。
そう確信して左右の剣を強く握ると、アマリの声が飛んできた。
「殺ってやるですよ!」
「うん、殺ってくるよ!」
互いの言葉は短く、ただそれだけのやりとりで僕は戦場へと向かった。
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