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化け物寺

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3部分:第三章


第三章

「濡れたままでおる。しかしこの寺の周りには水の場所は他にない。それではな」
「くっ、ぬかった」
「次に」
 次に見たのは狸であった。
「その方は北の山にいるな」
「ははは、馬鹿なことを」
 狸はそれを言われてもからからと笑う。平気な顔であった。表面上は。
「どうしてそうなるのかのう」
「口元じゃ」
 行間は狸の口元を指し示した。
「口元に葡萄を食した後がある。紫になっているぞ」
「むむっ」
 ふと口元を拭う。しかしそれは手遅れであった。
「山葡萄。それが何よりの証拠じゃな」
「まさか。すぐにそれを見るとは」
「そして」
 今度に見たのは狐だった。
「御主はさしづめ東の野原の狐じゃな」
「野原だと」
「腰のところじゃ」
 狐は彼の言葉を聞いて腰当を見た。そこにあったのは。
「草が」
「その草が何よりの証じゃ」
 彼の腰を指差しての言葉であった。
「狐であるな、そこの」
「うう、観念するしかないか」
「最後は」
 最後に目をやったのは鶏であった。
「その方だがそこにあるのははっきりしておる」
「わしは何者だというのだ?」
「一つしかない。西の藪の鶏だ」
 最後になっているのか不敵な笑みさえ浮かべる行間であった。
「腹のところに蚊がついておるわ」
「そこも見ておったか」
「何分灯りがあって助かった」
 化け物、いや獣達がせめてもの情にともてなしの為に点けた灯りが仇となったのであった。彼等にとってみれば因果なことであった。
「さもなければこう簡単には見られんかったわ」
「それで全て見抜いたか」
「我等のことを」
「事前に寺の周りも見ておいたしな」
 そこも見たうえでの言葉であったのだ。
「さて、どうする?」
「どうするだと」
「御主等の正体はわかった」
 獣達を見回して言う。
「正体を見破られれば化け物は危ういが」
「ふむ。確かに」
「それはその通りだ」
 彼等もそれはわかっている。しかしばれても表面上だけかも知れないがその態度は堂々としていた。ふてぶてしくさえある。
「殺すつもりか?拙僧を」
「殺すだと」
「そうじゃ。寺に残り、そして正体をばらされぬ為に。違うか」
「馬鹿なことを」
「そんなことはせぬぞ」
 だが獣達はその言葉には首を横に振る。あくまでそれはしないといった態度であった。
「我等は殺めることは好まぬ」
「例え畜生であってもな」
「畜生であってもか」
「それにだ」
 彼等はさらに言い加えるのだった。
「我等の正体を見破った程の賢人」
「害することは好まぬ」
「では。大人しく立ち去るというのか」
「致し方あるまい」
 獣達はその態度は堂々としたままであったが言葉は神妙なものであった。
「我等の正体を見抜かれた。それならば」
「大人しくこの寺を明け渡そう」
「左様か。それならばよいのだ」
 行間はまずはその言葉を受けた。だがもう一つ問題があった。
「しかし。これからどうするのだ」
「これから?」
「そう、これからだ」
 また獣達に対して述べた。
「これからどうするのか。寺には入られぬぞ」
「何、構わぬ」
「既に家はある」
 こう行間に答えるまでであった。
「元の場所がな」
「そこに戻るだけか」
「ただ。約束しておく」
 彼等はまた行間に対して言ってきた。
「我等はもう二度とこの寺には入らん」
「二度とか」
「左様、我等とて誇りがある」
「その誇りにおいて誓おう」
 こうまで言うのだった。
「二度とこの寺には足を踏み入れぬとな」
「今全員で誓おう。それでよいか」
「うむ、その誓い受けた」
 行間もまたその言葉を受けたのであった。受けた証に強く頷いてもみせた。
「では。その様にな」
「うむ。それでは御坊よ」
「この寺。存分に栄えさせるがいい」
 獣達はそこまで言って姿を消した。こうしてこの寺での怪異も化け物も全て消え去ってしまったのであった。 
 それから獣達は姿を現わすことはなく寺には平穏が戻った。行間はこの寺の住職となり以後寺を栄えさせることとなった。その話のはじまりにはこうしたことがあった。全てのはじまりには何かしらの出来事があるものであるがこの寺についても行間についても同じであるということだった。近江の古い話であり中々興味深い話であるのでここに記しておく。なお今もこの寺はある。しかしどの寺であるのかは覚えている者は少ないという。


化け物寺   完


                 2008・2・14
 
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