Element Magic Trinity
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
気づいてない。
前書き
―――――本当に?
心地よい陽だまりの中にいた。
金色の光が部屋を照らし、窓の外には見慣れた街並みがある。庭には丹精込めて育てられた数種類の花々が咲いて、ひくりと鼻を動かせばバターの香りがした。
そういえばパウンドケーキを焼くと言っていたか。にこやかにキッチンへと入って行った姿を見送って、気づいたら寝ていたようだ。睡眠不足な訳ではないが、ソファーに寝転がってしまえば数秒で寝入ってしまう。元々寝るのは嫌いじゃないから構わないが、どこでも寝られる上に寝つきがいいというのは意識しないうちに眠ってしまうから時々困る。
「目が覚めた?」
体を起こすと、誰かが問うた。声のする方に目を向けるが、逆光で姿がおぼろげにしか見えない。窓辺に置かれたロッキングチェアを揺らすその人が、何故か記憶からすっぽりと抜け落ちていた。
けれど知っている。この声を覚えている。こうやって問われた事は、今が初めてじゃない。何の確証もないけれどそう思えてならなくて、曖昧なまま頷いた。
「そう。ぐっすり寝てたから起こさなかったけど…あ、ケーキ焼けたわよ。食べる?」
その問いかけにも頷く。
何だか解らないが、食べたいと思った。覚えのない人が作ったもののはずなのに、美味しいと即座に思っていた。
「解った、今持ってくるわね。端っこ、あなた大好きでしょう」
確かにそうだ。端と真ん中、どちらか選べと言われたら迷わず端を選ぶのは昔からの好みで、それを知っているのは片手で数えられるほどの人数だけで―――――……?
(…誰だったか)
それすらも消えていた。自分の好みは覚えているのに、その好みを覚えてくれている人の事は忘れている。そんな人がいたのは覚えているのに、顔も名前も思い出せない。
きっと、この人もそんな数少ない中の1人なのだろう。なのに解らない。思い出せない。
「……」
ロッキングチェアが揺れている。ふと訪れた静寂に俯いていた顔を上げると、陽だまりの中でその人は微笑んでいた。
気づけばバターの香りは消えて、あんなに眩しかった光も相手の顔が判別出来るほどには落ち着いている。窓の外は異様なくらいに真っ白で、僅かな金色を弾いて煌めいていた。庭の花もまるで呑み込まれていくかのように白に染まって、咲き誇る姿を押し潰す。
「…あ……」
けれど、そんな背景に意識を持っていく余裕はなかった。
先ほどパウンドケーキを持ってくると言ったその人は、どこにも動かずにそこにいた。ゆらりゆらりとロッキングチェアを揺らして、萎んでいく陽だまりを背にこちらを見ている。
思い出した。いや、覚えていた。忘れる訳なんてなくて、なのに今の今まで記憶から飛んでいた。咄嗟に頭に持っていった右手が、くしゃりと髪を緩く掴む。
「どう…して……」
「あ…そういえば、まだちゃんと言ってなかったかしら」
喘ぐような声が出る。自分でも信じられないような声だった。
ゆっくりと下ろした右手に、緩く掴んだ髪が数本抜けて乗っている。それは全部黒色で、更に頭を混乱させた。
それに対して、あの人の声は柔らかい。耳馴染のある、記憶にもしっかりと残っている声が聞こえる。
一体これは、どういう事なのだろう。
「おかえりなさい、――――」
この部屋も、この黒い髪も、微笑むあの人も。
もう2度とこの光景が戻ってこない事を、誰よりも知っているのに。
「んぅ…おはよ……」
「ああ、おはよう…起きてるか?」
「見ての通り起きてる…二度寝…」
「止めておけ、そう言って二度寝したお前は下手すると昼過ぎまで起きてこないだろう」
普段の姿からは想像が付かないほど危なっかしい足取りで、寝ぼけ眼を擦りつつ階段を下りてくる。青い髪は一部がぴょんと跳ね、歩くというよりは足を滑らせるようにして近づいてくる相棒に、ヴィーテルシアはふっと微笑んだ。
起きてすぐのティアは、まだ半分ほど寝ているような状態だ。水色の部屋着の袖から小さく覗く細い指がまた目を擦ろうとするのを見て、その手をやんわりと握る。
「あまり擦らない方がいい」
「眠い…寝たい……」
「む…」
これは困った。寝たいと言われてしまえば、その頼みを叶えてしまいたくなる。ティアが望むなら状況が何であれ全力でそれに応えると決めている以上、聞かなかったフリをする訳にはいかない。かといって二度寝となると無防備な彼女1人を置いていくなど言語道断で、ギルドに行く訳にもいかなくなり、そうなるとあのシスコンが「姉さんがいない…?……誘拐か!?拉致か!?どれであっても許さん消え失せろおおおおおお!」と怒号を挙げて街中を探し回る事になる。
クロスと似た思考だとよく言われるヴィーテルシアだが、何故彼の頭の中に“まだ寝ている”という選択肢がないのかはどうしても理解出来ないのだった。
「ううむ…」
さてどうしたものか。
白い手を緩く握ったまま真剣に悩みだした彼に、ぼんやりとした寝ぼけ眼をゆっくりと瞬きさせたティアはこてりと首を傾げる。
「何悩んでるの…?」
「いや、寝たいならそれを叶えるのが相棒たる俺の務めで、相棒としてお前の望みは全て叶える所存であって……」
「別にそんな大事じゃないって…朝ご飯は?」
「出来ているが」
「じゃあ食べる…で、起きる」
するりと握られた手を抜いて、床を傷つけないように少し持ち上げてダイニングテーブルの椅子を引く。僅かに停止したヴィーテルシアだったがすぐに冷静さを取り戻し、用意した皿にまずトーストを乗せた。1枚にはバターを多めに、もう1枚は先ほどより少なめに。ふわりと香ったバターの香りに既視感めいた何かを感じて止まりかけた手をどうにか動かして、冷蔵庫にバターを戻して代わりに林檎ジャムを取り出す。まずはそれらを愛用するトレーに乗せ、かくんと船を漕ぎかけてははっとするティアの待つテーブルへ。
「先に食べた方が…」
いいんじゃないか?と言いかけるのが、突き付けられた手で止められる。
「頂きますは全員揃ってから…いつも言ってるでしょ」
まだ寝ぼける青い目の奥に、見慣れたいつもの鋭さが走った気がした。
食べれば眠気が覚める体質のティアだが、だからといって先に食べたりはしない。頂きますは家にいる人全員が揃ってから、おかえりと言われたらただいまを返し、誰かが帰って来たなら必ずおかえりを言う。それはヴィーテルシアの帰りがどんなに遅くなっても変わらず、あとは寝るだけの状態まで整えた上で寝ずに帰りを待っているのだ。
「…ああ、そうだったな。待っていろ、すぐに用意する」
そんな相棒のこだわりを無下にするなど有り得ない。いや、こだわり云々の前にそれが彼女なりの優しさだと解っているから大切にしたいと思う。数年単位、どこかで数え間違えていたとしたら十年近く姿と名前を変えて1人で生きてきたヴィーテルシアにとっても、愛されるべき時間を1人で生きていたティアにとっても、それは当たり前のようで何よりも遠い場所にあった事だったから、尚更。
ふっと微笑みを向けてからキッチンに戻る。食器棚から取り出した皿2枚にスクランブルエッグとベーコン、茹でたブロッコリーを乗せ、小さなボウルにはヨーグルトを。スープカップに昨日の夕飯で残ったチャウダーを注げば、準備は完了した。
「まあ、こんなものか」
「相変わらず朝から豪勢な…アンタの好みなら口出ししないけど、大変ならトースト1枚でも私は平気よ?」
「それでは腹が減るだろう?それに朝食は1日の始まりだからな、手は抜けん」
「んー…まあ、美味しいからそれでいいんだけどね」
「!」
ぴくり、いや、びくりと震えて振り返る。その振り返る速度が正直異常なほど速かったが、食べていない為まだ寝ぼけているティアはそれに気づいていない。
見開いた目がキラキラと光り、手が震える。わなわなと口が震えて、竜人たるティアでさえ耳を澄ませないと聞こえないような小声が零れるように出ていた。
「ほ…褒められた……美味しいって…ああどうしよう、俺はもう死んでもいいかもしれない…」
「ヴィーテルシア?早く食べないと冷めるわよ」
「!あ、ああ、そうだな」
半開きの口から流れる小さな声には全く気付かず、それでも引っ掛かりはあるのか首を傾げたティアにどうにか返事をして、向かい側の席に座る。
これは本当に数人しか知らない事だが、ティアは割と人を褒めるタイプだ。しかもさらりと。ただし誰も彼もという訳ではなく、親しい中である上に更にそこから厳選された片手で足りるほどの人数相手に、だが。ヴィーテルシアは相棒という立場の為か、それともそんな立場なんて関係なしに信頼されているのか、そのほんの数人の中の1人だったりする。
凄いと言われる訳ではない。拍手喝采を浴びる訳でもない。ただほんの少し背中を押してくれるかもしれないだけの、些細な一言。きっとそこには、何の意図もないだろうけど。
「それじゃあ、頂きます」
律儀に手を合わせて微笑んだ、その表情。
普段の苛ついた顔やポーカーフェイスとはかけ離れた、一緒に暮らしているからこそ見える顔。
「…頂きます」
その表情と些細な言葉だけで満たされて、つい口元が緩んでしまうのだった。
「…?何、私の顔に何かついてる?」
「いや、気にするな。さ、早く食べてしまおう…あまり遅れるとクロスが心配する」
「クロスが?どうして」
「……まあいい、食べよう」
「ティアー!おっはぐほぁっ!」
ぴょんと跳ねて飛びつこうとしたルーが思い切り吹っ飛んだ。綺麗な弧を描いてギルドの真ん中辺りに墜落した彼だったが、周りからの笑みを含んだ心配ににっこり笑顔を向けて再びこちらに駆けて来る。
「えへへっ、やっぱりティア凄いね!今日のパンチも結構痛かったよ!」
「…の割に笑ってるわよね、アンタ」
「もう慣れっこだし、逆にこれがないと何か足りないなーって思うもん。あ、でも1回くらいぎゅーってさせてくれると嬉しいかも!」
「はいはい、そういうのはルーシィにやっておきなさい」
適当にあしらいながら空いた席に座る。その右隣にヴィーテルシアが腰かけ、ぱたぱたと駆けるルーはにこにこと笑みを浮かべたままティアの向かいからぐいっと身を乗り出した。
本当に彼は愛想がいいな、とヴィーテルシアは思う。普段見ているのがティアだからそう思うのか、ルーの愛想の良さが飛び抜けているのかは解らない。この人懐っこさはどこから来るものなんだろうと思いながら目を向けると、彼の手には少し黄ばんだ紙が1枚。
「依頼か?」
「そうだよー、本当はアルカと行こうと思ってたんだけど」
そこまで言って、ちらりとカウンターに目をやる。つられて同じように視線を走らせると、そこにいつもいるはずの銀髪の彼女はいない。カウンターのいつもの席にいるはずのよく目立つ赤い髪が見当たらない事を考えるに、デートだろうか。
「ああ…また?」
「僕としては2人が仲良しって事だからいいんだけどね。でも僕1人で仕事ってなるとこの依頼は無理っぽいから、よかったらティアにあげるー」
「アンタはどうするの?」
「今日はぼーっとするか、1人でもどうにかなる仕事行こっかなって」
防御と補助をメインとするルーにとって、1人で行ける仕事というのは限られてくる。大きな討伐依頼はまず無理で、魔法の関係上護衛にはかなり向いているとティアに勧められていたのを思い出した。その勧め通りに護衛依頼を受けて、護衛対象に文字通り指一本触れさせずに守り抜き「ありがとティア!やっぱり大好きー!」と抱き着いて殴られていたのはしっかりと覚えている。
「で、内容は?」
「討伐系じゃないんだけど大丈夫かな」
「討伐好きって訳じゃないし構わないわ。厄介そうでなければ何でも」
「うーん…だとするとちょっとダメかも」
「は?」
ティアの返答にきゅっと眉を下げて、困ったように口元を緩める。余計な口を挿まずにただ黙って聞いていたヴィーテルシアが僅かに首を傾げ、彼女の青い目が続きを促すと、ルーは両手で持つ依頼書をテーブルの上に乗せた。
「これなんだけどね、聞いた話だと結構いろんなギルドに回されてる依頼なんだって。けどどのギルドも失敗してて、それがうちにも来たらしいんだー」
「つまり?」
「いろんなギルドのいろんな魔導士が揃いも揃って失敗してるから、厄介さはあるって話だよう」
「ふーん…そんなに面倒な依頼な訳?」
「けどティアなら大丈夫だよう!だってティアだからね!」
「私はそんなプレミア付きの魔導士じゃないんだけど」
立てた腕の手の甲に顎を乗せた体勢のまま、空いた左人差し指と中指で依頼書を滑らせるように引く。黄ばんだ依頼書に丁寧に綴られた依頼内容に目線を落として、その唇が何気なくその内容を呟いた。
「……“行方不明の子供を探してください”…?」
「…で、何でアンタ達までいるのよ」
黒い馬―――正しくはヴィーテルシアが変身した馬に乗ったティアが、自分のほぼ横に近い僅かな後方を同じペースで走る馬車に目を向ける。
いや、馬車にというのは少し違うだろう。正確には馬車の中の彼等を見ようとして、この位置からは見えなかったというだけだ。
見えない場所から聞こえてくる苦しそうな呻き声をさらりと流しつつ、他の3人と1匹がそれぞれに答える。
「同じチームだからな」
「あたし達も仕事探してたしね」
「家賃がーって騒いでたもんねルーシィ」
「うっさいネコぉ!余計な事言わなくていいの!」
「ま、いいだろ。ヴィーテルシアから承諾は得てんだ」
「ヴィーテルシア……?」
じろりと睨むような視線を感じる。団体行動に前ほど難色を示さなくなったティアではあるが、かといって突然好み始めた訳ではない。今でも単独行動の方が楽だと思っているし、それは相棒としてちゃんと理解はしているのだが。
「すまない、だが人数が多い方が楽かと思ってな」
「…まあいいわ、適当にライアー辺りを引っ張っていこうとは思ってたし」
何だか突然罪悪感が湧いた。ティアと当然の如く馬車に酔うナツ以外が密かにライアーに謝罪する。もしかしたら2人で仕事に行けたかもしれないのに、きっとヴィーテルシアなら気を利かせてくれたよ…と誰もが思っている事に全く気付かず、ティアは溜め息を1つ。
「まあ、今回の仕事は人探しだし…報酬丸々貰えるわよね!」
「ルーシィってばがめついなあ」
「だ・か・ら、余計な事言わなくていいって言ってんでしょ!」
「仕方ないよ、オイラ正直者だから」
意気込むルーシィとハッピーの掛け合いを聞きつつ、ここにはいない緑髪の彼を思い出す。
あの後彼は「よーし、今日は1日ぼーっとする!てな訳だからまた明日ねティア!」と変わらない満面の笑みで手を振って返っていった。ルーシィもこの仕事に行くと連絡しようか迷ったが、ぼーっとすると笑ったルーを仕事に呼び戻すのも気が引けて、更にティアが「別に放っておいていいんじゃないの?」と言ったのもあって今回ルーはいない。
「え!?ルーシィあの仕事行ったの?だったら僕もついて行ったのに!」
「お前本当にルーシィ好きだよなあ」
「まあね!ってそうじゃないの!そろそろ家賃に困る時期だろうから、手っ取り早く終わって報酬がそこそこのヤツいくつか目を付けておいたのにー!今日誘おうと思ってたんだよう!」
「でもさっきぼーっとするって言ってただろ?」
「言ったよ!言ったけど!それとこれとは話が別だよ、別物なんだよ!うわあああんこんな事なら鞄忘れた事に気づくんじゃなかったよう―――――!そしたらギルドに戻って来なかったのに―――!」
「あ、そうだった。ほら、ルーの鞄」
「うん…とりあえずこれを取りに来たの。ありがと」
そんな会話がギルドで繰り広げられていた事を、彼らは知らない。
「見えてきたぞ」
靡く緋色の髪を抑えてエルザが言った。その言葉にルーシィが馬車からそれを眺めようと身を乗り出して、グレイが何故か上半身裸になり、ナツは酔ったまま反応せず、そんな彼をハッピーが「ナツ大丈夫?」と気遣う。
「あれがアザレアね、依頼先はここよ」
常人よりも優れた視力によって誰よりも早くそれを見ていたティアが確認するように呟く。
彼女を乗せた黒い馬は静かに、懐かしいものを見る目でその街を見ていた。
くすんだ赤色がふわりと揺れた。肩より下、肘には届かないほどの長さの髪は無造作に下ろされ、明るいオレンジの目がそっと開かれる。
白いタートルネックに黒のスカート、細い足をタイツに包み黒いブーツを履いた少女は俯き気味に小さく首を横に振った。その動きに合わせて、ゆるりと髪が宙を舞う。
「不備はないか?」
「ええ、いつも通り」
何度も何度も、姿を変える度に繰り返したやり取りをして、少女に化けたヴィーテルシアは短く息を吐く。最初の頃は抵抗しかなかった女性への変身も、今では何の抵抗もなく行える。勿論元は男性である為に違和感はあるし、あまり可愛らしい姿になるのは好みの都合上避けたいのだが。
「今回ばかりは、な…」
ポツリと呟いてから、ティアに目を向ける。彼女は街の入り口辺りに停めた馬車にいた。どうやらナツを引き摺り下ろそうとしているらしく、結果マフラーを掴んで引きずる事にしたようだった。馬車が止まった事で顔色が幾分マシになった彼だが、そこに首絞めに近い状況を押し付けられて苦しそうに呻いている。そんな事は知った事じゃないと言わんばかりに引き摺り下ろしにかかっているのは言うまでもないだろう。
この距離があるなら流石の彼女でも聞こえなかったはずだ。それを確認してからほっと息を吐く。
「ヴィーテルシアー!行くよー!」
ハッピーの呼ぶ声が聞こえる。顔を突き合わせていがみ合うナツとティアを呆れたように見るルーシィ、いつもの事だと呆れを通り越して割り切ったグレイ、仲がいいのはいい事だと勘違いするエルザ。気づけば置いてけぼりを喰らっていたようだった。
「……あの色、知ってる訳ないにしてもね…」
そんな相棒の溜息混じりな呟きは、誰にも聞こえない。
アザレアは、どこか懐かしい雰囲気の街だった。
素朴というのか、街全体がアットホームな雰囲気というのか。初めて来たのにただいまと言いたくなるような、ほっと安心する穏やかさがある。
それは、依頼主の家にも言える事だった。こじんまりとした家のリビング、勧められるままにソファーに腰かけた魔導士達に微笑みを浮かべる中老の女性は紅茶を一口飲み、口を開く。
「今回は依頼を引き受けてくださって、ありがとうございます。改めまして、ソフィーと申します」
柔らかな口調と穏やかな声で、白髪の混じった黒髪の女性はソフィーと名乗る。緩やかに波打つ髪がさらりと揺れて、花めいた香りが薄く漂う。
それに続くようにして妖精の尻尾の魔導士である事と名前を順に言って、最後に名乗ったティアが「どうぞよろしく」と締めくくった。こういう役目をさらりとやるようになった辺り、やはり棘が幾分かは取れているのだろう。
「それで、依頼内容の確認ですが…」
「…ええ」
エルザがそう切り出すと、ソフィーは僅かに表情を曇らせた。無理もない。依頼した側とはいえ、行方不明の子供の話をしなければならないのだから。
立ち上がって、1番近くの棚に飾った写真立てを手に取る。それを懐かしむように見つめる目には子を想う母の思いが滲んでいて。そっと目を逸らした事には誰も気づかない。
唇が何かを呟くように動いて、けれど声にはならずにまたソファーに戻った。差し出された写真立てを受け取ったエルザを中心に全員の目が集中する。
写真には3人がいた。1人は左側に立つソフィー。何年も前の写真なのだろう、今よりも若い。もう1人は40代くらいの男性で、車椅子に乗っている。こちらも黒髪で、全体的な雰囲気がどこか弱弱しい印象を与えていた。
そして、3人目。最後の1人。
「この人が、息子さんですか?」
「はい…」
ゆっくりとソフィーが頷く。
男性が乗る車椅子の後ろ、それを押す位置に1人の青年がいた。年は10代後半から20代前半で、艶やかな黒髪に母親似なのか柔らかく整った顔立ち。身長はルーよりは高そうだがアルカよりは低そうで、160センチ後半といったところか。
「……17年前です。フリーの魔導士だったあの子は、いつものように街の人達からの依頼を受けて仕事に行きました。特に変わった様子でもないし、本当にいつも通りだったんです」
ぽつりぽつりと呟かれる声。
震えそうなのを必死で堪えようとして、けれどどうにもならずに僅かに震える。
「けど、何日待っても帰ってこなくて……すぐに終わる仕事だって、言ってたんです。3日もあれば十分片付くって言ってたのに…」
目が潤んで、睫毛がふるりと小さく揺れた。カーディガンのポケットから取り出した白いハンカチをそっと目尻に当てて、皺が出来てしまう事も構わずにハンカチを強く握りしめる。膝元におろした手に視線を落として、感情を抑えるように深く息を吐いて。
「しばらく経ってから、あの子の友達が総出で探しに行ってくれました。けど……仕事先のはずの森には、派手に戦ったみたいな跡だけがあったって……」
「それじゃあ、息子さんは」
そこから先を言うのは憚られた。ふと口にした一言の先がないまま、中途半端に止まって消える。
17年も音沙汰なし、残っていたのは戦闘の痕跡。しかもかなり派手だとなると、どこにいるのかという話の前に生きているのかさえ怪しい事になってくる。
きっとそれは、ソフィーも解っている事なのだろう。薄々は気づいていて、それでもそれを認める訳にはいかなくて。無事だと、どこかでちゃんと生きていると信じて、だけど。
そんな思考をぐるぐる繰り返して、どこにも辿り着かないまま探し続けているのだろう。
「お願いします…どうか、どうかあの子を見つけてください。目撃情報だけでもいいんです、少しでもあの子があの日何をしていたのかを知りたいんです。そうすれば、少しでも解る事が出来るかもしれないから……お願いします…!」
深々と頭を下げる。その姿を見つめて、ナツ達は顔を見合わせた。
思っていたよりも行方不明の子供は大人で、そうなると行動範囲は一気に広くなる。迷子になってしまったから近所を探してくれだとか、妙な組織に誘拐されただとかならまだ範囲を絞れるが、既に20代であろう青年が年単位で行方不明なら、それを探すのは魔導士ギルドではなく評議院の仕事だ。いや、きっと評議院は既に動いたのだろう。それでも何も変わらないからギルドを頼っている。
けれど、今から大陸中を回るにしたってこの人数では無理だ。かといって他のメンバーを引っ張ろうにも彼らには彼らの仕事がある。それに、この大陸にいるという確証すらないのだ。そこそこの金を持ってさえいれば、隣国や隣の大陸への移動は容易い。
正直、達成出来る可能性は低い。17年も見つからず、更に本人からの音沙汰もないとなると……見つけたとしても、それはきっと望んだ通りではない。
それはその場にいた魔導士達全員が気付いていたし、だからといってそれを言うのはどうしても出来なくて。
「お断りします、普通に考えて不可能です」
だから、ティアの淡々とした呟きに気づくのが遅れた。
ソフィーが目を見開いた。その顔をしっかりと正面から見つめて、ティアは冷たい声のまま続ける。
「17年も経っているとなると目撃情報はあったとしても忘れられてるでしょうし、痕跡だってマトモなものは残っている訳がない。そんな状態で大陸中を探したって、見つかる訳ありません。こんなに長い期間行方不明という事は、自分の意思で戻ってこないかどこかで死んだかの二択でしょう。正直言って、諦めるべきかと」
それは的確な言葉だった。間違いなんてどこにもない、あったとしても人の目くらいなら余裕で掻い潜ってしまうような小さな間違いだけの呟き。
けれど、正しいとしてもこの一言は間違いだった。言うべきではなかった。突き付けてはいけない事だった。
「ティア」
「ここで下手に期待させる事が正しいとでも?」
小首を傾げて、じろりと睨むように横目を向ける。
確かにその言葉は正しい。彼女が言った事に秘めた可能性はこの場にいる誰もが察知していたし、きっとソフィーだって解っていた。解っていて尚、このギルドならと縋っていた。
それなら、それを無下にする事だけはしてはいけない。この依頼を選んでここまで来たのはナツ達の意思で、生半可な気持ちで来た訳じゃない。
「大丈夫です、あたし達が絶対…」
「出来るかどうかも解らない事に絶対なんて言わない方が身の為よ、そんなの安心材料にすらならないんだから」
「けど…!」
「私達は有能かもしれないけど万能じゃない。何の手もなしに人を探せる魔導士がいるなら、既に動いたであろう評議院だってその魔導士を頼るわよ。そういうのがいないから見つかってないんでしょ、だったら見つけるのはまず無理だと思っておいてもらう必要があるじゃない」
ルーシィのフォローもぶち壊す。振り返って向けられた目を数秒見て、ふっと息を吐いた。
これではまるであの一件の前の彼女だ。何事にも自分の感情を挿まず、自分がその目で見ている事を第三者から聞かされたような視点で語る。ある視点から見れば人を思ってこそ突きつけた正論で、だけどその視点から見る人は少ない。大体が全く違う向きから見て、これは酷いと決めつける。
カトレーンでの一件以降、そんな発言は減っていた。冷酷だと噂され続けた印象よりも、どこか悪戯心を持った短気な面が強く出ていたのに。これではまるで。
「打てる手はないし、情報もない。だとすると私達にはどうしようもないでしょう」
「で、だったらどうすんだよ」
そんな時、いつもの快活そうな笑みを浮かべたナツが言った。
お前ならどうにかするだろうと、信じて疑わない声色で。
「ですから」
どうにかしてみせるから待ってなさいと、背中合わせに返す声で。
何も変わっていないのか、なんて結論に辿り着かせてやるもんかと言わんばかりの妨害だった。
思考を遠慮なく遮って、群青を煌めかせた彼女は告げる。
「期待はしないでください。きっと私達は、あなたが望む結果を持ってこれない」
さらりと赤い髪が揺れた事に、誰も違和感を覚えない。
それが俯いた故の動きだとは誰も気づかない。
伏せたオレンジ色の目に浮かんだ感情が何なのかも、揃えた膝の上で握りしめた手も、噛みしめた唇も誰の視界にも入らない。
彼であり彼女である相棒が、つい先ほどまでほんの少しの安堵を覚えていたなんて、彼女でさえも気が付かない。
「だから、精一杯の事はします。私達の出来る限りで全力を尽くすと、約束します」
約束、と言った。
それは極々有り触れた単語でしかない。誰にだって言える、破ってはいけない事。さらりと言葉に混ぜるのはそう難しくない、けれどそれをティアが口にするのはそう多くない出来事だった。
約束が嫌いなのだと言った。軽々しく言って、それを達成出来なかった場合を考えてしまうのだと。だから彼女は約束をしない。何かに誓う事もない。
ティアが自ら約束を持ち出しているのは、今はたった1つだけ。とある青年を今の今まで生かしている、簡単に聞こえても簡単には守れない小さな誓い。
それを知っている彼等は目を見開いた。それを知らないソフィーも呆然として、そんな答えを最初から解っていた戦友はニッと笑う。
「そ…それじゃあ、探してもらえるんですか?」
「きっと見つかりませんけど、それでも私達に縋るなら全力を以て」
そう言って、僅かに口元を緩めるティア。それとほぼ同時にナツが笑って、ルーシィが頷いて、ハッピーがきゅっと拳を作る。グレイが口角を上げて、エルザが「お任せください」と微笑んだ。
見開いた目をうっすらと潤ませて、ソフィーは静かに頭を下げる。
「…お願いします、あの子を……リーシェを見つけてください」
「リーシェ?」
そんな一言にふと現れた聞きなれない単語は、息子の名前だろうか。女性でも通用しそうな名前だと思いながらそれぞれがその名前を覚える中、反射的に聞き返したグレイに彼女はそっと頷く。
「ええ…リーシェ・クインリード。それがあの子の名前です」
少女の瞳が曇った事には、誰1人として気づかない。
「え、リーシェ?」
「おう、どんな奴だった?」
「どんなって言ってもなー…何年も前の話だし……」
困ったように頬を掻いて、近所の青果店で働く青年は近くの木箱に腰かけた。ソフィーから教えてもらったリーシェの友人―――多くもないが少なくもない人数のうちの1人である彼は思い出すように視線を上に向け、それからどこか寂しそうに苦笑する。
「いい奴だったよ。こう…特別リーダーシップがあったとかじゃないんだけどさ、頼りになる奴だった。物腰柔らかで親孝行な奴で……だから信じらんないよ、アイツが母親置いてどっか行ったりする訳ないんだ。それにあの頃はおじさんが入院してて、アイツ凄い心配してて…」
「おじさん…って、リーシェさんのお父さん?それに入院って」
「何か病気だったらしくて。詳しい事は知らないんだけど、かなり重い病気なんだって言ってた。リーシェがいなくなって3年くらい後だったかな、突然発作が起きて亡くなったよ」
同時刻、街の商業ギルドの受付嬢は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「だ…誰から聞いたんですか?私がリーシェ君の事好きだったって」
「お友達の数人から」
「えー…そんなに知られてたんだ。絶対隠しきれてると思ってたのになあ」
伏せた目を静かに瞬きさせて、長い髪をアップでまとめた女性はふっと息を吐く。
彼女の好意は他の友人達は勿論、母親たるソフィーさえも知っているほどだったという。それに勘が鋭かったというリーシェが気付いていたのか、それとも恋愛事には勘が働かなかったのかは解らない。
「彼、誰にでも優しかったんです。しかもその優しさをさらっと振りまいて、お礼を言うと“当たり前の事をしただけだ”って……大好きだったなあ、リーシェ君のそんなトコ」
「へえ…」
「けど彼、私が知ってる限りでは誰とも付き合ってなかったんじゃないかな。恋人いるの?って聞いたら、まだ出会えてないって言ってたから」
「出会えてない?」
何だかその言い方は不思議だった。
普通にいないと言えばいいものを、何故出会う出会わないのトーンで返したのだろう。
そんな疑問が表情に出ていたのだろうか。女性はくすっと笑って「不思議でしょ」と呟いた。
「リーシェ君ね、少しロマンチスト気味だったのかな。いい年した男の子だったけど、運命の人を信じてたみたい」
「う、運命の人?それって赤い糸とかそういう……」
「そう、それ。自分を誰かが待ってる、その誰かがきっと運命の人だってよく言ってた。その人と出会えたら、きっと幸せになれるって。女の子みたいでしょ?」
その問いかけに、特に考えずに頷いていた。写真を見た限りではよくいる普通の青年といった印象だったのが、彼女の話でガラリと変わっていく。
「けどね、私そんな彼が大好きだった。私が運命の人だったらって何度も思ったの」
寂しそうな微笑み。きっと彼女も彼を探し続けているのだろう。
叶うかなんて解らなかった。出会えていないという事は、彼が求めている相手が自分じゃないのもどこかで気づいていた。けれど、だからといってどこかに行ってしまったとは認めたくなくて。
「今だって、大好きなんだ。……彼以外を好きになんて、今更なれないよ」
そう言った彼女の青い目から、そっと涙が零れて落ちた。
「もっちろん覚えてるよー!リーシェ兄ちゃんの事でしょ」
こちらと然程年の変わらない少年は屈託なく笑って、公園のベンチにひょいと座る。ぶらぶらと足を揺らしながら、嬉しそうに彼の事を語っていく。
「オレ、あの頃ガキだったけどさ。兄ちゃんが凄かったのは覚えてる。オレ達がねだると、どんな時でもいろんな風に変身して見せてくれたんだぜ!」
「変身?」
「そっ、魔法なんだって言ってた。なんて魔法だったか忘れちまったけど、とにかく凄かったよ!この街ってあんまり魔導士いないから、兄ちゃんはオレ達のヒーローっていうか、憧れだったんだ」
この少年が特にリーシェに憧れていたようだというのは、街のあちこちで聞かれた話だった。兄ちゃんと呼び慕う彼を、一人っ子だったリーシェも弟のように可愛がっていたという。他の子供達も面倒見のよかった彼に懐いていたらしく、それはソフィーからも聞いていた。
昔はよくいろんな子が遊びに来てくれて、ケーキを焼くと喜んでくれたんですよ、と笑っていたのを思い出す。
「だからさー、オレ魔導士目指してるんだ!兄ちゃんが帰ってくるまで、オレがアザレアの皆を助ける!で、兄ちゃんが帰ってきたら一緒に仕事したいな。その為にも頑張らないと!」
にかっと笑った少年は、ぐっと拳を握りしめた。
そんな頃、ヴィーテルシアは気まずそうに目線を落としていた。
場所は変わらずクインリード家。ナツ達が情報収集の為に街を駆け回り、ティアは「ちょっとリーシェの部屋漁ってくる」と言ったきり戻って来ない。というか人の部屋を許可なく漁るのはどうなのだろうと思いもするのだが、どこぞの青髪剣士やら仕事サボり魔に似て彼女に甘いヴィーテルシアには、思ったとして求める動きにまで繋がらなかったりする。
そんなこんなでぽつんとリビングに取り残された彼、ではなく彼女は、依頼人であるソフィーと2人きりという気まずい空気の中にいるのだった。
「……」
「……」
そしてどちらも喋らない。せめて会話があれば空気が違ったものを、ヴィーテルシアは元々自分から話題を提供するタイプではないし、口数も多い方ではない。ソフィーの方もあまりぺちゃくちゃと喋る性格ではなさそうだし、ここにナツでもいれば話は別だったのかもしれないが。
(…よし)
すっと息を吸って、吐く。
よく考えてみれば、別にここにいろと誰かに言われた訳ではないのだ。ただそこまで大きな街ではないから情報収集は4人くらいが丁度いいだろうと言われて、ならばとティアの傍にいたら彼女がふらりと2階へ上がっていった。ただそれだけ。今からナツ達の手伝いに行ったって特に文句は言われないだろうし、そうじゃなくても相棒を手伝えばいいだけの話ではある。
問題はこの空気の中動けるかという点だが、ヴィーテルシアとて現状維持を望む訳ではない。覚悟を決めて、握りしめた拳を太腿からソファーの上にそっと下ろす。
後はこのまま立ち上がって、「ティアを手伝ってきます」とだけ言えば――――
「ヴィーテルシアさん…だったかしら」
失敗した。出来る出来ないの前に作戦ごと崩れ去る。
躊躇い気味に目を向けると、和やかな微笑みとかち合った。目を逸らしたくなる衝動をぐっと堪えて、真っ白になりそうな思考をどうにか回す。
「……はい、何でしょうか」
返したのは、他人行儀にも程がある機械めいた硬さだった。声がひっくり返らなかっただけまだマシだろう。自分を褒めたい。
そんな内心はつゆ知らず、ソフィーはにこりと微笑んだまま。
「パウンドケーキ、お好き?」
「……え?」
ことり、とテーブルに置かれた皿は、客人相手に使うと決めていたそれだった。
見慣れた真っ白の皿を思い浮かべた為に違和感を覚えたが、すぐに納得する。今の自分は客人なのだ。だからあの皿ではない。出されたティーカップだってそうだったではないか。考えてみれば何もおかしいところなんてない話で、けれど。
「…?」
と、ふと目線を落とした皿の上。重なるように斜めに乗せられたケーキは、二切れとも片面が茶色い。それはつまり、パウンドケーキを焼いた際に2つしか出来ない部分。ヴィーテルシアが迷わず選ぶ、真ん中ではないその二切れ。
「端…ですか」
「あ…ごめんなさいね、真ん中の方が好きだった?」
「いえ…端の方が好みですけれど。こういう時に端の方が出される事はあまりないので……私の好みをご存じで?」
その問いには、僅かな期待と恐怖めいた何かが混ざっていた。
姿は違う。声だってあの時のものではない。けれどもしかして、もしかしたら。そんな淡い期待の中に、気づいてほしくないと願う自分がいた。見ないフリを望みながら、見つけてもらう事を期待している。
「いいえ、単なる偶然です。丁度端だけ残ってたから……私、真ん中の方が好きなので、どうしても端を最後に残してしまって」
「ああ…そう、なんですか」
「何だか余り物を押し付けてるみたいで申し訳ないんですけど…よければどうぞ」
気づかなかった。気づいていなかった。
それにほっとして、悲しんで、安堵して、絶望しながら、表情には欠片も出さずに微笑みを作る。
「……ええ、頂きます」
今にも脆く崩れそうな顔をどうにか保って、ヴィーテルシアは銀色のフォークに手を伸ばした。
ぱらりと最後のページをめくり終えて、手にしている本を元の位置に戻す。
2階にあるリーシェの部屋は17年間誰も使っていない部屋とは思えないほど綺麗に整理され、シリーズものの小説は行方不明期間中に発売されたものまで全巻揃っていた。今ここで誰かが生活してますと言われれば信じてしまいそうなほどに整えられた部屋の本棚の前で、ティアはゆるりと息を吐く。
(いつ帰ってきてもいいように、って事なんだろうけど)
決して広くはないけれど1人部屋には申し分ない広さはあるこの部屋には、あちこちに本棚が置かれていた。大きなサイズのものを買えば1つで済むところを、せいぜい5段ほどしかない本棚がちょこちょこと配置されている。そのどれもに本は詰め込まれ、本を出すゆとりがどうにか残されていた。その種類は様々で、レシピ本であったり魔法書であったり、ついこの間50巻を突破した推理小説だったりする。
きちんと並べられた本の背表紙を1つ1つ目で追って、ふとどこかで見覚えのあるタイトルに目が止まった。
「“ミッドディーンの怪画廊”……?」
それは確か、何者かの手によって捻じ曲げられた絵を浄化し元に戻す事を生業とする青年と少女の物語。時に身の丈ほどもある絵筆や色鉛筆を手に戦い、時に絵の中の世界を救うべく知力を振り絞る。そして絵から出て家へ帰り、陽だまりの中で物語は終わる。そんな話だ。
このタイトルをティアは知っている。けれど読んだ事はない。この作者の作品は1つも読んだ事がないし、本屋に立ち寄ってもまず目を向けない。だけど知っている。内容も、大まかな筋を把握している。
「うー……」
誰だっただろう。誰かがこの本を読んでいた覚えがある。その誰かがこの内容を語っていた。
クロスではない。彼も読書家だが好みはミステリー系で、ファンタジーはあまり読まない。クロノでもない。そもそも兄は文字列に弱い。文字が並んでると全部書類に見える、とぼやいていたのを思い出す。
ならば他。本を読むイメージがあって内容を話し合うほど関わりが強いとなるとサルディア辺りだが、彼女は魔法書か飛竜図鑑しかイメージがない。関わりの強さなら“あの人”―――いや、あの人は読書がむしろ苦手だった。戦友たるナツも同じである。ジュビアは恋愛ものが好きだっただろうか。
だとすると、次に浮かぶのは相棒であるヴィーテルシアで、だけど彼が読んでいた覚えは―――――
「……あ」
思い出した。
いや、正確には読んでいる姿を見た事はない。ただ部屋の掃除に入った時に見知らぬタイトルを見つけて、これは何かと尋ねた事があっただけだ。きょとんとした目を向けて、すぐに納得したように頷いて内容を話し始めていた。けれどそれだけだったから、今の今まで忘れていて。
かなり昔の、少なくともティアが生まれる前に発売された小説。古く、特別人気があった訳でもないらしいこの作品を読んでいる姿を、ティアは知らない。自室で読んでいたという可能性もあるし細かいところまでは解らないが、この作者の本なら最近も出たばかりだ。けれどそのタイトルは家にない。それ以外のタイトルも、何もない。この作者が書いた小説は、確かこの一冊だけ。
この作者の作風が好きな訳ではないのだろうか。だとしたら何故あの一冊だけ?何十年も前の発売でそこまで売れなかった本なら、買ったのは古本屋だろう。ヴィーテルシアが本屋で新品を買うより中古の質のいいものを選ぶ主義なのは知っている。ビニールで覆われてはいないだろうから、立ち読みして内容を確認出来るはずだ。それなら買ってからイマイチだったと思う事はない。
(いや…まあ、偶然だって言われればそれまでなんだけどね……)
妙な勘が働きすぎているだけ、だとは思えなかった。
ティアは人をよく見ている。ガン見というよりは観察に近い。それは小さい時からの癖のようなもので、何気ない仕草や態度で相手の状態をある程度把握する。
だからこそ、ヴィーテルシアの異変に気付いていた。普段はそのままなのに今回は少女姿を取った事も、「喋る狼なんて驚くだろう」と尤もらしい理由を付けていたけれど。依頼内容について話している時の表情も、気づいてないなんて思っていたのだろうか。
「……まさか、ね」
いや、ただの偶然だ。そう思い込む。無駄に勘ぐっているだけ、あの顔は見間違いと。
そう、こんなのはただの偶然。ただの気にしすぎ。無駄な考えすぎ。
「そんな訳、ないでしょ……アイツが」
本棚に並ぶ本が、彼の部屋のそれとほぼ同じなのも。部屋全体の色合いが似通っているのも。
背の低い本棚を部屋のあちこちに置きたがるのも。クローゼットの中の洋服が異様に少ないのも。
貼られた付箋に書き込まれたメモの字が、お手本のように綺麗な字なのも。それに覚えがあるのも。
律儀にも日が飛んでいない日記の中の長ったらしい魔法の名称が、見知った彼のと同じなのだって。
―――――本当に、偶然?
「アイツが、リーシェ……?」
信じられないものを見たかのように目を瞠って、ひゅっと息を呑んで。
誰の答えもないその声は、やけに震えていた。
「ご馳走様でした…美味しかったです」
「そう、よかった」
ほっとしたように笑うソフィーの目をどうにも見れなくて、少し目を伏せる。
懐かしい味だった。何度再現しようと思っても首を捻る結果になってしまうそれを食べたのは何十年ぶりだろう。変わらない味はやはり美味しくて、つい無言で食べきっていた。本当に美味しいと思ったものを食べ終えるまで無言で食べきる癖は昔と変わらない。
「リーシェも、これが好きでね。昔、近所の女の子がレシピを聞きに来た事があったわ。バレンタインに作るんだって。“リーシェ君は鈍いから、好きなものでアピールしてみるの”って言ってたかな。それを食べた時のあの子ったら…“母さん、妙な話だ。母さんが作るのと同じ味がするんだが”って心底不思議そうだったの」
「……ああ」
「結局あの子は何にも気づかなかったみたいだけどね」
呟く声は吐息に近く、誰が聞いたって納得した故の声だとは気づかないだろう。
確かにそんな事もあった。相棒と同じ、けれど彼女のそれより明るい青の目をした少女に貰ったパウンドケーキの味がそっくりそのまま慣れ親しんだものだった時の驚きは今でも覚えている。それ以外でそれらしいものを貰った覚えがないから、多分その話だろう。
だがそれ以上に驚きなのは彼女が自分に好意を持っていたらしい、という爆弾発言である。正直全く一切塵ほども気づいていなかった。そもそも彼女には友人としての感情しか持ち合わせていなかったし、失礼な話好みのタイプではなかったりする。そしてその長年の“好みの女性像”をぶち壊していったとある青髪の問題児がいたりするのだがそれはさておき。
「……ねえ、ヴィーテルシアさん」
「はい」
その声で別の名前で呼ばれる事に少し痛みを覚えたけれど、どうにか普段と変わらない声で返事をする。何気なく目線を上げて、それからすぐに後悔した。
「え…っと」
ソフィーの目は何かを見ていた。いや、視界に入っているのはヴィーテルシアなのだが、その目はこちらよりも奥を見ている。かといってそこに何がある訳でもなく、ただじっとオレンジに染まった目を見つめていた。何かを見透かすような目、奥の奥を見ようとする目は、彼女の群青を彷彿とさせる。
真意を掴めず、けれどこの場から逃げ出したい衝動が滲み始めて。戸惑いを隠す余裕すらどこかに消えたヴィーテルシアの声が、すっと空気に溶けて消えた時。
「……ヴィーテルシア!」
それを引き留めるような声がした。
それは耳に馴染んだソプラノで、どこか助けを求めるような色だった。
アザレアの街で1番大きな宿の一室で、ヴィーテルシアは戸惑いがちに紫の瞳を揺らしていた。
2つ並んだベッドの片方に座り込んで俯いたままの相棒は、何も言わない。何か声をかけようにも、彼女の纏う雰囲気がそれを許してくれない。顔を覗き込もうとしゃがんだら顔を逸らされたのはつい数分前の話だ。かなりショックだったりするのだがそれはさておいて。
「どうしたティア、何かあったのか?俺でよければ話してほしい」
首を傾げつつ問いかけるが、返事はない。その意味をヴィーテルシアは正しく理解する。これは無視している訳ではなく、その問いかけにどう答えるべきかを必死に考えている状態だ。
だから、そのまま待つ。目にかかる前髪を指で払って、少し迷ってから彼女の隣に腰を下ろす。ぴくりと体が震えるのが解ったが、敢えて退かない。
そんな状況が数分、きっと5分にも満たない時間が過ぎてから、ようやく唇が動く。
「……アンタが」
「ん?」
「アンタが、リーシェなの?」
頭が真っ白になった。
聡明な彼女なら、どこかで気づく可能性はあった。現に彼女の問いかけには疑問めいた響きよりも断言に近いそれの方が濃い。きっと部屋を漁っている時に何か見つけたんだろうな、なんて判断する冷静な自分がどこかにいて、けれど声は自然と震える。
「何の、話だ?」
「お願いだから嘘は言わないで!本当なら本当だって認めてよ!」
そんな誤魔化し聞きたくないの、と俯いたまま叫ぶ。その声が泣いている気がして、ぐっと次の言葉が詰まった。
泣かせてしまったのだろうか。そんな不安が過ぎる。彼女だけは、自分のような素性の解らない奴を大切にしてくれている彼女だけはその何倍も大切にしようと思っていたのに。咄嗟に伸ばしかけた手が、だらりと落ちる。泣いているのか、なんて聞く勇気はどこにもない。
「リーシェの部屋で見たの、いろんなものを。全部アンタの持ってるものと同じだった、何もかもそっくりそのままだった!挙げ句には魔法まで同じで…そう簡単に習得出来ない失われた魔法まで同じだなんて、そんなの同一人物としか思えないじゃない……!」
痛いほどに握りしめた拳を解いてあげたかった。理由は解らないけれど泣きそうな相棒を落ち着かせてあげたかった。その手を取れたら、いつもの挑発的な笑みが戻ってくるだろうか。
けれど、そんな事する余裕なんて空っぽで。ただ固まるだけの彼に目を向ける事なく、叩き付けるように言葉を紡いでいく。
「ねえ、嘘だか本当だか言ってよ。隠したままになんてしないでよ!アンタはあの人の息子なの?……アンタは、リーシェ・クインリードなの!?」
そんなに辛いのなら何も言わないで。どうして泣きそうなのかなんて聞く勇気もないけれど、お願いだから貴女だけは笑っていて。
――――――そんな考えが、ぐるりと回って。
ヴィーテルシアに出来たのは、頷く事だけだった。
「……そう」
少しの間を置いて、ティアはそれだけ言った。先ほどまで泣きそうだった声はいつもの…いや、違う。それに気づいて、ぞっとする。狼姿なら全身の毛が逆立っていたであろう程に。
彼女の普段の声はこんなに尖っていない。こんなに冷たくはない。こんなに無感情じゃない。こんなに抑揚のない声なんかじゃ、何かを無理矢理抑え込んだような声じゃない!
「ティ、ア?」
投げかけられてきたのは、棘がありつつも柔らかい声だった。しっとりと優しさを滲ませて、無愛想を取り繕っても隠し切れない誰かへの思いやりがあった。
なのに、それなのに。声の温度が違う、たったそれだけと言われればそれまでの話だけれど。それが、何よりも怖い。
まるで、どうでもいいと捨てられるようだった。そしてそれは、初めての事じゃない。冷たいものが背中を這うような感覚がするのは、何度目の事だろう。
「だったら」
その先に続く言葉を何十回聞いただろうか。その度にまたかと諦めて、執着もなしに捨て去った。
けれど、その言葉を言うのが彼女なら。続きをティアが言い切ってしまったとして。必要ないと、最愛の相棒に言われたとしたら。続く言葉が、今までのそれと似通ったものだったら。
「アンタはこの街に残りなさい」
聞きたくないと叫ぶ暇さえなかった。耳を塞ぐ時間さえ、彼女は与えてくれなかった。
込められた意味を―――これからはリーシェとして母親と暮らせという優しさをちゃんと理解した上で、その続きを聞く事を拒みたくて。
「もう、私の相棒でいる必要はないわ―――――さよなら、リーシェ」
彼女の声は、もうあの名前で呼んでくれない。
気づけば自分用にと取った宿の部屋にいた。
つい先ほどまでいたティアの部屋から1つ挟んだ位置にある部屋のベッドに突っ伏す。組んだ腕に顔を埋めて、頭の中ではぐちゃぐちゃに乱れた思考を整えようと試みる。
(必要、ない)
解ってはいるのだ。それがティアなりの優しさだという事くらいは。自分だって可能なら母親と生まれ育ったこの街でもう1度暮らしたいと思っていたのだから、本来なら喜ぶべき事なのに。
(嫌だ、そんな事言うな。必要ないなんて言わないで、いらないなんて言ってほしくない……!)
母親の事はもちろん好きだ。もうそこそこの年齢で1人暮らしは大変だろうし、それを支えるチャンスがあるなら選ばない理由はない。けれど、選ばない理由がなくても迷う理由はある。
例えばそれは家族同然に大切なギルドのメンバーであったり、第2の家ともいえるギルドそのものであったり、――――どうしても1人に出来ない相棒であったり。
「う…っ……」
解っている。それが優しさなのも、本当はそれが辛くて仕方ないのも。
ティアは1人でいるのが好きだ。けれどそれは誰とも繋がりたくないという訳ではない。周りに誰かがいた上で、1人で読書したりぼーっとしたりするのが好きなのだ。
そして、ティアは誰かとの繋がりが切れる事を酷く恐れる。人間関係崩壊が常である彼女だが、誰かが離れていくのを平然と見送れるほど冷徹じゃない。それは会う回数や話す回数が多ければ多いほど強く、相棒にして同居人たる彼など1番恐れが強くなるはずなのに。
それに、彼は知っている。誰も知らない、チームメイトも友達も兄弟でさえ知らない、1歩外に出れば見せなくなる顔を知っている。
―――――イオリ、さん…っ……
―――――もっと一緒に、いたかったです。どうして…どうして……!
そう呟いて、遺品に縋る彼女を。
床に座り込んでひっそりと泣く背中を、何度見つめただろう。
何度声をかけようと思っただろう。そして寸前でどうしても声が出なくて、思い止まった回数は?無力さを嘆いて、どうしてあの師匠だった彼女ほど距離を縮められないのだろうかと唇を噛んで。
結局答えが出ないまま次の日が来て、相棒は何もなかったように眠い目を擦るのだ。
最近その頻度が増しているのにも気づいていた。行かないでと何度も縋って、最後には「あなたの弟子で幸せでした」と呟いている。
「……っ」
その姿を知っていて、けれど母親の思いを無駄にも出来ない。
17年も音沙汰なしで、死んでいる可能性の方が高いのにずっと信じて待っていてくれていた。連絡もなしにどこかに消えたっきりの息子の帰りを望んでくれている。
その思いにも応えたい。待たせた事に謝罪して、もう1度会えてよかったと笑えたらどんなにいいか。
(…だけど)
理想は2つを2つとも叶える事。けれど、それが出来ないのも解っている。
だって母親の元に帰るのは“リーシェ”で、相棒の横に立つのは“ヴィーテルシア”なのだから。それは同一人物のようで全くの別人だ。だから両立は出来ない。リーシェに戻るならヴィーテルシアを、ヴィーテルシアのままでいるならリーシェを捨てなければいけない。
だからこそ、“ヴィーテルシア”はリーシェの名で呼ばれるのを拒んでいた。本質や根本が同じでも、結局のところは別々なのだ。
だから、選ばなければいけない。
17年も待ち続けてくれている母親か、せいぜい1年にも満たない付き合いの相棒か。
血の繋がった本当の家族か、同じ屋根の下で暮らす家族同然の存在か。
リーシェ・クインリードなのか、ヴィーテルシアなのかを。
零れそうな涙を腕で乱暴に拭って、嗚咽を呑み込んで。突っ伏した体勢からベッドを軋ませつつ起き上がる。そこからすたすたとテーブルに向かい、鞄から取り出したのはペンと飾り気のないレターセット。すっと取り出した便箋に向き合って、ペン先をとんと乗せる。
「…俺は」
声に出して、そこから先をそっと心の中で囁いて。
便箋の1番上の行に迷う事なく書いたのは――――――。
「ソフィーさん」
呼び止められて振り返ると、オレンジの目と視線が合った。
その姿と会うのは数時間ぶりだろうか。青い髪の少女に引っ張られるような形で宿に戻っていったきりだったが、今は1人でいる。庭の手入れをするソフィーと、柵1つを間に挟んだ位置からこちらを見ていた。
「あら、ヴィーテルシアさん。どうかなさった?」
「はい、少し」
困ったような笑みを浮かべて、それからすっと表情を真剣なものへと変える。何か重大な話だろうかと、ソフィーは思わずしゃがんだ体勢から立ち上がった。
そんな彼女を真正面から見つめて、今までのように目を逸らさないで、赤髪の少女は言った。
「貴女に、大事なお話があります」
夕焼けが、染める。
ぼうっと部屋の天井を眺めて、カーテンの奥から覗く朝日に目を向ける。
気づいたら朝だった、なんて事はない。彼が部屋を出てからの事はちゃんと覚えている。思考を投げ出したくなって昼寝をして、起きたら時間を置かずに夕飯だとルーシィに呼ばれた。その場に相棒たる彼はおらず、別で食べると連絡があったと教えてきたのはエルザだっただろうか。
とにかく宿の亭主とその奥さんが用意してくれた夕食を残さず食べ終え、食べる際にぼんやりしていたのが気にかかったのかナツに声をかけられたのをあしらい、グレイが脱いだ服に足を取られて転びそうになるという普段なら確実にやらないミスをしでかして部屋に戻り、風呂に入って早々に寝た。
「二度寝…出来そうにないかな」
珍しい、と呟いて身を起こす。そっと布団から出した足が薄い冷気に触れる。かといって足を引っ込めるほどでもなく、寒い地域で生まれ育ったティアからすればこのくらい大した事はない。ベッドの横に揃えて置いたスリッパを履き、一先ず洗面所へ。
特に手入れもしていない寝起きの青髪はボサボサで、別にこのままでも構わないのだがそうすると彼が困ったように笑って―――――。
「……」
鏡の向こうからこちらを見つめる目は、普段と何も変わらない。いつも通りの、思考が読めないと言われやすい青色。透き通るようで濁り、曇りガラスのようで水晶のような瞳。
それが何だか無性に苛ついて、くるりと鏡に背を向けた。
軍服めいた淡い色合いのワンピースに、いつもの白い帽子。とんとブーツの爪先を小さく打ち付けて、姿見の前でゆっくりと一回転する。寝癖を見逃していたりはしないか、服に汚れはないかを一瞥して確認し、ふっと息を吐いた。
大丈夫、変なところは特にない。あとは彼等の前でいつも通りに振る舞って、相棒だった彼に別れを告げるだけだ。言葉にしてしまえば簡単で、それを行動にしようとすると途端に難しくなるのだけれど。
「……よしっ」
小さく拳を握りしめて意気込んで、覚悟を決めて勇気を固める。
そうと決めれば即行動。勢いを殺さないうちに部屋を出ようとドアノブを掴み、
「ティア―――――!大変だ早く起きろ―――――――!」
「がっ!?」
顔面を強打した。
「そもそも他人の部屋にノックもせず入るかしらね普通。それもあの勢いで。アンタあれで私が着替えてたりでもしたらどうするつもりだった訳?ほら、答えてみなさいよほらほらほら!」
「と、とりあえず落ち着こうよ…ね、ナツだって反省してるし」
持ち前の短気さを全力で発揮するティアを必死にルーシィが宥める。因みに当の本人たるナツはありったけの力で放たれた膝蹴りのダメージで倒れ伏していた。腹を押さえながら「お…おお……」と呻くナツに舌打ちをして、どかっとソファに座る。流れるような動作で足を組み腕を組む格好は何度見ても女王めいていて、不機嫌そうな―――というか実際不機嫌な表情もあってかなりの圧力を感じるのだが、ティア本人は全く気付いていないのか、大きな溜め息を1つ。
「…で?何が大変なの」
「え?」
「そこのバカが大変だって騒ぎながら突撃してきたんだけど、私は特に何も聞いてないのよね。アンタ達は何か聞いてないの?」
その問いかけにきょとんとしたような3人と1匹。これにはティアも眉を顰めるしかない。
てっきり自分以外の全員が知っているのだろうと思ったのだが、そうでもないようだ。という事はどうやってもナツから聞き出すしかなく、けれど彼は先ほどの膝蹴りのダメージで倒れている訳で。
「チッ…肝心な時に使えない奴……」
「さっきの蹴りが原因だろうが」
グレイの御尤もなツッコミはスルーされた。
「全く…仕方ない、叩き起こすか」
「ええ!?」
「それじゃあ冷水浴びせるって手は」
「それなら目が覚めそうだな、いいぞティア」
「エルザ!?」
「そうと決まれば遠慮なく……」
「ちょっ…」
エルザの許可も貰い、止めようとするルーシィとハッピーにも構わず右腕を上げる。伸びた指先に僅かに触れそうな距離で展開した魔法陣をなぞるように人差し指を回して、その手がふわりと青い光を纏った。
「大海怒号…」
さも当然に告げられそうになるのは、彼女の代名詞。起こすどころか力加減によっては永眠させてしまうような高威力の塊。
これにはこの場にいた全員が青くなり、けれどそれを止めるには遅すぎて。
「落ち着けティア、あまり魔法を乱発するのは危ないぞ」
最後の音がソプラノに乗る、その寸前に。
やんわりと、ソフィーを連れた少女が声で制した。
声が途切れる。集めた魔力が解け、魔法陣が掻き消える。天に伸ばした右腕が行く当てもなく下りて、気づけば青い光なんてどこにもない。
昨日と同じカラーリングの少女姿を取る彼女が口元を緩めた。ソフィーから離れ、ティアの前で小首を傾げる。
「おはよう、よく眠れたか?」
「…ええ」
絞り出すような声だった。そっと視線を走らせるが、違和感らしいそれを感じたと思われる人はいないようで、一先ず安心する。
「夕飯は、どうしたの?」
「ソフィーさんがご馳走してくれてな、美味しかった」
「そう…」
珍しく嬉しそうに笑う顔にどうにか言葉を返す。よく見ればソフィーも喜びを隠しきれないと言わんばかりに微笑んでいて、何故だかほっとした。
間違えていなかった。無自覚で遠回しに無力だと告げてしまっていた弟のように、傷つけてはいなかった。誰にも気づかれない程度に安堵の息を吐いて、正面からかつての相棒を見つめる。
オレンジ色を和やかに緩ませる彼女が、「そういえば」と思い出したように口を開いたのはそれとほぼ同時だった。
「ナツから聞いただろう?」
「何を?」
「……、……あれ?」
問いかけへの疑問は予想外だったようだ。たっぷり10秒は待って聞き返される。
「あー…ヴィーテルシア、ほれ」
「どうし…ああ、なるほど」
そのやり取りに苦笑いを浮かべたグレイがポンと肩を叩く。不思議そうな表情で振り返り、すぐに状況を察したのかこちらは困ったように笑みを浮かべる。
唸るような呻くような声を上げつつどうにか体を起こしたナツは、腹を押さえたままティアに詰め寄った。
「何すんだよティア痛えじゃねーか!」
「無断でノックもなしに他人の部屋に入ろうとしたくせに随分な物言いね。いつからそんな間柄だったかしら私達って。せめてノックくらいの常識頭に入れておきなさいよバーカ」
「んなっ…!?」
ぴくりとナツの眉が上がる。
そんな事お構いなしに身を屈めたティアは、顔を覗き込む体勢でじろりと睨みあげる。
「ていうか、だったら私だってアンタが凄い勢いでドア開けるから顔面強打してるんですけど?」
「ぐっ…わ、悪ィ……けどあの蹴りはねえだろ!?」
「はあ?」
「ま、まあまあ!2人とも落ち着いて!ほら、ヴィーテルシアが何か言いたそうだし!」
このままでは長期戦になるのは明らかだ。そうなれば厄介な事この上ないし、下手をすれば魔法ありの乱闘が始まる可能性がある。それでは宿に迷惑がかかり、依頼人たるソフィーに怪我を負わせてしまうかもしれない。
それだけは避けねばとどうにか2人を落ち着かせにかかるルーシィに突然話を振られた少女は一瞬驚き、それから「ああ」と頷く。
「ナツが話していなかったのは予定外だが、まあ構わん。私から話せばいいだけの事だからな」
「だ―――――っ!そうだった!悪ィ忘れてた!」
「いや、気にするな。今から話す」
慌てるナツを制して、微笑む。
ついにこの時が来たのだと覚悟を決めて、その際に投げかける言葉をいくつかのパターンに合わせて用意して、ティアは真っ直ぐにオレンジの目を見つめた。
「昨日の夕方、息子さんからソフィーさんに手紙が届いた」
それは昨日の事。
「大事な話…って何です?」
「実は…」
テーブルを挟んで向かい合う2人。首を傾げるソフィーに、ヴィーテルシアは封筒を差し出した。
真っ白な、何の変哲もない普通の封筒。簡単な封すらされていない。この家の住所も相手側の住所も書かれていないそれには、ただ一言だけが書かれていた。
―――母さんへ
たったそれだけの、何よりも意味を持った言葉。
「!これ……」
「さっき、散歩中に渡されたんです。“ソフィー・クインリードという女性に渡してくれ”と」
「……まさか」
その目が潤むのを、ヴィーテルシアは見逃さなかった。
これでよかったのかと囁く自分がいる。今ならまだ間に合うんじゃないかと。
けれどもう選んだと、これでいいんだと囁き返す。意識の中でくしゃりと歪んだリーシェの顔から無理矢理目をそらした。
「あ…あの……これを、あなたに渡した人って…どんな人、でした?」
ああ、糠喜びさせてしまうな、なんて。
解った上での選択なのに、考えてしまって。
「えっと…黒い髪に黒い目で、年は30代くらいに見えました。もう少し若いかもしれませんけど…」
その考えを消し去りたくて、用意していた台詞を吐いた。
―――母さんへ
まず最初に、17年も連絡をせず心配をかけたと思う。ごめんなさい。
いろいろあって忙しくしていたら17年経ってました……なんて言い訳にしか聞こえないかな。ふざけるなって怒鳴りたくなったとしても文句は言えないよ。
次に、お元気ですか。俺は変わらず元気にやってます。
風の噂で父さんが亡くなった事は聞いたよ。最期に立ち会えなくて本当に悔しい。最後の最後まで一緒にいてあげられなくてごめんって、墓に寄って伝えてもいいだろうか。父さんは怒るかな。
母さんは昔から体が丈夫だから大きな病気とかには罹ってないと思うけれど、もう年が年だから油断はしないように。
17年前の事は、母さんも知りたがってると思う。
あの時俺は、仕事の最中にちょっとしたヘマをしでかしてしまった。その内容は聞かないでもらえると有り難い。俺が失敗談をしたがらないのは母さんも知っているだろう?
とにかく、ヘマをした俺は重傷に陥ったそうだ。よく覚えていないからこの辺りは曖昧だけど許してほしい。
そのあと運よく発見された俺は、意識のないうちに病院に運ばれた。結構な重傷だったらしく、傷が治ってもしばらく―――具体的には5年間目を覚まさなかったらしい。起きたら5年も経ってて驚いたよ。
それからリハビリを始めたんだが、これにもかなり時間がかかった。
なんせ5年も動いていないんだ。筋肉なんてごっそり消えてるし、歩くどころか喋るのもままならないし。日常生活に支障を来さないレベルまでに回復するのに、これまた5年…6年だったかな?まあそれくらいかかってしまった。
今、俺はこうして文字が書ける上に問題なく歩けているけれど、まだアザレアには帰れそうにない。
俺が世話になったのは田舎の方の病院なんだが、かなり不便な場所なんだ。1番近い駅から1時間以上は歩く必要があって、若者は皆ハルジオンやマグノリアで仕事を探すと出て行ってしまう。ここに残る人もいるにはいるが、数が少ない。
だから今はこの村に残って、あちこちでいろんな事を手伝っている。恩を仇で返す事だけは何があっても恥だと思え……昔父さんがよく言ってただろう?
俺ももう少し…具体的な時間は解らないけれど、ここに残って村への恩を返そうと思う。だからそれまでは、俺が満足出来るまでは帰れそうにないんだ。
母さんからすれば、何を言っているんだって話だろうな。早く帰って来いって思ってくれているのかもしれない。
けれど、俺はここで大切なものを見つけた。どうしても見捨てられない、命に代えても守りたい大切なものがあるんだ。今はまだ、離れられない。ここにいたいんだ。
次の連絡がいつになるかは解らない。けれど、時間が取れたらまだ手紙を出そうと思ってる。
その時は、手紙を破らずに最後まで読んでもらえたら嬉しいよ。
それじゃあ、またいつか。
また会えたらその時は、貴女はおかえりと言ってくれるのかな。
―――その日を、楽しみにしています。
リーシェより
その日の夕方、アザレアのあちこちに手紙が届いた。
ただ先方の名前だけが書かれた封筒はとある青年の関係者にのみ渡され、渡してくるのは共通で赤い髪の少女だった。
「バカヤロー…親切もいい加減にしろよ……!意地でも待ってやる、何年でも待っててやるからな…ずっと友達でいるから、絶対帰って来いよバカリーシェ……!」
強く握りしめすぎた手紙にくしゃりと皺が寄る。
けれどそんな事を気にする余裕なんてどこにもなくて、紙の上の文字が静かに滲んだ。
「…やっぱり、フラれちゃったかあ」
残念そうに、けれど表情はどこか清々し気に女性は呟いた。
三つ折りの便箋には、彼女が何年も待ち続けた答えがある。想ってくれているのは嬉しいけれど応えられないと。今の自分には大切な人がいて、恋愛感情はないけれど彼女以上に大切な人を作るのは難しいと。
「よかったね、リーシェ君。運命の人に出会えて」
ちゃんと笑えているだろうか。祝う気持ちは本物だろうか。心の底から、言えるだろうか。
涙交じりの声なのは許してほしい。優しい彼ならきっと、「別に構わない」と苦笑するだろうけど。
「おめでとう。帰ってくるの、待ってるからね」
「なあなあお姉さん、リーシェ兄ちゃんは人助けしてるんだよな?」
「いや…それを私に聞かれてもな。私はリーシェさんと面識がないんだ。手紙に書いてある通りだと思うぞ」
少年の問いかけに、赤髪の少女は苦笑する。
そんな姿に何を思ったのか、少年は不思議そうな顔をした。
「お姉さんってさあ」
「ん、どうした?」
「何か似てるんだよな、リーシェ兄ちゃんに。喋り方かな?」
心底不思議そうに首を捻る少年を、ヴィーテルシアは言葉を失いながらも見つめる。そんな事を言われるのは初めてで、少し反応に困った。
なんて返せばいいかと考えて、結局は無難な事しか出てこない。
「……気のせいじゃないか?」
「よかったのかしら、これで」
「依頼人のソフィーさんがそう言うんだ、私達はその判断に従うべきだろう?」
馬車に荷物を積みながら呟いたルーシィに、エルザが返す。
リーシェが生きている事が判明し、更に直筆の手紙まで届いて。「生きている事が解っただけでも十分です」と笑ったソフィーは、これ以上を望まなかった。村の名前が書かれていない以上特定は難しいが、元気で生きていればそれでいいと。
そうなれば、もう仕事は終わりになる。報酬は約束通りに払うと言われてはマトモに仕事をせず一件が終わった身なので断りたくなるのだが、依頼人はどうやら行動力が高いようで、既にギルドに振り込んだという。
「…」
「さっきからどうしたんだよ。…まさかまだ根に持ってんのか!?」
「違うっての、もう気にしてすらないわよ」
問うナツにぴっと指を突き付けて、ちらりと目を向ける。
変わらず少女姿のヴィーテルシアは、いつも通りの無表情に近い表情でぼーっとしていた。何も考えていないであろう表情に、今更ながらな疑問が湧く。
母親と暮らせるチャンスを自ら棒に振るって、赤の他人で付き合いも長くないティアを選んで。いや、もしかしたら選んだのはティア個人ではなくギルドという大きな括りそのものだったのかもしれないけれど。
「……」
結局、彼の真意は解らなかった。
「ティアさん」
呼び止められたのは、帰る寸前の事だった。
顔を青くするナツを押し込むように馬車に乗せ終えて、さて自分も馬―――に変身したヴィーテルシアに乗るかと馬車に背を向けた時。
「…何か」
ほんの少しの疑問めいた音を乗せて、小首を傾げる。
―――そして。
「―――――――――」
そっと近づいたソフィーが、耳元で何かを囁いて。
その意味をゆっくりと理解したティアが、彼女にしては珍しく―――本当に珍しく目を見開いて。
「アンタ……」
何かを言いかけたティアに、ソフィーは首を横に振った。
「…ねえ」
「ん、どうしたティア。……もしかして味が好みじゃないか?だとしたらすまない、以後気を付ける」
「そうじゃなくて。味はいつも通り私の好みだから」
躊躇いがちに声をかけると、見当外れな言葉が帰って来た。
テーブルに並んだ料理達はちょっと腹が立つレベルで美味しい。毎回毎回の事だが、よくもまあここまで好みに合っているなあと感心する。濃すぎず薄すぎない、丁度中間を行く味。何度食べても飽きないような素朴さ、よくある家庭料理らしさがティアは好きだった。母の手料理というものを食べた事がないティアにとって、所謂“おふくろの味”というジャンルに該当するのは相棒の手料理とギルドで食べる従業員お手製の食事の事になる。
それがヴィーテルシアの、文字通り血の滲むような努力の賜物だという事をティアは知らない。
「アンタ、母親と一緒にいなくてよかったの?」
「ああ」
散々迷って言葉にした問いかけに、彼はあっけらかんと答える。そのあまりのさっぱりとした態度に椅子から転げ落ちそうなのをどうにか留めて、一旦フォークを置いた。
真剣なティアに対して、ヴィーテルシアは「今更何を?」と言いたげにきょとんとしている。
「本当に?本当によかったの?今ならまだ間に合うかもしれないのに?」
「いい加減親離れするべきだとも思うし、どうせリーシェにはなれないんだ。俺が元の姿になれないのは知っているだろう?」
「そりゃそうだけど……」
納得いかないわ、と不貞腐れ気味に呟いてパンを千切る。そんな相棒を苦笑しつつ眺めて、ヴィーテルシアはそっと昨日を思い出していた。
思っていたよりもあっさりと、右手に握ったペンは母親の名を書いていた。
頭の中で組み立てては矛盾を見つけて崩れるシナリオを、可能な限りリアルに作り上げる。違和感を欠片も残さず、誰が読んでも納得出来るような内容をつらつらと並べていく。
想像力の高さは自他共に認めている。それがあってこその魔法であるし、それがなければ母の目を欺く変身など出来やしないのだから。
「……よし」
最後の一文字を書き終えて、ヴィーテルシアは暫し無言だった。
今なら、この手紙を知っているのは自分だけだ。なかった事にも出来る、破いてしまう事も出来る。新しい便箋を用意して、宛名を相棒の名前に変えて選ぶ先ごと変更してしまう事だって。
今なら、まだそれが出来る。後戻りも、そこから別の道を進む事も。何の手も打たないという選択だって、不可能なんかじゃない。
それをきちんと理解した上で、彼はそっと封をした。
思い出しても、あの選択は間違っていなかったと断言出来る。
母親や故郷、友人達への未練に似た思いはあった。今だってそれはあって、胸の奥底で疼いている。けれど、一匹狼に見えて誰もいないのを恐れる相棒を放っておく事も出来ない。そんな選択をしてしまえば、アザレアで暮らしながらもティアの身ばかり案じてしまいそうでもある。
結局のところ、ヴィーテルシアはティアの事が大好きで仕方ないのだ。放ってなんておけなくて、何度も何度も願ったあの頃よりも傍にいたいと思ってしまう。
「ヴィーテルシア?何笑ってるの、アルカみたいよ」
向かいで、不思議そうに首を傾げる。
無意識のうちに緩んでいた口元を隠そうとも直そうともせずに、ヴィーテルシアは「気にするな」と首を横に振った。
「何でもないんだ。……早く食べてしまおう、冷めると味が落ちる」
「?冷めてもアンタの料理は十分美味しいけど」
「!……ほ、褒めてくれるのか…!?」
「いや、そんなにキラキラした目で見られてもね…精々頭撫でるくらいなものよ?……って何でそんな嬉しそうになる訳?私が撫でてもご利益とかないんだけど…?」
心地よい陽だまりの中にいた。
窓の外はアザレアの街。ひくりと鼻を動かせばバターの香りがして、ふかふかとしたソファーに寝転がった体勢から身を起こす。
「リーシェ」
呼ばれて、反射的に反応する。すぐに自分はリーシェではなくヴィーテルシアだと遅れて思い出したが、振り返った動きは止められない。
振り返った先にいるのは、ロッキングチェアをゆらゆらと揺らす母親。
「……母さん」
リーシェと呼ばれている今なら、そう呼んでもいいかな。なんて。
ぽろりと落ちた声に、ソフィーはふわりと微笑んだ。その微笑みは相棒のそれとよく似ていて、一瞬2人の姿が重なりかけて、ふっと消える。
そんな微笑みを浮かべたまま、柔らかい声が紡ぐ。
「おかえりなさい、リーシェ。そして行ってらっしゃい、ヴィーテルシア」
「相変わらず、凝った嘘を吐くんだから」
ロッキングチェアに揺られながら、そっと呟く。
昔から、自分の失態を隠す為に嘘を吐く子ではなかった。この内容を告げれば相手が傷つくだろうと言う思いが強ければ強いほど、どんどん嘘が凝っていく子だった。
そして、それが―――誰も見抜けないような精密な嘘が通じない相手がいる事を、あの子は忘れてしまったのだろうか。
「……」
両端だけが綺麗に消えたパウンドケーキが、仄かにバターの香りを漂わせていた。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
まずは早速申し訳ないです!なるべく早くと言っておきながらこのスローペースよ…何もしてなかった訳じゃないの、むしろ前回よりは進みが早かったのよ―――!
……ただちょっと、食い違いとか「何かこれ無理があるなあ」と思った箇所とかの修正をしていたらこんなになりました。もう今年が終わっちゃうわ!
そのくせ内容が若干支離滅裂感漂うというね…本当はもうちょっとシリアスっぽい感じだったんですけど、違和感を削ぎまくったら当初の予定通りにはどうやってもいかなくなりました。結果ティアさんが出しゃばり気味な気も…?まあいずれあの人の「1人が好きだけど周りから誰もいなくなるのは怖い」というのはどこかしらで書くつもりではいましたが。
はい、早いもので1年がもう終わります。
今年はいろいろありました…ファイアーエムブレム覚醒を知り、タルタロスを始め、FEifを始め、ブレイブリーデフォルトを始め、終焉ノ栞プロジェクトを知り……。
何だか幅広くあちこちに手を出し始めた1年でした。
それと、ここで1つお知らせを。
次回からこの短編集、前後編(もしくは全中後編、もう少し長くなるかも)に分けて投稿させて頂きます。
理由としましては、その方が早く内容をお届け出来るのと、文字数が多くなるとパソコンの動きがゆっくりになってとてもやり難いからです。タイピング速度と文字の出る速度に明らかな差が出てしまうのですよここ最近…。
という訳で、1話完結でなくなってしまいますがご了承ください。
さて、一応これが今年最後の更新の予定です。明日突然次の短編の前編が投稿されるとか、リメイク版百鬼憑乱だのリメイク版エターナルユースの妖精王だのが更新されない限りはこれが最後です(因みにエターナルユースの妖精王は現在第1話執筆中。旧版登場のソラ君とは別のオリキャラが登場します)。
という訳で、今年1年間ありがとうございました。皆様からの感想でどうにかこうにか1年やっていけました!
来年からも頑張っていきますので、猛暑日ばりの温かい目で見ていただければ幸いです!
それでは皆様、よいお年を!
……今年最後(予定)のどうでもいい話。
つい3日前くらいに何気なく始めた「トモダチコレクション 新生活」。
早速ティアとライアーが交際を始めたんだがこれいかに。因みに告白したのはティアの方で、何かプロポーズのフラグが既に立っていたりする。早いね。
そしてそれを見守るヒイロこと私。ソラ君と親友になってました。
ページ上へ戻る