| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

お歯黒べったり

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

「出て来たのよ、神社の前にね」
「そうそう、鳥居のところに」
「もうぬうって」
「場所もわかったし。それじゃあ」
 博士はこのことも聞いて顔に浮かんでいた確信をより深いものにさせた。
「行こうか、今夜」
「今夜って?」
「その神社ね?」
「だから。話の謎は解けたから」
 すっきりとした、まるで御馳走を食べ終えたような顔での言葉だった。
「もうね。完全にね」
「その妖怪を退治できるの?」
「そういうこと。じゃあ僕は行くから」
 また行くと言うのだった。
「ついて来たい人は来て。それじゃあね」
「どうする?」
「行く?やっぱり」
「そうする?」
 その妖怪を見た面々は顔を見合わせて相談する。やはり怖いのは確かだがどうなるのか見てみたいという好奇心もあった。それに博士だけ行ったらそれこそ何があるかわかったものではない。そうした様々な理由から彼等も行くことにしたのである。そこに怖いもの見たさの面々博士が心配な面々も集まって数はかなりのものになった。夜に制服の学生達がぞろぞろと歩くのはかなり異様だったがそれでも皆神社まで行った。先頭を行くのはやはり博士だった。
「本当に大丈夫なの?」
「博士、相手は妖怪だけれど」
「だから大丈夫だって」
 博士の皆への返事は変わらない。
「その妖怪が何か僕にははっきりとわかってるしね」
「そうなの」
「そうだよ。それに」
「それに?」
「こんなに皆いたらね」
 ここで後ろを振り返る。そこには皆が集まっている。クラス一つ分は来ている。夜の蛍光灯に照らされそこにぞろぞろとついて来ているその光景は異様と言えば異様なものであった。
「怖くないし。皆もそうじゃないの?」
「まあ確かに」
「皆いるし」
「心細くはないわね」
 やはりこれは皆も同じであった。
「やっぱりね。皆がいたら」
「怖くないものなのね」
「僕もそうだよ。皆がいるから」
「怖くないの」
「そういうこと。それじゃあ」
「ええ」
「いよいよその神社よ」
 見れば問題の鳥居が前に見えていた。その側の電柱の灯りにより上からぼんやりと照らし出されている。その光景は如何にも何かが出るといった風景であった。後ろに続く山を利用して造られた神社の石の階段と鳥居の左右の木々が不気味さを余計に演出していた。
「あそこにね」
「出るのよ」
「いきなり出て来るから」
 見た面々が博士の後ろから彼に説明する。
「本当にぬうって」
「幽霊みたいに」
「そうなの。じゃあ」
 博士は彼等の言葉を受けたうえでさらにその鳥居に近付いた。
「あそこにね。行くよ」
「勇気あるな、おい」
「そうよね」
 皆別に怖がる様子もなく平気な顔で鳥居に向かう博士を見て囁き合うのだった。
「出て来たら何をされるかわからないのに」
「今のところ皆無事だけれど」
「だからそういう妖怪じゃないから」
 そんな皆にも相変わらずの調子で返す博士だった。
「大丈夫なんだよ」
「そこまで言うのならね」
「まあそれでも」
「一人で行くよりは」
 こう言って皆足を踏み出した。
「皆でね」
「行こう」
「皆一緒に来てくれるんだ」
 博士は自分の後ろについて来てくれる皆の姿を見て微笑むのだった。
「有り難うね」
「乗りかかった船よ」
「そうそう」
 皆何故かここではわざと澄ましたような顔になって言うのだった。
「心配とかそういうのじゃないからね」
「そこのところは勘違いしないで欲しいな」
「わかったよ。それじゃあ」
「ええ」
「皆でね。行きましょう」
 微笑んでいる博士に対してまた告げる。こうして博士は皆と一緒に鳥居の前まで来る。鳥居は近くで見てもやはり不気味なものがあった。薄暗い蛍光灯の灯りがそれをさらに増したものにさせている。そして博士がその鳥居の前に立つと。いきなりその後ろから出て来たのだった。
「げっ」
「やっぱり出て来た」
 皆その妖怪を見て真っ青になる。見れば確かに江戸時代のお嫁さんの服を着て角隠しまでしている。目と鼻がなく眉も剃っている。そしてその歯はというと。
「相変わらず黒いし」
「気持ち悪いなあ」
 そうなのだった。やはり歯が黒いのだ。皆それを見て顔を顰めさせずにはいられなかった。
 だが博士だけは落ち着いた顔だった。そしてその顔で静かに妖怪に対して言うのだった。
「お嫁さんにしてあげるよ」
「お嫁さんに?」
「うん、そうだよ」
 微笑んでその妖怪の問いに答えるのだった。
「だから。安心してね」
「そう。それじゃあ」
 妖怪は彼の言葉を聞くと口元を綻ばさせた。そのまますうっと姿を消してしまったのだった。
「消えた!?」
「消えたわよね」
「ええ、間違いなく」
「完全に消えたね」
 皆妖怪が完全に消えてしまったのを見て口々に言い合う。そのことがとても信じられないといった様子だった。
「どういうこと?これって」
「さあ」
 皆にはそれがどうしてなのかさっぱりわからなかった。
「お嫁さんにしてあげるって言われただけなのに」
「どうして消えたの!?」
「しかもあんなに落ち着いた顔で」
「あれはね。お歯黒べったりっていうんだよ」
 博士がその驚くばかりの皆に対して言ってきた。
「あの妖怪はね。そういうんだ」
「お歯黒べったり!?」
「それがあの妖怪の名前なの」
「そうなんだ。お嫁さんに行けないで死んでからその恨みと悲しみでね」
「妖怪になったの」
「そういうこと。だからあの格好なんだ」
 こう皆に説明するのだった。
「昔のお嫁さんの格好でね」
「そうだったんだ」
「けれど」
「けれど?」
「あれ何なのかしら」
 ここで女の子の一人が言うのだった。
「あの歯は」
「そうよね、あの歯」
「真っ黒じゃない」
 皆は妖怪のことがわかってから今度はあの真っ黒い歯のことを話す。それがとにかく不気味で気持ち悪くて仕方がなかったからだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧