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Deathberry and Deathgame

作者:目の熊
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Chapter 3. 『世界を変えた人』
  Episode 18. The Advance of Black Cat

 
前書き
お読みいただきありがとうございます。

第十八話です。

リーナ視点を含みます。苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。 

 
<Lina>

 繰り出されたメイスの一撃が大剣によって阻まれる。
 火花が散り、重量差で負けたテツオの体勢が崩れた。ガラ空きになった腹目掛けて一護の蹴りが飛ぶけど、ギリギリで盾がすべり込んでガードが成功。さらに蹴りの衝撃を利用してテツオは距離を取った。そのまま盾を構えて防御姿勢を取り、相手の出方を伺っている。
 それに構うことなく一護は距離を詰め、盾の上から強烈な斬りおろしを叩き込んだ。派手な金属音と共に両者が衝突。追い打ちをかけるように大剣が続けて二閃、三閃と振るわれる。鈍色の刃が叩き込まれる度に、テツオの身体がグラグラと揺らいだ。

 何度目かの斬撃で、ついにテツオの防御が破れた。袈裟斬りの勢いに負けて明後日の方を向いた盾が戻ってくる前に、胴への一撃が決まる――直前、ケイタの棍が脇から急襲、一護の首を薙ぎ払おうと振るわれた。直撃の寸前で一護はしゃがんで一閃を回避し、剣を引き戻してケイタと斬り結んだ。

「ちぇっ。視界の外からだったら、当たると思ったのにな……!」
「ンなわけねえだろ。視界から消えても、音とか気配は消えねえ。攻撃を躱すなら、そんだけ分かりゃ十分だ。それと……」

 鍔迫り合いから一転、一護はわざと剣を引いて相手の体勢を崩した。たたらを踏み、前のめりになったケイタの顔面目掛けて、

「剣と逆から襲えって、何度も言ってんだろうが!!」
「ガッ!?」

 拳骨一発。横っ面を容赦なく殴りとばした。
 肉を打つ鈍い音が響き渡り、ケイタの足元がぐらりと揺らぐ。現実なら歯の四、五本はへし折れてそうだけど、この世界で歯の部位欠損はない。だからグーパンでも剣打でも、安心して叩き込める。追い打ちのヤクザキックがケイタの下腹部に突き刺さり、援護しようとしていたササマルの足元に転がされた。

「二十四本目、一護の勝ち。二十五本目開始まで、あと――」
「まだだっ!」

 私のコールが終わる前にケイタが跳ね起きた。落とした棍をつま先で跳ね上げてキャッチし、そのまま一護へと向かっていく。スイッチを繋げるためか、後ろにはダッカーが追尾している。

「今度こそっ……一撃、当てて見せる!!」

 勇ましい声と共に振るわれたケイタの棍と一護の大剣が、轟音と共に激突した。



 ◆



 あの後、サチは一護と共に戻ってきた。

 黒猫団と共に行動していた私に一護から彼女を見つけたとメッセージが届いたのは、迷宮区で捜索を開始してからわずか十分後のこと。すぐに『はじまりの街』に引き返した私たちを出迎えたのは、いつものしかめっ面の一護と、申し訳なさそうに肩をすぼめるサチの姿だった。

 無事の帰還に安堵する捜索隊の面々に一頻り詫びた後、サチは黒猫団と私を自室に招き、そこで自らの本心を告白した。戦いがイヤなこと。傷つくのが、死ぬのが怖いこと。不安が大きすぎて、睡眠すらもままならないこと。涙で何度かつっかえながらも、時間をかけて、ゆっくりと己の弱さを私たちに吐露した。

 サチが戦いに怯えや恐怖を抱いているのは、ここにいる全員が、いや、黒猫団の訓練に関わった全ての人が知っていた。前衛に、戦闘に、そもそもSAO(デスゲーム)に向かない臆病な女性であると。だからこそ、ディアベルを始めSSTAの指導員たちは彼女の克己心を高めようと努めてきたし、黒猫団のメンバーも一緒に頑張ろうと励ましていた。

 けれど、結局それが実を結ぶことはなかった。結ぶはずが、なかったのだ。
 彼らがサチにしてきたことは弱いけど強くなりたい人のための訓練であり、強くなることを望まない彼女の心にそれが響くわけがない。困難に立ち向かう力を勇気と呼ぶのなら、彼女に必要だったのは恐怖をはね除け立ち上がる「戦う勇気」じゃなくて、仲間に自分の弱さをさらけ出してでも身を退く「戦わない勇気」だったんだ。泣きじゃくるサチと、仲間の苦しみに気づけなかった悔恨でやっぱり号泣する黒猫団の面々を見ながら、私は一人そう感じていた。

 彼女の背中を押した張本人であろう一護は、サチの部屋には来なかった。別にサチが拒んだわけでも、一護が面倒がったわけでもない。サチが私たちを自室へ誘うのと同時に彼はどこかへと姿を消してしまっていた。サチも別段気にした風ではなかったし、涙ちょちょぎれる会見が済んで再合流した後も、どちらも変わった様子は無かった。

 二人がそろった時に、何があったのか訊いてはみたが、

「えっと、一護さんから話してほしい、かな」
「俺が話すことじゃねえよ。自分の問題だ。手前(テメー)が話せ」

 と押し付けあって埒が明かず、結局聞けずじまいになってしまった。二人の間には気まずい空気がなかった以上、言いにくいってわけではなさそうだけど、それでも話してくれそうにはなかった。私も、必要になればその時に放してくれるだろうと考え、それ以上は突っ込まなかった。
 ただ、サチが一護に向けた微かな笑みだけが、少し気になった。別に何か含みのありそうな表情ではなく、普段の彼女とそれと差異はなかったけど、その目に宿る光だけがいつもと違っているように私には見えた。まるで流れ星でも見つけたかのような、何かを願うような、子供じみた憧憬と幸福の混じった色が彼女の黒瞳に映って見えたのは、きっと気のせいではないと思う。

 それについて、多少は思うところがある私だったが、そんな曖昧な感情を気にするよりももっと重要な課題が目の前にはあった。
 サチの本心が知れた以上、彼女を戦線に出すわけにはいかない。必然的に、訓練に出るメンバーは男性陣の四人になった。それまではサチが形だけでも前衛を務めていたので、歪ながらも前衛後衛のつり合いは取れていた。だが彼女が抜けたことで再び前衛が一人になり、スキル構成の不安定さという問題が再燃したのだ。
 当然、後衛の三人のうち誰を前衛職に転向させるかという議論になり、大多数の人は学習と状況判断の早いケイタを前衛職にすべきと主張した。後衛三人の中でテツオの援護に最も積極的で、責任感の強さも良い方向にはたらくと思われたからだ。

 しかし、ケイタには前衛に向かない決定的な短所があった。
 両手武器の取り回しの悪さをカバーするために、ステータスがかなり敏捷よりに構成されていたのだ。現状では両手武器の火力で不足を補えてはいるが、これを盾持ち片手剣に変えてしまうと筋力の不足がかなりの痛手になってしまう。シーフ型のダッカーもそれは同様で、消去法で残った筋力ビルドのササマルには――試しに盾と片手剣を持たせて初めて判明したことではあるが――盾役に最も向かない「猪武者」という欠点が存在した。

 誰を選んでも一長一短という状況で頭を抱えることになった一行だったが、一護がアルゴから買ってきた一つの情報が、この状況を打開する鍵となった。

 その情報によると、

「両手棍の熟練度を上げることで出現する《如意》というオプションにより、武器装備画面にて棍の全長を増減させることができる」

 というのだ。

 両手棍はその外見の地味さや、特筆すべき――一つの武器としてではなく、SAOに存在する装備としての補正数値的な意味合いで――メリットが存在しないせいで選択するプレイヤー数が少なく、スキル情報もあまり出回っていなかった。しかし、効率特化で装備にも偏りが見られる攻略組とは異なり、自身の個性を求めるために多様な武器を扱う傾向にあるSSTAの卒業生たちによって、各カテゴリのスキルツリーが拡大。その結果の一つが今回の情報だと私は考えている。

 この《如意》というオプションは、装備選択画面にて棍の長さをプラスマイナス六十センチ伸縮できるという驚異的なウェポンカスタムオプションである。下限であるマイナス六十センチを設定した場合、棍の全長は百二十センチ。まだ両手武器の間合いから完全には抜け切れていないが、しかし私はこれを利用してケイタを前衛職にすることを提案した。

 この世界の棍は通常クォータースタッフと呼ばれる全長六尺の棒であるが、現実世界には四尺、つまり百二十センチの棒である「杖」が存在する。病床に伏せるようになる前、武術マニアの祖母に教えを受けて育った私はその特性を知っているが、あれは接近戦にも十分に耐えうる性能を持っている。
 「突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀――」と謳われるように、杖の最大のメリットは、その均一な作り、すなわち「全ての部位が刃にも柄にもなり得る」という点だ。上手く持ち手を調整すれば、その間合いは変幻自在。最短の間合いなら片手剣とも張り合えるし、最長ともなれば両手剣にも劣らない。順手、逆手の切り替えしさえ習得すれば、敏捷値補正と合わせてかなりの手数が期待できる。このオプションを使えば、両手棍のまま接近戦に十分耐えうる立ち回りが可能と私は判断し、皆にこの策を主張した。

 結果、私の提案は即座に可決され、一護と共に行った三日間の「地獄の迷宮区籠り」によって四人のレベル上げをしつつケイタの棍の熟練度を上げ、どうにか《如意》を習得。以来、訓練所で一護を仮想敵に仕立てて模擬戦闘を繰り返していた。

「あ゛ームリ……もうムリっすよリーナさん。今日は、この辺で勘弁して……ガクッ」
「後衛のあなたに拒否権はない。さっさと立つ」
「お、おれも、もう限界かも……」

 最も忍耐力のないダッカーが目の前で崩れ落ち、次いでササマルがダウンする。前衛が二人になったことで後衛との連携の機会が増え、戦闘をサボり気味だった二人もテキパキ動く必要が出て来ている。
 今までは後衛が全員で前衛一人をサポートしていたが、現在は前衛二人が互いに連携しつつ、ササマルがテツオを、ダッカーがケイタを援護する形式をとっている。そのせいで出番が急増したために、スタミナがついて来てないみたいだ。

「ほら皆、まだ終わってないぞ! せっかく稽古を付けてもらってるんだ、気合入れて立て!!」

 そう檄を飛ばすケイタも、疲労の色が濃い。後衛から前衛に転向を果たし、前述の二名とは比較にならないくらいに消耗度合が上がっているはずなのだが、リ-ダーとしての矜持故か、息は荒くとも戦意は失っていない。テツオもかなり疲れてはいるが、まだ十分に戦えそうに見える。

「ったく、だらしねえ連中だ。たかが一時間ぶっ通しで戦った程度で、へばってんじゃねーぞ」

 大剣『ベルセルク』を担いで戻ってきた一護が、事もなげに言ってのける。筋力要求値ギリギリの大物を四人相手に振り回していたのに、そのしかめっ面には疲労の欠片もない。HPが減らなきゃ体力も減らねえだろ、とでも言うのだろうか、このバイタリティ魔神は。
 一日通して戦闘を重ねてもビクともしない貴方と彼らを一緒にしないの、という相方へのツッコミを飲み込んで、私は周囲を見渡す。

 空はすっかり夕暮れの色。西に沈む偽の陽の閃光が網膜を焼き、私の視界に点滅する残像を刻み込む。遠く東の空にうっすらと瞬く星が視認できるところを見ると、あと一時間もすれば、完全に日が沈んでしまうだろう。
 自分で立てと言っておいてなんだけど、これ以上やるとただの模擬戦が夜戦の様相を呈することになりそうだ。わたしのお腹も空腹を訴え出したし、今日はこれでお終いにしよう。

 そう考え、今日の訓練終了を通達すると、ダウン中の後衛二人組は命拾いしたとでも言うかのような安堵のため息をついた。そういう反応をされると、やっぱりもう一時間延長で、と言ってみたくなる。

 鬼だ悪魔だと悲鳴が上がりそうな一言を自粛して、既に武装解除して帰路に着こうとしている一護の横に歩み寄る。夕日が眩しいのか、眉間の皺が普段の三割増しで深い。寝ているときでさえ刻まれているこの皺が、彼の顔から消えることはあるのだろうか。
 などと考えながら、彼の横顔を何とはなしに見ていると、

「やあ、今日の訓練は終わったみたいだね」
「みんな、お疲れさま」

 学舎の方からディアベルとバスケットを持ったサチが歩いてきた。中には入っていた飲み物入りの瓶を、疲れ果てた黒猫団のメンバーに配っていく。一つ一つ手渡す度に女神のように有り難がられて困ったように笑うのが、少し離れたここからでも見えた。それを微笑ましく見守りながら、ディアベルは私たちのところへやって来た。

「一護君、リーナさん。たった今、28層のギミックエリアの踏破状況に関して、新しい情報が入ったよ。
 今日の攻略終了時点で、該当エリアに残る未解除の仕掛けは大型の物が四つだけ。おそらく、明日か明後日にでも完全踏破の一報が打たれるだろう、とのことだ」
「そうか。んじゃ、もうアイツらのお守も終わりだな」
「寂しくなる、かい?」
「ねえよ。今生の別れってワケじゃねーんだ。生きてりゃまたそのうち会えんだろ」
「ふむ。つまり君は、また彼らと会ってくれる、もしくは会いたいと思っていると受け取っていいのかな?」
「いいように解釈すんな。可能性はゼロじゃねえってだけの話だ」

 フンッ、とそっぽを向いて歩き出す一護を、素直じゃないなあ、と苦笑して見送るディアベル。若手教師同士のようなやり取りを見ながら、私は相方と共に28層の主住区へと帰還すべく、転移門広場へと歩いていった。



 ◆



 転移門を抜けると、辺りはもう薄闇に包まれていた。長閑な28層主住区は、落ち着いた雰囲気がある反面、日が落ちると一気に暗くなる。古びた街灯の灯りは弱くて頼りなく、私たちの足元を朧にしか照らしてくれない。一護の橙の髪の方がよっぽど目立つ。普段悪目立ちするヤンキーヘアーも、こういうときはいいかも、なんて思ってみたりする。

「……テメー、なんか悪意ある目で俺を見てねーか?」
「気のせい」

 ……意外と鋭い。やっぱり、少なからず気にはしてるみたいだ。

「それより、ご飯にしよ。お腹へった」
「あからさまにはぐらかしやがって……んで? 今日はドコ行くんだよ」
「んー……今日はお魚の気分」
「んじゃあ、22層の湖に飛び込んでこいよ。食い放題だ」
「お断り。私は野生児じゃないの」
「オメーの食欲は完全に野生のモンだろーが」

 レベルの低い会話をしながら、私たちはレストラン街へと足を進める。田舎町風の町並みとはいえ、晩御飯時はそれなりに混雑する。
 早めに目的地にたどり着こうと足を速めたとき、前から歩いてきた二人組のうち、片方と肩がぶつかってしまった。雑踏の中で仕方がないとはいえ、一応軽くでも詫びておこうと思い、私は振り返り、

「…………リーナ、か?」
「……キリト?」

 その先にいた見知った片手剣士、キリトと目があった。いつもの通り真っ黒い衣装に身を包んでいるが、剣は装備していない。戦闘マニアの彼にしては珍しいことだ。

 その代わり……と言ってはなんだけど、彼の傍らには、一人の女性が腕を絡めて立っていた。
 何やら良くない感情の籠った目で私を見てくるけど……この人、だれ?
 
 

 
後書き
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ケイタが《如意》棒使いになりました。孫悟空にする予定はありませんが、棍って伸縮するイメージが何となくあったので、縮めて前衛に行ってもらいました。
ちなみに、突けば槍云々は杖術の有名な短歌から持ってきました。興味のある方はwikiへどうぞ。

次話は誰得(?)なケイタ視点です。そして、一護が久々に暴れます。
 
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