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ウラギリモノの英雄譚

作者:ぬくぬく
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カイソウ――ダカラ、彼女ハ生キレタ

 それからそう時間は経っていない。
 (カナメ)は自分が冷静さを取り戻しているとはとても思えなかったが、目の前に怪我人がいる。
 救急車を呼んで彼らを運びだした。
 幸い、重傷者はいない様子だ。ヒーローの回復力なら、直に彼らも回復するだろう。
 そしてただ一人残された要は、道場で一人呆然としていた。
 天上を見上げる。
 先程までのことが嘘だったのではないかとさえ思ったが、派手な戦闘の爪あとは道場の床や壁にはっきりと残されていた。

「随分派手にやったねぇ……。僕の家だというのにまぁまぁ……」
 壊れた道場の入り口から声がする。
 入り口に、スーツを着た幾子(イクコ)が立っていた。
「すまない。大変な目に合わせてしまったね」
「母さん……」
「怪我がないようで何よりだ。後のことは僕がなんとかしておくから、要はもう休んでなさい」
 たったそれだけ言い残して、幾子は要に背を向けた。
 要は慌てて走りだし、去っていこうとする幾子の肩を掴んだ。
「待って。せめて説明してよ。いったい何がどうなってるんだ? 何で、莉子さんが……」
「僕の口から聞かないと分からないのかい?」
 質問を質問で返される。
 これ以上詮索(せんさく)はするな。そう言われている気がした。
「説明して下さい。母さんは彼女の正体を知っていたんですか? 何で彼女は……ヒーローを襲って……説明して下さい。訳が分からなくて、頭がおかしくなりそうなんです」
「ふむ……」
 食い下がる要に、幾子は唇に指を当てて思案する素振りを見せた。
「その質問に答えてどうする? すべてを知ってどうするつもりだい? 莉子(リコ)くんは怪人だ。これが結論だよ。変身ができない今の要じゃ、怪人である彼女に立ち向かうことなんて出来ないだろう?」
「だったら何で……母さんは彼女を僕のところに連れてきたの? 僕にやらせたいことがあったんだろう」
「……」
 値踏みするように、幾子が要を見る。
 ハァ、と溜息を吐いた。

「こんなところばかり……僕に似てくる……」
「何ですか?」
「おせっかいなんだよ、要。心配する必要はない。後のことは全部何とかする。今の君にできることなんて、ここには無いんだ。この僕がそう言ってるのに、君は引き下がらないんだね……」
 幾子がヒラヒラと手を振って、「参ったね」と言った。
 少しだけ嬉しそうににやりと口もとを釣り上げて問う。
「何が聞きたい?」
「母さんの……莉子さんの目的を教えて下さい」
「目的か……そうだね。それにはまず、彼女との出会いから話そうか――」



――――――――――――――――――――――――――――――――――




 緋山 莉子(ひやま りこ)という少女がいる。
 生まれた時、赤ちゃんポストに入っていたことを除けば、彼女は普通の女の子だった。
 十三歳の春までは――。


 突然訪れた体の異変。
 ――わたしは、怪人だった。
 初めて『変態』したのは、四年前。
 気が付くとわたしは、全身に触手が巻き付いた人型の怪人になっていた。
 壊せ。壊せ。壊せ。
 胸の中で誰かが叫んでいる。これが怪人の本能である破壊衝動(はかいしょうどう)なのだと、後から知った。
 駆けつけたヒーロー達はわたしを退治しようとする。
 だけど、ヒーローはわたしを退治できなかった。それだけわたしは強力な怪人だった。
 幾人ものヒーローがわたしを殺しに来た。
 わたしは生きながらえるために必死に異形の腕を振るった。
 相手は自分を殺そうとしているのだ。ならば、わたしが反撃するのは悪いことじゃない。
 そう思っていた。
 だけど、途中から……わたしはヒーローを壊すのを楽しいと思うようになっていた。
 心まで怪人になっている自分に、絶望した。
 自分は死ななければいけない。
 そう思った。
 でも、死ぬのは怖い。

 逃げ延びた先で、わたしは幾子(いくこ)さんと出会う。
 彼女はわたしを駆除するために用意されたヒーローだ。
 強い。彼女はとても強い。
 彼女の振るう槍は、わたしの触手を容赦なく切り裂く。
 だけど、わたしよりは少しだけ弱いかもしれない。
 それでも、わたしが何とか破壊衝動を(こら)えて戦えば、幾子さんはわたしを殺すことができそうだった。
「驚いた。どうやら手心を加えられているみたいだね。怪人に手加減されるのは初めてだよ」
 幾子さんは、不思議な話し方をする女性だった。
 彼女の槍が動きを止める。
 どうして止めてしまうのか。

「……早く……今の内に……」
 胸の奥から破壊衝動が湧き上がってくる。
 孤児院の優しい先生、学校の友達。わたしには大事なものがいっぱいあった。
 このままでは自分がそれらを壊してしまう。それだけがただ怖かった。
 だから、その前に終わらせて欲しかった。

「おや。君は怪人のくせに口がきけるのかい?」
 彼女が槍を下ろしてしまう。
 何故、戦闘を中断させてしまうのだろうか。
 このままではわたしはまた……。
「っ」
 思わずわたしは思いっきり触手を振り下ろしてしまった。
 いけない。
 直撃を受けた彼女は、紙風船みたいに吹き飛んで壁に叩き付けられた。
「おっと……やっぱり手加減してたんじゃないか。いきなり本気を出すなんて、何か気に障ったかい?」
 良かった。まだ生きている。
 彼女は槍を低く構える。
「遠慮しないで本気でおいで。君の攻撃ぐらい、何とかいなしてみせるからさ」
 幾子さんがそう言う。
 戦闘が続き、わたしは何度も本気を出してしまった。
 本気で彼女を壊そうとする度に、わたしの中の破壊衝動は少しだけ小さくなる。
 壊せという声が遠くなる。
 そして、わたし達は朝日が登るまで戦い続けた。

 幾子さんがわたしの衝動(しょうどう)を一身に受けてくれたおかげで。わたしは怪人の姿から元の人の姿に戻れるぐらいに冷静さを取り戻していた。
 皮膚を突き破って生えていた触手が塵となって消えていく。
 わたしは再び人の姿に戻った。
「お終いかい? あー……お腹すいた……」
 幾子さんがその場に座り込む。
 防御に徹していたにも関わらず、彼女の体は傷だらけだった。
「怪人が人の姿に戻ることがあるとは聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだよ。気分はどうだい?」
 わたしは、彼女の言葉は聞かずに足下の割れたガラスを拾い上げた。
 鋭利な面を首筋に当てる。
「ふっ……」
 息を吸い込んで、ガラスを滑らせた。
 しかし、幾子さんの手が伸びてきてわたしの手を掴んだ。
 わたしの自害は失敗に終わった。

「……どうしてそんなことをするんだい? 何か気に障ったかい?」
「死なせてよ……」
「死のうとしていたのかい? そんな震えている手では、痛い思いをするだけだよ」
「だったら、あなたが殺してよ!」
 わたしは泣いて喚き散らした。
 怪人は、故意に人を襲うのではない。意思とは関係なく胸の奥から湧き上がる破壊衝動によって、意思とは関係なく破壊を繰り返してしまう。
「わたしが生きていたら、絶対に誰かが死んでしまう……わたしが殺してしまう……」
「今の君は落ち着いているじゃないか。それでも、死なないといけないのかい?」
 いつ自分が破壊衝動に飲まれてしまうかわからないんだ。
「生きるなんて出来るわけない……」
 わたしが本気を抑えられなくなれば、幾子さんだってかなわないだろう。
 そうなったら誰がわたしを止めてくれるのだろうか。
 止められるのだろうか。
 わたしは自分が怪人であることを悲観し、破壊衝動に飲まれ大切な人を傷付けてしまう前に自害を決意するが、死への恐怖から死ねなかった。
 だから幾子さんに「殺して欲しい」と何度も懇願した。

「怪人が相手ならともかく、泣いている子供は殺せないよ」
 なのに幾子さんは困った顔で笑ってそんなそんなことを言う。
 無責任な人だと思った。
 だけど、幾子さんはわたしに希望を与えてくれた。

「うちの息子がね、ちょうど君と同じぐらいの歳になるんだけれど……」
 その日、わたしは紫雲 要(シウン カナメ)を生まれて初めて見た。

「すごい……」
 要くんは凄かった。
 本当に強かった。
 彼がヒーローになれば、どんな怪人も敵わない。どんな相手が現れても、例え本気のわたしが相手でも要くんなら意図も簡単に殺してしまえるだろう。
 幼い彼の姿からも、それは容易に想像が出来た。
「要くんがわたしを殺してくれる……」
 そう思えた。
 その瞬間から、生きることに対する不安がなくなった。

 この世界には、無敵のヒーローがいる。
 どんな強大な敵が現れても、わたしがどんなに強大な敵になったとしても。
 きっと彼なら、人々を守ってくれるだろう。
 きっと彼なら、わたしを殺してみせてくれるだろう。
「すごい。要くんはすごい」
 その時から、要くんはわたしのヒーローになった。

 破壊衝動を抑えきれなくなったその時には、要くんが殺してくれる。
 たったそれだけのことで、わたしは生きるのが何一つ怖くなくなった。

 精一杯に生きよう。
 今を楽しんで生きてやる。
 そして自分自身の破壊衝動を抑えきれなくなったその時は――。
 心まで怪人になってしまったその時は――。

「――要くんに、殺してもらえる」
 
 要くんは、ずっとわたしのヒーローだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 幾子の口から、莉子の過去が告げられる。
 要はただ黙って聞いていた。
「……以上だよ。気に障ったかい?」
「障ったよ。……何勝手なことをしているんだよ、無責任な……」
「はは。よく言われるよ昔から。君を身ごもった時も、おばあちゃんから『無責任だ』と叱られたもんさ。結婚していなかったからね」
 幾子が頬を掻く。

「説明はしたよ。それで要はどうする? 結局、全部を知ったって後味が悪くなるだけだっただろう? だって今の君は、変身して戦うことが出来ないんだから」
 幾子が立ち上がる。
「莉子くんは街の駅周辺に留まっているらしい。わたしは明日の朝には仲間と合流して彼女の暴走を止めに行く。連れ去られたっていう里里くんのことは任せておきたまえ。必ず助けてみせよう」
 幾子の口から、莉子の安否を保証する言葉は出てこない。
 それもそうだろう。必要があれば、彼女は殺さなければならない。
 だって彼女は怪人なのだから。
『殺してもらうこと』これは他でもない彼女自身の願いでもあった。
 きっと今日まで要に彼女が関わってきたのも、頑なに要をヒーローにしようとしていたのも、要自身に殺してもらうためだったのだろう。
 騙されていたわけではない。でも、利用されていた。
 その感覚が拭い切れない。
 要は怒りに拳を握った。
「じゃあ、僕は行くよ。もうすぐここにも避難勧告が出されるはずだから。臨機応変に対処するように。それじゃあ、いってくるね」
 それだけ言い残し、幾子は居なくなった。

 暫くすると、街中に警報のベルが鳴った。
 日が沈む頃には、街から人の姿は消え、道場に一人残った要はただ膝を抱えていた。
「まるで変身した時に見える幼い自分だ……」
 今の自分の姿を嘲笑(ちゅしょう)し、立ち上がる。
 気持ちの整理はつかない。
 だが、莉子の様子はまだ破壊衝動に飲まれたというわけではなさそうだった。
 だったら何としてでも、莉子を止めなければならない。
 幾子はまだ変態した莉子の姿を見ていない。人質のこともある。幾子に任せていれば莉子は殺されてしまうかもしれない。
 それがただ嫌だった。

 だから要は、莉子と戦うことを決意した。
 
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