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大切な一つのもの

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8部分:第八章


第八章

 女神に一礼して泉の側を去ります。するとすぐに森の中を進む騎士達に出会うのでした。
「おや、卿は」
 その中の一人の堂々とした外見の男が騎士に声をかけました。
「タンホイザーではないか、どうしてここに」
「これは伯爵」
 騎士は彼に出会うと礼をしました。
「お久し振りです。どうしてこちらに」
「いや、狩りに出ていたのだが」
「まさか君に出会うとは」
「どうしてここに」
 伯爵の周りにいる騎士達も琴の騎士の友人達ばかりでした。彼はその騎士達にも挨拶をします。
「まさか君達にもここで出会うなんて」
「そうだな。しかし何故ここに」
 騎士達は彼に問います。
「君は確かウィーンにいる筈」
「それがどうして」
「実は陛下の御命令なんだ」
 琴の騎士はそう皆に言うのでした。
「陛下の!?」
「そう、この世で最も大切なものを見つけるようにと。それでここに来たのだけれど」
「それでだったのか」
「そうなんだ。それでさっき愛の女神に出会った」
「うむ、あの泉だな」
 伯爵はそれを聞いて納得した顔で頷きました。彼もまたあの泉のことは知っているのです、
「あの泉の女神は持っていなかったか」
「北の城に行けと言われました」
 ここで彼は言います。
「そこにあるのだと」
「それは私の城ではないか」
 伯爵はそれを聞いてすぐにその城が自分の城であることを察しました。
「何処かと思えば」
「そうですね、そこです」
 琴の騎士もその言葉に頷きます。
「そこにこの世で最も大切なものがあるのだと。それは一体」
「大切なものかどうかはわからないが」
 伯爵は彼の言葉を聞いて顔を急に曇らせてきました。
「実は。困ったことになっているのだ」
「困ったこと!?」
「そうだ、私の姪のことだが」
「エリザベート姫に何が」
 琴の騎士も伯爵の姪のことは知っていました。かつて彼がウィーンの皇帝に直接仕える前には彼女の護衛をしていたのです。その縁で知り合いなのでした。
「最近塞ぎ込んでしまってな」
「それで」
「一言も喋らぬし俯いてばかりだ」
「何とおいたわしい」
 琴の騎士はそれを聞いてそう言うしかありませんでした。深い言葉なぞ出すのもできない程でした。
「そんなことになっているとは」
「それでだ」
 伯爵はそれを話した後でまた琴の騎士に言います。
「そなたに何とかできればいいのだが。やるべきことがあるのなら」
「我々でしてみよう」
「だから君は」
 伯爵の周りの五人の騎士も彼に言います。しかし琴の騎士は彼等の言葉に毅然と首を横に振るのでした。そのうえで彼等に述べたのでした。
「いえ」
「いえ!?」
「姫様を放ってはおけません」
 彼は顔を上げて述べました。
「確かに陛下より賜った責務もあります。ですがそれよりまずは」
「エリザベートを何とかしてくれるのだな」
「はい」
 伯爵の問いに答えます。
「どのみち城におられるのですよね」
「そうだ」
 そう騎士に言葉を返します。
「城から一歩も出ようとせぬ。だからこそ困っているのだ」
「ならば同じです」
 だからこそ騎士には迷いがなかったのです。
「あの城にこの世で最も大切なものがあると言われましたから。それでは」
「では頼むぞ」
 伯爵はその言葉に強い笑みで返しました。
「我が姪を。救ってくれ」
「わかりました。それでは」
 こうして歌の騎士は伯爵と五人の騎士と共に北の城に向かいました。チューリンゲンの領主の居城であるその城は実に立派なものでした。
 
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