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大切な一つのもの

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1部分:第一章


第一章

                  大切な一つのもの
 遠い遠い昔のある国でのお話です。この国を治めていたのは一人の皇帝でした。
 この皇帝の名前をドンナー帝といいます。陽気で非常に民のことを思う心優しい皇帝でしたが嘘が嫌いでとても短気な人でした。
 その嘘が嫌いな皇帝ととても仲が悪い人がいました。国の南の方にある靴そっくりの形の国を治めていて他にもあれこれと口を出してくる教皇様です。この教皇様の名前をヴォータンといいます。
 教皇は陰気で謀略が好きで平気で人を騙します。皇帝も教皇に騙されていつも酷い目に遭っています。それでこの日は宮殿で大喧嘩でした。
「もうそなたのことは信用せんっ」
 皇帝の謁見の間で教皇を相手におかんむりです。玉座を前にして白いとても大きな部屋の赤絨毯の上で教皇を睨んでいます。服は案外地味で淡い黄色の上着にズボン、ブーツにマントです。赤い髭が顔中にあって身体はとても大きくてとてもがっしりとしています。
 その皇帝の前にいるのが教皇です。右目に眼帯をしていて黒い法衣を着ています。やっぱりあまり派手な格好はしていません。白い髭を長く伸ばしていてそれが教皇をとても賢そうに見せています。
「ほほう、それはまた何故じゃ」
 教皇は左手に槍を持って右手で髭をしごきながら皇帝に尋ねます。怒っている皇帝に対してこちらは余裕しゃくしゃくといった様子です。
「しかもそんなに怒って」
「これが怒らずにいられるか」
 皇帝は右手に持つハンマーを教皇に向けて言います。
「わしからの贈り物を受けぬとはどういうことじゃ」
「ああ、あれか」
 教皇はそれを聞いてふと思い出したように述べました。
「あれのことじゃな」
「そうじゃ、わしが贈った黄金の数々」
 実はこの前皇帝は教皇に多くの黄金を贈り物として贈ったのです。大嫌いな相手ですがここはそれを抑えて贈ったのです。しかし教皇はそれをつき返したのです。それで皇帝は教皇をここに呼んで問い詰めているという次第です。
「何故受け取らぬのじゃ」
「あんなものはさして価値がないからじゃ」
 皇帝はやはり平気な顔で言います。
「今更黄金なぞ。何が欲しいか」
「黄金が欲しくないというのか」
「左様」
 平気な顔でまた言います。
「そんなものはわしの国にもたっぷりとあるわい。今更欲しくとも何ともないわ」
「では何が欲しいのじゃ」
 皇帝は教皇を睨んで問います。
「言ってみよ、聞いてやる」
「では言ってやろう」
 お互い嫌い合っているので言葉にとても棘があります。教皇ははその声で言うのです。
「この世で最も貴いものをじゃ」
「何っ」
「歳を取って耳が悪くなったのかのう。また言おうか?」
「ふざけるな」
 ムキになってまた言い返します。
「御主よりずっと若いわ。ちゃんと聞こえておる」
「では何じゃ?」
 意地悪な笑みを浮かべて皇帝に尋ねます。
「わしは何を言ったのかのう」
「この世で最も貴いものじゃな」
 教皇を睨み据えて言います。
「それじゃろう」
「そうじゃ。わしが欲しいのはそれじゃ」
 教皇は意地悪い笑みのまま皇帝に言います。皇帝は怒り狂わんばかりですが教皇は至って平気なままです。それはまるで雷と風のような差です。
「あるか?」
「あるっ」
 皇帝は毅然としてまた言い返します。大嫌いな教皇に負けるつもりはありません。
「わしの国にないものはないからな」
「ふむ。ではそれを貰おう」
 教皇は笑みを楽しげなものに変えて述べます。
「それが手に入ったならばな。それではじゃ」
 さっと右手を掲げます。そうすると二羽の烏と二匹の狼がやって来て教皇を護ります。彼等を護衛として悠然と引き上げにかかります。
 ところが。ここで後ろを振り向きました。そうしてまた皇帝に言いました。
「まさかないなぞとは言わぬな」
「わしを馬鹿にするのかっ」
 皇帝はまたしても怒って言います。
「このわしを」
「馬鹿にはしておらぬよ。ただ確かめただけじゃ」
 そうやって皇帝が怒るのを楽しげに見ながら述べます。
「ただな」
 つまりはからかって遊んでいるのです。教皇はいつもそうやって皇帝をからかっているのです。それが終わるとようやく平気な顔をして皇帝の宮殿を後にするのでした。
「ええい、腹の立つ」
 教皇が去って相手がいなくなった皇帝は怒りに顔を真っ赤にさせながら玉座に座りました。そうしてそのうえで苦い顔で言うのでした。
 
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