座敷牢
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3部分:第三章
第三章
その時に彼はだ。やがて彼に妻になるというこの屋敷の長女の話になっていた。既に同じ部屋で休んでいる。それなりに深い仲になっている。気品があり穏やかでしかも美しい。金之助より二つ年上の女だ。
「いえ、お嬢様はね」
「素晴しい方ですから」
「是非ですね」
「大切にして下さい」
彼等は酒で赤くなった顔で彼に話す。その間も酒をどんどん飲んでいく。
「若旦那様も大事にして下さってますよね」
「今も」
「確かに」
若旦那という言葉にだ。今は自然に反応するようになっていた。そうしながら彼もまた干物をつまみに酒を楽しんでいた。この家の酒である。
「あの人はいい人ですね」
「私達にもお優しくてね」
「公平で」
「この屋敷のお嬢様方はどなたも素晴しい方ですが」
「ええ」
金之助はこのことも知るようになっていた。やはり屋敷にいるからだ。将来自分の義妹になる彼女達もだ。しっかりとしてしかも優しく美しい娘達であるのだ。
その彼女達についての話を聞きながらだ。彼は飲んでいた。使用人達の彼への話はさらに続くのであった。
「いえ、特に一番上のお嬢様ですよ」
「あの方はですね。跡継ぎがおられなくて」
「折角・・・・・・おっと」
ここで中年の男がふと言葉を止めて打ち消した。
「それで婿入りを待っておられましたので」
「そうだったのですか」
「はい、そうなのですよ」
「そして若旦那様が来られました」
金之助への話にもなる。
「いや、有り難いことです」
「全くです」
「左様ですか」
金之助は今は気付かないふりをしていた。しかし実は先程の折角、の後の変化を心の中に留めていた。そうしてそのうえで話を聞いているのであった。
その中でだ。彼等の話をじっくりと聞いていた。注意深くである。
使用人達はその彼に気付かずだ。さらに話していた。
「それじゃあ少しな」
「何処に行くんですか?」
「見回って来る」
初老の使用人が中年の使用人に話していた。
「蔵もな」
「あそこもですか」
「ああ、ちょっと行って来る」
また言う彼だった。
「開いていたらまずいからな」
「そうですよね、あそこは」
「だからな」
こう話してだった。その初老の使用人はだ。一旦金之助に頭を下げてそのうえで彼に対して言うのであった。金之助には彼がその時何かを隠そうとしているようにも見えた。
「すいません、少し行って来ます」
「そうですか」
「はい、すぐに戻ります」
こう言ってであった。一旦その場を後にする。だが金之助はそれを見ていた、見逃さない筈もないことであった。かなり注意深く見ていたからだ。
こうして彼が去った後はだ。今度は世間話になった。
「それでなんですけれど」
「最近小説で面白いものがありますね」
「そうそう、何だったかな」
「井伏だったか?」
ある作家の名前が出て来た。使用人達の間でだ。
「井伏鱒二だったよな」
「あの山椒魚ってのは面白いな」
「結構な」
「若旦那も小説読まれますか?」
「旦那様あれで結構読まれるんですよ」
そのうえで彼に話を振ってきた。
「芥川なんか特に好きですし」
「白樺派もよく読まれますし」
「そうですね。僕は」
実は彼も読まない訳ではない。するとであった。彼もこう話すのだった。
「川端康成がいいでしょうか」
「川端ですか」
「そっちですか」
「はい、いいと思います」
また話すのだった。
「あと白樺派ですと武者小路が好きですね」
「ああ、若旦那も結構読まれるんですね」
「小説お好きなんですね」
「小説はいいものですね」
彼は微笑んでこうも話した。
「他には小林秀雄も読みますが」
「あの評論家ですか」
「あの評論はかなり難しいですが」
「それでも読まれますか」
「はい、小林秀雄は確かに難しいです」
何故難しいかというとそれは別に主張や書いてある内容がわかりにくいからではない。それとは話が違うのだ。実は小林秀雄の主張は難しくはないのだ。
問題は何かというとである。教養が必要なのだ。
小林秀雄の作品を読むには事前に相当な教養が必要なのだ。それがないと彼の文章や主張は何を言っているのかわからないのだ。
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