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泥田坊

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3部分:第三章


第三章

「売るには。勿体無いような」
「いえ、それはですね」
「ええ」
 彼等はさらに彼の言葉を聞くのだった。そしてそのうえで言うのだった。
「こちらにも事情がありますから」
「それで」
「そうですね。まあこれは私がそう思っただけで」
 男もそれ以上は言おうとしなかったのだった。あえてという感じだったが。
「言いませんね。もう」
「ええ。そういうことで」
「それじゃあ契約書とかは」
「それは少しお待ち下さい」 
 こう彼等に告げるのだった。
「これから作りますので」
「そうですか」
「それからですか」
「はい、暫くお待ち下さい」
 こう彼等に告げたのだった。
「暫く」
「わかりました。それじゃあ」
「それで」
「ではまたお伺いします」
 こう言って今回は帰るというのだった。
「そういうことで」
「それではまた」
「いらして下さい」
 こうしてまずは売る話を進めだした。息子や娘達はその日は比較的落ち着いて家にいた。だがその夜のことだった。
 四人でビールを飲んでこれからのことを自分達でも話しているとだった。ここで外から。
「売るな」
 こう聞こえてきたのである。
「売るな」
「売るな?」
「誰か何か言ったか?」
「いいえ」
 誰もがこの問いに首を横に振った。
「そんなの誰も」
「言ってないけれど」
「私もよ」
 誰も言っていないというのだった。
「そんな。売るななんて」
「一体何を?」
 彼等のうちの誰もが首を傾げさせる。だがここでまた聞こえたのだった。
「売るな」
 まただった。
「売るな」
 外から聞こえてくる。今度は聞き間違えようがなかった。
「外からだよな」
「ああ」
「それも田畑の方から」
「誰かいるのかしら」
 怪訝な顔を顔を見合わせて言い合いだした。
「こんな時間に誰が?」
「しかも何を売るなっていうの?」
「まさかそれって」
 まさかと思った。その時だった。
「田を売るな」
「また聞こえた!?」
「ああ、そうだな」
「間違いないわよ」 
 今度は間違えようのないものだった。誰もが確かに聞いた。
「しかもこの声って」
「けれどそれって」
「有り得ないわよ」
 続いてその声を思い出してだった。口々に言うのだった。
「親父の声って」
「何で親父の声が聞こえるんだよ」
「それも外から」
「何でよ」
 彼等は次第にその身体を震えさせていた。そのうえであれこれ言い合う。しかしそれでもだった。彼等はここで自分達の外側を見るのだった。
「外にいるみたいだな」
「どうする?」
「どうするって言われても」
「どうしようっていうのよ」
 震える顔で言い合うが何もできなかった。何が何なのかわからないからだ。それで何かできる程彼等も気が強くはなかったのだ。
 
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