黒猫が撃つ!
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五弾 眠り姫とメッセージと……
アリアは渡さない。
そう、宣言し興奮した様子で叫んだ少女の剣幕に絶句してしまう。
あかりとアリアから呼ばれていた、この少女の背丈は高校生にしては低く、見た目もアリアを真似ているのか髪をショート・ツインテールで稀にみる幼児体系をしている。
「おい、チビっ子。
言っている意味がわからないんだが……」
「なっ、誰がチビですか!
貴方に言われたくありません」
人差し指を俺に向け、その小さな手でビシッと俺を指差し、何故か俺を半眼で睨みながらそう言葉を返してきた。当然ながら俺とコイツは会うのは初めてだ。
なのに、こうあからかさまに邪険にされると気分は良くねえ。
「俺は好き好んでこの身体でいるんじゃねえ!
俺だって戻れるんなら早く元に戻りてえよ!
元に戻れないから仕方なく、この身体で過ごしているんだ」
「私だって、この身体で満足してなんかいないもん!
出来る事なら今すぐ大人の身体に……って何言わせるんですか!
変態、鬼畜、ロリコン!」
「待て!最後の言葉は何だ⁉︎
そんな事俺は言ってねえし、変態でも鬼畜でも、ロリコンでもねえ!
むしろ、ロリうんぬんなのは俺じゃなく、ス……いや、アイツは紳士だ!
奴は立派なパパだ!紳士はノータッチなはず……だ」
「……あんた、何言ってんの?」
相棒の事を考えていると少女の横にいるアリアが呆れ顔で見つめてきた。
アリアの呆れた声により、俺は正気に戻れた。
「……ごほん。まあ、いいわ。
さっそく本題に入るけど……その前にトレイン、あんたに見てほしいものがあるのよ」
「何だ?」
「あかり、例のもの持って来て。
それはある人達からの預かり物よ。
私、日本に来る前にローマにいたんだけどそこである人達から預かり物を預かっていたのよ」
あかりと呼ばれたチビっ子少女はリビングを出ていった。
「ある人達?」
「最初は信じていなかったんだけどね。
でもあんたが来て、あんたの胸と銃に刻まれているその刻印を見てわかったわ。
嘘じゃなかった、ってね!」
「どういう事だ」
「見ればわかるわ」
アリアがそう言ったのと同じ時、リビングルームの扉が開きチビっ子少女がノートパソコンとトランクを持って入ってきた。
チビっ子少女は床にそーっとトランクを置き、そしてテーブルにノートパソコンを置いた。
ノートパソコンを開いて起動させるとアリアがどこからか一枚のDVDを手にパソコンの前に来ると中に入れて再生させた。
「何だ、それ」
「これから見せるのはある人からのメッセージよ!
ローマで武偵活動していた時に、依頼されていたものよ。
ずっと忘れていたんだけどあんたが来てから思い出したわ。
これはXIIIの刻印を持つ人に見せるように言われていたものよ」
XIIIの刻印。
その単語に俺の胸の血流は、ドク、ドクと激しく高まった。
もしかして? いや、そんなはずは……俺の胸中を戸惑いや得体の知れない不安が覆う。
馬鹿な、ありえねえ!
そういった思いが何度も喉から出かかったが、画面に映り出したソレを見た瞬間に、その危惧や不安が現実のものだという事を思い知らされた。
『久しぶりよのう、黒き猫よ……』
誰もいない夜の病棟を歩くのは何とも寂しい気分になる。
面会時刻はとっくに終わっているが同じ教職に就くものとして、この病棟に隔離されているとある少女の主治医に話しをつけているおかげか、途中ですれ違う看護師や医師達からは特に不審に思われずに堂々と長い廊下を歩いていける。
病状の彼女の安全を守るという面においてはいささか不安になるが、それでもこの病院以上に彼女の身を安全して任せられる場所なんてないだろう。
ここを強襲しようとする輩はほとんどいないだろうからな。
何故ならここは普通の一般的な病院ではなく、武装職、それも武装探偵を育成している総合教育機関の武偵高に隣接して建てられている武装職御用達の病院だからな。
病院関係者の中に武装職がいれば、好き好んでここを襲おうなんて考える馬鹿はいないだろうしな。
仮にいたとしたら何も知らないただの馬鹿か、あるいは腕に覚えがある本物の強者か。
「っと、ここだったな。
ごほん……」
トントン、とノックをしてから病室に足を踏み入れる。
これがトレインなら何も言わずに戸を開いて入りそうだが紳士な俺はちゃんと手順を踏んでから入る。
「イヴ、俺だ。入るぞ!」
声をかけてしばらく待ってから戸を開ける。
当たり前な行為だが、これを如何にして当たり前に出来るかで紳士としてやっていけるか違いがでる。
まあ、声をかけても残念ながら中から返事が返ってきた事は今だにないんだけどな。
「よお、イヴ。
今日もいい一日だったか。
今日は面白そうな本を借りてきたぞー」
トレインより先に学校に行っている俺の日常として、最近は放課後に図書室に行くという日課が出来た。
行く理由としてトレインの身体を元に戻す方法を調べるという理由もあるが、大半は目の前のベッドに横たわる少女を治す知識を調べるという理由の方が大きい。
武装職を育成するだけあって、銃器関係や体術、戦略関係の蔵書が多い学校の図書室においても、残念ながらナノマシンに関する有力な情報は今だに得られていない。
軍事関係者にかたっぱしから当たるか、それこそティアーユみたいな時代を超えた天才を見つけ出して研究させるか、公安のいう通りに夏の大掃除に参加するかくらいしか有効な手がかりはないのが現状だ。
「ほれ、今日は武装探偵の祖。『シャーロック・ホームズ』についての物語だぞ。
このシャーロックっていう奴はな、何でも拳銃や剣術、バリツの達人で俺やトレインがいる学校が教えている武装探偵とかいうやつの元になった人物でな。
イギリスとかいう国で卓越した推理と洞察力を持った英雄の一人……」
俺はここ最近の日課になりつつある眠り姫への子守唄代わりの音読を始めた。
本来ならもう少し早く来る予定だったが、今日は運が悪く、教務課に来ていたミナツキ・サヤにトレインの事を質問攻めされるわ。残っていた武偵高の怖い先輩方に飲みに誘われて居酒屋に連れ込まれるは、メアド交換を強要されるわ。全くひどい目に遭ったな。
教務課に来たミナツキを囮にして、トイレに行くフリをして脱出できたがあのままいたら朝まで帰れなくなるからな。
ミナツキを残してきた事には罪悪感があるが、あのトレインに影響を与えた彼女なら大丈夫だろう……多分。
しかし、なんというかイヴの寝顔を見ていると安心するのはなんでだろうな。
この純粋無垢な顔を守りたいと庇護欲を増すのは相手がイヴだからだろうか?
これが子供を持つパパの心境か。
はっ⁉︎ って待て!
誰がパパだ!
俺はまだ独身の紳士だ!
パパじゃねえ!
しかし、やっぱりイヴは可愛いなー。
長い金髪に、薄い赤い色の瞳。
世間的には美少女だな。
街を歩けば男共が振り返り……なんか、殺意が湧いてきたな。
駄目だ! 駄目だ!
まだイヴには早い!
おっと、いかん。いかん。
変な事を考えている場合じゃない。
今はイヴとの貴重な時間だ。
俺はイヴが眠るベッドの隣りに椅子を並べて座りシャーロック・ホームズの物語を聞かせながら心の中ではイヴに語りかけていた。
なあ、イヴ。
このまま、寝たきりって事はないよな?
俺は待ってるからな。
お前が目覚めてまた元気に動き回るのを。
俺は知っているからな。
お前がナノマシンなんかに負けない、強さを持っているって事を。
俺は知っているぜ。
お前が過去を忘れずに、だけど過去に囚われる事なく前へ進んでいけるって事を。
俺は知っているんだ。
お前がトレインを越えて、いつか俺の相棒になりたいって思っていてくれた事もな。
______だから……
「早く目を覚ましてくれよ。
眠り姫」
『……久しぶりよのう……黒き猫よ……』
画面に映るソイツはまるですぐそこにいるかのような存在感を、まるで自身が世界を支配をしているような威圧感を放って語り出した。
「へっ、誰かと思えば……まさか、クロノスの最長老自らおでましになるなんてな」
クロノスの最長老……確か名前はウィルザークとか言ったけな。
『これを見ていると言う事はお前がそちらの世界、こちらの世界で言うアナザーワールドに行っていると言う事になるじゃろう。
出来る事なら裏切り者のお前とは我らクロノスは関わりたくないがな』
「よく言うぜ!
XIIIの刻印を持つ奴を探していたくせによ!
俺がこのメッセージを見るとわかってたんだろ?」
『本来なら裏切り者のお前にこうしてわざわざメッセージなど送ることなんてしないが、ちょっと事情が変わってのう。仕方なく記録して残しておる。黒猫よ。クロノスに戻ってこい。今なら過去の裏切りは許してやろうぞ……』
「……」
『我らクロノスに戻ればこちらの世界に戻る方法を教えてやってもよい』
「……あるのか?
元の世界に戻る方法が?」
『元の世界に戻りたくはないか?その方法は我らにはある。我らクロノスのメンバーがそちらに行っているのが何よりの証拠だ。
クロノスの飼い猫になればその方法を教えてやろう』
「……スヴェンやイヴはどうなる?」
『とはいえお前には仲間がいる事もわかっておる。
スヴェン=ボルフィードとトルネオの殺人兵器もおそらくお前と一緒にいるのじゃろう?
そこでじゃ、スヴェン=ボルフィードについては、奴がクロノスに従うのならその身は保障しよう。
トルネオの殺人兵器は抹殺人として再教育するがのう』
「……そうか。
なら返事はこうだ!
お断りだ! クソジジイ!」
俺は思わずパソコンを両手で掴んで床に投げようと頭上に掲げた。
「あ、ちょっと何してるんですか?
それアリア先輩の物ですよ!」
「ちょっとトレイン落ち着きなさい!
これは録音されたやつよ!」
アリアとチビっ子に止められてノートパソコンを取り上げられた。
テーブルの上に置かれたノートパソコンからはクロノスの最長老の声が聞こえてくる。
『よもやとは思うが断ったりはしないじゃろう?
お前には断る理由はないだろうがな。
いや、違うのう。お前には断る権利などない。
お前は野良猫を気取っても結局は我らクロノスの飼い猫にすぎぬのだからな……』
「……前にも言ったが、飼い猫でも野良猫でも……猫は自由に生きるモンだぜ」
『抹殺人としてクロノスに戻る覚悟があるのならお前にそれ相当の褒美も用意してある。
お前宛にこのメッセージ入りのDVDと共に渡したトランクにそれは入っておる。
まずは我らに従う覚悟をみせよ!
そのトランクを開ける鍵はセフィリアが持っておる。
セフィリアからその鍵を奪うのじゃ』
最長老がそう言った直後、目の前のノートパソコンから突如、爆発音と煙があがった。
「きゃあ⁉︎」
「ゴホゴホ……やってくれるぜ!
秘密保持の為の仕掛けか……」
「あ〜あたしのパソコンが……何してくれたのよ!
バカ、トレイン!」
アリアが犬歯を覗かして唸るように俺を睨む。
「あー、後でスヴェンに見せればなんとかなる……んじゃないか?」
パソコンの損傷具合からすると直らないと思うがな。
だが、ここで直らないなんて言ったらまた銃が出るからな。
ここは困った時のスヴェン頼りにする。
スヴェンがいれば大抵の物は直せるから俺の身は今のところ安全だ。
「アリア先輩の物を壊しといて何ですかその態度は!」
一々俺に突っかかってくるこのチビっ子がいなければ、な。
「あーもう、うるせー!
お前、一体アリアの何なんだ!」
「私はアリア先輩の戦妹です!
先輩こそ、アリア先輩の何なんですか!」
「俺?
俺は、アリアの「奴隷よ!」そう奴隷……って、おい、違うだろうが‼︎」
人を奴隷扱いとか、クロノスの最長老といい、アリアといい人を何だと思っていやがる⁉︎
俺はお前らの飼い猫でも、ましてや奴隷でもない。
「奴隷……そんな……」
チビっ子少女は何故か顔を青くしてよほどショックだったのかかなり慌てていた。
「そんなの認めない……駄目、許さない!アリア先輩のパートナーは私だけでいいのよ」
チビっ子少女から今度は殺気が放たれた。
さっきから思ったがこの少女、色々危ない気がするな。
アリアは「?」と首を傾げているがお前の身は色々と危険だぜ。
「はあー、なんだか疲れたな」
「そうですか。ならもう遅い時間帯なのでさっさと帰ってください。
というかアリア先輩に近づかないでください」
「おい、アリア。
このチビっ子、どうにかしろ!
お前の女なんだろ!」
「え? わ、私がアリア先輩のお、お、おんにゃ……」
「って、何でいきなり倒れるんだよ⁉︎
おいしっかりしろ! 医者、医者呼べ!」
「落ち着きなさい、トレイン。
あー、今のはその子の持病みたいなものだから放っておきなさい。
すぐ目覚ますわ……多分」
「ならいいか」
そんなんでいいのかよ⁉︎ とスヴェンあたりからいつもなら突っ込みが入るが今は俺達しかいないし、それでいいやもう。
それよりアリアにはまだ聞きたい事があるから静かになったのならちょうどいいからな。
「なあ、アリア。お前にDVDやトランク渡してきた奴らの事覚えているか?」
「ええ、私に直接依頼してきたのは長髪で眼鏡をかけた男の情報屋よ。
情報屋の側には彼の仲間がいたけどね」
長髪、眼鏡、情報屋……か。
ものすごく嫌な予感がするのは気のせいだよな?
トランク開けたらまたあんなイラつくゲームやらされる展開になったりしないよな?
「そいつの名前わかるか?」
気持ちを落ち着かせる為にコーヒーが入ったカップを手に取る。
「うん、グリンと名乗っていたわ。
もう一人側にいたナンパ男はジェノスとか言ってたけど……」
「ごふっーーー!」
一口、口に含んだタイミングでアリアが言った為、思わずアリアに向けて吹き出してしまった。
「きゃあ⁉︎ 何すんのよ!」
「悪い、悪い。ちょっと驚いてな……」
しかし……まさか過去に、XとVIIがアリアと接触していたなんてな。
目の前にいるこのチビ武偵にはクロノスが接触するほどの何かがあるのか?
「もう、気持ち悪いわね……ちょっとトレイン、あんた外に行きない」
「へっ、何でだ?」
「い・い・か・らさっさと出て行けーーーーしばらく戻ってくるな!」
何だかわからねえが追い出されてしまった。
男子寮に帰ろうと思ったが、アリアの部屋を出る際にまた後で来なさい! などと言われちまったせいか男子寮にわざわざ戻るのが億劫になった。
仕方ないのでサヤが来るまで構っていた野良猫と戯れようと温室に行くとそこには先客がいた。
その少女は白猫と戯れていた。
いや、戯れているというより猫の方が絶対服従というような感じで腹を上にして、温室前の地面に寝転んでいる。まるで飼い主絶対服従する飼い猫や飼い犬のように。
少女の方を見ると情報通りの印象だ。
身体は細く、身長はアリアより頭半分大きい程度で髪をショートカットの美少女だが、その表情は無表情で動きが機械っぽいため、あまり目立たない奴、というのがキンジから聞かされていたその少女の情報だ。
名前は確か______
「気をつけてください。
闇が迫ってます。
黒き猫を追う______根深い闇が」
俺が少女に名前を訪ねる前に少女が先に口を開いた。
「根深い闇?
何の事だ」
「近いうちに貴方の前に因縁の相手が現れる……そう言ってます」
「占いか?
悪いが占いには興味ねえよ」
「占いではありません。
貴方と貴方の大切な人に危険が迫っています」
「……えっと、確かレキとか言ったよな?
それはお前が出した占いか?
それとも予知とかの能力か?」
「いえ、占いや能力ではありません。
貴方の身近な人に危険が迫っていると______
風が言ってます」
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