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至誠一貫

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第二部
第三章 ~群雄割拠~
  百十 ~陳留にて~

 
前書き
3年以上放置してしまい、大変長らくお待たせしました。
不定期ですが更新を再開します。

後で活動報告にも書きますが、PNを今使っているものと統一します。 

 
 陳留に近づくと、迎えの軍勢が我らを待ち構えていた。
 掲げられている旗には『楽』とある。

「華琳。あれは?」
「ああ、そう言えば歳三は凪と会った事がなかったわね。楽文謙、新たに召し抱えた将よ」

 楽文謙……楽進か。
 両夏侯や張遼に比べれば地味な印象があるが、曹操の元で良将として数々の武功を挙げた人物。
 私の存在が故に、本来であれば華琳に仕える者が揃っていないであろうこの世界。
 だが、変わらぬ点もあるようだな。

「まさか、凪の事まで知っているのかしら?」
「いや、初めて聞く名だが」
「ふふ、そうかしら? 歳三の事だから、油断も隙もないわね」

 含み笑いをする華琳。

「楽しそうですね、華琳様」
「ええ、楽しいわよ。貴女は違うの、銀花(荀攸)?」
「私は何とも。まぁ、伯母さんみたいに条件反射で嫌悪感むき出しにはしませんけどね」
「桂花ね……。何か、騒ぎを起こさないといいけれど」
「その時は『お仕置き』しますからご心配なく」
「あら、じゃあ私も何か考えておかないと」

 ……妙な方向に楽しげな二人を見て、雛里が固まっているようだ。

「あわわわ。ご、ご主人様……」
「大事ない。我らには関わりのない……いや、関わってはならぬ世界の話だ」

 鈴々は流琉と何やら話が弾んでいるようで、この空気には気づかぬらしい。
 そんな我らの方へ、一人の少女が駆け寄ってきた。
 全身に傷跡がある、いかにも歴戦の猛者と言った風情がある。

「華琳さま!」
「ご苦労様、凪。折角だから自己紹介なさい」
「え? こ、この場でですか?」
「ええ。それとも貴女、初対面の相手に名乗らないつもり?」
「い、いえ。た、ただ心の準備が……」

 赤面する少女に、クスクスと笑う華琳。

「無理もないわね、天下に名だたる男の前ですものね」
「華琳。私は後でも構わぬのだぞ?」
「そうはいかないわ。私の麾下ともあろう者が、最低限の礼儀も弁えてないなんて言われたくないもの」
「……私は気にせぬし、そのような事を広めるつもりもない」
「貴方ならそうでしょうね。でも、これは私としてのけじめなの」

 少女は意を決したのか、私を真っ直ぐに見据えた。

「お、お初にお目にかかります。わわ、私は名を楽、姓を進、字を文謙と申します」
「……土方歳三だ」
「は、はい! ご高名はかねがね」

 緊張の余り、噛みまくる楽進。

「にゃはは、雛里みたいなのだ」
「り、鈴々ちゃん」
「これ、二人とも。それよりも、お前達も名乗れ」

 顔を赤らめる少女、だが並々ならぬ闘気を感じる。
 性根は素直そうだが、戦場で会えば決して侮れぬ相手になりそうだな。



「ほう」

 陳留に入ると、活気溢れる街並みが目に飛び込んできた。
 人の数こそ洛陽には及ばぬが、皆が希望を持って生きている事がわかる。

「以前よりも賑わいが増しているな」
「当然ね。庶人の支えの上に私達は成り立っている、それを忘れている馬鹿が多過ぎるもの」
「相変わらず辛辣だな」
「事実を言ってるまでの事よ。そう言う貴方も治政の手腕は大したものじゃない」
「私は武人だ、政治はわからぬ」
「ふっ、惚けても無駄よ。ギョウといい、番禺といい見違える程発展させた事まで否定させないわ。貴方なら間違いなく、一国の宰相が務まるわ」
「その一国とは、華琳が差配する国か?」
「どうかしらね。尤も、それが一番あるべき姿でしょうけど」

 やはり、まだ私を従える事を諦めてはおらぬか。
 華琳らしいと言えばそれまでだが、雌雄を決さぬ限りは続くのであろうな。

「お兄ちゃん」
「どうした、鈴々?」
「お腹が空いたのだ。ちょっと、買ってきてもいいか?」

 その言葉を証明するかのように、鈴々の腹が盛大に鳴った。

「あら、歓迎の宴の用意をさせているわ。城まで待てないの?」
「にゃはは、ちょっと難しいのだ」

 悪びれずに言う鈴々に、華琳も苦笑する他ないようだ。

「歳三、どうするの?」
「うむ」

 本来であれば、警護役でもある鈴々が私の傍を離れる事は許されぬ。
 それこそ、愛紗が知れば目くじらを立てて怒る事であろうな。
 だが、既に此所は陳留。
 華琳が万全の警備態勢を敷いている地で、何か事が起こるとも思えぬ。
 甘いと言われるやも知れぬが、この程度は大目に見て良かろう。

「済まぬが、流琉を共に行かせたい。良いか?」
「そうね……」

 華琳は少し考えてから、

「いいでしょう。流琉、張飛を案内してあげなさい」
「わかりました。いいかな、鈴々ちゃん?」
「応なのだ!」

 言うが早いか、流琉の手を取り駆けていく鈴々。

「あわわわ、鈴々ちゃん……」
「あはは。うちの季衣そっくりですね、張飛さんは」

 ……些か、人選を誤ったような気もする。

「歳三」
「何か」
「信頼の証として受け取っておくわ。いいわね?」
「……うむ」

 ……最早、何も申すまい。



「負けないぞ、ちびっこ!」
「はるまきこそ、今に吠え面かかせてやるのだ!」

 その夜の宴。
 何故か、鈴々と季衣が火花を散らしながら料理を平らげていた。

「すみません……。私がついていながら」
「いや、流琉のせいではあるまい」
「そうね。それにしても、張飛が入った店で季衣が食事をしていたとはね」

 流琉が鈴々を案内したのは、陳留でも盛りの良さで人気の店だったようだ。
 食欲旺盛な鈴々に気遣っての事だったが、同じく大食漢の季衣に取っても馴染みの店。
 その二人が鉢合わせ、互いに競争心を持ってしまったようだ。
 勝負は決着がつかぬまま、宴にて延長戦となったのであろう。
 結果、二人の前には皿が山積みになっている。

「済まぬな、華琳」
「気にする事はないわ。季衣はいつもの事ですもの」

 とは言うものの、あまりの凄まじさに顔が引きつっているようだ。
 無論、口には出来ぬが。

「ご無沙汰しておりましたな、土方殿」
「おお、これは曹嵩殿」

 徳利を手に、私の前にやって来た曹嵩。

「ささ、一献」
「忝い」

 この世界の酒は、一般的に薄いものが多い。
 私が作らせたものは濃く強いという評判だが、それもまだまだ普及にはほど遠い量しか出回っておらぬ。
 この陳留でも、それは変わらぬようだ。
 お陰で、酒に強くはないと自覚している私でもある程度過ごす事が出来ているのだが。

「交州牧に加えて、徐州牧も新たに命ぜられたとか。益々のご出世、何よりですな」
「いえ、交州は名ばかり。徐州もこれからにござれば」
「ははは、相変わらずご謙遜ですか。しかし、これでいよいよ華琳とは似合い……あだだだだ!」

 華琳が、曹嵩の頬を盛大に抓った。

「お父様、挨拶が済んだらもう下がりなさいな」
「何を言うか。お前の……って足、踏んでおる! やめんか、いでで」
「さ・が・り・な・さ・い! 春蘭!」
「は、はっ! 曹嵩様、華琳様のご命令ですのでお許しを」
「こ、これ! もう少し土方殿とじゃな!」

 そのまま、春蘭は抵抗する曹嵩を引き摺っていった。

「見苦しいところをまた見せてしまったわね」
「……いや。相変わらずの親子仲で何よりだ」
「……そうね。はぁ」

 華琳は盛大に溜息を一つ。

「そう言えば、交州からの知らせはまだ入っていないの?」
「未だ何も得られておらぬ」
「そう。紫雲(劉曄)にも調べさせているけど、とにかく遠すぎるものね」
「……交州に手の者を送った、と?」
「正確には、荊州によ。貴方の許しもなく人を遣ったりはしないわよ」

 華琳がそのような手ぬるい事で良しとするとも思えぬが、問い質しても本当の事は話すまい。
 だが、この際僅かでも情報が欲しい。
 疾風(徐晃)らを信じぬ訳ではないが、少なくとも華琳が協力を申し出る限りは受けるべきか。

「ところで華琳」
「何かしら?」
「私を陳留に招いた理由、一席設ける事だけではなかろう?」
「ふふ、当然よ。歳三ならその程度の惚けた考えで止まる筈がないと信じていたけど」

 やはり、私に何かをさせるつもりか。
 戦の助力ならば、これだけの手勢では何の役にも立つまい。
 ……となれば、私の知識が目当てか。

「ま、それは明日で良いわ。流琉心づくしの料理、堪能なさい」
「うむ」
「へへーん、どうだちびっこ。ボクの方が皿の枚数多いぞ」
「にゃにお、はるまき! 鈴々の方が丼は多いのだ!」
「……あの二人は放っておきましょう」
「……同意だな」

 結局季衣と鈴々の食勝負は決着がつかぬままであったようだ。
 流琉もあまりの事で調理が追いつかなくなり、食材切れもあって勝負を止めさせたとか。
 ……私も華琳も、従う者を決して飢えさせる事は許されぬな。



 翌日は朝食の後で、華琳と共に城下を歩く事となった。
 供は私が雛里、華琳が荀攸のみ。
 鈴々と季衣は、昨夜の勝負をつけると今度は仕合に臨むらしい。
 あの二人ならば互角であろうが、華琳はそれを見るつもりはないようだ。
 私の警護をと張り切っていた筈が、これでは季衣と張り合う為に連れてきてしまったようなものだ。
 ……やはり、人選を誤ったかも知れぬ。
 これならば、恋を連れてくるべきであったか。

「興味がない訳じゃないわ。でも、そんな余裕はないわよ」

 華琳自身も多忙であり、私とて決して暇を持て余している訳ではない。
 平時ならば兎も角、今は一寸先は闇とも言うべき時期だ。
 ……鈴々には、そこまでの緊張感は見えぬがな。

「そう言えば荀イクの姿が見えぬが」
「ああ、叔母でしたら『お仕置き』しましたので暫く部屋から出て来ないかと」

 涼しい顔で答える荀攸。

「……何があった?」
「大した事じゃありません。落とし穴を仕掛けて土方様を狙っていたところを押さえましたから」
「落とし穴だと?」
「ええ。案外叔母も幼稚なところがありまして、口でねじ伏せられない相手には時折そのような真似を」
「あの娘、歳三を目の敵にしているものね。止めるようには命じたのだけれど」

 頭を振る華琳。

「少しは鳳統を見習って欲しいものね」
「あわわ、そ、そんな事ないでしゅ!」

 雛里はすっかり地が出ている。

「そう思わない、銀花?」
「ええ、ご尤もです。叔母は可愛げがないですからね、見る人が見ないと」

 ふむ、親しき相手には違うのか。
 だが、私が荀イクとそのような間柄になる事はあり得まい。

「でも、桂花は我が子房。困ったところはあるけど、あの娘がいなければ私が困るわ」
「はい。私も叔母には敵いません、あの知識量にはいつも驚かされますし」
「そうね。鳳統、貴女も歳三の下で物足りなければいつでも私の処へ来なさい」

 雛里はチラ、と私を見上げてから華琳に向き合った。

「い、いえ。私はご主人様に不満などありませんから」
「ふふ、即答ね。貴女も、歳三に抱かれたのかしら?」
「あわわわ、ち、違いましゅ!」

 慌てふためく雛里。

「これ、あまりからかうでない。雛里は純真な娘だ」
「あら、まるで私が不純という風に聞こえるわよ?」
「ほう。ではそう自覚があるという事だな?」
「そういう貴方はどうなの?」

 質問に質問で返すか……まあ良いが。

「私はそこまで高潔な人間だとは思っておらぬ。それは自惚れと言うものだ」
「流石ね。でも上に立つ者、ある程度の虚像は持つべきね」
「人それぞれというだけの事。お前がそう望むのならそれで良い」
「言うじゃない。その言葉、これからも貫いてみせなさい。それでこそ、私の前に跪かせる楽しみが増えるわ」

 諦めはせぬ、か。

「ところで華琳。このような掛け合いの為に私を連れ出した訳ではあるまい?」
「勿論よ。銀花」

 荀攸は頷き、私を見た。

「はい。土方様、鳳統さん。この陳留をご覧になって如何ですか?」
「……思ったままを申せと?」
「そうです」
「ふむ。雛里」
「は、はい。城壁の綻びもなく、城門もしっかりしています。見張りも含め、堅牢な城かと」
「なるほど。土方様は?」

 あくまで、私の意見を聞こうとする荀攸。
 それとも、別の答えを求めているのか。

「商いが大いに賑わっているようだな。この分ならば税収も悪くはあるまい」
「仰せの通り、確実に税収は増えています。他にはございませんか?」
「他にか……」

 と、その時。

「ひ、ひったくりだー!」
「誰か、そいつを捕まえてくれ!」
 前方から叫び声が聞こえた。
「どけどけぇ!」

 剣を振り回しながら、男が人混みから飛び出してきた。
 二人、いや三人か。
 警備の兵は見当たらず、通行人は逃げ惑うばかりだ。

「華琳」
「ええ」

 私は兼定を、華琳は鎌を手にする。

「そこまでよ! 大人しくなさい」
「何だテメェら!」
「邪魔立てすると、痛い目見るぜ?」
「すっこんでろ、女と優男!」

 凄めば引き下がるとでも思ったか、愚かな。

「歳三。殺さないで頂戴」
「良かろう」

 一歩も引かぬ我らを見て、賊らはいきり立った。

「舐めやがって!」
「ぶっ殺せ!」
「くたばれ!」

 三人が、一斉に襲いかかってきた。
 攘夷浪士との斬り合いを思えば、欠伸が出そうな緩慢さ。
 兼定を抜くまでもなかったやも知れぬな。
 無駄に大振りな一撃を躱し、峰打ちを浴びせる。

「ガッ!」

 額から血を流し、一人が倒れた。

「や、野郎!」
「こなくそ!」
「あら、相手は歳三一人じゃないわよ?」

 華琳は軽やかに一人の懐に飛び込むと、鎌を振るった。

「ぎ、ぎぇぇぇ!」

 その男は、剣を手首ごと断ち切られた。

「殺すなと申しておいて、随分荒っぽいではないか」
「死ななければいいのよ。ハッ!」

 残った一人は、華琳の一撃を何とか受け止めた。
 多少は心得があるようだが、無駄な足掻きか。

「え、えい!」
「ぐはっ!」

 と、男がくたくたと倒れた。
 荀攸に肩車をされた雛里が、持っていた本で殴りつけたようだ。

「あら、意外な伏兵が居たのね」
「そのようだな」

 私と華琳は顔を見合わせ、フッと笑みを浮かべた。



「引っ立てい!」

 駆けつけてきた警備兵が、暴漢共を連れて行く。

「奴らはどうするのだ?」
「そうね。供述次第だけど、死罪はあり得るわ。庶人を騒がせた罪、軽くないもの」

 妥当なところか。

「しかし、治安は万全とは行かぬようだな」
「ええ。警備兵は置いているのだけれど、人が増えればどうしても手が回らないのよ」
「土方様。何か良き方策などありませんでしょうか」

 華琳と荀攸は、難しい顔つきでそう言った。
 治安維持の妙手か。
 新撰組のように隊を組んで巡邏に回るという手もある。
 が、あれは恐らく成功すまい。
 あの組織は、近藤さんがいて試衛館という場があればこそ立ち上げから形にする事が出来た。
 奇跡とも言える顔触れ、そう容易くは見つかるまい。
 それに、あれだけの厳格な掟が果たして守りきれるであろうか。
 恐らく、如何に華琳とは申せ無理であろう。

「雛里。何ぞ智恵はあるか?」
「あ、あわわ……。咄嗟には思いつくものは……」

 いくら鳳雛でも出来ぬものは出来ぬ、そういう事だな。
 今のところ華琳と対立する要素もなく、手を貸すのは吝かではない。
 それに、庶人が苦しむのを見逃すのも些か寝覚めが悪い。
 ふむ……。

「華琳様。も、申し訳ありません!」

 楽進が、息を切らせて駆けつけてきた。

「凪。警備兵の動きが遅かったようだけど」
「は、はい。盛り場で酔っ払い同士の大乱闘がありまして。なかなか収束しませんので、そちらに……」
「なるほど。理由はわかったわ、でも此方も一歩間違えば大事になるところだったのは事実よ」
「……返す言葉もありません」

 項垂れる楽進。
 その姿を見て、ふと思い出した。

「華琳」
「何かしら?」
「妙手かどうかはわからぬが、番屋を設けてはどうか?」
「番屋?」
「そうだ。町の辻にある程度の間隔を設け、自身番を常駐させる。何かあればそこから出動すれば対応も迅速に出来るであろう」
「確かにそうかも知れないけど。そうなると、その番屋の数だけ兵を増やす必要があるわ。費用的にも戦力的にも効率的と言えるかしら?」
「費えはいろいろなやり方があろう。人は町から出させれば兵を割かずに済む」

 華琳は少し考えてから、楽進の方を見た。

「凪。今の歳三の案、銀花と検討してみなさい。まとまったら私のところへ」
「わかりました!]
「……それにしても、咄嗟に思いついた案にしては悪くないわね。これも貴方の発案なのかしら?」
「さて、な」

 あくまでしらを切るつもりだが、雛里までもが感心してしまっているようだ。
 うむむ、些か出過ぎた真似をしたやも知れぬ……。 
 

 
後書き
ハーメルンで拙作と設定が似ている作品を書かれている方がいらっしゃるようですが、私とは別の方です。
オリジナルは主張するつもりはありませんし、楽しんで読まれている方がおられる以上私自信としては喜ばしい事だと思っています。 
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