ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
龍皇の遺産
クエストに出掛けよう 02
結婚。
それは当然、SAOの中でのシステムに定義された関係だ。
一方が結婚申請のメッセージを飛ばし、相手がYesのボタンを押せばそれで成立する、酷く薄っぺらいシステム。
だけど、SAOで結婚まで至っているプレイヤーはかなり少ない。
理由はいくつかあるけど、アイテムと情報の共有化が最大の理由だろう。
アイテムストレージは完全に共有化されるし、ステータス画面は互いにいつでも見ることができるようになる。 それを隠すことはできないのだ。
そしてそれは、相手に自分の全てを曝け出す行為に等しく、裏切りや詐欺が横行するアインクラッドに於いて、そこまで相手を信用できるカップルは稀なのだろう。 男女差の甚だしい不均衡も当然、理由だろうけど。
僕とアマリが結婚したのは、最前線が10層だった頃。 しつこい求婚に折れた形だけど、当時も今も僕はアマリを愛している。
色々とあって軍に追われ、攻略組から追放されていた頃、僕を支えてくれたのはアマリだった。 どんな時でも僕の隣にいてくれて、何があっても僕を信じてくれたアマリを、僕は愛している。
そんな愛する妻と一緒にクエストに挑戦する。 それはもう、言葉にできないくらいの幸せだった。
「んー、やっぱりこの層はモンスターが少ないですよー」
「いやまあ、ドラゴンタイプなんて大量に出てきたら困るけどね。 普通に出てくるモンスターがフィールドボスクラスって、なんて言うか悪夢みたいな層だよ」
「それを簡単に斬るフォラスくんも大概です」
「アマリにだけは言われたくないけどね」
いや、本当に君にだけは言われたくない。
鎧のような硬い鱗を軽々と粉砕するアマリの攻撃は、見慣れた僕でさえ呆れてしまう。
けれど、当人はそんなことをまるで気にしていないのか、年頃の女の子には不釣り合いな両手斧をグイッと持ち上げると肩に担いだ。 そんなアマリにため息を吐きながら、僕は自身の相棒たる薙刀を軽く撫でる。
薙刀の銘は《雪丸》
刀身も柄も鍔も、それら全てが白一色で構成されている雪丸は、その華奢な造りに反して斬れ味が異様にいい。 要求筋力値が低く、敏捷値を優先的に鍛え上げている僕にとって、これ以上ない相棒だ。 それでいて長いリーチを有しているので、雪丸を製作してくれたぼったくり鍛冶屋さん曰く、『反則級』らしい。
とは言え、長いリーチのせいで懐に入られた場合の対処に困るので、反則級と言う評価は撤回してほしかったりする。 これは長物の武器を使う殆どのプレイヤーが行き当たる壁だろうけど、それでも槍や棍のように火力不足に悩むことはないので、あまり強く言えないのが実情だ。
一方、アマリが使う両手斧、《ディオ・モルティーギ》は純粋に火力だけを追求した武器で、神殺しの名に相応しい禍々しい外見をしている。
黒と紫なんて言う、不吉極まりない配色。 巨大な円盤のような刃は肉厚で、斬ると言うよりは叩き切ると言った方が正解だろう。 当然、要求筋力値は相当高く、こんな冗談みたいな武器を扱えるのはアマリぐらいなものだ。 これも当然だけど、僕では持ち上げることすらできない。
ちなみに、アマリはディオ・モルティーギを《でぃーちゃん》と言う極めて微妙な愛称で呼び、とてつもなく可愛がっている。 喋りかけたりは日常茶飯事で、たまに抱き枕にして寝ることまであるから恐ろしい。 一緒のベッドで寝ている僕からすれば、本当にやめてもらいたい。
閑話休題。
さて、僕たちが今いるのは70層にあるダンジョンだ。
迷宮区とは主街区を挟んで反対側にあるため、僕たちは初めてここに入る。 マップデータが全くないと最奥に行くまで時間がかかるので、鼠の情報屋さんからクエストの情報を買う際にそれも一緒に買っておいた。 だから、目的地はすぐに分かるんだけど、このダンジョン、出てくるモンスターの強さがかなり高く設定されているので探索が容易ではない。
最前線のフィールドボスクラスのモンスターが普通に出現するなんて、あまりにも悪ふざけが過ぎる。
そもそも、僕たちの武器が最前線で使えなくなってきたからここにいるのに、最前線クラスのモンスターを相手にしていると言う矛盾。 幸い、ドラゴンタイプのような大型モンスターはアマリのディオ・モルティーギと相性がいいので(武器の特殊効果に、大型モンスターに与えるダメージ+18%、と言うものがある。 反則と言うならこれこそがそうだろう)苦戦らしい苦戦はしていないけど、勘弁してほしいと言うのが正直な感想だった。
とは言え、僕にはクエスト報酬のレア素材以外にこのクエストを受けたい理由があるので、ここで引き返すわけにはいかないのだ。
「さてと。 あれが目的の小部屋だけど、アマリ、準備はいい?」
「オッケーです」
「うん。 じゃあ行こっか」
アマリの返事ももらえたので、特に警戒するでもなくクエストNPCがいるらしい小部屋に入る僕とアマリ。
結婚しているプレイヤーが2人で小部屋に入ったことでクエストのフラグ立てに成功したのか、部屋の中央に突然としか言えないくらいの唐突さで人が現れた。 頭上に金色のエクスクラメーションマーク(いわゆるびっくりマーク『!』だ)があるので、間違いなくあれがクエストNPCだ。
「このようなところに人間とは珍しい。 何用で参った?」
大柄な体躯に似合う低く響く声での問いかけに、僕はすぐさま返答ができなかった。
何しろ、そのクエストNPC、人ではないのだ。
知り合いにかなり背の高い斧戦士がいるけど、彼は間違いなくそれ以上だ。 2メートルは確実にある。
隆起した胸板は岩のように厚いし、逞しい二の腕は僕の頭よりも遥かに太い。 肌は浅黒く、所々に鱗があり、極め付けは鋭い牙と爪と、それから曲線を描く角。
そこにいたのは、ゲームやアニメでよく見る龍人そのものだった。
「フォラスくん?」
「あ、ああ、ごめん。 ちょっと驚いちゃって」
アマリに声をかけられてようやく気を取り直した僕は、まっすぐにクエストNPCを見据える。
70層に点在する街や村にいるNPCから得ていた情報と鼠の情報屋さんから買った情報とを合わせても、クエストNPCが龍人なんて言う情報はなかったので驚いたけど、よくよく考えてみればこの層はドラゴンタイプの巣窟だ。 龍人がいてもなんらおかしくはない。
「えっと、ヴェルンドさん。 僕たちはあなたに用があってきたんだ」
「ほう、我に用とな。 して、何用だ?」
「あなたが持つ特殊な鉱石を分けてくれないかな?」
単刀直入に用件を伝えると、クエストNPC、ヴェルンドさんの頭上にあるエクスクラメーションマークがクエスチョンマークに変わり、点滅を繰り返す。 これがクエスト開始の合図だ。
「貴様は何故、それを知っておる?」
「街の人たちから聞いてね。 なんでも、あなたは凄腕の鍛治師で、他には誰も持ってない特殊な鉱石を所有してるとか」
「ふむ、確かにその通りだ。 我は我しか持ちえない鉱石を所有しておる。 しかし、奴らの口の軽さには困ったものだな。 人間に迎合した愚かな龍人たちを同胞とは思わんが、龍人族の秘を簡単に話してしまうなど実に嘆かわしい」
ヴェルンドさんはNPCとは思えないくらいに自然な苛立ちの雰囲気を醸し出す。 クエストNPCの中には、こうした高度なAIが組み込まれたNPCがいることは情報として知っていたけど、実際に見るのは初めてだった。
人間らしい(正確に言えば人間ではないけど)と言うか、普通に話しているとNPCとはとてもじゃないけど思えない。 GMが動かしているのかと疑いたくなる精巧さだ。
「まあ、人間の貴様に言っても仕方がないか。 貴様、鉱石が欲しいと言ったな?」
「うん」
「断る。 あれは我ら龍人族が長、龍皇様が創られた鉱脈より出ずる秘宝。 人間如きに分け与えてやる謂れはない……と言いたいところだが、実はそれについて、ちと困ったことがあってな」
「困ったこと?」
うむ、と大きく頷いたヴェルンドさんは少しの間を空けて口を開く。
「あの鉱石は龍皇様が創られた鉱脈より出ずる物だと言ったであろう? 鉱脈は次元の狭間に隠され、そこへと至る道は龍皇様と我とが持つ腕輪の力により封印されておるのだ。 故に、人間共にはもちろん、龍人族の者にも龍族の者にも鉱脈が荒らされることはない」
ヴェルンドさんが語る話しを、僕とアマリは遮ることなく聞いた。
クエストの説明だから、と言う理由ももちろんあるけど、口を挟むことが躊躇われたのだ。 なんとなく、この続きが予想できたから。
「しかし、つい先日のことだ。 龍皇様が貴様ら人間共の手にかかり、身罷られてしまったのだ」
「…………」
「…………」
予想通りの続きに、僕たちはやはり何も言えない。 何かを言えるわけがない。
だって、ヴェルンドさんの言う『人間共』の中に僕たちは含まれているのだから。 それは種族として、と言う意味合いではなく、龍皇の討伐に僕たちも参加していた、と言う意味合いだ。
龍皇。
正式名称と言っていいのかどうかは微妙だけど、スヴァローグ・ザ・エンペラー・ドラゴンと言う名のフロアボスだ。
ドラゴンタイプの巣窟である70層のボスに相応しく、巨大で雄々しい姿をした彼を討伐する際のレイドに僕とアマリは参加した。 ラストアタックこそ僕たちではないけど、だからと言って殺したことに変わりわない。
そう。 僕たちは殺したのだ。 ヴェルンドさんが慕う、龍人族の皇帝を。
「龍皇様が身罷られた今、次元の狭間に隠されたあの鉱脈に行くことは叶わない。 だが、手がないわけではないのだ」
「……手?」
「うむ。 我が持つ腕輪だけでも道を開くことはできる。 しかし、それはあくまで開くだけで、道を固定することができん。 そこで貴様らだ。 貴様ら人間の力を借りるなど業腹だが、背に腹は変えられんからな」
「それで?」
「何、簡単なことよ。 我が道を外から開き続けておく。 その間ならば道は渡れるだろうし、鉱脈の中を歩くこともできるであろう。 つまり、鉱石の採掘が可能、と言うわけだ」
僕たちの思いなんてお構いなく進んでいくクエストの説明。
いかに挙動が自然だろうと、やはりそこはNPC。 システムが決めたクエストのストーリーに従うしかなく、感情だってありはしない。
ヴェルンドさんは秘宝の在り処に至る鍵を龍皇から与えられるほど信頼されていたのだ。 その信頼が一方通行なわけもなく、きっとヴェルンドさんは龍皇のことを慕っていたと思う。 それは、今までの言葉の端々からも感じられた。
慕っていた皇帝を殺した下手人が目の前にいて、僕であれば真っ先に復讐を考える。 殺そうと行動する。
もしもそうなった時、僕はそれを責めたりはしないだろう。 当然の思考だと納得するだろう。 もちろん、だからと言って大人しく殺されるつもりは毛頭ないけど、それでもいい気分ではないのは確かだ。
「もしも貴様らが道を渡り、鉱石を採掘すると言うのなら道を開いてやってもいい。 本来であれば貴様ら人間に分け与えるなどあってはならないことだが、しかし、その時は鉱石をいくらか譲ってやろう」
「…………」
「悪い話しではないであろう?」
「……わかったよ。 その話し、乗らせてもらうね」
僕が言った明確な受領の答えと同時に、視界の端に映るクエストログが更新された。
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