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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第九十二話

「すっご……」

 ショウキに店の片づけを任せて、みんなを引き連れて上位のプレイヤーの見学に来ていた。ここに来る間にも水着でロッククライミングしているプレイヤー、メイド喫茶のようなものをやっているプレイヤー、デュエルをしているプレイヤー――などなど、様々な参加者がいたが。確かにこれは別格だ。

 インプとスプリガンの女性プレイヤーによる剣舞。剣舞といっても型などあったものではなく、ただただ高速で剣を打ち合っているだけであるが、それでも衆目を引く出来だった。そのトリックは単純にそのクォリティー――リズでは目で追えないほどのスピードで繰り出されるそれは、もはや美しい一つの芸術品のようであり。

「参った!」

 そしていつしか、スプリガンの女性の方が降参し、疲れ果てたように砂浜に尻餅をつく。勝利したインプの少女は、ポーズとして対戦相手の首もとに剣を突きつけた後、観客に向かってVサインを見せてみせた。

「へへ、またボクの勝ちだ!」

「お疲れ様、二人とも」

 インプの少女のVサインで盛り上がる観客たちをよそに、二人の仲間らしいウンディーネの女性が、デュエルで削れていた二人のHPを得意の回復魔法で回復させていた。ただ疲労まで回復することはなく、スプリガンの女性は砂浜に倒れ伏してしまう。

「もう無理! 疲れたー」

「ええー?」

 砂浜に四肢を投げだすスプリガンの女性を囲んで、仲間うちで話し始めるプレイヤーたちを見ながら、シリカがボソッと呟いた。

「あの……凄すぎるんですけど……」

「そうね……」

 シリカの信じられない、とばかりの言葉に頷いた誰かの言葉が、そのプレイヤーたちがポイント上位だということを知らしめていた。この中では一番の武道派であるリーファすらも、神妙な面もちになっていることもその証左として。

「あー、もう無理。砂浜に寝転んで日光浴するの気持ちいいし……」

 スプリガン――影妖精族らしからぬことを呟きながら、そのまま砂浜をゴロゴロと転がっていく。それはそれでポイントを取れそうではあるが、もうスプリガンの女性は剣舞をする気はまるでないらしく。

「しょうがないなぁ……誰か、ノリの代わりにボクの相手してくれる人、いないかな!」

 インプの少女の観客への呼びかけに、周囲をざわめきが支配する。このコンテストに来ているプレイヤーに、リーファのようなデュエルに自信があるようなプレイヤーの割合は、特に難易度の高いクエストがあるわけではないため決して多くない。

 先程まで目で追うのがやっとのデュエルを見せられた観客は、そのインプの少女の提案に対して顔を見合わせる。『おいお前行けよ……』『いやお前こそ……』みたいな雰囲気が、海岸を支配しようとしたその時、一人の女性プレイヤーが大きく手を掲げた。

「はい!」

「そこのピンク色のお姉さん!」

 まるで小学校の生徒と先生のように、手を挙げたリズをインプの少女が指を指した。このまま教壇に上がって黒板に書いてある問題を解く勢いだったが、もちろんここは学校の日常の1コマではなく。

「リズさん! 無茶ですよ!」

「そうね……」

 あのデスゲームを生き延びたとはいえ、リズ本人のスキル構成は生産系。いや、スキル構成が戦闘よりだったとしても、自分は未熟だと分かっていた。シリカに無茶だと言われるのも分かっており、リズはその問いかけに頷いて隣のリーファの背中を押した。

「だからよろしくリーファ」

「はい!?」

 突如として矢面に立たされたリーファは、周囲の観客たちからの拍手も合わせて混乱し、とにかくリズへと詰め寄った。

「リズさん何ですかいきなり!」

「だって、あたしたちの中で一番強いのあんたでしょ? あんたが無理ならみんな無理よ」

「それはそうかも知れないけど! いきなりって……」

「なら、私がやってもいいかな」

 口論を始めるリズとリーファに苦笑しながら、今までジッと眺めていたルクスが一歩前に出た。ポカン、とその顔を眺める他三人に対して、ルクスはあくまで静かな笑顔で応えた。

「……あんたが自分から行く、なんて珍しいわね、ルクス」

 付き合ってさほど時間が経った訳ではないが。ルクスはあまり自己主張しない方だと思っていたリズは、ルクスの申し出に少し驚いて聞き返す。確かに自分でも珍しいと思うよ――と前置きをしながら、ルクスは剣の素振りをしているインプの少女を眺めて語る。

「あの子がキリト様……さんみたいに強かったから。自分がどれだけ強くなれたか、あの子と戦えば分かる気がするんだ」

「お兄ちゃんと……」

 ルクスが語るその言葉に、リーファは少し何かを考え込んだ。そしてインプの少女はこちらが何やら揉めていると思ったのか、それとも単純に待ちくたびれたのか、リズたちに向かって声をかける。

「ねー! 揉めてるなら、ボクは二対一でもいいよー?」

「ああ、もう……じゃ、私とルクスがいくから!」

 半ばヤケになったようなリーファが、ルクスの手を引っ張ってインプの少女の前に立つ。多対一のデュエルは厳密にはシステム上無いが、リーファとルクスがそれぞれインプの少女にデュエル申請を送り、それを少女が受託することで可能となる。

「ユ、ウ、キ……」

 デュエル申請表に表示された名前を読み上げながら、リーファはまるで聞いたことがない名前だ、と有名なプレイヤーの名前を思い返すも、まるで照合する記憶はない。しかし今までやっていた剣舞は、この海岸に来たプレイヤーたちの多くを魅せるほどのものだった……何ら恥ずかしいことをしておらずとも。

 結果的に二対一になってしまったとはいえ、決して手の抜ける相手ではない。そう判断したリーファは、アイテムストレージにしまい込んでいた一番の愛剣を出し、隣に立つルクスも同様に――というところで、ルクスがハッとした表情をしていたことに気づく。

「ルクスさん、どうしたの?」

「いや、その……」

 困ったように笑みを浮かべるルクスの手に握られているのは、シルフの初期装備のなまくら片手剣。リーファには既に懐かしさを感じさせるものではあるが、それを何故ルクスが持っているのか。

「……あ」

「ルクスさんルクスさん!」

 ……そう言えば、ルクスはSAOのデータをコンバートした新キャラであり、前のアバターである《クロ》が持っていた黒白の剣は受け継いでいない。すっかりそれを忘れており……さてどうするか、とリーファとルクスで揃って冷や汗を垂らしていると、シリカが二本の剣を持って駆け寄ってきていた。

「これ、リズさんから! あとこっちのちょっと短いのは、わたしの予備武器です!」

 同じくルクスの武器が初期装備だということを思い出した二人から、ルクスへの武器の譲渡が行われる。シリカの予備の短剣、『リズベット武具店冬の新作』――などと刻まれた片手剣。それぞれにつけられた装飾から二人の好みを感じながら、ルクスはずっしりと重いそれらを握る。

「……うん、大丈夫。ありがとう、シリカ。リズにもそう伝えておいてくれ」

「はい! 頑張ってくださいね!」

 そう言い残してシリカは去っていき、リズはリズで遠巻きからガッツポーズをしていた。そんな様子を微笑ましく思いながら、ルクスとリーファは待たせてしまっている、対戦相手であるインプの少女――ユウキへと向き直った。

「終わった? それじゃあ始めようか!」

 チューブトップの白色の水着を着たユウキは、二対一という状況にもかかわらず、特に動じることもなく飄々とした様子を見せる。その分かりきった腕前に反して、武器はあまり業物には見えないが――とリーファが観察していると、それを感じたユウキが微笑んだ。

「あ、この剣気になる? ボクたちの仲間のレプラコーンが作ったんだけど、あんまりいい武器じゃなくって。あ、そうだ! ボクが勝ったら、腕のいい鍛冶屋紹介してよ!」

「え、ま、まあいいけど……」

 コロコロと変わる明るい表情に、緊張しているのはこちらだけ、とリーファは呆気に取られてしまう。そんな間にもデュエル開始の合図は鳴り響き、リーファより早くルクスが前に出た。

「私が先に行くよ、リーファ。二対一でいいとは言われても、まさか挟み撃ちとかは気分が悪いだろう?」

 確かにそうだけど――という答えを聞く前に、ルクスがユウキの方へ歩み寄ってしまい、仕方なくリーファは少し下がる。そしてルクスは預かった二刀を構えると、その場で『待ち』の体勢を取った。

 彼女の戦闘スタイルは二刀流。過日のキリトの戦闘スタイルを真似たものではあるが、もちろんソードスキルシステムの補助などもなく、ルクス自身にもキリトほどの才もない。故に彼女が憧れるキリトの剣ではなく、あくまで彼女なりの二刀流であり――それが、二刀を活かした防御からの一撃。左手の短剣は完全に相手からの攻撃の防御に回り、攻撃の隙を狙い右手の片手剣を振るう。

「二刀流、かぁ……まあでも、来ないならコッチからいくよ」

 それを興味深げに眺めていたユウキだったが、ルクスから攻めてくる気がないと分かると、剣を緩く構え――ルクスの視点から一瞬にして、ユウキの姿が、消える。

「え――」

「ルクス! 下!」

 遠巻きに見ていた故に気づいたリーファの声が響き、ルクスは何とかしゃがみ込むような姿勢でこちらに飛び込んできていた、ユウキと眼前に迫っていた刃に気づいた。その小柄な体格を十全に活かした――矛盾しているようだが――正面からの不意打ちに、ルクスは何とか左手の短剣でユウキの片手剣を弾くと、右の片手剣を飛び込んでくるユウキの軌道上に置くように斬る。

 避けられない斬り方――にもかかわらず、ユウキはその刃で頬を斬る程スレスレを通って避けると、ルクスの零距離にまで接近する。先程短剣に弾かれた自身の剣を、無理やり引き戻してルクスの胴を横なぎにするよいに切り裂くも、ルクスは跳躍してそれを回避。さらに翼を展開して滞空すると、空中からその二刀を以て襲いかかる。

「うわっあ!」

 それをユウキは飛び退いて避けるものの、砂浜という足場の悪い状況に足を捕らわれてしまう。そこをチャンスととったルクスが、右の片手剣で更なる追撃を行うが、ユウキもまた翼を展開。転んだ身体をその翼の羽ばたきで元に戻し、ルクスの放った右手の片手剣と自身の剣で鍔迫り合いを演じる。

「そこだ!」

 ギリギリと音をたてて拮抗する二つの刃に、ルクスは左手の短剣をユウキに突き刺ささんと、鍔迫り合いを維持しながら短剣の距離まで飛翔する。それを見ていたユウキは、無理やりルクスの片手剣を弾き飛ばし、死角から放たれた左手の短剣に対応する。

「えいやー!」

 このままでは手数に押し切られる、と判断したユウキは、自らもルクスと同じく飛翔する。ひとまずその状況を脱し、どちらもの射程圏から遠く離れると――勢いよく、ただ真っすぐに高速で突撃する。

「――!?」

 ルクスの目で追いきれない程のスピードのソレに対し、ルクスの身体は萎縮して一瞬だけ止まってしまう。ここで突き出されたユウキの剣を弾き、カウンターをたたき込めればルクスの勝ち、ではあるが、一瞬の萎縮でそれが出来ず。とっさにルクスが出来た行動は、翼をしまい込んで地上に落下することだった。

「わぶっ」

 そこまで高くない場所かつ、地面も砂浜ということで、特に落下ダメージなどは起きず。ただ、とっさなことだったので受け身を取ることは出来ず、尻部を突きだしたような格好で頭から墜ちてしまう。自分の置かれている状況――体勢とユウキを失った的な意味で――に気づいたルクスは、恥ずかしさをごまかす……前に、パレオが捲れて露出した足を剣を取り落としてまで隠した。

 特に脚部に何があるわけでもないし、ルクスも反射的な行動だったらしく、パレオをしっかりとさせると急いで剣を拾う。そしてユウキが飛んでいった方向へ、剣を構えながら注視すると、ユウキはその場で滞空してルクスのその行動を待っていた。

「お姉さん……ルクス、だっけ。足に何かあるの?」

 ユウキは高速で突撃していった訳ではなく、ルクスに避けられるや否やすぐさま反転しながら急停止。再び空中から、地上に落下したルクスに襲いかかるつもりだったが、自分より水着を気にしているルクスに対し、攻撃をしないで待っていた。

「い、いや、そういう訳ではないのだけれど……」

「人それぞれ色々あるし、あんまり聞かないけどさ。スッゴいスラッとして、綺麗な足でうらやましいよ!」

 そういうのって大人の女の人、みたいで憧れるなぁ――と続くユウキの言葉に、ルクスはキョトンとしてしまい。自嘲するように小さく笑った後、二刀を下ろして構えを解いた。

「私の負けだよ。今のを待っていなければ、私は斬られていたし」

 ルクスの心からの本音だった。インプの少女の朗らかな言葉に、何だか毒気を抜かれてしまった――というのもあるが。潔く負けを認めたルクスに対して、勝ちとされたユウキは不満げな顔だった。

「えー? 何か物足りないなぁ……」

「それについては大丈夫だよ。私の友達が、仇を討ってくれるから」

 その言葉を終えた瞬間に響く轟音。その金管楽器の音色のような音は、高速でユウキに向かっていく。最初はその言葉の意味が分からなかったユウキだが、その音と自分に接近するソレに反応し――間一髪、突如として突き出された長剣と斬り合えた。

「次は、私が相手なんだから!」

「そうだった……ね!」

 目の前でユウキとルクスのデュエルを見ていて、すっかり自分も我慢出来なくなったリーファが、挨拶代わりのようにその攻撃を仕掛けていた。それを受けたユウキも楽しそうに笑い返すと、リーファの突進攻撃を防ぎながら、反撃を仕掛けんとそのまま空中戦闘へと発展していく。

「…………」

 そんな友人の戦闘狂のような一面を見たルクスは、少しその笑みを崩しながら、リズとシリカが待つ場所へと帰っていく。

「お疲れ様です、ルクスさん!」

「ナイスファイトー」

「ありがとう、二人とも」

 ルクスが戻ると、リズとシリカだけでなく、他の見ていたプレイヤーからも拍手が送られた。それらに照れながらも応じながら、自分もリーファとユウキのデュエルを見ようとするも……自分に万感の拍手が送られ続ける理由が、少し判明した気がした。

「あんのバカ……熱くなったのはいいけど、本当に空中で戦っちゃ観客に見られないでしょうが!」

「あ、あはは……」

 空中戦闘を仕掛けたリーファはどこかへ飛んでいっており、すっかり海岸からは見えなくなっていた。一応このデュエルは、より多くの人に見られて水着コンテストの順位を上げるためなのだが、リーファの頭からはすっかり抜け落ちてしまったらしく。そしてあの二人の空中戦についていこうという観客もおらず、ただデュエルの結果は気になるのでこの場を離れられず、結果として帰ってきたルクスに視線は集中していた。

「それに比べてルクス。あんたはさっきのお尻突き出しドジッ子着地ミスとかナイス!」

「……リズさん、セクハラですよー」

「あの、そ……そ、そうだ。剣。ありがとう、二人とも」

 照れくささを紛らわせるようにしながら、ルクスは預かっていた剣をそれぞれに返そうとするも、むしろ二人はそれを不思議そうに見返しており。

「なーに言ってんのよ、そのままあげるに決まってんじゃない」

「ですよ!」

「え……だけど……」

 やはり遠慮というか逡巡するルクスに対して、リズは「あーもう」と面倒くさそうに呟きながら、ルクスの目前に向かって指を指す。

「そんくらい遠慮せずに受け取っときなさい。ルクスはちょっと遠慮がちすぎるわよ?」

「リズさんぐらいがめつすぎても困りますけどね?」

「何言ってんのシリカ、キリトがいる時いつも触手に巻かれて、サービスショット連発のあんた程じゃないっての」

 何を思い出したのか、みるみるうちに顔が赤くなっていくシリカを見て笑いながら、ルクスは二人から貰った二刀のことを見る。二人の想いが籠もったそれぞれの剣、これからこのゲームを楽しんでいくという、そんな小さな小さな目的の象徴にしよう、と。

「それじゃあ……ありがたくいただくよ」

「そうしなさい。……むしろ、その剣はあたしの店の名前も刻んであるんだから、もっとバリバリ活躍してよね?」

「あ! リーファさんたち見えましたよ!」

 正確には見えやすい位置にまで降りてきた――だが、シリカがそう言った通りに、リーファとユウキがクルクルと回りながら、そのまま落下してくる様子が見て取れた。実態だけ見ればそういうことだが、その一回転の間には何隙もの剣戟が行われており。

 ――攻めきれないことにリーファは、知らず知らずのうちに歯噛みしていた。確かにユウキの動きと反応速度は驚異的ではあるが、その太刀筋は無駄の多い我流――しかしそれ故に、ユウキ自身に合った剣術を取れている訳だが――装備自体はあまりいい物ではないと、リーファはユウキのことをどこかのゲームから来た、いわゆるコンバートしたプレイヤーだと見抜いていた。

 ならばこのゲーム特有のエアレイドならば、それを得意とするリーファに勝ちの目がある。そう計算しての空中戦だったが、なかなかどうして攻めきれない。

 しかし、それはユウキも同様であり。しっかりとした剣術を学んだような、エアレイドを得意とするリーファの攻撃を、空中では防ぐのが精一杯でとても攻勢には移れなかった。ユウキ自身、空中戦は――空を飛ぶ感覚が気に入ったため――苦手ではない、むしろ得意であったが、流石にリーファに及ぶことはなく。

「ええい!」

「この!」

 何度目になるか分からない鍔迫り合いの状態を脱し、お互いに少しだけ距離を取る。今のうちに地上に近づこうと、ユウキは翼を地上へと向けて落下しようとしたものの、その下部には既にリーファの姿があった。

「やっ!」

 ユウキ自身がルクスに初手にやったような、下方向からの鋭い切り上げに、ユウキは翼を操作してその場で一回転。突き出されたリーファの剣を避けるものの、リーファはすぐさまそれを追って切り裂くが、それはユウキも自身の剣で受け止める。再び同じ高度で向かい合った二人だったが、突如としてリーファの指が光を帯び始めた。

「電撃アターック!」

「魔法!?」

 今まで明かさなかったリーファの書くし玉。こればかりはコンバートしたばかりのユウキにはなく、至近距離からのまさに高速の雷撃に直撃し、ユウキは一瞬だけ身体のコントロールを失って落下していく。

「もらった!」

 あとはリーファ本来の得手である高速の斬撃の出番。翼のコントロールを失ったユウキに、すぐさま追撃をかけるために高速で飛翔する――

「うわっ!」

 ――リーファの顔面にまき散らされたのは、多量の砂。突如として巻き上がってきたそれに、自身の高速の飛翔が仇となって、正面から顔に砂が当たってしまう。

 その正体は、落下したユウキが片手剣て巻き上げた砂。手を伸ばしてギリギリで届いた片手剣は、砂浜に一撃を与えて砂をまき散らしていき、広がった砂は羽ばたく翼の勢いで天空に舞い上がった。そしてそれがリーファの顔面に当たり、視界や口に入って怯ませた隙に、ユウキは魔法の麻痺から解放されていた。

「やあぁぁぁ!」

 再びリーファの上空に回っていたユウキは、リーファの身体ではなく先にリーファの翼を狙うと、両翼に飛翔出来ないほどのダメージを与える。切り落とすほどの勢いで攻撃したのだが、それは直前にリーファが回避していたようだ――それでも飛行は困難になると、リーファは砂浜に落下していく。

「終わりだ!」

 もはや、回避をする暇も魔法を唱える暇も剣を構える暇も避けようとする暇も状況を考える暇も何か行動を起こす暇も与えず、リーファが砂浜に落下するのと同時に、ユウキの空中からの追撃が届く。舞い散る砂の中でリーファが最後に見たのは、自身の落下をも威力に加えたユウキの振り下ろしの一撃で、敗北を確信して目を潰ると――

「あれ?」

 ――いつまでもユウキの攻撃は届かなかった。寸止めして自分だ勝ちだ、などとリーファの兄のようなことを言った訳ではなく、寸分違わずリーファに一撃を与える筈だった。

 恐る恐るリーファが目を開けてみると、そのすぐ目の前にユウキの困ったような顔があった。本当にすぐだったため、自分の視界いっぱいに飛び込んできた彼女に少し驚いてしまったが、どうして自分が攻撃されなかったのか考えると。

「あ」

 ……見たところ修正不能な程に折れ曲がった、ユウキの片手剣の姿があった。今まで仲間のノリとやっていた剣舞、ルクスやリーファとの攻防を立て続けにやったことで、ユウキの剣は既に限界を迎えていたのだ。それを無理やり使い続けた結果、今の一撃でかかった風圧が最後の決め手となり。

 片手剣はボッキリと直角に折れ曲がっていた。最後まで折れなかったのは職人の腕かともかく、直角に折れ曲がった剣で斬りつけることは出来ず、結果としてリーファにその一撃は当たらず。

「えっとこれ……どうしよっか?」

 心底困っているのを朗らかな笑顔でごまかしながら、ユウキはリーファへと問うていた。ただし答えるべきリーファには、そのユウキが言う『これ』というのが片手剣のことなのか、デュエルの勝敗の結果のことなのか、はたまた……この砂浜に漂う微妙な空気のことなのか。判断がつかず、答えることは出来そうになかった。


「うっわ、酷いわねこれ。ってか何でこれで折れてないのよ、むしろ」

 直角90°に折れたユウキの片手剣を見ながら、本職のリズがどうしようもないコメントを発する。折れ曲がった片手剣を眺めながら、一応まだ使えることを確認しながら、少し不満げな顔をしたユウキに返す。

「むむむ……あそこで折れてなければ……でも楽しかったよ、ありがと!」

「そうそう、ユウキとああも戦える人なんてそういないって!」

 ユウキとの剣舞を拒否した後は、日光浴に夢中になっていたスプリガンの女性、ノリがリーファの肩を組む。突然肩を組まれたことで、ひゃっ、と悲鳴をあげながら飛び退くリーファに対し、何やらノリの目が怪しく輝きだした。

「ほほう、これはなかなかいい反応……」

「そうでしょうそうでしょう……」

「リズさんまで何言ってるんですか!」

 何やら通じ合ったような二人から、リーファは自らの身体を隠すようにして逃げるものの、リズとノリの即席タッグに囲まれてしまう。ジリジリと距離を積めていく二人に、リーファは徐々に徐々に追いつめられていき……

「キャー――!」

「リーファさん……」

 悲鳴を聞いたシリカはリーファに対して拝んで放置すると、どれくらいポイントが上がったのか確認する。見ていただけのリズやシリカはともかく、あれだけ大立ち回りを演じたルクスやリーファは――リーファは少し怪しいけれど――ポイントが上がっている筈だと。鼻歌でも歌いながらどれくらいかと確認したが。

「……あれ?」

「どうしたの?」

 システムメッセージを見て首を傾げるシリカに、仲間のウンディーネ――シウネーにHPを回復させてもらった、ユウキが気になってメッセージを覗き込む。そこには、あまり上がっていない4人のポイントが表示されており。

「あんまり上がってませんね……」

「ボクたちも結構見られてるはずなのに、あんま上がんないんだよ。ね、シウネー」

「そうですね……ユウキたちの剣舞、結構人が集まってる筈なんですが」

 話を振られたシウネーが困ったように笑い、ユウキたちのポイントも対して違わないことも窺わせる。しかして、ユウキたちの剣舞が人を集めているからこそ、シリカたちはここにこうして来たのだ。それにもかかわらず、ポイントが伸び悩んでいるということは……

「もしかして、ただ見られるだけじゃダメなのかな……」

「どういうこと?」

 シリカの言葉に首を傾げるユウキに対して、自分でも上手く説明出来ないですけど――と前置きをしながら、シリカはこのコンテストの要項を表示させた。『視線を釘付け! 浜辺の英雄は君だ~水着コンテスト~』などと銘打たれたソレには、募集要項やポイント制について、視線を合わされた数だけポイントがつく、などといったシステムが書かれている。

「水着コンテストをしたいだけなら、こんな遠回りなことしなくてもいいわけですし。そもそも、英雄なんて何だか仰々しい名前です」

「確かに……そうですね……」

 水着コンテストをしたいだけなら、ステージに立って審査でもすればいいわけであり、わざわざこんな遠回しな方法を取る必要はなく。それと上手くは言えなかったものの、何だか英雄などと銘打たれているのは、何だからしくない気がして。そんなシリカの仮説に対して、シウネーもコクリと頷いた。

「じゃあ、他に何かポイントが得られる手段がある、ってこと?」

 多分そうです――と、ここに来る前に見た、ロッククライミングをしていたパーティーのことを思い出しながら、シリカはユウキの問いかけに自信なさげに答えた。とはいえ、その別にポイントを得る手段、ということまでは分からない訳だけれど。

『プレイヤーの皆さんに連絡します――』

「え?」

「ん?」

 そんなシリカたちの間に、運営からのメッセージが海の家から流れだし、拡声器から流れる音声に耳を澄ます。

『そろそろ終了時刻のため――ポイント三倍――』

「ポイント三倍!?」

「な、何とかしないと……ってあれ、ルクスさん?」

 要するに。クイズ番組の最後のチャンスタイムのように、これから得ることの出来るポイントが三倍になるのだという。それはつまり、もうすぐこの水着コンテストが終わる、ということでもあり。シリカは慌ててどうにかしようと思ったが、先程からルクスが近くにいないことに気づく。

「ルクスさーん?」

「その……シリカ」

 呼びかけに答えたルクスの声が後ろから聞こえ、シリカは反射的にそちらへと振り向いた。するとそこには、ルクスの姿だけではなく。

「どど、どうすれば、いいかな……」

 困ったように慌てるルクスの他に、今にも泣きだしそうな少女の姿がそこにいた。少女を落ちつかせようと肩を抱いているものの、対応に苦慮しているらしいルクスの眼前――つまり、身長の関係で少女の頭上には、クエストを開始する証たるマークが燦然と輝いていた。

「おねぇちゃんがいないの……」
 
 

 
後書き
 リーファって仲間内では、『イジられる役かつしっかり者の妹』みたいな立ち位置になりましたけど、元々は『勝ち気で対人戦が得意分野なスピード狂』なんですよね。猫被って(ry


 もとい。そんなリーファの一面を真に知っているのはレコンだけと、意外と可能性あるんじゃないですかねレコン(適当)
 
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