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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第202話 忍び寄る影

 
前書き
~一言~

 遅くなってしまって申し訳ありません。ここ数日、鬼の様に忙しく帰っても寝るだけ……と言った地獄の連続でした……。何とか 終息に、は向かってないのですが、少しは楽になったので 執筆と更新を再開する事が出来そうです。
 
 そして、この二次小説を見てくださってありがとうございます。 これからもがんばります!

                                    じーくw 

 




 今、視界に広がるのは夜の闇、ではなく 可視光線の波長の中間の色である緑色の世界が広がっている。それは最も知覚し易い色であるとされている色であり、暗視装置の画像の類は、大抵は緑色に調整されているらしい。

 シノンは、その暗視モードに変更した愛銃へカートⅡのスコープを右眼で覗き込んでいた。

 大きな砂丘の天辺にひっそりと立つ人影のみであり、それ以外、この広大な砂漠エリアには今のところ動くものはない。人影は、時折吹き抜ける風が背中まで伸びている黒髪を揺らしている。
 その髪型と色から判る様に、彼はキリトだ。その佇まいからは、兵士と言うよりは幻想世界からやって来た妖精の剣士に思える。

 そして、もう1人の彼は視界範囲内では捕らえられない。どこにいるのかも判らない白銀の銃士。束ねている銀色のポニーテールが、闇夜に一際輝きを放っているだろう、と思えるのに、彼は リュウキの姿は見えなかった。
 だが、それでも シノンは何も心配はしていなかった。

 南西から闇風が そして何処からか、あのボロマントの2人組が恐らくこの場所を目指して接近中のはずだろう。位置情報に関しては、キリトのみしか 知られていないが キリトの傍には洞窟がある事も当然ながらバレている。故にこの場所にリュウキやシノンの2人が潜伏している、していた、と言う事は、闇風は兎も角、あの2人にはバレている事だろう。

 だからこそ、勿論場所の移動は キリトやリュウキだけではなくシノンもしている。

 だが、『袋小路であもある洞窟の中に、そして その周辺に留まっているとは思えない』と言う心理の裏を掻いて、シノンが狙撃位置(スナイプ・ポイント)として選んだのは、洞窟の傍にある低い岩山の頂上だった。

 この場所であれば、地上からは見つかりにくいし、そして 狙撃手(スナイパー)としては必須条件と言える周囲の索敵ができるこの場所、遠くまで見渡せるこの場所に限る。
 その手のポイントは、この周辺に無数に点在しているし、即座に絞り込む事などは 衛星スキャンを常時展開していない限り無理だろう。
 勿論だが、危険性はある。低いとは言え、頂上から地面までは10m程あり、vitality(バイタリティ)、《VIT(生命力)》の低いシノンは気軽に飛び降りるわけにも行かない。更に言えば 上り下りできるルートも一本だけであり、もしも、敵に接近さらえれば、退避もできずに撃たれるしかない。

 そう、もしも 接近されたのが あの男(・・・) なのであれば……、恐らくは終わり()だろう。

 だが、今はネガティブな想像は全て捨てるべき時だ、と心をフラットに保ちながらライフルを右に旋回させた。
 確かに恐怖は今だ自分の中にも存在している。意識のない自分の身体に佇んでいる、殺人鬼が凶器(注射器)を手に、構えているか、と思うと、またそう考えると、動悸も止まらないだろう。

 だが、シノンの肩には 背中には 恐怖を覆い隠してくれる、忘れさせてくれて、目の前の任務に集中する事が出来るモノ(・・)が存在しているのだ。

 彼の胸に埋めた頬に、そして 抱きしめた事で感じる事が出来た温もり。その1つ1つが自らの心に勇気を与えてくれるのだ。 過去の自分は、今日まで『他人は全て敵』だと考えていた。当時の自分あれば 多分考えもしない、思いもしない心境だろう。

 だけど、彼は、彼らは《仲間》だ。
 
 今までの様なスコードロンの仲間とは違う、真の仲間。背中を真に任せられる仲間。仲間が居れば恐れる物など何もない。

「(……そう、だからこそ、あの2人は……)」

 シノンはある結論に達した。

 会話の中で、所々見せる彼らの《笑み》。
 確かに 今殺人の方法を、死銃の力の根幹を推測の段階だが突き止めた以上、彼らは命の心配はないだろう。だけど、それに気づいたのは ついさっきの事だ。 彼らは己の命も恐らくは 賭けていたのだと思える。 


――そんな中で 何故、彼らは ああも笑みを見せる事が出来るのだろうか?

 
 最早、シノンの中でそれは疑問ですら無くなっていた。当たり前の事だとすら思える程に。

 信頼する人が傍にいるから。背中を守ってくれているから。

「………ふふっ」

 シノンは、軽く笑みを見せると、再び《氷》となった。今までの氷とは少し違う仄かに温かみを持った氷。だけれど、集中力はこれまでの比ではない。

 あの時、死銃に終われ、震え、そしてプライドの全てを打ち砕かれたあのバギー・カーの上での時がまるで夢、幻の様だ。へカートⅡは手に馴染み、まるで羽根の様に扱える。
 極限まで集中させ どんな動きでも見逃さない様に。 信頼の答える為に、そして 自分の中の闇とも決着を付ける為にも。シノンはただただ 時が来るまで集中させるのだった。








 キリトは、この場所まで 自分たちを運んでくれた三輪バギーの直ぐ傍で佇んでいた。

 これは、リュウキとは勿論、自分も考えていた事だった。もう、殆どガソリンの残っていないバギー。キリト自身が乗り継いできたバギーとリュウキが乗ってきたバギー。その中で、ガソリンの消費をしていたのが、自分自身のモノだったから、リュウキのバギーを使わせてもらった。

 当初は、それは思わしくなかった。最後のバギーの役割、それは掩蔽物、遮蔽物の代わりとして、使用するという事だ。キリトの北側に停車している為、北側方向からの狙撃は著しく困難だ。バギーのメカニックの隙間を通し、キリトの身体へと直撃させるなどは、恐らく不可能だろう。

 それは、あの超絶とも呼べる拳銃(ハンドガン)による、射撃スキルを遺憾無く見せたリュウキをもってしても、そう言わしめた。
 
 仮に、一番大きな隙間を狙ったとしても、確実にバギーには着弾する。バギーに直撃すればキリトには当たらないし、それに銃弾に限った話ではないが、出る力が強ければ強い程、側面部からの、横からの力には弱い。少しでも影響を受けた弾丸は キリトの身体から大きく逸れる可能性もあるし、バギーを粉砕し、その黒炎と共に生み出される爆風でキリトをも吹き飛ばすかも知れない。

 だが、その心配も皆無だった。

 何故なら、バギーにはもう殆どガソリンが残っていない為、例え風穴を開ける事はあったとしても、引火物(ガソリン)が無い以上、炎上も爆発も無いのだ。


 故に もしも死神の方ではなく、死銃の方がキリトを狙うとすれば、北側からではなく西側か、もしくは東側。
 位置情報をチェックしているだろうから、闇風が接近して来る事も、連中は判るだろう。だからこそ、更にしぼり込める事が出来る。勿論、100%と言う確証は無いから、決めつける様な事はしないけれど、それでも。

「……………」

 キリトは、目を瞑り、そしてこの空を見上げる様にしていた。


――今はなき、浮遊城アインクラッド。


 この戦いには人の命が掛かっている。……仲間の命が掛かっている。だからこそ、不意にキリトはあの戦いを思い出していた。

 あの世界では様々な《システム外スキル》を編み出し修練をしてきた。

 デュエルに於いて、剣の位置、アバターの重心から相手の出方を予想する《先読み》。遠距離モンスター、時として人間の視線から攻撃起動を推測する《見切り》。環境音から、敵由来のSEだけを切り分け、位置を探る《聴音》。

 上げればきりが無い程だ。
 キリトは あの世界を攻略する上で、その頂上で待ち構えているだろう、茅場昌彦(ゲームマスター)との最終決戦を早い段階から見据えていた。この世界の全てを創造した相手が最終BOSS。それを考えたら、恐らくは誰でも思うだろう。
『システムだけに頼っていては、勝てない』と言う事を。
 
 だけど、そんなに簡単に生み出せる訳ではない。あの世界の勇者、幾年月を費やして培ってきた《デジタルを視通す眼》を持っている彼でも、それは同じだった。だからこそ、共に修練を重ね続けたんだ。

 弛まぬ修練の成果が、顕著に現れるのは、現実世界でもあの世界でも同じ事だ。

 だが、現在。
 今、求められているのは、そういった類ではない。遠くから狙ってくる敵。姿をみせず、狙ってくる敵、なのだから。だが、あの世界でもそんな状況を切り抜けた事はあった。……それは、あの世界で感じた奇妙な感覚のおかげ、とも言えるだろう。……いや、自分は判っている。奇妙な感覚の正体を。

 あれは、言うならば《殺気》だった。

 あの世界は、ナーヴギアが脳に送り込んでくるデジタルデータのみによって世界を認識するのだから、そんな殺気や、所謂 第六感的な曖昧とも言える情報が組み込まれている筈がない。

 だからこそ、この考えに否定的な者は多かった。

『デジタルデータは、刻一刻と変わり続けている。数値の1つでも変われば、必ず変化はこの世界に現れる。……だからこそ、オレは否定出来ない。数字が乱れる要因は 様々だからな』

 そんな中、そう言い放ったのは 誰なのか最早言うまでもないだろう。確かに変われば、何か変化として現れるだろうけれど、それはあくまで机上の話だ。……BOSS戦で 頻繁に彼が口にする『変わった』と言う言葉からの、BOSSの変化を何度も何度も見てきた皆だったから、これは彼しか出来ない話、見れない感覚だと、他の皆は 何処か納得していた。
 だが、キリトは違った。
 それは何度か、殺気を感じた経験があったからこそ、だった。

 そこから、このシステム外スキルは、最も習得が困難な技、と称された云わば最終奥義。《気を感じる》技、彼の代名詞でもある《視る》技。それを称して名付けられたのが《超感覚(ハイパーセンス)》だ。

 この話は、カーディナルシステムの一部であった、我が娘のユイにも話をした事があったが、彼女をしても、あくまで可能性の話、お兄さんだけの力。とまで言ってしまった。故にオカルト説の方が説得力があるかもしれないと思えたんだ。


「………(死神がいなけりゃ、立場が変わってたかもな)」


 キリトはそうも呟く。
 この世界に蔓延っている闇は、死銃の他に、あの聞こえない銃弾(サイレント・アサシン)を放ってくる狙撃手(スナイパー)だけじゃない。
 まるで、幽霊の様に気配をたち、その曲刀としては、異形とも呼べる形状から、曲刀じゃなく鎌、と呼ばれた武器《ヘルズコア》でいったい何人のプレイヤーの魂を刈り取った事だろうか。

 正直な所、死銃よりも死神の方が怖いとも思えてしまう程だ。

 だが、それでもキリトは何の心配もしてなかった。

「…………(出来る(・・・)と言ったんだ。根拠はそれだけで充分。そして、オレにも……)」
『ああ。キリトなら出来る。……いや、きっとキリトにしか出来ない事、だろう。適材適所だ』
「(無茶ばかり言ってくれるな? 普段中々無茶言わないから、たまには、って思うけど 内容が酷すぎるぜ?)」
『それでも、出来る。……オレ達なら』

 キリトは、目を瞑り、その中に現れた男、自分の背に持たれてきている男の姿を思い浮かべながら、その男と会話を重ねた。それだけでも安心出来るから。心強いから。

 依存しているレベルじゃないか? とたまにリズベットにからかわれる事があるけれど。それでもある意味では良かったり、と考えてしまった所も読まれてしまって更に笑われた。

 こんな状況ででも、思い浮かべるだけで 身体の力が抜ける。頭を冷静に保つ事が出来る。

 自分が出来うる全て(・・)、それに集中させる事が出来る。感じ取る事が出来る。


 西方向からは、高速で忍び寄ってくる闇風が。

 そして、無機質なのだが、何処か歪。そして、粘着くような冷たい――殺気。
 砂漠の彼方より、確かに見えた小さな光。その正体が一体なんなのかは、即座に理解出来た。そう、ライフルの発射炎(マズル・フラッシュ)。極限までに集中させていたキリトの《超感覚(ハイパーセンス)》。
 それを遺憾無く発揮し、凄まじい密度で凝縮された攻撃力の塊を回避する事が出来た。


「お……おおおおおっ!!!」


 その瞬間、咆哮と共に キリトは 砂丘の大地を蹴った。
















 それは、とある凶人の話。
 



――死神は、いつも見ている。いつも、傍にいる。……その時(・・・)が来れば、その姿が見える。



 そう、これは半ば必然とも言える事。この世界は死で溢れている。故に、死神は 死にゆく者の魂を刈り取る為に、この世を巡る。その死の数だけ、死神も戯れる。

 平和な日本()で暮らしているからこそ、この国の者達は、それに気づく事が出来ないのだろう。だが、あの世界を生み出した事によって、一変した。生と死の狭間の世界で、変わったのだ。

 戦いは死を生み続ける。そして、淘汰されるのは常に弱者。自分こそが強者。……弱者は死ぬしかない。だが、自分は死なない。死を齎す事はあっても、死ぬ事はない。

 これが、あのゲームをやり続けて、得た新たな役割(ロール)

 本来 ()には 別にやるべき事があった。……だが、それは挫折をさせられた。茅場昌彦と言う名の天才によって。

 ……その話は、今は良いだろう。今は()の存在についてだ。

 この世は弱肉強食。それは云わば自然の摂理。形は違えど、どう言葉で取り繕っても、強者は、弱者を淘汰してゆく。糧としていく。あの世界で、上に登り続ける為に、他者を蹴落とす。踏みにじる。奪う。そして、力をつけていく。……強者で有り続ける為に。

 だが、自分は少し違った。ただ、単に破壊を齎す。……死を齎す。ただ、それだけ。それだけを楽しむ様になったのは、あの男(・・・)と再会した事が切欠だった。
 ただ、それまでの道筋はどうでも良い。ただ、1つの出口(ゴール)に向かって伸び続けていた道が 歪な光を帯びて、目の前に現れただけなのだから。

『デス・ゲームであるのならば、殺すのは当然の事だ。……ゲームを、愉しもう。心ゆくまで。それが全プレイヤーに与えられた権利。そして 殺されるのは弱かったからだ。この世界で弱いのは罪だぜ』
『……弱いは罪。……死、か』
『Oh……。いい目、してるぜ? それが一番、楽しめるだろう?』
『く、くくくく……、そうだな。やはり、気づかせてくれるのはお前だったか』

 その笑みは、歪んでいた。人としての最後の1枚の皮を破り捨てて、出てきた表情。……それは、《人》ではなかった。

『さぁ、共に愉しもう。……死神(ザ・ハンク)
『……Of course(勿論だ)。PoH』

 この2人の邂逅により、笑う棺桶(ラフコフ)が誕生し、アインクラッドを恐怖に陥れる事になる。そして、PoHと死神の名も……。



――……死神は、死を再び欲した。その魂を刈り取る瞬間を、再び味わいたくて。



 当然だが、現実世界で、この現代社会に置いて、そんな事をそう易々と出来るものではない。単純な争いの場は、……戦場の類は世界に溢れている。だが一方的に、自分たちが愉しむ為に、殺す。そんな事が出来る場所などは何処にもない。あの世界で、多少なりとも鍛えられ、現実世界へ還元されたとしても、難しいだろう。

 そんな時、今回の計画(死銃)を知ったのだ。

 その話を訊いて、……何かを感じた。死を愉しむ事が出来る世界に赴ける事への歓喜ではない、ただ、何か(・・)を感じたのだ。

(お前)がいたから、と言う訳だろうな」

 砂丘の中央に佇む影から声が訊こえる。
 いや、影と呼ぶべきものではない。まるで空間が捻じれているかの様だ。僅かな光、闇の中で光る空疎な空の中の僅かな光が、そこに届いたと思えば、光が捻じ曲がりっていく。

 そして、数秒後 姿を現した。ボロマントの男。顔半分が髑髏をイメージさせた仮面に覆われ、目の部分は蒼く光らしている。

「そう、鬼がいる場所に死神もいる。……死神(オレ)は覚えている。あの時の狂気とも言える鬼の形相を。また、見せてみろ。アバター(姿)こそ違うが、その内に秘めた狂気を見せてみろよ」

 口調が徐々に変わっていく。
 いや、元に、この男の素顔に戻っているのだろうか。

 蒼い目を光らせながら、懐からナイフを取り出した。異形な形をしたナイフ、ククリ・ナイフを。

「あの女を殺したら、また味あわせてくれる、だろう? 鬼よ」

 ナイフの反対側には、あの銃(・・・)がある。この世界を、かつてのあの世界の様に変えてくれるただ1つの銃。

 死銃(デスガン) その頼りないと思える筈の小型の拳銃が何よりも重く、大きく、存在感を示していた。
 
 そして、軽く息を吐くと、次の瞬間には 死神は姿を消していた。

















―――女狙撃手(スナイパー)は驚愕していた。



 それを言葉で表すとすれば、《速い》の言葉しか出てこない。
 
 ついに、へカートⅡのスコープに捉えたその姿。そう《闇風》だ。だが、その疾駆はシノンの予想を超えたスピードだったのだ。カンストしたAGIと極めたダッシュスキルによる支援、それらが正しく闇色の風という強烈な移動速度を実現している。

AGI(アジリティ)万能論なんてものは所詮、単なる幻想なんですよ!』

 それは、今漆黒の闇を纏い まさに風と同化している闇風を打ち負かした男の発言。確かに、あの時の大会では 彼が闇風に勝利した。レア銃、レア防具の性能によって。だが、今戦えばどうなるだろうか? あの圧倒的な速度は 恐らく命中精度を増した彼の銃撃をも回避してしまうだろう。精神力さえ、集中力さえ、保ち続ければ あの戦いでは闇風に軍配が上がっていてもおかしくない。

 だがシノンは、直ぐに考えるのをやめて、闇風に精神を集中させた。

 どんなプレイヤーでも、ここまで見通しの良いエリアでは 普通走って物陰で止まる。様子を見る、と言った行為をする。だが、闇風は一切止まらないのだ。姿を晒すかもしれないが、最大限の速度で走り続けている状態こそ、最も安全だと言う事を判っている様だ。

「(……相手の次の動きを予測して、撃つ? でも、アイツは一直線の動きじゃない……)」

 シノンは、自身の出来うる戦術(プラン)の1つ1つを脳内で選ぼうとしているが、その中には適した解が出てこなかった。

 この世界(GGO)で1,2を争う程の手練である、歴戦の兵士 闇風。

 彼にこれまで使ってきた、いや 使い古されたと言っていいテクニックが通じるとは思えない。例えば、読みきる事が極めて不可能に近い動きの為、最初の1発目をわざと外して、動きを止めて2発目で仕留めると言う手もある。
 だが、その方法では狙撃銃最大の武器である《予測線なしの第一射》も使えなくなってしまうのだ。

 迷いに迷うシノン。だが、その迷いは あのバギーの車上で感じた迷いや、弱さを全て見せたあの洞窟の中でのモノとは全く種類が違う。

 頭は極めて冷静に、だが 灯る闘志は心に。

 立ち向かえるだけの温もりをくれた彼らが傍にいるから。始めて仲間だと思える彼らが傍にいるからこそ、シノンはなんの躊躇いも無く、『撃つ事が出来ない』とまで言ってしまったへカートⅡを再び構える事が出来ているのだ。

 だが、もう既にあの闇色の風は 唯一姿を現しているキリトのいる地点1km以内にまで接近している。そして キリトが動いていないからこそ、彼は 自分の存在に気づいていない、と判断し速度をゆるめる事無く、更に近づくのだろう。
 だからこそ、狙うのは 闇風の持つN900Aの射程範囲内に入った時、その時に必ず止まる筈だ。たった一度のワンチャンス。

――……今は耐えてキリト。私を信じて。

 疾風の如き速度で迫ってくる闇風。シノンは彼の存在も既にキリトは察知している事は判っていた。

――反応の鋭さ、そして速度の領域。……それでは間違いなくアイツが一番だ。

 キリトを信頼するリュウキもそう評している。そして、シノン自身もキリトとリュウキの予選での頂上戦を見ているからこそ、判っていた。だからこそ、シノンは耐えてくれ、と念じたのだ。反射で身体が反応をしてしまうかもしれないから。

 そして、更に全神経を集中させたその時だ。その瞬間が訪れたのは。

 視界の橋を白い光が右下から左下へと横切った。それは、銃弾。勿論へカートのモノではない。砂漠の東側から死銃が発射した《338プラア弾》だ。キリトがそれを驚異的な反応をもって、回避した故に闇風の近くにまで到達したのだ。

 その刹那、闇風は止まった。己の存在に気づいていない、と思っていた矢筈に 巨大な中断が突如飛来してきたのだ。咄嗟に腹ばいにならなかったのは、流石だと思えるが流石に予想外の攻撃であった為、闇風は岩陰へと方向転換しようとした。

「Check――」

 それは、最初で最後の狙撃機会。半ばへカート自身の意志に従うかのように、トリガーを引き始める。《着弾予測円》が表示され、それは一瞬で極小のドットにまで収縮。その心と心の間。精神の谷間を狙いトリガーを引き切る。

 ハンマーが撃針を叩き、50BMG弾の装填するチャンバー内で炸裂した。巨大な弾頭を瞬時に超音速にまで加速させる。

――……この域に達した攻撃を回避する者など、この世界には彼しかいない。……彼らしかいない。

 シノンは、もう成功を信じて疑わなかった。撃つ瞬間にまで、手に伝わる温もりがそれを更に拍車をかけたのだ。

「――mate」

 シノンが最後まで呟くのと同時に、そのへカートの咆哮は闇風を呑み込んだ。闇風の胴体部に直撃した。AGI一極型にしている故にか、極めて薄い防弾アーマー。それはまるで紙くずの様に貫通し、闇風の胸部分に命中。そのまま アバターを吹き飛ばした。そして、腹の上に浮き出た【DEAD】タグを確認した所で、シノンはへカート如、身体の向きを180度変えた。


『2発目を当てるのが難しいのは判る。弾道が既に表示されているからな。……が、死銃もシノンと同じ狙撃手(スナイパー)だ。伏射している可能性が極めて高い。伏射していれば、反応も鈍るだろう。……キリトの援護を頼めるか?』

 打ち合せ内の際にリュウキが言った言葉だ。近接戦闘、超近接戦闘を得意とする彼らだ。だからこそ、遠距離からの狙撃に関しての援護をシノンに任せたのだ。シノンは力強く頷いた。

 あの姿を再び見れば、またフラッシュバックするかもしれない。だけど、それでも。

 その表情を見たリュウキは笑みを見せて、シノンの肩を軽く触った。『――頼んだ』と言う言葉を残して。



 そして、シノンはスコープの暗視モードを切ると同時に倍率を限界にまで上げた。そして、直ぐにその姿を見つける事が出来た。


――いた。大きなサボテンの下。ぼろぼろの布地の下から突き出す特徴的な減音器(サプレッサー)と、バレルに後付けされたクリーニング・ロッド。……L115A3《サイレント・アサシン》。それを操る真の殺人者《死銃》。


 シノンは、この時一瞬だけ、もう1人の殺人者の事を思い浮かべた。死銃とは別にいるもの、死神。その殺人者も何処かで潜んでいる、このあたりに潜んでいるだろうと、思い 探索すべきか迷いかけた。だが、死銃の姿を完全に捉えた途端にその考えを消した。
 沸きあがろうとする過去の闇。そして恐怖があった故に。……だが、シノンは右目を見開いたまま、抗った。


――お前は、お前たちは亡霊じゃない。あの世界(ソードアート・オンライン)の中で沢山の人を殺し、そしてこの世界でも、現実に戻っても殺し続けた犯罪者。……ただの、犯罪者だ。なら、戦う事が出来る。そんな犯罪者の持つ銃に、負けない。私とへカートは。


 ボルトハンドルを引き、次弾を装填したへカートの照準を死銃へと向けた。
 当然だが、予測線はもう死銃にも見えている。だからこそ、トリガーに触れて僅かに絞った途端に、死銃が動いたのだ。だからこそ、これで条件は対等。


――さぁ、勝負!


 死銃とシノンは、互いに予測円をみずに即座にトリガーを振り絞った。その2つの弾丸が交錯する。

『狙撃をする時、固めを閉じないことを薦める』

 曾て指摘された言葉が脳裏に浮かぶ。
 見開かせた両の目、スコープを覗いていない左目とスコープを覗いている右眼がはっきりと死銃の弾道を読み取った。弾丸の軌跡は へカートの装着している大型スコープに向かっていた。片眼を閉じていれば、右眼だけを凝らしていれば、間違いなく頭部に直撃し、即死するであろう一撃を正確にシノンは読みきった。

 そして、甲高い衝撃音が耳のすぐそばで響き、その予測通りスコープに直撃し、跡形もなく破壊された。 そして、シノンが放ったへカートの弾丸50GM弾はL115のレシーバーへと命中した。

 リュウキがいう様に、超近接でしか使用できないナイフは例外としているが、GGO内の銃器類にはおおまかなパーツごとに耐久度が設定されている。通常の使用で損耗するのは弾丸を発射する銃身だけだが、戦いの最中 弾丸を受けてしまえば話は別だ。 それでも銃火器のHPが残っていれば修理は可能だが、大口径の銃弾であるへカートの50BGM弾を受けてしまえば、その限りではない。

 死銃のL115の中心部がポリゴンの欠片となって吹き飛んだ。ストックやスコープ、バレルと言ったパーツは無傷でバラバラと散らばった。あれらの部品は再使用が可能だが、失われた機関部を再生することはできない。
 つまり、この瞬間、あの《サイレント・アサシン》は死んだのだ。


――……ごめんね。


 それは決して使用者にではない。希少かつ高性能な銃の為に頭の片隅で弔いの言葉を呟いたのだ。

 そしてもう、この先の戦いはキリトにしか出来得ない。スコープを狙撃で壊された以上、もう遠距離狙撃はできないのだ。

「あとは任せたわよ、キリト」

 疾駆する光剣使いの背中に語りかける。

 だが、遠距離からの支援攻撃ができないからといって、これで終わりと言う事はない。
 敵はまだ、いるのだから。

 だが……、こればかりは仕様がなかった。極限の状態で 闇風を葬り そして死銃のあのサイレント・アサシンを破壊し、大金星を上げたとも言っていい戦い。そのある種の達成感とも呼べる隙を、彼女が生んでしまったとしても……それは決して仕方がない事だった。



「……これ程の遠距離で、仕留め、且つ あの銃を破壊してのけるとは……。流石はGGO一と呼ばれている名狙撃手(スナイパー)だな」


――ッ!!


 シノンの身体を貫いたのは、銃弾ではない。称賛をしている言葉の中に篭る冷徹な気配。歪んだ気配。……殺気とも呼べる何か(・・)だ。

「だが、それもここで終演。……死神が迎えに来た。――君を」

 ただ、淡々と話す口調。その1つ1つが恐ろしい。シノンはもう抗えるだけの精神状態に戻す事が出来ていた。だからこそ、例え背後を捉えたとしても、直ぐにサブウエポンで反撃するだけの心構えはしていたつもりだった。……だが、それを嘲笑うかの様に容易く打ち砕かれてしまった。動く事ができないのだ。
 
 それは、彼女が抱いている過去の闇が原因だけでは無いだろう。

 あの呪われた世界とまで言われたソードアート・オンラインの世界で誰よりもプレイヤーを、人間を殺して、そして自然と身につけた男にだけの能力。……冷酷なまでの威圧感なのだ。



 死が――……直ぐ傍にまでやって来た。


 
  
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