| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ウラギリモノの英雄譚

作者:ぬくぬく
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

シュラバ――莉子と里里

 (カナメ)は大事を取って病院に運ばれた。
 怪人の返り血でべったりと汚れてはいたものの、検査の結果はやはり無傷。シャワーで血を洗い流した後、莉子(リコ)が買っておいてくれた服に着替え、今は要の自宅に帰ってきている。

「いやぁ、ひどい目に合ったねぇー。せっかくのお出かけが台無し」
 脳天気な声で莉子が言う。
「いやでも、やっぱり要くんは流石やね。あそこで君がおらんかったら、大変なことになっとったかもしれんよ」
「莉子さんがいてくれたから、何とかなったんですよ」
「へへ、そうかなぁー?」
 莉子が照れて頭を掻く。

「そういえば要くん。五秒で捕まえる言うたのに、何で四秒ちょっとで捕まえたん? あれ、ちょっとギリギリやったよ」
「何となく、あのタイミングで莉子さんが怪人を転がす気がしたんです」
「確かに、タイミングだけやったらピッタリやったけど……もしかしてそれって以心伝心ってこと?」
「いいえ、ここ最近、ずっと莉子さんに襲われてたから動きが何となくイメージ出来たんです」
「ふーん……」
 莉子(りこ)が居間のテーブルの上にあったみかんに目を向けた。
「何か食べにいかん? お腹すいた」
「マジですか。いきなりですね」
「マジマジ。ファミレスでも行かん?」
「はぁ……良いですよ」

 そんな会話をしていると、玄関に鍵が差し込まれる音が聞こえた。
 幾子でも帰ってきたのかと思っていると。
「ただいまぁー。あれ? 誰、この靴? 要兄さんー」
 玄関から里里(サトリ)の声が響いてきた。
 ドタドタと廊下を歩いてくる音。
「もしかして、幾子(イクコ)さん帰って来……て?」
 居間に顔を覗かせた里里と、莉子の目が合った。
「どちら様……?」
 里里が要の方に目を向けてくる。説明を求めている様子だったが、何故か彼女に糾弾するような雰囲気を感じるのは何故だろう。
 別に悪いことなどしていないはずなのだが、要は何故か悪いことをしている気分になった。

「というわけで、こちらうちの妹弟子の九重(このえ) 里里(さとり)さんです」
「よろしくー」
 莉子は持ち前の明るさで、里里に近付いていく。
 しかし、里里の方が壁を作っている雰囲気だった。そっけなく「どうも」と返す。彼女は人見知りをするタイプではないのに、どうしたというのだろう。

「で、こちらは緋山(ひやま) 莉子(りこ)さん。えーっと……母さんの知り合いです」
「要くんとは師弟関係です」
「師弟? ……兄さん、弟子を取ったの?」
「いやいや、わたしの方が師匠ですよ」
「はい?」
 里里が目を丸くする。
「ちなみに、師匠っていうのは……格闘技の師匠?」
「そうです」
 要が肯定する。里里は額に手を当てた。
「鬼のいぬ間に女の子を連れ込んだだけかと思いきや……兄さん」
 里里が先程より厳しい目線を要に向けてきた。
「これはどういうことかな?」
「えっとですね……」
 要はここに至るまでの経緯を説明した。

「成る程……幾子(いくこ)さんの紹介で……」
 里里が唇に手を当てる。
「失礼ですが、緋山さん。あなた……お強いんですか?」
「ああ、腕は立ちますよ」
「兄さんより?」
「……」
 要が少し考え込んでいると、莉子が代わりに答えた。
「どっちも本気やったら、要くんが勝ちますよ。そうじゃないと、困ります」
「そうですか」
 里里が目を閉じる。
 莉子の方に目を向けて、
「少し、うちの兄弟子(あにでし)内々(うちうち)の話をさせて頂いてもいいですか?」
「あ、やったらわたしは外しますよー。ご飯食べに行こうと思ってたんで」
「助かります」
「はいー。また後でー」
 莉子が立ち上がる。
 手をひらひらと振りながら、要の家から退場した。

「しばらく帰らない内に訳が分からないことになっていて、まだ混乱してる……」
「はい……」
「とりあえず今日、兄さんのところに来た件から」
 莉子を見送って、里里が要を前に姿勢を正す。
「兄さん、認定試験を受けたんだって?」
「ああ……はい」
「で。急に心変わりをしたのは、あの子が原因っと……」
「心変わりというか、まぁ……成り行きで」
「そっか。成り行きじゃあ仕方ないね」
 里里の表情が少し柔らかくなる。
 しかし、要は逆に緊張した。里里が笑顔で怒る人だと知っていたからだ。

「別にそのことについては良いよ。ヒーローの資格を持っていたからって、絶対にヒーローにならないといけないわけじゃないしね」
 里里が続ける。
「でも、ヒーローにすらなれなかった兄さんが、怪人と戦ったってのはよくない」
 里里の目が一層鋭くなった。
「さっき、ヒーローの本部で聞いたんだ。一般人が怪人を食い止めたって。その一般人が兄さんだって知った時は肝を冷やしたよ。これも成り行き?」
「まぁ、……成り行きです」
 緊張しつつ要が答えると。「変身」即座に里里が変身した。
 彼女の姿は一瞬でヒーロースーツに切り替わり、手には彼女の武器である二丁の小銃が握られる。

 飛ぶように膝立ちになった里里が、要に小銃を向ける。
 敵意を向けられ、反射的に要は銃身を殴って払いのけようとするが、変身後の彼女の腕力を前に、要の力では腕をビクとさせることもできなかった。
「成り行きで死ぬつもりなのかな?」
 冷たい声で里里が言い放つ。

「分かって。変身しないと怪人には勝てないの。変身が出来ない兄さんは、絶対に怪人と戦っちゃダメ」
 里里がこうして変身して襲いかかってきたのは、きっと要に力の差を思い知らせるつもりなのだろう。
 だが、そんなものは無意味だ。要は自分の無力を知っている。
「それでも、あの状況じゃああするしかなかったんです」
 里里が首を横にふる。
「兄さんは変身ができない。それでも……自分を特別だと思ってるんじゃないのかな? だから、いざとなったら自分が行くしかないなんて考えるんだよ」
「僕は、ヒーローにはなれませんでした。それでも、手の届く範囲にいる人を守れるぐらいには強くありたいんです」
「……そんなスッキリした顔で言わないでよ」
 里里が変身を解く。衣装が元に戻り、握られていた小銃が消えた。
 前のめりになっていた里里が、うなだれるように要の肩に手を乗せ、体重を掛けてくる。

「何にせよ、もうやっちゃダメ。どんな状況にせよ、次やったら……私が泣く」
「その脅迫はずるいですよ!」
 女の涙の使いドコロを知っている相手は、厄介だ。
 里里のカバンから聞き慣れない電子音が鳴った。
 やけに大きな音でビービーと鳴る。
「呼び出しだ」
 里里がカバンに飛びつき、中からPHSを漁った。
「はい、九重です。……分かりました三分で行きます」
 耳に当てた電話に短くそう告げて、里里が顔を上げる。
「ごめん、行かないと」
 要に短く告げて立ち上がる。
 きっとヒーローとしての仕事がやって来たのだろう。
 要は里里を見送った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧