大刃少女と禍風の槍
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八節・“主君” への扉を開ける
前書き
グザの容姿は自分がイラストとして描いてあるモノよりも、
『Fate/hollow ataraxia』の“アヴェンジャー”を想い浮かべて貰ったほうが、正直いいかと。
彼の容姿を元に、髪の色違い(勿忘草色)+服の微妙な違い+身長と雰囲気違いとすれば、だいたいグザの容姿になります。
あと彼がよく吸っているパイプは、皆さんも思い浮かべられるポピュラーなタイプの、全体のフォルムを軒並み細くしたものです。
……だからなんだって話ですけども
では、本編をどうぞ。
迷宮区へ到着し、ディアベルを中心とした攻略レイド一行をまず待ち受けていたのは……やはりモンスター。
大人数だからか普段は滅多に湧かないタイプのMobに、予想外の方向からの奇襲もあり、プレイヤー全員がレベル的な安全圏を通っているとはいえ、ヒヤリとさせられるのにはまず間違いないだろう。
だが、ディアベルの指揮能力は中々の物で、違うレンジの武器の交代のタイミングも、スイッチのタイミングも完璧だった。
勿論最初からそうではなく、失敗とはいえずとも小さなミスを犯す事もあったが……ディアベルの能力は、キリトが “盛り上げ過ぎではないか?” という危惧を抱いたのが、余りにもマイナス方向へ先走り過ぎていると言われても、キリト本人すら仕方ないと思える程に高かった。
キイィン! と甲高く、もしくはガキン! と重厚に、前方で湧いた近接戦闘主体タイプのコボルドがプレイヤー達と激しく武器をぶつけ合う、その音が響く傍ら―――
―――否、遥か後方。
「よし、良いぞ! スイッチ!」
「っ……! やああぁぁっ!!」
キリトを一応のリーダーとして逸れ者のイロモノ三人パーティーもまた、少ないながら迫りくるモンスター相手に戦闘を行っていた。
ノックバック効果のあるスキル、及び重さのある攻撃の後に生じる隙を利用し、割り込んで行くのが “スイッチ” という名のテクニックで有り、アルゴから教えてもらっていたアスナも淀みなく実行できた。
更にこの“スイッチ” の利点として、最初はターゲットが変更されていない事を利用しての大胆な攻めが可能という点。
そして細かい攻撃を重ねてヘイト値を重ねターゲット移動すれば、パートナーに対しての決定的な隙作りが出来る点にある。
割り込んで邪魔をすれば自ずと相手のパターンも限られ、武器属性が違うならAIに負荷もかけられ、良い事は多い。
しかし一方で、モンスターが強引な攻めを展開してきた際など、中々実行に移せない場面も多々あり、万能な手段ではない一長一短なモノなのだが、それは仕方ないだろう。
「『フルルルルゥ……ッ!』」
槍を用いて中距離から攻めてくる『コボルド・スピアウォリアー』に対し、アスナはその直線的な突きをステップで避け、
「はああっ!」
すぐさま接近し細剣スキル基本技【リニアー】を打ち込む。
凄まじいスピードはキリトの目に切っ先を映させず、ただ純白の光が刺突の残身となって尾を引く。
「『フグルルル!』」
「甘い、ぜっ!」
コボルドのターゲットがアスナへ移り、敵意の満ちる瞳と鋭利な槍を突き付け――――しかしそれはキリトに隙だらけな姿を向ける形となる。
それ見て彼もまた駆けより、背中を斬り付けてコボルドへ驚愕の叫びをあげさせた。
「オオオオオォォ!?」
「よし……!」
軽く拳を握って、キリトがガッツポーズをした―――
「ヒャオアッ!!」
「いっ?」
―――その横から奇声を上げて、一つの“影”が瞬く間に通り過ぎていく。
確認するまでもない……グザだ。
「シィィアッ!!」
前に傾いたコボルドの頭目掛け、高身長を活かした膝蹴りで真上に打ち上げた……が、音こそ物々しかろうと、当然コレはスキルでもなければ武器使用でもない無手攻撃。
幾ら聞こえる衝撃が重くても、効果やダメージ自体はたかが知れている。
やはりと言うべきか、大してノックバックもしなかったコボルドは三度槍を構え、残存HPの量が少ない所為かより迫力を増した穂先を突き出してきた。
「よっ」
瞬間、なんの脈絡も無くグザの身長が一気に低くなり、槍の穂先が後頭部ギリギリを掠める。
思わず目を疑ったキリトだがすぐに原因が判明した。
彼は屈むのではなく、見事な柔軟性を発揮して前後に開脚、更に体を若干傾け頭狙いのスラストを避けたのだ。
「ジェアアアァァッ!!」
怒った様に雄叫びを上げ二度繰り出された追撃も、一発目は後ろに思い切り反って、二発目は上半身を曲げ反時計回りに動かして難なくやり過ごす。
そこから槍を放り投げれば、開脚したままにカポエイラの如く逆立ち回転蹴り。
勢いで立つどころか飛び上がり、フロントキックを決めて背後にポーズを取りながら着地した―――その手に槍がスポッ、と収まる。
「オォラアァァッ!!」
槍を中心近くから弾かれたせいか、コボルドの体勢は万歳の様になり、間抜け且つ隙だらけだ。
当然容赦の欠片もなく、緑色の鋭い光線を残しながら【ツイン・スラスト】による二連突が喉を抉る。
そして……コボルドの動きが不自然に硬直した刹那、体を青白い無数のポリゴン片に変え空中へ霧散させた。
「ハ~イ終了、っと。さっきまでお前さん達が倒してたし、オレちゃんが持って行っても良いやね?」
「……まあ状況的にも文句は無いけどさ」
「せめて実行する前に言いなさいよ、ソレ」
「おぉう。当たり前たぁいえ、こりゃ手厳しいねぇ……ヒヒハハハ」
笑いながらパイプをくわえ直すグザと、冷静を装いくだらない与太話を続ける傍ら、内心でキリトはまたも感嘆を抱いていた。
先に行われた柔軟回避からのアクロバット跳躍に、槍ジャグリングに繋げたソードスキルフィニッシュは、何度も反復させて己の身体に叩き込まなければ到底成し得ない技術だ。
一朝一夕で実用性を得られるものではない。
されど、誰にも出来ない特許技術クラスでも無いのであり、特に柔軟に限っては身体が1と0で出来た“アバター”であるし、キリトもアスナもやろうと思えばやれるだろう。
(けど慣れてなけりゃ、あんな動きは出来ないだろ……何者なんだよ本当に)
だがそれはあくまで、動作が出来るか出来ないかの問題であり、今のように現実で実行するとなればまた話は違ってくる。
命を失いかねない戦闘で冷静さを保ち、GAMEで剣を振るぐらいでは見に使ない技術を持つ―――それはベータテスターではなく、さりとてゲーマーでもなく、アスナの様な人間ともまた違う。
彼の実力自体は有りがたいので、キリトは表立っては何も言わないが、内心積み上がる疑問でモヤモヤしているのは最早言うまでもない。
(まあ気になるは気になるけども…………さて)
ともあれ戦闘を終えた二人に、キリトは近付いていった。
「グッジョブだ二人共……あと、グザ。一ついいか?」
「何だい?」
「グザの持っている両手槍はさ、本来デバフ付きソードスキルでの行動阻害や、中距離からの小刻みな妨害でヘイト値をコントロールするのが役目となる武器なんだ。だから勝手に飛び込んでいくより、他のパーティーにも任せて俺達の援護に回ってくれると嬉しいかなー……と」
実際の所を言えば全く援護していない訳でもなく、此処までの敵ならグザ一人でも倒せており、加えてアスナとのコンビ間、キリトも含めたチーム間でも別段戦闘に支障は無い。
事実、不意打ち気味に襲った来た際、グザは単独で見事対処して見せた事もあった。
その事からキリト自身も多少は苦々しく思い、されど閉ざしたままではいられないか発案したらしい。
何せSAOはVR“MMO" であり、更にこの後控えるのはフロアボス、連携は大事となってくる。
グザとて其処まで好き勝手に行動したりはしないだろうが、さりとて何も考えず攻撃しても、連携を崩す可能性が首を擡げてしまう。
ならば、せめて三人内での連携と武器の役割ぐらいは、ある程度グザに守って貰おう……それがキリトの考えなのだ。
「ふむ……」
幸いなのかグザはさして嫌な顔もせず、寧ろ真剣な表情で(パイプは吸ったままだが)キリトの案を聞き入れ考えている様子。
またも前方で戦闘がはじまり、ライトエフェクトにサウンドエフェクト、ダメージエフェクトが飛び交い始めた時。
グザは答えを出したか、ゆっくり口を開く。
「OK、分かったわな。状況状況で判断しようじゃーないのよ」
「……ああ、ありがとな」
年上だからこその度量か、それとも本人が其処まで必要無い時は複雑に考える方でじゃあないのか、肯定的な返答を貰ってキリトは内心ほっと溜息を吐いた。
しかし……階層が中腹あたりであった事や、まだ支持の伝達が不完全だった事もあり―――不幸かな、その後は一体も後ろから襲いかかってくる事が無く、あれよあれよと言う間にボス部屋の前までたどり着いてしまった。
(何で―――何で決意した時ばっかり隠れるんだよ!?)
……今すぐにでもキリトはそう叫びたかったが、POPまでの時間ならまだしも、湧く場所はシステムが人数やこれまでの行動パターンで決めているので、当然一プレイヤーには抗う術もない。
(ま、まあ一応言う事は言ったし……ちゃんと聞いてくれる事を願うか? それとももう一回言うべきか……?)
多少ながら情けない思いを胸に抱きつつも、さすが切り替えは出来ていると言うべきか…………ボス部屋の扉を見た途端、キリトの目は鋭い物へと変わった。
大抵ボスに関係ある要素がレリーフされているのだが、第一層は情報通りコボルドの王を閉じ込めていると言う訳なのか、何処か恐ろしげな獣頭の亜人が彫られている灰色をした石造りの扉だ。
コボルドと言えば、一般的なRPGゲームでは座子もいいところの弱いモンスターであるのは、ゲームをやった事ある者なら自明の理。
されどこのSAOに置いて、コボルドは亜人種系モンスターだと言うだけで侮りがたい相手となっている。―――此方の理由も単純で、このSAOで重要な要素足る【ソードスキル】を使えるからだ。
通常攻撃は単純にも程があるが、こと【ソードスキル】となればモンスター専用のモノすらあり、時にそれらは予想の外をついてくる。
何より通常攻撃を遥かに引き離す威力、スピード、命中補正を付与される【ソードスキル】は、初級基本技であろうが……極論、防御態勢を取らずクリティカルを喰らってしまえば、それこそ尋常ではない量HPを持って行かれる。
自暴自棄に近かった上、ネトゲはおろか剣術すら初心者のアスナが、細剣と【リニアー】たった一つで迷宮区の上階まで上がった事が、充分に恐ろしさを物語っていると言えるだろう。
(時間は、まだありそうだな)
ディアベルが前方で隊列を直したり改めて作戦を伝えてはいるが、オミソな所為で整列とは無縁なキリトはチャンスとばかりに、もう一つ伝えておくべき事を伝えるかと後ろで待機しているグザをハンドジェスチャーで呼ぶ。
「……ちょっといいか?」
グザが傍に寄った事を確認して、今度はキリトが横へいたアスナの方へ若干身を寄せ、声をひそめながら話しだした。
「今日の戦闘で相手する『ルインコボルド・センチネル』だけど、扱いが取り巻きのザコなだけで十分強敵だ。頭と胴体の大部分を鎧で覆っているから―――」
「貫けるのは喉元一点だけ、でしょ」
「その通り。俺が武器を跳ね上げるから、その隙に打ち込んでくれ。……グザは中距離からのタゲ分散と、行動妨害をたのむ。気を見て俺が割り込むから深追いはしないでくれよ」
「あいよ、任されたわな」
鉄の扉に向き直った二人の横顔に、キリトは数秒の間視線を向け続ける。
アスナの“何処でどう死のうが早いか遅いかだけの違い” という考えは、実はキリトもグザから多少文面を変えたモノを聞いていた。
その言葉に対してキリトは、グザとはまた趣が違えども、しかしそれを証明させる訳にはいかないと同じ事を想った。
何より、彼女の剣技の腕は【リニアー】一本で迷宮区上層まで上がったことが、何の疑いも無く示しており、加えてフードに隠れて見えずとも確かに整った容姿も含めれば……この戦いで生き残る事さえできれば、きっと攻略組を照らす光にもなり得ると、キリトはそう考えているのだ。
またグザは特異な見た目やしゃべり方が災いするモノの、卓越した槍術にそれなりの頭脳はキリトも経験済み。
本人の意向がどうなるかは知れないが、それでも参加さえすれば攻略組を引っ張っていける一人にも、もしかしたら成れるかもしれない。
(それは……一般プレイヤーに恨まれる存在な俺には―――特にアスナの在り方なんか、到底成果たしえないものだしな……)
心の奥深くで、キリトはそう考えている。
……己の決意を胸に前を向くのと、ディアベルが整列させ終えて門前に並ばせるのは同時だった。
ディアベルは無言のまま剣を高く掲げ、皆もそれに同調して己の得物を掲げた。
「……」
頷いたディアベルの顔からは、もう既に笑顔は消えている。
そのまま反転し、扉に手を置き……
「行くぞ!」
大扉を押し開け、傾れ込んでいった。
(ここまで、広かったか……?)
キリトがボスフロアを覗いて、まず抱いた感想がそれだった。
彼の知るベータ時代と無い層自体は其処まで変わっていないものの、横幅が若干増して縦幅に至ってより長くなっているようだとも、キリトは目測でそう感じていた。
更に10mは余裕で離れている一番奥側には、明らかに常人が座る目的で作られていない、高さ4mはある背もたれを持つ玉座が置かれている。
そして皆が抱くだろう「人間なんか座れないのではないか?」と言う疑問通り、その玉座に腰かけているのは―――――人間などでは決してない。
人に似てはいるし、人の身体は持っている……だが身長が高すぎる。
頭部が違いすぎる。
その3メートルは余裕である体躯の上に乗っているのは、血色の相貌とナイフの如き牙を持つ『猛狗』の顔。
脳天を守るヘルムアーマーをかぶり、両手斧に勝るとも劣らない刃渡りの片手斧を持ち、反対側に握られる盾は片手装備扱いの筈であるのに、サイズは大型シールドにも匹敵する。
その恐怖を与える外見と、玉座で静かに待ち続けるその様相は、まさしく第1層迷宮区で嫌という程あふれていた『コボルド』の王に相応しいものであった。
一歩、また一歩と距離を縮め……しかし、彼らの気概をあざ笑い、焦らすように動きを見せない。
「何時来る……!?」
10歩も進んだ頃だろうか―――誰のものかも分からない呟きが、不気味なぐらい閑散としたフロアに響いた……まさに、その直後。
ボボボボボッ!! と次々音を立てて、扉付近から最奥部まで両端に幾つも立てられた燭台へ、誰の手が加えられるでもなく独りでに青色の火が灯ったのだ。
そのお陰もあり、薄暗く見通しの悪かった部屋内が一気に明るくなる。
だがこの現象はメリットを齎すと同時に、コボルドの“主君” を目覚めさせる事ともなり―――
「『グルルルゥゥ……アアアァァ…………!』
主君らしい、或いは王らしいとも言える緩慢な動作で、遂にコボルドの頂点に立つモンスターが戦闘態勢を取った。
濁った血色の相貌に獰猛な光を宿し、プレイヤー達を遠方より睥睨している。
ちぢみ切った体に冷水を掛けられたが如く、レイドメンバーの内3分の1が怯み、しかし残りは逆に打ちなる炎を滾らせ武器を構えてその目線を受け切った。
「全体構え……」
「『グルル……』」
ディアベルは剣を高々と上に、コボルドは武器を交差させ目の前に掲げ……仮想の空気を存在せぬ肺へと送り込み―――
「攻撃開始ーーーっ!!」
「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
「『オ゛オ゛オ゛オオォォォォォォォア゛ア゛アアアァァァァ!!』」
「「『『ギュアアアァァァァァッ!!』』」」
ほぼ同時に、戦闘開始のゴング代わりともなる、猛々しい叫び声を上げた。
パーティーごとに指定された役割、定められた役割をこなすべく……ある者等はコボルドの王へ、ある者達は護衛兵へ、ある者はパーティーの後ろへ、雄叫びを上げながら駆けていく。
「『ジイイィィアァァァ!!』」
「来たっ―――よし、俺達も行くぞ!」
「えぇ……!」
「はいよぉ! やったるわな!」
キリト、アスナ、グザの3人パーティーもまた、取り巻きのコボルド目掛けて駈け出した。
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