少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
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第十九話・皇帝の薔薇園
金色に光るロザリンドの左目。
オッドアイと化した彼女のその左目には、同色の焔が絶え間なく吹き出ている。
恐らく先とは違う戦法で、此方へ襲いかかってくる筈だ。
「ふふふ……僕にこの力を出させるまで闘えるとはね……正直驚いたよ、殺戮の天使」
「……そう」
皮肉にも俺の言葉が皮切りとなったようだが、あのまま何も言わずだんまりを決め込めんでも、俺には本気モードの発動が防げたとは思えない。
何せ俺達の陣営は、避けられたからとはいえ高級車を何台もつぶしている。
ロザリンドには結構正義感があるので、被害の拡大を防ぐために自然とこうなったかもしれない。
意外と状況に酔う性格みたいだしな、アイツ。
騎士として悪辣なる手腕は阻止せねば~などと言いだし、本気らしきあのモードに切り替えた可能性もあるか……。
どの道、ロザリンドの本気とぶつかりあうのは、戦い始めた時点で決定していた事だろう。
……過ぎた事を自己擁護しているみたいで格好悪いが、俺はそう断言させてもらう。
「で、【剣聖の領域】の効果はなんだ? 馬鹿」
「せめて妹はつけてよ!? 馬鹿でも!」
“馬鹿” のその抗議に対して俺は、普段ならば代替半分ぐらいの確率で頷いたかもしれないが、今この瞬間だけは何に置いても断らせてもらう。
頭ん中で考えても、口に出す気はねえ。
されど更に抗議を重ねる事は無く、どうも自分の設定に対しては話したがりになるか、すぐに俺の聞いた疑問に答えてくれた。
「おほん……【剣聖の領域】とは! ロザリンド様が自の手で課した封印を―――」
よし、やっぱり自分で調べよう。
グダグダいらん御託を並べられるより、自分で調べたほうが早かろうとノートを繰れば、10分の8ぐらい有る無駄な文章の中に、分かりやすく翻訳すれば『己の魔力を向上させ、炎や雷などの属性を強力に付与できる』と書いてあった。
「……であって、オッドアイとなった左目から湧き出しているオーラは、己の内より膨大な魔力が―――」
「マリス! 今から来る剣の内、炎と風以外はまともに食らうな!」
「……了解」
このやり取りで戯言を並べていた楓子も気がついたらしく、何の意味があるのか上を向いていた顔をこっちを向けた。
「ちょ、兄ちゃん聞いてる!?」
「いや全く」
「ひどっ!? せっかく説明してるのに!」
こんな奴の説明を聞いている暇など有るわけが無い。
そう言いたいところだが、何故だかもう既に魔力解放は終わっているはずなのに、そして自分の力なのだから一言一句網羅しているであろうに……ロザリンドは律儀に静かに楓子の説明を聞いていた。
そのあたり暇自体は有るのかもしれない。
認めたくはないが。
兎に角それは置いておき―――【剣聖の領域】の効果は分かった。だから “対処できる” 属性も理解したものの、読みに『アウェイクン “ワン” 』と付いていた事が気になった。
アウェイクン ワンを翻訳し、意訳すれば『一つ目の目覚め』と解釈できる。そのため、第二は確実にあると考えていいだろう。
第三やら第四の存在も否定できない……あの馬鹿なら設定書く際、何も考えずやらかしそうだし。
最悪の場合、『第五のホニャララ』とか、余計に付け加えていそうだ。
主人公の設定も盛りすぎだったので、ラスボス設定であるロザリンドもそうである可能性が、自分でも嫌になるぐらい頑なに否定できない。
せめて “第二” までで、是非とも止めておいて欲しい物だが……。
「では、全力で参る!」
数メートル以上空いた間合いはそのままに、此処で初めて大剣を左右の手でしっかり支え、嫌にゆっくりと肩に担ぐ。
「逃げるぞ、馬鹿」
「やだもん! こんな超常異能バトルを間近でなんて、何時見られるかわから―――むぐぐぐぐ」
「 “我が宝剣 力に満ちよ―――」
勿論このキチガイ言動も予想済み。
即座に抱えて口を押さえ、車の影へと走り寄る。
隠れるまであと数メートルか……そう考えたと同時に、急に走れなくなった。
何が起こった!? ……ってコイツ……!
「てめっ……鉄塊から手を離せ!」
「やだやだやだ! 此処に居るーっ!」
原因はなんと楓子のわがまま。
逃げ切れずマリスの後ろからもあまり遠ざかれず……しかし背後から響く、凛々しくも恐ろしい声音。
「――――宿せ雷霆……!” 」
突如として四方八方へ吹き荒れる突風がまたも唐突にピタリとやみ、微かな雷鳴が轟く。
黒雲を這う稲妻の如く、剣に紫電が夥しいまでにまとわりつく。
まるでそれは、雷が剣状に凝固したかの様だ。
「見事僕の剣を受け止められたのならば……殺戮の天使よ、君にとて天位の称号が似合うであろう」
「……そんなものいらない」
この場の状況に酔うロザリンドと、平常通りのマリシエルによる、緊張感漂う軽いやり取りの後……
「喰らうがいい―――我が右手に【烈光の剣】!!」
遂に―――迸る雷撃が撃ち放たれた。
その威力は、速度は、まさに驚異。
その速さは雷速とまでは行かずとも、思考から回避までの時間など容易に奪うとも思えてしまう。
「……く……っ!」
「うにああああっ!」
マリスは後ろに俺達が居るために、オーバーアクションで完全に避けるという選択肢が取れず、僅かに軸を変えてから【天使の羽衣】と【鋼糸鏖陣】、【漆黒爆弾】まで合わせて対処する。
しかしロザリンドもロザリンドで、一応向きを考えて放たれたかギリギリ俺達の傍を通りすぎ―――直後、背後で雷鳴が響き空気と共に俺達を振わせる。
思わず楓子を放してしまい、隠れきれていないことから走り続けていた事と、襲い来る衝撃波もあって彼女は転げ回る。
もしマリスに直撃して居たら―――冗談じゃあねぇ……! 冷や汗掻いたぞ……雷雨の日に間近へ雷が落ちたような気分だ……!
「……手加減した?」
「勿論。後ろの二人ごと討ちたくは無かったのでね」
「おい、さっき全力とか言ってたろうが」
「…………フ、流石に手強いな殺戮の天使マリシエル。ボクの四割を防いで見せるとは」
……また無視しやがった。
途中途中で都合悪くなるなら、見越して最初から口にするな……。
だが、同時に雷光が暴れ狂い、目を焼かんばかり名眩さを誇る “アレ” で手加減したのだという事実に、戦慄もしてしまう。
……あれで四割なら、二倍の八割や十割は一体どれほどの……?
「其処までの手腕を誇りし猛者は、ボクの前世に置いても数えるほどしか居なかったよ。称賛に値するだろうね」
前世。その言葉で俺は違和感を覚えた。
同人誌を知っていたりやたらと格好つけたがる節から、現代人かもしれないと俺は思っているのだが……しかしそれは飽くまで俺の推測。
もしかすると、ただ現代の技術や娯楽に興味をもった、数百年前の人物と言う事も、あながちあり得なくもない。
つーか……そもそもこいつの“元” の性別は男なのか?
それとも武に長けた女なのだろうか?
「マリス。あいつは戦国時代やら中世から生きていたのか?」
「……彼女は普通の女子高校生。演劇部だった」
「なら戦闘経験皆無じゃねえかよ。凌ぐもクソもねえし」
真顔でツッコンだ。
何でロザリンドは嘘をついた?
ハッタリをする意味も無いし、ただ本格的に自分に酔ってるだけか?
……面倒臭いのがとり付いたなぁ、オイ
同時に身ぶり手ぶりが自然で、中々堂に入っていた理由も分かった。
演劇部だったからか。
良く思い返せば動作そのものは綺麗でも、術と術の繋ぎ目とか不自然だったな。
……【A.G.N】のスペックでも誤魔化せない技巧ってのがあるみたいだ。
「……だから普通の町育ち……そして、本名は木村玉子」
「その田舎くさい名前でボクを呼ぶんじゃなああぁいっ!!!」
どうも自分の名前が好きじゃあ無いらしい。
ウザいまでにノリノリだった真相も、ここで分かった。
自分嫌いなら、そりゃあ今の方が良いかもしれないが……。
「よ、よかろう……其処までボクを愚弄した罰だ! 本当の! 正真正銘の全力! 受けてみたまえ!!」
「……逃げて」
「言われなくともッ……!」
先の横転で頭を強かに打ち、気絶している楓子を抱え上げ、今度こそ離れた車の影へ跳び込む。
「 “我が宝剣 力に満ちよ 宿せ燎火!” 」
今度ロザリンドの件が帯るは、爆ぜる雷撃ではなく燃え盛る大炎。
その焔は彼女の髪の色と相まって、より一層迫力が増す。
それは意思有る炎が此方を睨みつけているように感じてしまう。
「覚悟しろ殺戮の天使! 未だ嘗てボクの全力を受け切った者は一人とて存在しない! 己が失言を悔やみながら、我が猛火と共に消え行くがいいっ!!」
先までは大なり小なり圧倒されたセリフも、元・演劇部がやっていると分かると少し冷めて見える。
自己陶酔しながらノリノリでやっているんだろうか……と、そう考えて頭が痛くもなる。
だが、それは飽くまで本人限定の話。
剣より迸る焔の威力は決して笑い飛ばす事も、洒落にすることも出来はしない。
「我が右手に【ミカエルの剣】!!」
紅蓮の刃が解き放たれ、轟々とマリス目掛けて飛び込んでくる。
が、此処で疑問。
……詠唱やら攻撃の際もそうだが何故コイツは自分から、敵へ放つ攻撃の属性を教えているんだ?
「技名を言わなけりゃならねえ設定があるのか……?」
「ううん。多分ロザリンド様が自分に酔ってるだけ」
何時の間にやら目覚めていた楓子が、俺の独り言へ反応する。
設定に無いなら全く持って意味無いな。
自分から『今から合図と同時に、こういう攻撃をするからな!』と教えてどうする。
「精霊に呼びかけたり、気合を高めて威力が上がるなら……まあ意味もあるんだろうが……」
「あああぁぁっ!?」
「……どうした」
「そういう設定にすればよかった! 格好よかったのに!」
「……」
「もしかして兄ちゃんて才能がある?」
「要らんわそんな才能」
「次は二人で合作しよう! 私が基礎アイデアで兄ちゃんが暴力は止めてぇぇぇ!?」
頭をつかんで軽く自動車にぶつけてやる。
お前の戯言につきあったり、コントをしている場合じゃあ無いんだっての。
ホント、場の空気をぶち壊す天才としか言いようが無い。
それでいて肝心な時にその才能を発揮しないのだから、ただただ鬱陶しい。
……何か他に役にたてんのか、こいつは。
「灰燼と化すがいい! マリシエルウゥゥーーーッ!!!」
楓子の存在自体ボケだとしか言いようがない。
されどそいつが “生み出した” ロザリンドの撃ち放ちし劫火の嵐は……決してボケやコントでは済まされない。
遠くに逃げているはずなのに、ほんの二メートル先に火災家屋が出現したかのような―――あるいはそれ以上ともとれる、高熱を体全体へ叩きつけてくる。
それ自体が実態と質量をもっているかのような、余りの濃密な炎の渦がマリス目掛けて唸りを上げ襲い来た。
だがな、ロザリンド―――
「……貴女は、確かに強い」
それは悪手だ。
「……でも、戦闘経験が足りない」
【漆黒爆弾】を炎渦巻きし乱気流へと、何の迷いも無く投げ込んだ様子を見て、俺は思わずニヤリと笑う。
アスファルトをを焦がし突き進む火焔の一撃が、幾つもの【漆黒爆弾】による爆発に巻き込まれた。
その途端うねりにうねって……嘘のように消え去ってしまった。
ただ焦げた地面だけが、攻撃の存在と激しさを物語る。
「そっか! 酸素供給と燃焼速度のバランスを、マリスたんの【漆黒爆弾】で無理やり崩したのね! 兄ちゃんが『炎と風』以外に気を付けろ、って言ってた理由はこれなんだ!」
「まあな」
「……頭いい、麟斗」
ロザリンドの火焔が魔力込みなら危なかったかもしれないが、飽くまで彼女の技は『属性を付与する』だけ。
操る事は出来ても、それ自体を存在し続けさせるのは、不可能だと俺は推測した。
仮に魔力込みだったとしても、各言う【漆黒爆弾】すら魔力による代物なので、威力を弱めること自体は出来るのではとも予想していた。
結果は……御覧の通りだ。
「……覚悟」
「しまった……!」
俺への称賛を告げながらも、しっかり突撃を開始していたマリスに懐まで潜りこまれ、勝利を確信した一撃を破られたロザリンドは衝撃からか、即座に対応できていない。
スペックの差を中身の実力の差が上回ったのだ。
このまま一撃を決め、此方のペースで進める事が出来れば万々歳だ!
「……このボクとした事が、最後の戒めを解いてしまった……」
その言葉で、俺は糠喜びすらできないと悟る。
「とうとうこのボクに正真正銘の本気を出させてしまった様だね! 最後たるに相応しきボクの秘奥義を……民に永劫称えられし絶技を! 今お見せしよう!!」
「【剣魔の領域】キタアアアアアァァァァッ!!」
「最初から使え……! 発言が矛盾しまくってるじゃあねえか……!」
勿論俺の抗議などロザリンドに届くはずもない。
炸裂弾でも仕込んでいたか彼女の籠手が内側から爆散し、見えぬ刃で斬り付けられて居るかのように薔薇模様の傷が刻まれていく。
地を滴るその腕を眼前に掲げ、ニヤリとして居ながらも決して卑しくは見えない、微笑を浮かべてみせた。
「 『“麗しきものよ 刺もつ持つものよ その罪なる矛盾の力を戒めへと変えて 我が眼前の敵を縛するべし……!”』 」
それは宛らオペラの如く、歌うような口ぶりで呪文を紡ぎ、地震など起きては無いのにアスファルトへ無数の亀裂が走る。
亀裂を破って地表へと現れた―――否、咲き誇ったのは『薔薇』。
灰色の駐車場を真っ赤に変えるほど大量に、深紅の薔薇が埋め尽くしていた。
これを見た者のうち何人が……自然の贈り物たる高貴な薔薇園ではなく、人類の生み出した無機質な駐車場だと気づく事が出来るのだろうかと、そう思えてしまえるぐらい大量に。
「ででででででで出たああぁーーーーー! これぞロザリンド様の究極奥義! 【皇帝の紅薔薇園】だあぁーーーーーーっ!!」
空気も読まず騒ぎ立てる楓子へと聞くまでも無く、【皇帝の紅薔薇園】の効果が俺にも理解出来た。
肥料を与え過ぎたってそうは成らないだろう、ビデオの早回しの様に異常成長を始めた薔薇達が、マリスへ向けて一斉に襲いかかったのだから。
「……邪魔……!」
身のこなしだけで対応していては間に合わないと、【鋼糸鏖陣】を使って薔薇の群れを薙ぎ払う。
飛び散る花弁、それは恰も薔薇達の血液の様だ。
しかしそれでも効果が無い。後ろから前から左右から迫り、斬った側からも再生して次から次へと地面を突き破り、終わりが全く見えてこない。
刈っても飛ばしても、裂いても斬っても、止む気配が無い。
「……厄介な……!」
これじゃあキリがない、マリス側がジリビンだ……!
「無駄さ、ボクの【皇帝の紅薔薇園】は無限の波状攻撃……つまり! ボクの美しさは永遠! ボクの気高さは不滅という事さ!」
最初に呟いたのち気合入れの声しか出せないマリスに対し、ロザリンドにはそんな世迷いごとをほざいてポーズすら決められる余裕がある。
またも最初と同じ、いや最初よりも悪化した攻防展開に持ち込まれてしまっている。
もうノートを呼んでいる時間が惜しい。
此処はあいつに聞くしかねえ……!
「おい楓子! どうにかならないのか!」
「だから妹は付けてってば!? ……あ、えっと大丈夫! これはチャンスでもあるんだから!」
「チャンス……!?」
思わぬ好機を招くであろうの言葉に、目線だけでなく顔ごと楓子の方へ向けてしまう。
「確かにロザリンド様の【皇帝の紅薔薇園】は強力だけどその分リスクが大きいの! 一歩も動かず量の足から魔力を地面へ流し込んでいなければ維持できなくて、【天使の羽衣】も【剣聖の領域】も強制解除されちゃって、隙が出来るんだから!」
「……何……!」
よく見なくとも、思い返さずとも分かる。思い出す。
属性を帯びた剣を当てるには絶好の機会だと言うのに、ロザリンドは最初に発動した位置から一歩も動いちゃいないどころか、赤いオーラまで解除されていた。
【天使の羽衣】が無い今なら……マリスの攻撃と手ただでは済むまい。
「マリス! 聞こえたな!」
「……聞こえた……だから突っ込む」
無表情の中に覚悟を見せ、眉を若干ひそめて大地を蹴る。
【鋼糸鏖陣】が激しく揺らぎ、刃物と化して振われる。
「でもね、この技はロザリンド様が敵だと認識した者を、薔薇がオートで攻撃し続ける技でもあるの」
―――そして何とも普通に捕まった。
「……楓子ひどい……絡め取られた……」
「そっちを先に言いやがれデコ助!!」
「ふんぎゃらがあああぁぁぁっ!?」
肘をぶち当てて地面に叩き伏せさせた楓子には目もくれず、その場に放置して俺は隠れながら回り込むように走り続ける。
「ははははは! 勝負あった様だね!」
最早様相が殺戮の天使ではなく薔薇ダルマと化しているマリスの前で、ロザリンドが勝利の高笑いを決めている。
《俺嫁力》が使えない以上、絶体絶命としか言いようがねえ。
だがそんな状況下でも、ロザリンドは腕組みしながら一歩も動かない。
念には念を入れて【皇帝の紅薔薇園】を発動し続けてやがるのか……。
「諦めてたまるか……!」
目的の詳細も分からないのに楓子を浚わせる訳にはいかないし、何より此方の切り札であるマリスを失う訳にもいかない。
個人的に言うなら、さんざん無視され舐められ、怒りはかなり溜まっている。
……一発でも顔を明かさねば気が済まない!
「さて、楓子君を探さねばいけないから……」
出来るだけ気配を消して後ろへ回り、俺は瓦礫を握ると腕へ力を込める。
先にも説明があったが【皇帝の紅薔薇園】は無尽蔵のオート波状攻撃が可能な変わり、己は攻撃であれ防御であれ他の行動を取れないという弱点がある。
今のこいつは超防御力を誇る【天使の羽衣】をまとっておらず、人間と肉体構造の変わらない。
「オラアッ!!」
「え? ちょ、ふげごおぉぉっ!?」
……つまり、俺の攻撃も意味がある!
遠慮など一切なしに思い切り瓦礫を後頭部へ叩きつけ、顔面からアスファルトへ激突させてやった。
されど人外は人外なのか、それとも当たり所が “ロザリンドにとっては” 良かったのか、気絶はせずよろめくだけで済んでしまった。
「くぅ……確か麟斗君だったか……君、思い切りがよすぎるだろう……!? 瓦礫で後頭部強打とか洒落にならない……!」
「こっちはただの人間なんだ。それぐらいはやらねえとな」
軽口を叩いている間にロザリンドがめまいから回復してしまい、彼女は溜息をついて気障に髪の毛を掻きあげた。
「ふぅ…………何より、君と戦う理由は無い。引きたまえ」
「俺にはあるんだよ! 頭使いやがれ!」
ちらと視界の端でマリスが解放された姿を捉えるが、拘束による締め付けと呼吸制限により置きあがれていない。
体力も消耗しており、挟み打ちは無理に近い。
……だが、諦めては居られない。
「はあっ!おらあっ!」
瓦礫をつかんだまま鈍器の如く、続けてロザリンドへ叩きつけていく。
「く、ぬぅ……はっ!」
「ちっ……!」
それを鎧で受け流して後ろへ跳ぶ。
迷うことなく俺は置いすがり、瓦礫を振りかぶって叩きつけた。
だが……感触がおかしい。
「無駄だよ」
「……!」
しまった……【天使の羽衣】を纏わせちまったか……!?
これで俺の攻撃は通らなくなってしまった……万事休す……!
「くそがあっ!!」
「む!?」
だからって諦められるか! もう一発……もう一発ぶち込めば、打ち場所を間違えなければ気絶させられる!
それにロザリンドは弱者に手を上げられない性格だと書いてあったし、演劇部で元の自分に嫌悪感を抱いているのならば、より成り切る事を目指して “ソレ” を外す事などをしない筈!
「うおおおっ!!」
「くぅ……」
なら……利くまで、ぶっ叩くしかない!
「いい加減にしたまえ!」
「う、おおっ!?」
煙を払うような気軽な動作と、所作に似合わぬ声をもって、俺は無様に弾き飛ばされる。
アスファルトに転がり、傷こそない物の瓦礫がどこかへ飛んで行ってしまった。
「君の熱意はよくわかった。外道な行いをしても、守りたいというその気持ち。敬意を表しても良いぐらいだ……だからこそ、諦めたまえ」
「―――しい」
「……? 何だ―――」
「喧しい!!」
「! まだ突っ込んで……!」
打ちに溜まった鬱憤を吐き出すかのように怒号を叩きつけ、俺は素手のままに走りだした。
諦めろ? それはお前じゃあ無く、俺達が決める事だ……!
まだ諦めるには足らない……マリスが回復するまで持ちこたえれば、まだ希望はある! 利かなくてもいい、どんな手段でもいい、それまで持ちこたえさせる!
「おおおぉぉっ!!」
「……全く」
あきれ顔で頭を振り拳を振りかぶる俺を見て、軽く片手を出して対処するロザリンドの所作が……ただただ俺の逆鱗を刺激する……!
利く利かないじゃねえ―――それにかかわらず、持ちこたえさせなけりゃいけねえんだよ……っ!
「シイィアァッ!!」
「無駄だよ、無駄。利きはしないのさ」
俺は敢えて掌へ向け、湧き上がる怒りのままに……同時に身にたぎる《何か》をも注ぎ込み……今できる全身全霊を込めて拳を叩きつける―――!
「ふごがああああぁぁぁぁっ!?」
「……?」
そして、ロザリンドが吹き飛んだ。
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