大刃少女と禍風の槍
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六節・早朝の宿で少女は悩む
前書き
停止したり公開したりで忙しい作品ですが、
もう(この作品に限っては)公開停止はしないのでご安心を。
……誰が安心するんだって話ですけども。
では、本編をどうぞ。
翌日の早朝。
鳥の声と厩舎から聞こえる動物達の鳴き声……それらもBGMやら設定された環境音の様な物なのだが、いやに澄んだそれらを耳に入れ、設定したアラームが鳴るよりも大分早くアスナは寝室のベッドから起きた。
周りに男二人の姿は見えないが、それも当然。リビングの方に居るからだ。
アルゴから説明を受け、少ないコルを払ったその後。
キリトが目覚めた後、困った事に寝室にはベッドが一つしか無く、なら誰がベッドを使うかと言う事で決める為の話し合いになる……筈だった、本来は。
しかし、グザは如何でもいいと手を振りあろう事か壁近くに座って早々に寝始め、キリトも頬を掻いて最初こそ言いづらそうではあったが最後はソファ-で寝るとハッキリ言いだした為に、結果消去法でアスナが使用することとなった。
……彼女自身、ベッドを本当に使いたかったとは言え、何だか押し付けられた感じで寝ることとなった所為か、無いとも言えない微妙な表情になったのは余談である。
ドアを開けてリビングに位置する部屋へ出てみれば、キリトはまだソファの上で気持ちよさそうに寝ていた。
ならばと壁に目を向けるが、どうも彼女より早起きだったか、グザの姿は何処にも見えない。
風呂に入る様な性分にも見えなかったので、多分だが外に居るのだろうと、アスナは辺りを付ける。
「お風呂、か……」
自分の思考の中に出てきたその単語をつぶやき、彼女は昨晩の事を思い出していた。……とはいっても、勿論ハプニングの事では無く、湯船につかっていた時のことだ。
幾ら連携の基本や専門用語の意味を、本来はキリトの口から教えてもらう為、という口実があったとは言え、彼女は知らぬ男性プレイヤーと一夜を共にしている。
普通に考えても、彼女でなくても有り得ない事だ。
―――早い遅いなど関係は無い、がむしゃらに前へと進み、動けなくなったら倒れて死ねばいい―――
そう言った事がこの世界で許された、唯一絶対の抗う術なのだと信じ、仮想での繋がりは意味を持たぬと言い聞かせ、今までの二カ月他人との縁を持とうとしなかった。
そんな彼女だからこそ余計にかもしれない。
そんなアスナがそんな意志を曲げ、逸脱してまで何故風呂に入りたいと思ったのか? それは……『第一層ボス戦がクリア不可能』だと思っているからだ。
グザと話した時にはスズメの涙ぐらいの希望も抱いたが……冷静に考えてみれば何せ相手は今までに約二千人もの命を喰らい尽くし、尚突破されぬアインクラッド第一層の迷宮区最奥に鎮座する、これまでとは比べ物にならない凶悪さを誇る難敵。
良くて犠牲の上での撤退、最悪全滅とて免れない……そう、アスナは考えている。
皆が士気を上げた攻略会議の際もやはり冷めた頭で聞いており、感情を表したのは解らない単語を聞いたり、最後の戦いに全力を尽くせないのが不満であっただけで、アイテム分配に陣形の話など頭に入れておらず、潰走するのだから如何でもいいものだ、と聞き流していたのだから。
だからせめて明日の決戦の日である、日曜を迎える前に……最後にもう一度だけ、お風呂でのんびり手足を伸ばしたい、そう願ったから大きく道から逸れたとしても湯船へ浸かる事を譲らなかった。
これでもう思い残すことは無いと、アスナは軽く拳を握る。
“ 『どうせみんな死ぬ、何処でどう死ぬか早いか遅いかの違い』ってんなら……せめて百層までぶち抜いて、生還した先で好きんなった奴とくっ付いて、ガキに看取られて死のうや。な? ”
「っ!?」
―――その時不意に脳裏に響いてきたのは、グザがあの時言い放ったその言葉だった。
すぐに打ち消そうと頭を揺するも、彼女の心内とは反対に、彼の台詞に付いて思考してしまう。
現実でのアスナは、ある意味で束縛されていた生活を送っていた。
今に至るまで、両親が用意した道の上を、惑うこと無く進んでいたからだ。
もちろん、別の道へ進む事も出来たのであろうが……両親からの期待、そして彼等から送られる優しさ、それを裏切ることが出来なかった。
裏切られた際の父の、母の反応を、見たくは無かった。
幼稚園から現在の高校に至るまで、親が決めた施設へと迷い無く進もうとし、入ってからも成績上位に位置するよう勉学に励み、そして大学も結婚も就職も―――これからもずっと親の敷いたレールを走る、そんな人生となる筈だったのだ。
そんな彼女だからこそ……普通の年頃の少女の様に、誰が好きなのか~といったガールズトークなど、トンと縁の無い場で生活してきた彼女だからこそ、グザの言った『好きな人とくっ付いて』と言う言葉を、頭から離せずに居るのだろうか。
それとも……味わう事も無く、感じる事も無く、過ぎ去るのが許せないのか。
(分からない……好きになる、ってどういう事なの……恋をするって……どういう事なの?)
そこまで言って漸く何の関係もない事を、自身の頭の内に止め続けている事に気が付き、強く頭を振って如何にか取り払った。
しかしながら心の内に生まれたモヤモヤは、小さく残って完璧には晴れず、せめてより足掻き食らいつき、HPを1㎜でも多く削れるようにと、剣でも振って心を落ち着かせる為に装備フィギュア画面を出して、持っている全ての武装を装着する。
元々武人気質では無いアスナだが、この世界に閉じ込められてから一番熱心に振るったのは剣なので、実戦にも活かせて無心にも成れる素振り……とはレイピアなので少し違うが、兎も角武器を扱っていた方が良いと考えたらしい。
扉に手を掛けてみれば対して苦戦する事も無く開き、アーガススタッフの拘りなのか外で畑を耕す農夫一家を窓越しに見ながら、音も立てずに階段をゆっくりと降りて行く。
気の早い事でアスナはもうレイピアに手を掛けており、表情も次の扉を潜ったら即座に抜刀、剣尖をきらめかせる気満々……と言った具合だ。
表情は暗雲が濃く掛かり、瞳はは鋭く刃の如し、充満する重いく空気を湛えたまま跳び欄手を掛け、片手で押しながら外への第一歩を踏み出した。
「そーら! やっほほーい!!」
「ま、の……なにゅ?」
そして素っ頓狂な声を出した。
今アスナの思考を狂わせかけた言葉を紡いだ、その張本人が大きめの『ロバ』にまたがって、何とまあ楽しそうに跳び跳ねていたからだ。
長い腕を引っ込め脚を極端に折り曲げている所為で、どことなく滑稽な光景にも見えてしまう。
まさか朝早く起きたのは、ロバに乗りたかったという理由からだろうか。ならどことなくでも何でもなく、普通に滑稽なだけである。
充満していた殺気にも近い闘志をすっかり削がれ、眉を引くつかせながらアスナはグザへとやけに小さく声をかけた。
「何……しているんですか……?」
「ん? ああ、起きたかい嬢ちゃん。見ての通りよ、ロバ乗りだわな」
「……何で、今ロバに乗っているんですか」
「決まっとろーがい、暇潰しやね」
お気楽な一言でアスナは額に手を当て、物理的にも精神的にも頭を抱えた。
確かに今日死んでしまう可能性が高いのだから、やりたい事を精一杯やると言うのも別段悪いことではない。
……無いのだが、だからと言って能天気にロバ乗りをかますなど、緊張感のきの字も無いどころか、思い浮かべる事すら放棄している。
アスナはこんなに早い時間に外へと出たのだし、真面目な時はしっかり真面目にやる人柄ぐらいは知っていた為、てっきり槍でも振るっていたのかと予想していたのだ。
だが実際はパンフレットにも載っていた “攻略に役に立たない趣味スキル” にも載っている、《騎乗》スキルを使ったロバ乗りで、オマケにそれは暇つぶしときた。
気が抜けるのが当たり前である。
「アナタはどうしてそう、そんなに笑顔で居られるの? 今日死ぬ可能性が高いのよ?」
「高いだけだわな。死ぬとは決まっとらんし」
「……死を受けれているとでも言うの?」
「いんや? 死にたくは無いやねぇ……今日とて生きて帰るつもりだわな」
当たり前だろうと言わんばかりな、余りにもあっけらかんと言われたその台詞に、アスナは小さく口を開けてまま固まってしまった。
次の言葉を紡ぐこと無く、棒立ちのまま一旦ロバから降りるグザを見ていたが、彼女が何か行動を起こす前に、乗りながらも律儀にパイプは咥えたままだったグザの方から、青い煙を吹きだし話しかけてくる。
「フゥ~―――大方よ、嬢ちゃん今日のボス戦、クリアなぞ出来ねーと思っとるんだろ?」
「……何故……」
「分かった、かい? ……嬢ちゃんの今までの考え方からすれば、まあそれぐらいは分からぁな」
パイプを棒付きキャンディーか何かの様に、口内にて前歯で噛みユラユラと上下させながら、グザは含まれた感情の読めぬ笑みで続けた。
「自分以外にも人は居るってのにトンと目に入れず思考を先走らせ、どうせクリア出来んから走れるとこまで走って死ぬ等と言い放つ。そんなお前さんなら、ボス戦でのクリアの有無なぞ眼中になかろうよ」
「……その考えは変わらないわ。クリアできるとも思えないし、アナタみたいに気楽で居られる訳でもない。全員が死ぬことは決まっているのよ」
「そりゃ嬢ちゃんからすればね―――だが、オレちゃんはクリアできると思ってるのよ。今日だって死者ゼロで倒せるかもと期待し取るわな」
「……理解できないわ」
「な~に、せんでもいいよ。どうせ血も育ちも性別も違う人間やね」
それだけ言うとグザはロバの尻を軽く叩いて態と驚かし、遠方へと脱兎のごとく逃げ出すロバを見やる。
苦笑しながら傍に置いてあった……造型からしてNPCショップで売っては居ない両手槍を、足に引っ掛けて “ポォン” と投げ上げキャッチした。
そのままアスナの方を向いた。
「ここは圏内だからHPも減らんし……どうだい? いっちょ得物を交えてみるってのは?」
「……お断りするわ。何のメリットもない、ただ疲れるだけよ」
「あーらら、そうかい。ふーむ……坊主なら喜んで引き受けてくれるかねぇ」
言いながら槍を風車の如く回して遊び、高く放り投げてはキャッチしまた放り投げ、同じような動作を何回も何回も繰り返し始める。
十回を越えてもまだ飽きずに続けているグザから意識を外し、アスナはレイピアを構えてソードスキルの練習を始めた。
……ふと横を見れば何の演武を始めたか、グザがバトンの様に槍を上下左右に振りながら、体勢を幾つも変えながら、蹴りを含めながら大きく動き始めた。
しかしその動きは洗練されており、とてもゲーム内で得られるプレイヤースキルだけで実行できるとは到底思えない。
年齢を察し難いキリトがまだ可愛く見える程に、グザには歳から実力から、独特な喋り方ながら自然さを持つ所から、掴みどころと言うモノがまるでなかった。
そもそも……刺青はデカール系のアイテムだとしても、身長や明らかに日本人では無い肌色、一般人ではありえない技量に筋肉と、小さいながらも謎が多い。
彼はいったい、現実で何をしていた人間なのか……?
聞きたいぐらい気になると言う訳でもないが、グザの事柄はアスナの不快感とも似て非なる、何かを刺激し彼女の目を細めさせる。
このあと数十分後にキリトが起きてくるまで、アスナとグザは軽い剣技練習での流しを行った。……アスナの中に生まれた何かは、依然として心の端っこに突き刺さったままだった。
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