八神家の養父切嗣
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IFルート 一話:狂った運命
前書き
二十三話の中盤からの分岐となっています。
「時間がないから手短に伝えておこう。切嗣、主はお前の声で起きた。主の願いはお前と話すこと」
「何…だと? つまり、僕が―――封印を解いたというのか?」
クロノの背中に突き付けた状態で銃を震わせる切嗣。
『ローラン』による凍結魔法が解けたのは切嗣のおかげだというリインフォース。
それは額縁だけで受け取れば感謝の言葉にも聞こえるかもしれない。
しかし、そんなことはない。
彼女は世界を危機にさらすという結果を他ならぬ衛宮切嗣が招いたと言っているのだ。
「目覚めぬはずの主が目を覚ました。これを奇跡と呼ばずになんという。
喜べ、切嗣。お前はやっと―――奇跡を起こせたのだ」
奇跡は起きた。他ならぬ衛宮切嗣の手によって。
その言葉を最後にリインフォースは表から姿を消す。
―――だが、しかし。
そんなことを彼が認められるはずもない。
衛宮切嗣は如何なる理由があれど奇跡を信じることなどない。
奇跡など起こらないと断じて数えきれない程の人間を殺してきた男が。
―――奇跡を認められるはずがない。
「ふざけるな…っ。そんなことを―――認められるかッ!!」
もはや、意地であった。否、意固地にならなければ罪の重さに押しつぶされてしまうだろう。
今までのような行いを選択し続ける。それだけが衛宮切嗣に許されたことと信じて疑わない。
リインフォースが防衛プログラムとの切り離しを終える前に封印すべくアリアの方を向く。
だが、その刹那に生じた隙をクロノが見逃すはずがなかった。
「はあっ!」
「ちっ!」
一瞬の戸惑いも見せずに体を捻り、銃口から自身を逸らしながらS2Uを叩きつける。
相手の本分は中・遠距離からの射撃。故に勝つには近接戦闘でいくしかないと考えていた。
しかしながら、その考えは少々甘いと言わざるを得ないだろう。
『Mode knife.』
コンテンダーとは逆の腕にナイフを出現させS2Uの軌道をずらし衝撃を緩和させる切嗣。
何も切嗣は近接戦闘ができないわけではない。
最も効率よく人を殺す手段が射撃であることが多いために銃を多用しているに過ぎない。
必要とあらば如何なる道具も使いこなし、ターゲットを殺してみせる。
それが殺人というテクノロジーの全てを手に入れた男、衛宮切嗣だ。
「―――フッ!」
「つ…ッ」
最短かつ、最速で放たれるナイフによる無数の刺突。
その技には光り輝くものはない。究極の一と言えるものでもない。
だが、愚直に人を殺すという行為だけに全てを捧げてきた背景が手に取るように感じられる。
故に、S2Uで弾き、いなし、躱しながらも額を伝う冷たい汗が消えることはない。
しかし、ただ良いようにやられるだけでは執務官は名乗れない。
「……固有振動数は割り出させてもらった」
防戦一方のように見えてクロノは静かに逆転の機会を探っていた。
目標の固有振動数を割り出した上で、それに合わせた振動エネルギーを送り込み目標を粉砕する魔法。
それを呼吸を忘れるような戦闘の最中に当然のようにやってのけたのだ。
すぐさま、手を引こうとする切嗣だったが間に合わない。
「ブレイクインパルス!」
『Break Impulse.』
接触し合った瞬間に砕け散るナイフ。
相手のデバイスを破壊してしまえば後は捕縛するだけだ。
だというのに、先程以上の寒気がクロノを襲う。
目を向けてみれば自身の脳天に銃口を向け唇の端を吊り上げる姿が目に入った。
馬鹿なと、思う。形態を変えるデバイスと言えど、元が同じデバイスである以上は一部が壊されれば何らかの不具合が生じるはずだ。
そんな思考を読んだかのように切嗣が口を開く。
「ナイフは最初から消耗品としてしか作ってないんだよ」
ナイフは何も手にもって斬りつけるだけが全ての武器ではない。
投擲することもあれば、相手の肉を貫き固定させることもある。
その際に一々回収するなどという面倒な真似はできない。
故にナイフに関しては元より消耗する物としてストレージに保管してあるものを取り出すようにしてある。
―――死ぬ。
クロノの頭にその一言が過る。
人は死を目前にしたときに時間が遅くなったように感じる。
これは実際に遅くなるということではなく、本能が全ての機能をもって生命を維持させようとするからだ。
他の全ての機能を蔑ろにして生存を優先させるための機能に力を集中させる。
その結果、時が遅くなったように感じられスローモーションで見えるように感じる。
切嗣がコンテンダーの引き金を引く姿もスローモーションに。
『Penetration shot』
弾丸が放たれる。もはや、頭は何も思考していない。
普通の人間であればここで何もすることなく無残に脳を貫かれ即死する。
だが、クロノは普通ではない。血の滲むような修練を行ってきた。
頭が思考を放棄しようとも、身体に染みついた反応は嘘をつかない。
ただ、何も考えずに無防備の状態でS2Uを眼前に持ち上げ防御の体勢をとる。
できたことはそれだけだった。例え、間に合ったとしてもS2Uごと貫かれる。
それだけの威力は持ち合わせている。そして―――防御はタッチの差で間に合わなかった。
「なにッ!?」
しかしながら、幸運の女神はクロノを見放しはしなかった。
確かに彼の防御は間に合わなかった。そしてS2Uは破壊された。
正面で受け止めるという本来の目的には達しなかった。
だが、“奇跡的”な確率でS2Uが弾丸の下部分に当たりその軌道をずらしたのだ。
そのおかげで弾丸が頭を掠め血が噴出するクロノであったが命に別状はない。
“奇跡”のような出来事に驚愕の声を上げる切嗣だったが、身体は既に次の手を打っていた。
コンテンダーを振り上げ、クロノの脳天に目掛け振り下ろす。
単純であるが故に原始時代より前から行われた殺人方法、撲殺。
たった今できた傷口に落としてやればいくらバリアジャケットがあろうとただではすまない。
(これ以上封印の邪魔をさせるわけにはいかない。保険は整っている。クロノ・ハラオウンはこのまま始末しても問題はない)
既に最悪の場合の保険は整っている。
時間をかけないようなら邪魔な物となった者は始末した方が良い。
殺しを解禁された以上はそこから先は衛宮切嗣の独壇場だ。
だというのに、運命は切嗣を嫌うかのように邪魔をし続ける。
「ハーケンセイバーッ!」
『Haken Saber.』
金色の刃が高速で回転しながら飛翔してくる。
その刃は高い切断力と自動誘導の性能を併せ持つ。
フェイトとバルディッシュの容赦のない攻撃が今まさに止めを刺そうとしていた切嗣を襲う。
思わず、内心で舌打ちを零す。だとしても冷静さは決して失うことはない。
即座に固有時制御二倍速を使い、回避する。
だが、黄金の刃は逃がさぬとばかりに迫ってくる。
「バリア!」
切嗣は一端足を止めて防壁を張り、刃を防ぐ。
しかし、この魔法にはバリアを“噛む”性質がある。
まるで電動のこぎりで少しずつ削っていくかのように防壁を消耗させていく。
そして、その特性を十二分に熟知している使い手たるフェイトは無防備になった切嗣の後ろに回り込み閃光の戦斧を振りかぶる。
「甘い…ッ」
「読まれてた!?」
だが、その程度のことを予想できぬ切嗣ではない。
わざわざ受け止めたのはフェイトをおびき寄せる為の罠に過ぎない。
自身の動きを止めれば後ろに回り込んでくると予想を立てており、そこに向け振り向くこともせずにキャリコの銃弾の雨を浴びせる。
威力そのものは低いキャリコであるが、元々装甲の薄いフェイトにとっては凶器たり得る。
腕と足に数発の銃弾を受け、堪らずに障壁を張る。
同時に光の刃もその役目を終え、消え去る。
「固有時制御――二倍速!」
そんなフェイトの様子には目もくれず、切嗣はアリアの元へ一直線に向かう。
今果たすべき戦略的目標はアリアを拘束から開放し、永久凍結を行うこと。
無防備な子供二人を殺すような無駄な手間は省きたい。
案の定、急激な変化についてこられずにフェイトとクロノは置き去りにされる。
あと少しでアリアの元にたどり着く。そう確信した瞬間に切嗣の背筋に悪寒が走る。
「ディバイン―――バスターッ!!」
『Divine Buster Extension.』
桃色の極光が、切嗣が飛んでいた周囲を丸ごと吹き飛ばす。
なのはには切嗣の動きを完全に捉える術はない。
だからこそ、開き直って避けられない範囲での攻撃に切り替えたのである。
「当たった…かな?」
『master!』
自身の攻撃が当たったかと目を凝らすなのはにレイジングハートが警告を飛ばす。
ハッとして振り返ると海の中から現れた二つの誘導弾が背後から迫ってきていた。
慌てて防ぎ、次に来るであろう攻撃に備え前を向く。
だが、その行動もまた敵の予想の範囲内であった。
「きゃッ!?」
目を向けた瞬間に凄まじい光が眼を焼く。切嗣が用いた閃光弾だ。
切嗣はなのはの砲撃を三倍速になることでギリギリで躱し、死角となる海中から誘導弾に襲わせ、閃光弾で視覚を奪ったのである。
そして、再びアリアの元に向かい移動を始めようとするのだが敵はまだ居なくはならない。
「よくも、フェイトを傷つけてくれたね!」
「固有時制御――二倍速!」
フェイトを傷つけられたことで怒りに燃えるアルフの上段への蹴りを加速することで避ける。
すぐに攻撃へと転じたいのだが、固有時制御の使い過ぎにより肉体は既に悲鳴を上げている。
軋みを上げる心臓を無理矢理抑え込むように大きく息を吸い込み距離をとる。
まさに猛獣といった瞳が切嗣の体を射抜く。
しかし、その瞳にも微動だにすることなく、彼は滲み出た血で滑る銃を握りしめる。
(近接戦闘タイプの使い魔、接近戦ではこちらの不利。コンテンダーはカートリッジの再装填が必要。閃光弾は先程失った。距離をとって戦えば勝てる。だが、それでは封印が間に合わない)
さらに言えば、すぐにフェイトとなのはとクロノが追ってくる可能性が高い。
クロノに関してはデバイスが壊した為確率は低いかもしれないが。
とにかく、これ以上まともに敵の相手をする余裕はない。
序盤にクロノ相手に少し時間を掛けすぎたことを若干後悔しながらタイミングを計る。
(少し負担が大きいが三倍速で一気に掻い潜るしかない。キャリコで牽制すればバインドを解く時間は稼げる。防御プログラムの状況を見るにこれが最後のチャンス……しくじるわけにはいかない)
チラリとリインフォースの様子に目を向け確認を行う。
これ以上の時間的ロスは許されない。故にリスクを覚悟で直進する。
「固有時制御――」
体内の時間を操作すべく暗示の言葉をかける。
しかし、そうはさせぬとでも言うように鎖型のバインドが切嗣の下から現れる。
そこには誰もいなかったはずだと驚愕し、視線を向けるとそこには一匹のフェレットが居た。
(しまった! ユーノ・スクライアは変身魔法で姿を変えられるという情報は頭に入れていたはずだった…っ。姿が見えない時点で疑っておくべきだったか。だが……この距離なら問題なく切り抜けられるはずだ)
夜の闇に紛れるように姿を小さくしていたユーノの策に一瞬だけ気を乱される。
しかしながら、勝機は逃げてなどいない。バインドが来ようとも捉えられなければ良い。
己の時を操作する最後の一節を唱える。
「三倍速!」
自分以外の全てのものの速度が三分の一になったかのように感じられる。
それは自分が他者よりも三倍の速度で動いているからこそ。
ゆっくりと自身を捕らえに来る鎖の間を掻い潜り直進していく。
アルフが驚きに満ちた顔で手を伸ばしてくるがそれを大きく躱すことなどしない。
触れるか触れないかのギリギリの距離を通り抜けていく。
本来流れる時間であれば無理だろうが三分の一になった時間であれば造作もない。
相手の手から見事に抜け出し、アリアの前に到着する。
「ぐうぅッ!」
「切嗣、あなた…!」
ミシリと嫌な音がアリアの鼓膜を打つ。
固有時制御の度重なる使用による体内時間の修正が切嗣の肋骨を折ったのだ。
苦しそうに顔を歪める切嗣に心配して声をかけるアリア。
だが、彼はその優しさを鬼気迫る表情で撥ね退ける。
「…ッ、僕のことはどうでもいい。バインドを解いたらすぐに封印を―――」
切嗣はその言葉を最後まで言い切ることができなかった。
背中に突き刺さる小さくも大きな衝撃。
呼吸ができなくなり、今までの疲労の蓄積から視界が白くなりながらも体は銃口を向ける。
そこで、ようやく自身を打ち抜いた者の声が届いてくる。
「スティンガーレイ」
それはデバイスを壊され、額から血を流すクロノの声。遥か遠くからの遠距離射撃。
何も魔法とはデバイスがなければ使えないものではない。
しかし、この距離を正確に、しかも殺さないように撃ち抜くのは並大抵のことではない。
「相手の目的が分かっているのなら、そこに張っておくのが定石だろう」
「……ッ。あの、痛みさえなければ拘束は解けていた…ッ」
崩れ落ちようとする体を無理に支えながら切嗣は声を絞り出す。
固有時制御の痛みがなければ拘束を解くことができ切嗣の勝利だった。
まさに神に見放されたとでも言えるかのような不運が男を襲う。
だが、それでも彼の体は決して奇跡を起こさせないために動き、アリアに手を伸ばす。
その瞳にはアリアは映っておらず、在りし日の地獄だけが映っていた。
全てを救おうとして、全てを失ったあの日を。
救うと言って―――殺すことすらできずに逃げ出したしまったあの少女を。
「チェーンバインド!」
「バインド!」
結論から言えば衛宮切嗣の手は決して届くことはなかった。
アルフとユーノのバインドにより何重にも拘束されてついに動きを止める切嗣。
そして、それを見計らったかのように白き光が天を穿つ。
防衛プログラムと八神はやての切り離しが成功してしまったのだ。
『我ら、夜天の主の下に集いし騎士』
剣の騎士が凛とした声で謳い始める。
『主ある限り、我らの魂尽きる事なし』
泉の騎士がその詩を続ける。
『この身に命ある限り、我らは御身の下にあり』
盾の守護獣が永遠に破られぬ誓いの言の葉を告げる。
『我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に』
鉄槌の騎士がこの世で最も愛しき最後の夜天の主の名を誇らしげに謳い上げる。
その光景を切嗣はこれが本当に人間にできる表情なのかと疑いたくなる無表情で見つめる。
彼の心には喜びも罪悪感もなかった。ただ、恐怖だけがあった。
全てが失われるかもしれないという、衛宮切嗣の“体”を突き動かす恐怖が。
少女と家族は救われた。だが、世界はまだ救われてなどいない。
ならば、やることは一つ。最悪の事態を招く前に対処するだけ。
「……アルカンシェルで辺り一帯ごと消し飛ばす」
衛宮切嗣はここに来てまでも目の前の奇跡から目を逸らし続けていた。
後書き
囚われの女性を救うために高ランク魔導士5名を相手に大立ち回り。
己の肉体に極度の負荷を掛けながらも女性の元にたどり着く。
しかし、あと一歩のところでボス格に敗北。だが彼は決して認めず女性に手を伸ばす。
それでも届かずに捉えられる。そこで倒したはずの敵の復活。
だが、それでも主人公は認めることはなかった。
嘘は言ってないな、うん。なんかケリィが純愛熱血主人公みたくなってるけど(白目)
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