赤い目
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5部分:第五章
第五章
「昔科挙という試験があっての」
「はあ」
「役人を選ぶ試験じゃ。難しい試験でな、豚の内臓を入れた粥等を食べて栄養をつけながら勉強したと言われておる。テストに合格、つまり及第する為にな」
「そうだったんですか」
「それが及第粥じゃ。中国ではよくある料理じゃ。どうやら料理自体は本格的な店のようじゃな」
「そうなんですか」
「心臓もある」
見ればその通りであった。凍ってはいるが確かにあった。
「耳や鼻まであるんですね、あと骨とか」
「中国ではな、動物は何処までも食べるんじゃ」
老人はこう語った。
「豚がそうじゃろう。足も耳も食べる。当然内臓もな」
「沖縄料理と一緒ですね」
一度家族と旅行で沖縄まで行ったことがある。その時に食べたことがあるのだ。
「まあ何処までも食べるのは同じじゃな」
老人はその言葉に頷いた。
「手や足はチャーシューにしていたのじゃろうな。指もスープか何かに使っていたのじゃろう」
「何でも使うんですね」
「左様。そこにある赤子もな」
「赤ちゃんもですか」
最初何かわからなかったものだ。丸ごと入っているので何が何か把握出来なかった。理解してあらためておぞましさが感じられてきたのである。
「胎児のスープはな、栄養があるとされている」
「そうなんですか」
「精がつく、とな。裏の社会では食べられているらしいのじゃ」
「嫌な話ですね」
「わしも細かいことは知らぬがな。じゃがこうして食べるという話があるのも本当のことじゃ」
「嘘じゃないですよね」
「その証拠がこの中じゃな」
「はあ」
「中国でもヨーロッパでもこうした話はあるんじゃ」
老人は忌々しげにこう述べた。
「人を食う話はな。日本にもないわけではない」
「飢饉の時とかでしょうか」
「知っとるのか」
「学校の授業で聞いたことがあります。本当のことかどうかちょっと信じられませんでしたけど」
「左様。生きる為にな、屍を喰ろうたりしておったのじゃ。時には互いに殺し合い、喰らい合う」
「まるで地獄ですね」
「少なくとも人の為すことではない。じゃから眼が人のものではなくなるのじゃ」
「赤くなるんですね」
「そういうことじゃ。元々は魔物の所業だったのじゃ。それが止むに止まれず。時には好んで喰う輩もおったが」
「それがここの店なんでしょうか」
「いや、少し違う」
ここで老人の声が険しくなった。
「この店の者はもっと禍々しい者じゃ。少なくとも人ではない」
「人間ではない」
「そう、それは」
「わしに何か用か、人間よ」
ここで向こう側、店の出口の方から声がした。
「!?」
高志と老人はその声に気付き声がした方を振り向いた。するとそこに異形の者が立っていた。
服はごく普通の中華料理店の料理人のそれであった。白いものでありそれ自体には何の変哲もない。そこだけ見れば只の人間であった。
だが顔が違っていた。口は耳まで裂け、そこからシュウシュウと白い蒸気を出す涎を垂らしていた。舌は赤黒く、そして蛇のそれに似ていた。目は真っ赤で異様に釣り上がっている。そして肌はまるで絵の具を塗ったかの様に青いものであった。
「フン、貴様か」
老人はその異形の者を見据えて言った。
「この店で人の肉を出しておったのは」
「そうだ」
怪物はそれを認めた。
「辺りのホームレスや不良共を攫ってな。この街の者に食わせておったのだ」
「やはりな」
「中には子を孕んでいる女もおったな。不良の中にな」
「じゃああれは」
高志はその言葉にハッとした。
「女の人のお腹から」
「それ以外に何があるのじゃ?」
その奇怪な涎を垂らしながら答える。
「子は女の腹から出て来るもの。それを使って何が悪い」
「化け物」
「よせ、もうわかりきったことじゃ」
老人はそう言って高志を制した。
「そうやって人の肉を調達したのは何の為じゃ?」
「知りたいか」
「無論、その為に来た」
老人は答えた。
「この街を我が物にする為か?」
「その通りだ」
まるで獣が無理に人の言葉を話しているかの様な声であった。それを聞いただけで高志は心臓を握り締められているかの様な恐怖感を覚えた。
「この街をわしの街にするつもりなのじゃ」
「人の肉を喰わせその心を魔物にしてか」
「その通り」
怪物は答えた。
「上手くいっておると思っておったが。まさか気付かれるとはな」
「気付かれぬ筈がなかろう」
老人は落ち着いた声で言葉を返した。
「赤い目の者があれだけいれば。嫌でもわかるわ」
「そう言う貴様は只の人間ではないな」
「只の?買い被ってもらっては困るのう」
老人はそれを聞いて飄々と笑った。
「わしは只の爺じゃよ」
「嘘をつけ」
「嘘ではない。少なくとも御前さんの様に魔界から出て来てはおらぬさ」
どうやらこの怪物は元々人界にいた者ではないらしい。老人の見立てによると魔界の住人であるらしいのだ。
「只普通の人より御前さん達のことは知っているだけじゃ」
「わしを知っておるというのか」
「左様。何に弱いのかもな」
「ではここから逃げてみるがいい。逃げられなかったならば」
そう言いながら右手をゆらりと動かした。すると冷凍庫から氷漬けになった胎児が浮かんで来た。そしてそれをその右手で受け取った。
それを口に運ぶ。氷のまま喰らう。バリバリと氷の砕ける音が聞こえてきた。
「この赤子の様になる。覚悟せよ」
「逃げるつもりはないさ」
だが老人はそれを否定した。
「何!?」
「わし等がここに来たのはな、ただ見物に来たわけではないのじゃ」
「どういうことだ」
「知れたこと。人間が化け物の前に姿を現わす時は一つしかないじゃろう」
「喰われる為か」
「面白いことを言う」
だが老人はその脅しを一笑に伏した。
「そんなことの為に来る馬鹿がおるか」
「ではわからんな」
怪物は笑いながら応えた。
「では何の為なのか」
「主を倒す為じゃ」
老人は言った。言いながら懐から何かを取り出す。
「覚悟せよ。地獄で今までの罪を償わせてやる」
「やってみせるがいい」
そう言いながら怪物はその手に巨大な刃を出してきた。
料理に使うものではなかった。まるで鉈の様に巨大な刃であった。高志はそれを見て怪物を童話等に出て来る山姥の様に思った。
(そういえば近いかも)
ふとここでこう思った。そんな彼に老人が声をかけてきた。
「あれを出しなされ」
「あれって?」
「さっき渡したじゃろう。小刀じゃ」
「あれですか」
「そうじゃ。わしはこの怪物を倒す。それで身を守りなされ」
「わかりました。それじゃあ」
「うむ」
自分の身は自分で守れということらしい。だがどうもそれだけではないような気もした。しかしそれは黙っていた。それより
も速く老人と怪物の戦いがはじまったからである。
老人は懐から札を出していた。そしてそれを怪物に投げつける。
「まずはこれを受けよ!」
「ヌッ!」
札は一直線に怪物に襲い掛かる。その動きは只の札のそれとは思えなかった。まるで流星の様であった。
それが怪物に張り付く。するとそこから白い蒸気が沸き起こった。塗炭に怪物が苦しみはじめた。
「グオオオオオオオ・・・・・・」
「どうじゃ、この札の威力は」
老人は呻き声を挙げる怪物を見据えながら言った。
「効くじゃろう。何せ主の最も忌み嫌うものが書かれているからな」
「わしの忌み嫌うもの」
「麒麟じゃ」
老人は言った。
「麒麟・・・・・・」
それを聞くと怪物の顔がさらに見抜く歪んだ。恐怖の色が浮かび上がったのだ。
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