ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第209話 最初の一歩
前書き
~一言~
遅くなってしまってすみませんっ! 何とか1話分の執筆が終了しましたので 投稿します! 原作では、詩乃さん+和人(キリト) だったのですが 物の見事に奪っちゃいました! なので、原作で言うキリトのポジに隼人くんが着ただけ…… の様なシーンが多いですが どうか 温かい眼でお願いします。
……シノンさんの中に キリト君のウエイトが少なすぎる様な気もしますが……、そちらもどうか…… 苦笑
最後にこの二次小説を読んでくださって、ありがとうございます! これからも、頑張ります!!
じーくw
この頭上遥か高く、高く……広がる青空。
まるで、その向こうの宇宙を感じさせる程に、高い空だった。だけど、この空の高さだけは、現存する如何なるVR世界でも再現する事は出来ないだろうと思える。まるで過ぎ去った秋が忘れていったような、濃く澄んだ青の色の中に、小さな羊雲と薄い筋雲が層をなして浮かんでいる。
そして、自然ではなく人工物である細い電線もこの空の中に、1つの風景として存在している。その細い電線には、雀が2羽肩を寄せ合っており、囀りを聞かせてくれる。
――……それは、この空 そして風景は、朝田詩乃にとってもいつも、見ている筈の空だった。だけど、詩乃は この空 澄んだ青い空が どう見ても 初めてに思えてしまう。
はっきり言えば、どう言えば良いのか、どう表せれば良いのか判らない。ただ、光で溢れている感覚が網膜を当して、身体の中に広がっていくんだ。
そんな、精神さえも吸い込まれそうな、途方も無い奥行を持つ晴天の青空を飽きることなく見入り続けていた。
今は12月半ばだと言うのに、風がとても暖かく感じる。放課後直後の生徒たちの喧騒もこの校舎裏にまで届かない。いつもの東京都心の空ではない、今日だけは故郷の北の街と似た色の青空。
それも、懐かしささえ思える青空。澄んだ空の様に、心さえも洗われる空。
懐かしいのは、当然だ。これは、あの時以来の空だったのだから。
「――……そう、だったわね。こんな、空だった。……お母さんと一緒に、手を繋いで歩いていたあの時の空は、ずっと……」
そう、詩乃も過去からずっと見てきた筈の空だ。
……厳密に言えば、その日、その1日1日の空の色は、若干は違う。全く同じ空なのは有り得ない、と今なら思う。……その日、其々に特有の色があるからだ。天気は勿論、湿度や気温。事細かな数値で表したとするなら、全く同質の空などは存在しないだろう。物心付いた時には 父親が事故で他界してしまったと言う不幸もあった。自分自身にとっての唯一の救いと言うべきものは まだ赤子だった と言う所だろう。……思い出の数が多ければ多いほど……、失った時に心に空く穴の大きさが比例するから。……母親がそうだった様に。
だけど、父親を失い 幼い少女の様になってしまった母親との暮らしは 毎日が幸せだった。どんな些細な事でも 話し、話される。ありきたりで、ありふれた、ただの日常。何でもない、そんなありふれた日々が幸せだった。
――……たった1日の数分で それが悪夢へと変わってしまったんだ。
『撃つぞぉ! 撃つぞぉぉぉ!!!』
悪夢の声、そして 悪夢の姿。そして、悪夢の兵器。
悪魔の様な男の顔が 自分を苦しめ続けた。でも、人を殺めてしまった罰だと、何処かで認めていたかもしれない。でも、それでも あの日から毎日が地獄だった。……心的外傷後ストレス障害の苦しみも、小学~高校へと無限に続くとも思える苦しみ、苦行。
――……あの男。そして赤い血の涙で覆われた顔。黒い銃、《黒星五十四式》これが自分の闇の全てだった。
でも……、そんな無間地獄から 救ってくれた。
ずっと、他人に縋る事は弱さなのだと決めつけていた。だけど、……彼が教えてくれた。
『オレは、1人じゃないから、1人じゃなかったから、今のオレがいるんだ』
強さを得ようとして、ただただ戦い続けてきた。他人を拒み、ただただ我武者羅に進んでいた自分に気づかせてくれて……そして、彼が、全てから助けてくれた。
『……幾らでも握ってやる』
そして、全てを知った上でも尚、一切躊躇う事なく、彼は自分の手を掴んでくれた。その手の温もりは今でも鮮明に思い出せる程だった。
『お前の闇は。……オレが封じよう』
その言葉の通り、……本当に 自分の中に何年も……何年もくすぶり続けた悪夢を。……闇を、彼は封じてくれた。
目の前に現れる闇。……悪夢を封じてくれた。悪夢と共に現れる男も、……そして、黒星五十四式も一緒に。目の前で蹴散らし、霧散させてくれた。
そして 仮想世界だけじゃなく、現実世界でも同じで救ってくれた。掴んでくれた手は 仮想世界だけじゃなかった。
「………」
詩乃は、この無間に広がる世界を、空の下で心を浮遊させながら、その青く高い空のキャンパスに描いたのは、昨日の事だった。
あの後、隼人はそのまま数分後にやって来た救急車で病院へと直行する事になったんだ。
あの時は、ずっと詩乃は 隼人の手を握り締めていた。救急隊員が駆けつけて、担架に乗せられて、運ばれていく時こそ、手は離したが それでも詩乃は追いかけ続けた。
――……自分のせいで。
詩乃は その想いが強かったからだ。
特に救急車に運ばれる、と言う状況がよりいっそう拍車をかけた。
『……詩乃を助けた事も、怪我をした事も気にしなくていい。……仲間を助けるのは、助け合うのは当然、だからな。そうだろ?』
隼人は、少しばかり照れくさそうにそう言っていた。
それでも、所々傷の痛み、スタンガンでの身体のダメージ、神経や筋肉にもまだ影響が残っている様で、満足に動かす事が出来ない隼人を見ると、どうしても 詩乃は平常心ではいられなかった。
あの時 隼人に、『今は、加減を……』と言われなかったら、もしも 和人が来てなかったら、大声でわんわん泣き続けながら、隼人を抱きしめ続けただろう事は今でも判るから。
救急車の中でも、声こそは 押し殺していたが、涙は枯れる事なく 留まらずにゆっくりと流れ続け、更に病院で 隼人の義親である綺堂と再会した時は、更に泣いてしまった。何度も自分のせいだと、言い続けて。
事の顛末を知った綺堂は、肩を震わせて泣く詩乃の肩に優しく手を置いて、落ち着かせてくれた。その辺は 流石は歳の功と言った所だろうか、詩乃は次第に落ち着きを取り戻す事ができたのだ。
ただ、その後に出会った、彼女との対面は、何やら複雑な感情が生まれかけてしまっていたが……、兎も角状況が状況だったから、と そちらも押し殺す事が出来ていた。
こうやって、考えていると 本当に時間が経つのは早く感じる。待つのも苦ではない。元々、狙撃手をしていた事も、少なからず影響があるのだろう。……考えている内容次第、とも言えるが。
ただ、この場で待ち合わせている人物には対しては、大いに不満があった。
いや、違う。……呼び出した人物を待つのは 不満であり 苦痛でしかない。
やがて、十数分が経ち 甲高い笑い声とともに、複数の足音が近づいてきて 苦ではないとも思える待ち時間、いや 対面する事を考えたら、待っている時間の方が幸福とも思える時間が終わりを告げてしまった。
完全に頭の中を切り替えた詩乃は、こわばった首の角度を戻して、白いマフラーをぐいっ と引っ張り上げると、闖入者たちを待ち受けた。校舎の北西端と、大型焼却炉の間の通路から姿を現したのは遠藤と、その取り巻きの2人だ。
「……呼び出しておいて待たせないで」
最初の第一声は、詩乃からだった。
あのBoB大会で幻覚を見てしまった時、確かにこの連中も目の前に現れた。あの時は 恐怖で 蹲り、何も出来なかった。だから、いざ本物に出逢えば また 弱い自分に戻ってしまうのでは? と不安も覚えていたのだが、なんて事は無かった。
――……暖かな温もりが、自分の背中を押し、それでいて守ってくれてる様な感覚が|現実
《ここ》でもしたから。
そんな詩乃の胸中をしる由もない遠藤は、笑顔を消して喚いた。
「朝田さぁ……、最近マジでちょっと調子に乗ってない?」
もうひとりも、似たようなイントネーションで追従する。
「ほんとー、友達に向かってそれちょっとひどくない?」
このやりとりから、この2人は何処まで行っても取り巻きなのだろう、と何処かで納得してしまっていた。恐らく、この先ずっと……同じなのだろうと。
確かに、以前までの詩乃であれば、効果的な威圧だといえるだろう。そう、以前までの詩乃なら……の話だ。連中もそれは重々思っている様であり、そのまま続けていた。
「別にいいよ。トモダチなんだから何言っても。そんかしさぁ、あたしらが困ってたら助けてくれるよな? つうか、今超困ってんだけどー」
それを訊いた他の2人は まるで打ち合せでもしていたのか? と思ってしまう程 タイミングよく、短く小さく笑っていた。
「ま、とりあえず、二万でいいや。貸して。いや 寧ろちょうだい。あん時、あんたの王子様? に手ぇ上げられたしぃ。慰謝料って事で」
その言葉は、まるで『消しゴム貸して』『シャーペンの芯、ちょうだい』とでも言う時の様だ。……それに、あの時と言うのは 勿論 隼人と詩乃が初めて現実で出会ったあの時の事だ。
隼人も あの時出会った《朝田》と言う少女が、《シノン》であり、《朝田詩乃》である事は、何処かで判っていたらしい。……斯く言う詩乃も、時折 隼人の、……リュウキの発言の中に思わせるモノがあったから、早い段階で それを思い描いていた。
それが当たっていた事への感激は、落ち着いた時にひっそりと詩乃の中でしていたのは、こちらの話だったりする。
「前にも行ったけど、あなたに、お金貸す気はない。……それに、アレは正当防衛だと思うけど。……出る所に出てもいいけど。私、証言するよ」
凛とした佇まいさえ見える詩乃の表情と視線を受け止めた遠藤は、眼を殆ど糸の様に細めた。その眼光の奥から、粘り気のある黒ずんだ何かを放射した。
「……いつまでも、チョーシくれてんじゃねえぞ。言っとくがな、今日はマジで兄貴からアレ、借りてきてんだからな。泣かすぞ朝田。それとも、また運良くあのチッサイ オオジサマが来るのでも期待しちゃうか?」
確かに、隼人は線が細く ぱっと見は 華奢な身体付きな上 可愛らしい、とも取れるその素顔から、遠藤の様に印象をつけてしまう事もあり得るだろう。あのSAOと言うゲームの中に2年もの間幽閉されているから 線が細いのは仕方がないとは思うが、間近で接したら そんな印象は全く無い。寧ろ力強ささえ 醸し出しているのだから。
本人に簡単に訊いた話では、護身術の類を身に付けていると言う事。……深くは詩乃は追求しなかったけれど、何か理由があって 隼人は 身に付けたのだと言う事は判っていた。だからこそ、あの時 遠藤を軽くあしらい、更に 錯乱していたとは言え、男の恭二の特攻も軽くあしらう事が出来たのだ。
『もしも、ここに隼人がいたなら、絶対に遠藤は強気では来られないだろうな』
と何処かで考えつつ、詩乃は間を置かずに。
「……好きにしたら(別に、王子様じゃ……っ)」
詩乃の眼の奥には、決して揺るがず、臆さない決意と淡い想いが同居した 眼光が真っ向から、遠藤に放射した。
正直な所、遠藤は以前の事もあり、今度は本当に自分自身の心的外傷でもある例のアレを持ってくるだろう事は、予想出来ていたのだ。
そして、予想を裏切る様な事はなく、遠藤は大量のマスコット類がジャラジャラとぶら下がる通学鞄から、凡そ そんな鞄に入っているのはそぐわないであろう黒く大きな物体。黒い自動拳銃を取り出していた。ある種のブラックユーモアさえ感じられるここまでの流れだった。……遠藤は、覚束無い手つきで、女の手には 扱うのは大変そうな大型拳銃のモデルガンを両手でしっかりと握って、詩乃につきつけた。
「これさぁ、ダンボールとか穴あけられるんだぜ。絶対に人に向けんな、って言われたけどさぁ……、朝田は平気だよな? 慣れてるもんな」
詩乃の眼は、自然に黒い銃口に吸い寄せられていた。
予想をしていたとは言え、つい数日までは 悪夢の象徴でもある拳銃だったのだ。人間と言う身体は そう簡単には出来ておらず、たちまち記憶の奥にまだ僅かに燻っていた最後の残り香、とも呼べる黒い炎が詩乃の心臓の鼓動の動きを早めた。
だが、詩乃はその鼓動が早くなった瞬間に、奥歯を噛み締めた。
まだ、背中には温もりがしっかりと存在している。
――詩乃の闇は、オレが封じよう。
あの時の声と共に。
「泣けよ朝田。土下座して、謝れよ。あん時の分もよぉ。……じゃねぇとほんとに撃つぞ、てめぇ」
直接、実際にモデルガンを篠の左脚に向けて ニヤリと笑う遠藤。人に向けて撃つのは初めてなのだろう。その肩から腕にかけて小さく震えていた。だが、緊張をするのは最初の一発のみであり、二発目からは躊躇わなくなるのが実情だ。
そのまま、一発目のトリガーを引こうとしたのが詩乃にははっきりと判った。……が、弾は出なかった。
「っ!? クソッ、何だよこれ!!」
二度、三度と撃とうとするが、プラスチックの小さな軋みが聞こえるだけで、トリガーも引けなければ、モデルガン用の弾丸であるBB弾も発射される事は無かった。
詩乃は、勿論その現象も理解をしていた。大きく、それでいて 相手に気づかれない範囲で息を吸い込むと、お腹に力を込めつつ、鞄を足元におろし、両手でトリガーに指をかけている遠藤の右手首を強く、左手の親指で押さえ、握力が緩んだところを、右手で銃を奪いとった。 実際にここまで大きなモデルガンを触ったのは初めてだったからか、ずしりと重く感じていた。
「1911ガバメントか。お兄さん、渋い趣味ね。……私はどちらかといえば、これより大きくなっちゃうけど、デザートイーグルとか、かな。……ガバメントの45口径と同じ口径だったらシングル・アクション・アーミーの方が……っと」
詩乃は、そこまで淀み無く言い終えそうだったのを止めた。……もう殆ど終わっていたのだが、どう考えても、彼が使っていたから、と言う理由になってしまっていたからだ。
一先ず、それは置いといて 詩乃は銃の左側面を遠藤に向けた。
「ガバメントは、サムセーフティの他にグリップセーフティもあるから、こことここを解除しないと撃てないわ」
かち、かちりっ と音をさせて、二箇所の安全装置を外した。
「……それに、これはシングルアクションだから、最初は自分でコッキングしないとだめ」
親指で、ハンマーを起こすと、硬い音と共に、トリガーがわずかに持ち上がる。
当然、この光景を唖然と見ているのは遠藤たちだ。先程までの勢いは何処へやら、と言う事で また滑稽に思えたのだが、まだまだ 詩乃の講義は続く。銃の構造の次は実技だ。
周囲を見渡し、見つめたのは6m程先にある焼却炉の傍らにある青いポリバケツが複数あった。その1つに 誰かのポイ捨てであろうジュース缶が乗っているのに目が止まった。
左手をグリップに添えると基本的なアイソセレス・スタンスでかまえ、右目と照門、照星が作る直線上に空き缶を捉え、モデルガンである事と この世界には、当然着弾予測円等出る訳ないのを考えた後に、風向きや抵抗を大体で計算して 銃を僅かに上向け、トリガーを絞った。
――ばすっ!
どうにも頼りない音と共に、頼りない音でも、弾丸が飛ばされた事による反動の衝撃が手に伝わったのを感じた。そして、中々優秀に作られているのであろう、このガバメントはきちんとブローバックして、オレンジ色の小さな弾が発射された。
行き当たりばったりに出会った銃だ。そのクセが判らなかった事もあって、初弾は外すだろう、と思っていたのだが、運良く弾は空き缶の上部ギリギリの場所に当たって、詩乃は内心で少し驚いた。
そして かんっ! と子供が缶蹴り遊びをする時に蹴る音よりは ある程度は甲高い音を響かせてくるくるとコマのように回り、やがて倒れてポリバケツから転がり落ちた。
詩乃は ふぅ、と小さく息をつくと銃を下ろした。体の向きを変えて、正面から遠藤を見る。遠藤は勿論、取り巻きの2人とも、嗜虐的な笑みは完全に跡形もなく消えており、詩乃の正面にいる遠藤は完全に毒気も向かれている様で、呆然としていた。
だが、詩乃の手には あの銃が握られている事と、ずっと眼を見られている事に気づいて、怯んだように口元を強ばらせて、半歩後退った。
「や、やめ……」
上ずった声が漏れるのを聞いて、詩乃はふっと視線を緩めた。
詩乃は、あの世界で、ぼろぼろにされた初心者を狙ったスコードロンに入っていた時の気持ちを少なからず思い出してしまった。
「……確かに、人には向けないほうがいいわ。これ」
詩乃は、そう言いながら、ハンマーをデコックし、2つの安全装置を元に戻すと、グリップを向けて遠藤に差し出した。 その意味を理解する事よりも早く身体が反応をしてしまったのだろう。遠藤はビクリと振るわせていたが、恐る恐るというふうに手を伸ばし、モデルガンを受け取っていた。
「……じゃあね。私、用があるから」
そう言うと、詩乃は振り向き、鞄を拾い上げ マフラーを引き上げた。
その肩越しに言葉なのだが、遠藤たちは動かなかった。見た事もない詩乃の姿を見て、どう反応すれば良いのか、なにを言えば良いのか、何1つ浮かぶ事なく ただただ時間だけが過ぎていく。
詩乃が完全に視界から消えさあった後も、3人は無言のまま立ち尽くしていた。
そして、詩乃はここで 漸く緊張の糸が切れたのだろう。
その場にへたりこみそうになったのを必死にこらえつつ、校舎の壁に手を付いた。
「……これが、最初の一歩。……1人じゃ 何も出来ません。……貴方がいないと何も出来ません、じゃ駄目、だよね」
いつまでも甘える訳にもいかないから。
詩乃は萎えかけた足を鞭打って、そのまま無理矢理歩行を開始していった。
そして、モデルガンを扱い、その冷たく重い感覚が薄れ始めた頃、指先で眼鏡を取り出して、そっと顔にかけた。
丁度、校舎の西昇降口と体育館をつなぐ渡り廊下に差し掛かった所だ。複数の運動部が共同で使用しているグラウンドを超え、その南側の小さな林を通り抜けた先が、正門前の広場だ。
放課後であると言う事もあり、ここまでくれば生徒たちが三々五々連れ立って帰路に着いている。その間を早足で縫って校門に向かおうとしていた時、詩乃はふと首をかしげた。
学校の敷地を囲む高い塀の内側に、いくつかの女子生徒の集団が足を止めて、チラチラと門の方を見て、何かを話しているのだ。その撃ちの2人が、同じクラスで そこそこ仲の良い生徒たちであるのにも気づいて、詩乃は彼女達に歩み寄った。彼女達も詩乃に気づいたのだろう、にこっと笑って手を上げると詩乃に声をかけた。
「朝田さん、今帰り?」
「うん。――何、してるの?」
それを訊くと、栗色の髪を二つに束ねたもうひとりが、肩をすくめて少し笑いながら答えた。
「あのね。校門のとこに、この辺の制服じゃない男の子がいるの。バイク停めて、ヘルメットの2つあって、ウチの生徒を待ってるんじゃないか、って。あのバイク、男子達が話してたけど、それなりに高いらしくて 学生に買ってあげる様な値段じゃないとかなんとかって。どんな子が乗ってるのかな……? って皆で そろっと見に行ったんだけど……」
何処か興奮したように両手を広げ、それでいて 声は最小限度に止めたまま、詩乃に豪語した。
「銀色がかかった髪の色の男の子でさっ。何だか 可愛らしいのと格好いのが合わさったぜーたくな優良物件だったって訳なのよっ! 怪我してるのか、頬とかに大きなばんそーこーも貼ってあって。ちょっぴりワイルドさもあって……、一目見て 良かったわ! 野球部のエースの菊池君も、霞む……とまではいかないけど、十分すぎる程勝負出来る! って思うの! まぁ 性格が良くないと……とは思うんだけど、それでも 高級バイクとタンデム走行出来るなんて、どんな豪の者なのかなー、って。あはは。悪趣味かな?」
――……いやいや、そこまで豪語した時点で もう遅いでしょ。
と思った詩乃だったが それを訊いた途端に、顔から血の気が引いたと同時に、特大・大火球が飛来し、顔面に直撃した気分になってしまっていた。絶対零度と溶岩マグマの協奏曲とは 中々味わえない感覚だ。
だが、一先ず勝機を取り戻そうとする詩乃は慌てて時計を確認した。内心では否定したいのに、嬉しくもあり、と詩乃が2人に分かれたのか? と思える様な葛藤が只管終わりない戦争を繰り広げていた。
確かに、この時間で学校を出たところで待ち合わせはしていた。それは間違いない。送り迎えをする。と言ってくれて、あまり頼りすぎるのは と一度は否定をしたのだが 駅からはやや遠い事と、タクシーと電車の公共機関を使い合わせるのは 一人暮らしの身には答える出費だ、と言う事も頭に過った。そんな内情を悟ったのか、ただの偶然なのか、交通費の事、その方が断然早い、と言う事もあって 待ち合わせたのだ。
だけど、しかしよもや校門のど真ん中にバイクを停めて待ち構える様な大胆不敵な真似は……。
「……あ、あれ? しない、と思う」
「え? 何が?」
「あ、いえ、なんでも……」
詩乃は、彼のキャラを思い出しつつ、自分で考えつきそうになったのに、自分で否定をしてしまっていた。そもそも 彼は目立つ事を好んではない。あの時の《撃ちゲークリア》の時だって、それを裏付けしているのだから。
でも、気になるのは事実だ。おそるおそる、と詩乃は身体をよせると、校門も向こう側の車回しを覗き込んだ。
「……あれ? 別に誰もいないけど……」
覗き込んだのだが、車回しの場所には バイクも無かったし、想像上の人物もいなかった。それはそれで、残念な気分 即ち 脳内のマグマの部分が沈静化をしそうな気分だったけど。
「あはは……、もう移動しちゃったのかな?」
「うん、そうだねー。きっと」
「………え?」
詩乃は、それを聞いてギクリっ! と身体を震わせた。説明をしてもらおうと思ったと同時に、説明をしてくれた。
「最初はさ。車回しのトコの隅っこに停車してたんだけど、銀色の髪の子って 珍しいし。高級なバイクって事で 少しずつ 注目を集めちゃって。気づかれないように 男子も女子も見てたんだけど、やっぱり 気づくよねー。って事で 徐々に移動を開始。それでも 追っかけがあって、移動があって、のいたちごっこで 今は あっちの方だった。こっちも送迎車が多くて 人も多いから 場所間違えちゃってた」
あははは、と頭を掻きながら笑うと同時に、改めて指を指した。
その先は、歩行者専用の通学路だ。勿論バイク等の二輪車も進入禁止、となってるのだが、手で押して移動をする分は問題ない。自転車も同じ扱いだ。
その専用道路を10m程進んだ先の路肩に停車をしているバイクと少年がいた。
詩乃は、その姿を見て 思わず軽く吹いてしまう。
男子が注目しているのはバイクであり、女子は少年だろう。逃げていくのも面白いのか 不思議なのか、で半分追っかけの様に、ついて行ってる様だ。……が、そこまであからさまではなく、ゆっくりと、ゆっくりと、まるで匍匐前進の様な速度で 逃げ回っていると言う世にも珍しい光景だ。
面白いモノを見れたのはそうなのだが、このままでは 随分と歩かなければならなくなりそうな事やその他を手配してくれている人、立ち会う人、とこれからの予定の事を考えるとよろしくない。でも、あそこに飛び込んでいくのは 相当は度胸がいる。10~15人。遠巻きで眺めている人を含めたらもっといるだろう。その注目の中に突撃するのは 超高難易度の地下世界に 単身、ナイフ1本で侵入するのさえ、生易しいとさえ思える程のモノだと思えた。
それでも、自分の為に迎えに来てくれた事。……目立ってしまうのは仕方がないが、最低限度の事はしてくれていた事。……今も自分の為に我慢、無理をしてくれている事。そして 迎えに来てくれた事に対する淡い喜びも重なって、詩乃は ありったけの度胸を振り絞って、傍らの同級生に向き直った。
「え、えっと……その……、あのヒト わたしの、知り合い……なの」
気を抜けば、この同級生の2人の前で 盛大に火山噴火してしまうかの様に赤くなってしまうだろうけれど、それでも 必死にこらえる事が出来た。……先程の遠藤達とのやりとりを 脳内で再生する事によって、何とか保てている。複雑なのだが、負の感情を強く頭に描き続ける事で。
「えっ!! 朝田さんの知り合いだったのっっ!!」
「ど、どういう知り合い!? こんど、ショーカイしてっっ!!」
2人ともが驚愕の叫びを挙げた。……と言うか、後半の女のコ。話がおかしくないか? とおもえてしまった詩乃だが、女子高生などはこう言うものなのである事は知っている。
だが、今走らないと、更に大変な事になりそうなのは判った。
2人の声が ネズミ講の様に広がっていき…… やがて 注目が倍々々……となっていきそうだからだ。
「ご、ごめんなさいっっ!!」
自分でも判らないのだが、なぜか謝りながら 小走りに駆け出した。
それなりに遠くにいる事と、目算が若干違っていた事もあり、更に疲れてしまったのは言うまでもない事だ。
「……ぅ」
当の少年も、詩乃と同等クラスに苦労はしていた。
これまでの経緯柄、視線を感じるのは 一般人より遥かに敏感だ。……そんな場面で この状況だ。一度、この場を離れる事も視野に入れていたのだが、それは自分の中でのルールがその行動を束縛してしまったのだ。
――ルールとは、変わるもの。変わっていくもの。
何度、頭の中で詠唱し、行動に移そうとしたか、判らない。確かに判るのだが……それでも 自分もルールをそう簡単? に変えるのはな、とも葛藤をした結果が この絶妙な間隔の超ロースピード鬼ごっこだった。
「あ、あの……」
必死に追跡を振り払う様に逃げてきた詩乃がとうとう声を掛けた。それに気づいて 中々の反射で 詩乃の方を向く。
「……良かった」
一気に強ばっていた表情が柔らかいものへと変わった。
中々見られない彼のその表情を見れて 一先ずしてやったり、なのだが 今の状況は自分にとってもよろしいものではない。 明日が憂鬱になってしまいかねないから。
「一先ず「賛成」っ……」
詩乃は 即答を聞いて 軽く吹き出した。
「ふふ。……愚問、って事ね」
詩乃が言い終える前に、提案する前に、早速賛成、と言う少年。条件反射、とはこの事を言うのだろう。
勿論、この少年は 竜崎 隼人である。
こうして、速攻で隼人は 詩乃にヘルメットを渡し、今も昔も変わらない爆音で、道路を支配するかの様にバイクを走らせる様な暴走族とは真逆も真逆。静かな滑り出し、初動だと言うのに、瞬く間にこの場から消え去っていったのだった。
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