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相模英二幻想事件簿

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山桜想う頃に…
  Ⅰ 4.9.AM11:43



「よう、久しぶりだな!やっときたか。」
「なに暢気なことを…。全く、こんな分かりづらいとこにしなくても…。」
「いやぁ…予算の関係っていうやつだ。」
 何が予算の関係だっての!ったく…バックに大物がいるくせに。
「天宮グループがスポンサーについてる奴に言われたくないな。」
「え?藤崎君、あの天宮グループに知り合いがいるの!?」
「いや…数年前、そこの社長と個人的に知り合っただけだから…。」
 今喋っている奴が、友人の藤崎京之介だ。背は180はあるため…並びたくはないな…。
「なぁ…京。まさかとは思うんだが…宿ってあれか?」
 私は亜希と話続けている藤崎に、少し先にある建物を指差して言った。まぁ、周辺にそれらしい建物は一つしかないんだが、それは木造の古い造りの品格のある建物だった。長い歳月を経た老舗と言っても過言じゃないだろう…。
「ああ、あれだよ。そんなに高くないから安心してって。」
「……。」
 仕事ではいつも私は安いビジネスホテルなりを使っているってのに…。こいつ、いつもこんなに良いとこを使ってるのか…?知人が違うと、やはりこういうとこまで違ってくるものか…。
 私は予算を頭で計算し直して、もう少しで「帰る。」と言いそうになった。私はいつでも金欠だ。五泊の滞在予定で来たはいいが、削らないとまずいかもなぁ…。
「ま、宿泊代は気にすんな。今回は俺持ちで、もう支払い済みだし。」
「はぁ!?そりゃ駄目だって!僕と亜希のは…」
「まぁまぁ、そう言うなって。たまにこうして三人がそろったんだし、これくらいさせてくれって。じゃ、行こう。」
 藤崎はそう言って口笛なんて吹きながら、僕達の荷物を持ってさっさと行ってしまった。何だかやけに機嫌が良いな…。
「あなた。折角なんだし、藤崎君の言葉に甘えさせてもらいましょ?予算考えながらじゃ楽しめないし、藤崎君だってそう思って気遣ってくれてるんだろうしね。」
 亜希はそう言うがなぁ…。ま、ここで断っても藤崎のことだ。あれやこれやと並べ立てて、結局自分で払うだろうしな…。
「そうだな。甘えるとしようか。」
「そうこなくっちゃ!」
 何だかこうしていると、学生時代を思い出す。
 亜希は私と同じ大学を出たが、藤崎は違う。だが、互いの大学が近かったせいか、とある事件を切っ掛けに知り合いになった。やつの友人達とも親しくなり、私には多くのツテが出来た。もしそうじゃなかったら、今頃は平凡な会社でデスクワークをしていたに違いない。
「あなた。ほら、行くわよ!」
 私が色々と思い返していると、亜希はそう言って私の歩みを急かしたのだった。私は苦笑しながら、楽しそうに笑って宿へと向かう妻の後ろを追い掛けたのだった。


「…こんな良い部屋取ってたのか…。」
 私達は旅館の人の案内で、自分達に用意されていた部屋へと案内された。
 部屋へと入って早々、目に豊かな風景が飛び込んできて私達を驚かせた。
 そこには未だ三分程度ではあるが、美しく咲いている桜があったのだ。その後ろ、正面に見える小さな山の方には、埋め尽くさんばかりの満開の山桜が咲き誇っていたのだ。
 この部屋は旅館の裏手に位置するはずだが、この光景は…寧ろ表だよな…。
「凄いだろ?あんなに山桜があるなんて、俺も最初は驚いたよ。ここの女将に聞いたんだけどさ、あの山桜、百年以上まえから少しずつ枝分けして増やしてんだってさ。」
「え?じゃ、あの山はこの旅館の?」
「そうみたいだ。あの両隣の山は違うらしいが、あの正面の山だけは、代々この旅館の土地になってるんだとさ。」
「でも…凄いわねぇ。私もあんなに山桜が咲いてるのなんて、今まで見たことないわ…。」
 亜希が感嘆の溜め息を洩らしながら、開け放たれていた窓へと近付いていった。私と藤崎もそれに続き、窓際へと足を進めた。
「しかし…なんで山桜なんだ?」
 私がそう呟くと藤崎が口を開いた。
「代々伝わってることがあるんだってよ。あの山に一応小さな社が建ててあって、この旅館の主が代々守ってるらしいしな。」
 よく知ってるな…。時々思うが、藤崎の方が探偵向きなんじゃないか…?まぁ、ある意味探偵なのかも知れないが。
 そんな藤崎も亜希と一緒に、山に咲く艶やかな山桜に見惚れていた。勿論、私も例外じゃなかったが。
 しかし、この藤崎は髪も瞳も茶色で長身、顔立ちも良く、どこから見ても外国人。これで名前が京之介なんだからなぁ…。
 あの山桜にその名前は合うが、どうも風体はミスマッチな気がしてならない。
「英二…そんなに俺を見詰めないでくれよ…。そんなに俺が美しいかい?」
「バカ言うな。亜希の方が美しいに決まってる。」
「あら、あなたったら正直ね。」
 私達はそう言って笑った。昔と何一つ変わらない様に感じる。多分、藤崎も亜希も、そう思ってるだろう…。
 そんな風に他愛ないことを考えながら風景を愛でていると、「失礼致します。」と言う女性の声が聞こえ、スッと襖が開かれた。
「よくお越し下さいました。私はこの旅館の女将で御座います。お茶とお茶請けをお持ち致しましたので、宜しければ御召し上がり下さいませ。」
 姿を見せたのは、四十代中頃の女性だった。結い上げた日本髪に簪を差して、地味ではあるが、清楚な和服を着こなしていた。
 目の前にあるこの風景には、こうした人物が合うな。さすがは京都。
「有り難うございます。丁度喉が渇いたところだったんですよ。あの…失礼ですが、女将さん京言葉じゃないんですね。」
「ええ。私は東京から嫁いで来ましたので、先代の女将…姑ですが、無理に使っても仕方ないと申しまして。がっかりさせてしまいまして、誠に申し訳御座いません。」
 女将は済まなそうに頭を下げたが、私はそういうつもりで聞いた訳じゃなかったので、慌て女将に言った。
「そう言う訳じゃないんです。ただ、ここは京都の外れですし、何と無く京言葉のイメージだっただけなんですよ。」
「そうですねぇ。中央では舞子や芸子を中心に昔ながらの言葉を遣いますけど、ホテルになどなりますと、今はそうでもないんです。」
 まぁ…そんなもんだろうな。京言葉は美しいが、いかんせん解りづらい。外国人などの観光客も増えてるため、需要の多いホテルなどは常用語の方が当たり前なんだろう。客と意思の疎通が出来なければ、それこそ商売にならない。そうじゃないとこもあるだろうが、結局は数人喋れる人間がいる程度だろうがな。
「宜しければ、あの山桜を見に行かれますか?」
 どうやら亜希が女将と山桜の話をしていたようで、女将はそれならばとそう提案してくれた。
「え?あそこ、行っても良いんですか?」
「はい。当旅館の持ち山で御座いますので、お客様でしたら問題御座いませんから。」
 その女将の言葉に、私達三人は顔を見合せて頷いた。ま、こういうのを断るやつもいないがな。
「それじゃ、お願いします。」
「承知致しました。後程従業員を呼びに参らせますので、詳細はその時に。では、私はこれで失礼致します。」
 女将はそう言うや、頭を下げて部屋を出ていったのだった。私達は再び外の風景を楽しみながら、学生時代などの他愛もない話しをしていた。
 しかし、春風の心地好さもさることながら、やはりあの山桜に気を取られ、気付けば山桜の話ばかりしていたのだった。
 私や亜希、それに藤崎の生まれ故郷にも、目に触れる程の山桜は無かった。と言うよりは、山が無かったのだ。平野なんだから仕方無いのだがな…。
 そんなことを話ていると、亜希がこんなことを言い始めた。
「まだ少し寒いけど、お花見なんて出来たらいいわね。」
「それいいねぇ。でもさぁ、一応この旅館の持ち山なんだし、そういうのは駄目なんじゃないかなぁ…。」
 藤崎は頬杖なんてつきながら亜希に言った。亜希も「駄目かなぁ…。」なんて言いながら溜め息を吐いている。この二人、そんなに花見がしたいのか…?
「ま、早めに戻ってさ、ここでこの景色を見ながら一杯ってのも乙じゃないか?」
 私は苦笑しつつ二人をなだめたのだった。
 こんな話をするのはどれくらいぶりかな…。学生時代には休みの度に集まっては、こんな他愛もない話を延々と語り合っていた。
 ここにはいないが、毎週の様に会っていた仲間も多い。たまに手紙が届いたりするから、皆元気だと思う。日常の雑多な空間から脱け出してこうしていると、不思議な程に鮮明に思い出される。それだけ日々が充実している証拠かも知れないな…。
 暫くすると話も一段落し、私達は再び外の景色をそれとなく眺めていた。すると、襖の向こうから「失礼致します。」と声が掛かり、襖を開いて一人の若い男性が姿を見せた。女将が言っていた従業員だろう。
「女将よりお客様方をお連れするよう申しつかり参りました桜庭と申します。今日はこれよりお客様方を、あの櫻華山へとご案内させて頂きますので、どうか宜しくお願い致します。」
「おうかやま?」
 入ってきた桜庭という青年が言ったことに、私達三人は首を傾げた。あの山に名前があるとは聞いていなかったからだ。いや、別にあってもなくてもいいんだが…。
「女将から山の由来をお聞きにならなかったんですか?私はてっきり…。」
「すいません…。」
「いや、いいんですよ!お客様が頭を下げるようなことでは御座いませんから!」
 私が謝ると、桜庭さんは慌ててそう言った。
「私の勘違いですので…。それであの山なんですが、その昔、全体が山桜で覆われていたそうです。ですが、その美しさ故に山桜を持って行くものが後を絶たず、原木が五本まで減ったこともあったそうです。現在ではあの様に見映えも良くなっていますが、当時は寂しいものだったらしいですね。」
「へぇ、そうなんだ。でも、所有者が分かってる山のものを、よく持ってこうなんて思いましたよね。普通はそんなになる前に、どうにかすると思うんですけど…。」
 私が桜庭さんにそう言うと、亜希も藤崎も不思議そうに頷いた。問われた桜庭さんは、それに対し苦笑しながら答えてくれた。
「実は、あの櫻華山がこの旅館の持ち山になったのは、今から二百年くらい前の話です。当時はこの町の名士として知られ、かなりの財力があったそうですから。」
 はぁ…かなりの金持ちだったってわけか。ま、この旅館を見れば分かるか。外観も旅館には見えないが、内装だってとてもそうだとは思えない。もし看板が無かったら、どこかのお屋敷にしか見えないのだからな…。
 特に内装には、名匠が彫ったであろう透かし彫りの見事な欄間まであるんだから、元が資産家と言われても驚くことじゃないだろう。
「この旅館を経営している堀川家は、最盛期にはこの町全体の土地の所有権を握っていたそうです。ですが昭和に入る頃には没落の一途を辿り、この旅館の建物とあの櫻華山、そして幾つかの田畑が残されたそうです。旅館を始めたのもそれが原因で、山桜を増やそうとしたのも同時期の話だそうですよ。では、話の続きはあちらに着いてからと言うことで、皆様、支度はお済みでしょうか?」
「これといって支度の必要もありませんから、直ぐに出れます。」
 私達がそう言いながら立ち上がると、桜庭さんは笑ってこう付け足したのだった。
「皆様。今は麗らかな春の日和ですが、これが陰りますと冷えてまいります。厚手のものを一枚お持ち下さい。」
「…?」
 私達は三人して首を傾げた。見に行って戻るだけならば、日の高さも未だ充分にある。今日は快晴で暖かく、とくに厚手の上着を着込む程じゃない。
 なのに…桜庭さんの言葉は、私達の戻りが遅くなることを示していた。
「あれ、女将さん言わなかったんですか?てっきりあちらで夕食を召し上がる算段でお支度されてるとばかり…。」
 私達はきょとんと目を丸くしてしまった。そんなこと、女将は一言も言ってはくれなかったのに…。
「あの山桜の下で、夕食を頂けるんですか!?」
「はい。時刻になりますと、旅館からあちらの方へ夕食が運ばれる様に既に手配済みです。未だ時間も御座いますので、僭越ながら軽い食べ物とお酒もご用意して御座います。今日は花見には良い天気ですので、それで女将さんも櫻華山へ行かれることをお薦めしたのでしょう。」
 この桜庭さんの答えに、三人のテンションが上がった。
「花見だ!」
 三人して顔を綻ばせ、歳に不相応なはしゃぎ方をした。まるで学生に戻った気分だったが、桜庭さんは苦笑いしているしかなかったのだった…。



 
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