竜騎を駆る者
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3話 余興
「進軍止め。ここでしばらく休息とする」
合同訓練が行われる地に付き、麾下達に告げた。頭上には月が、淡く輝いている。四日目に入っていたが、まだ夜があける気配は無い。かなりの速さで辿り着いたが、脱落者等はおらず、皆ついてきていた。
一区切りがついたところで、麾下達の様子観察する。厳しい調練を施していたとはいえ、実際に強行軍を行ったのは初めてな為、皆は少し疲れている様に見えた。今回の行軍で、今後の課題が少し見えてきた。長躯の訓練をもう少し増やすべきかと考える。充分にとっているつもりであったが、思いの外、消耗が激しかったのである。やはり、軍全体が慣れない地形を駆け続けたため、何時も以上に気を張ってしまったのだろう。間道を通り最短距離を駆けたのだが、全てが全て、公道のように整備されていた訳でもない。疲れが出るのは当然なのである。これについての打開策は、ただ、経験を積むしかなかった。体力をつけ、平地以外を駆ける経験を積むのである。ソレにより、大分変わってくるだろう。
今回はレイムレス要塞の近くであるため、山道を行軍することが多く、新兵は平野以外にあまり慣れていない所為もあって、自分の想定以上の疲労感を兵士たちは感じているようだった。だからこそ、本来は使う予定では無かった、自身の所持する魔剣を用い発動させる補助魔法を使って負担を軽減したのだが、それでも疲労感は見て取れた。自分は、少しばかり麾下達を過大評価していたのかもしれない。厳しすぎるかもしれないが、そう思った。
「合同訓練が終わった後は、暫く山野を駆けましょうか」
そんな俺の内心を機敏に感じ取ったのか、副官のカイアスが端的に切りだした。
「それが良いと思う。騎乗時と徒歩、両方行おう」
「了解しました。将軍は参加されますか?」
「無論、出る。将である私が出ないなどと言ったら、兵士たちは不満に思うだろうからな」
「尤もです。では、共に」
そのままカイアスと、合同訓練が終わった後の段取りを簡単に話しておく。まだ、合同訓練をしていないが、既に課題が見えていた為、決めたのである。とはいえ、合同訓練をした後にも課題は見えるだろうから、大雑把にしか決めない。今は、それだけでよかった。
調練については、自分の麾下の事であり、決定権は自分にある。それ故、長々と煩わしい話を続ける必要はなく、即座に決定した。とは言え、それは意見を聞くべき副官が、元々俺の麾下であったカイアスであり、自分の事を熟知しているから成り立つのであって、ユン・ガソルに来た時に副官を新たにつけられていたら、こうはいかなかった思う。1を言えば10とまではいかないが、6ぐらいを理解するカイアスは、自分にとって間違いなく有能な副官であった。
「さて、お前も休むと良い」
「そうします。将軍は?」
「もう暫く、兵たちを眺めた後、少し休む」
「了解です。では、お先に失礼します」
カイアスと別れる。そのまま暫く野営地を歩き、愛馬の傍らに立ち、麾下達の様子を眺める。談笑する者、軽く走り体を落ち着ける者、寝転がる者、語り合う者、馬の世話をする者など、多種多様であった。疲れこそ見えるが、それ以上に皆、どこか生き生きしている。そう感じた。
以前、ノイアス元帥の下で指揮していた時は、このように穏やかな雰囲気ではなかった。皆、どこかピリピリしていたように思う。麾下達は皆、自身には親しみを持っていてくれていたが、ノイアス元帥はどこか嫌われていたように思う。あまり、民を顧みる人物では無かったのである。ギュランドロスを主とした今だからこそ、余計に痛感する。上に立つものとしての器が、ノイアスとギュランドロスでは大きく差が出ていたのである。
「……とは言え、私が言える事でもないか。ふふ、どう言い繕おうとこの身は所詮裏切者でしかなく、誇れるものでは無いのだ。それでも、そうだったとしても俺は――」
そこまで口にしたところで、言葉を飲み込む。言葉にしたところで、意味などない。寧ろ、より惨めな気分になる。そんな気がした。全ては自分の胸の内に秘めるべきであり、それは吐露して良い想いでは無いのである。そう思い、気付けば高ぶっていた感情を落ち着ける。
「……思えば止まらず駆けてきた。すこし、疲れたのかもしれないな」
弱音など、自分らしくなかった。麾下達が野営しているが、自分の周りに誰もいないからこそ、零れたのかもしれない。そう、思った。傍らに立つ愛馬が、じっと此方を見つめている。馬は人間が思うよりもずっと賢い。自分でも気落ちしていると解るのだ、心配させてしまったのかもしれない。そう思った。一度だけ、優しくその首筋を撫でる。すると、何処となく寂しそうに嘶いた。やはり、心配されているのかもしれない。そう、思った。
「私も休む。日が昇ったら、起こしてくれ」
「はっ」
見回りをしていた麾下の一人を呼び止め、声をかけ告げた。疲れているから、らしくは無いのだろう。そう思い体を休める事にした。
「エル姉。そろそろ、みんなの訓練に行ってくるね」
「もう、そんな時間ですか。解りました、お願いします。私も時間を見て顔を出しますので、暫くお願いします」
「はいはい。じゃあ、頑張ってくるね!」
レイムレス要塞政務室。日が昇り、既にそれなりの時間が経ち、兵士たちが動き出すには丁度良さそうな頃合いを見て、パティルナがエルミナに声をかけた。朝食をとり、少しばかり時間を置いた後であったため、訓練をするには丁度良かったのである。
「おう、なんだパティ、もう行くのか?」
「わっ、びっくりした。もう、驚かせないでよ、ギュランドロス様」
エルミナに声をかけたから、あとは自分が向かうだけだと思いパティルナが扉に手をかけたところで、扉が開いた。勢いのままぶつかりそうになったのを何とかこらえ、扉を開けた人間に文句を言う。彼女の特徴的な主は、すぐに解るのである。
「いや、すまんすまん。悪気は無かったんだ、許してくれ」
「まあ、別に怒ってないけど、せめてノック位はして欲しいな」
「ああ、悪い。面白い事があったから、気が急いちまったんだ」
「面白い事?」
僅かに不満そうなパティルナに、ギュランドロスはすまんすまんと大らかに笑う。その様は、いつも通りであるのだが、すこぶる機嫌が良さそうに見える。にやにやと笑みを隠しきれておらず、若干挙動不審である。パティルナは、そんなギュランドロスの様子に不思議そうにしながらも聞き返した。
「ふっふっふ、聞きたいか?」
「まぁ、気になるしね」
勿体ぶるギュランドロスに、若干めんどくさくなりつつも、促す。
「ならば耳の穴をかっぽじって、よく聞くと良い!」
「ギュランドロス様、そう言うの良いから早く」
「ああ、もう! さっきからギュランドロス様、うるさいです! 静かにしてください」
「お、おう、すまん」
ある程度勿体ぶったところで満足したのか、漸く言葉を続けようとしたところで、ついにエルミナが切れた。何時も五月蠅いくらいのギュランドロスである。何やらテンションが上がっていたため、余計に騒がしく、最初は無視して仕事に励んでいたエルミナであるが、ついに我慢できなくなったと言う事だった。少しばかり顔を赤く染め、一気に捲し立てる。余程、イライラしていたらしく、その剣幕にさしものギュランドロスも少しばかり声を落とす。
「それで、何があったんですか?」
少しばかり静かになったギュランドロスに満足したところで、エルミナが続きを促す。なんだかんだ言って聞き耳は立てていたため、話自体には興味があったようだ。
「いやな、来た」
「は? 何がですか?」
「何がってそりゃお前、このタイミングならあいつに決まってるだろう」
「あいつじゃわかりません。名前を言ってください」
またもや勿体付けるギュランドロス。先ほどはエルミナの一喝に出鼻を挫かれたが、もう一度やり直そうと言う魂胆である。そんなギュランドロスに、エルミナは端的に切り返す。根が真面目な為、遊び心には疎いのである。
「ふっふっふ、それは――」
「ああ、噂のユイン・シルヴェストが到着したんだ」
「ほんとうですか?!」
ギュランドロスが今度こそ言い放とうとした瞬間、パティルナが思いついたかのように言った。それに、エルミナは目を見開き、驚く。彼女の中では、到着はまだ先と見当をつけていたのである。
「ちょ、おま!? パティ、一番良いところをもっていくな!」
「いや、だってそこまで言ったら予想できるし」
「なんだと!? だとしても、言わないでおくのが人情ってもんだろう。ちくしょう」
一番良いところをパティルナに持っていかれたことに、ギュランドロスは猛然と抗議する。普段は豪放磊落であり細かい事は気にしないのだが、こう言う事に関しては拘りがあるらしく、少しばかり口を荒げた。そんなギュランドロスに、にやにやと笑いながらパティルナはさらりと言い返す。そんな自分の三銃士に衝撃を受けつつも、ギュランドロスは言うしかなかった。空気を読め、と。
「……ッ」
そんな二人の愉快なやり取りなど耳に入っていないかのように、エルミナは思考を続ける。果たして、自分ならば期日通りに辿り着けただろうか、と。ユイン・シルヴェストが率いてきたのは、騎兵であった。道程としては騎兵で普通に行軍して七日程度の距離に位置し、その場所から、通達を受けた時点で四日で辿り着く。
「騎兵を率いれば、やれない事は無い筈……」
呟いた。四日であるが、十分に訓練を施した騎兵を率いれば、エルミナも辿り着く自信はあった。昼夜を問わず駆け通し、数人の部下を奪落させても良いと言う条件ならば、やれる。それは事実であった。エルミナ自身は、ギュランドロスが騎兵を指揮する都合から、どちらかと言えば歩兵を指揮するほうが慣れているのだが、騎兵ができないと言う訳では無い。三銃士として恥ずかしくない程度に熟知はしているし、自負もあった。だからこそ驚いているのだ。
新兵を率いて、四日で到着した事に。
ユイン・シルヴェストの部下である騎馬隊は、ほぼ全てが新兵であり、数人だけ虜囚であった直属の部下を連れていると言った感じである。これまで訓練を施してはいるだろうが、まだひと月にも満たない程度の訓練しかできていないはずであった。通常の訓練度合いで考えれば、騎馬隊のような動きができる部隊、でしかない。
騎馬隊の行軍と言うのは速そうなイメージを持つだろうが、実際に集団で駆けるとなると相当難しい。まず、歩兵と違い足並みが揃わないのだ。兵士たちが騎乗する馬を巧みに操れないと、一定の速さで、一定間隔を保ったまま走ると言う事が、まずできないのだ。そのような状態で一斉に駆ければ、思い思いに駆ける騎兵同士がぶつかり合い、阿鼻叫喚の様相晒すのは想像に難くない。仮に隊列を組むことができたとしても、一番もたつく者の速度に合す事になる。つまり、錬度を上げなければ速度は出ないのである。相当な訓練を受けなければ、行軍するのも儘ならない。それが騎馬隊の行軍であった。
仮に、駆ける事が出来たとしても、昼夜を問わない行軍をする事で、ようやくたどり着けるのである。昼間は良いが、夜間の行軍もある。夜は見通しが悪く、視界が狭まる。どうしても昼間より行軍が難しくなるのだ。それを踏まえたうえで、ひと月程度の訓練しか受けていない新兵を率い、期日通りに辿り着けるのだろうか。切実な、疑問であった。
だからこそ、エルミナは考え続ける。自分に同じ事ができるだろうか、と。
「……本当に新兵のみを伴って来たと言うのならば、見事と言うしかありませんね」
絞り出すように呟いた。結果だけ見れば、見事としか言えないものである。おおよそ、新兵の動きとは思えないのである。だからこそ、勘ぐってしまう。本当に騎馬隊の力で来たのだろうか、と。ユイン・シルヴェストは先の戦いで自身の左腕を失っており、また全身に深い傷を負っていたのだ。その傷もかなり回復したようだが、全快する前に部隊の指揮を執り始めたと言う。失った左手は、主であるギュランドロスが義手を用意することで補う事が出来たようだが、それでも日常生活に支障をきたす事が多いだろうと予想できた。エルミナは自分を同じ立場に置き換えて考えてみる。
本当にそんな状態でこれほどまでの成果を上げる事が可能なのだろうか?
試すつもりで、無理な日程を通告した。別に遅れてこようと、責めるつもりは無かった。初めから無理な日程を組んだのである。7日につく事が出来たのならば、むしろ褒める心算ですらあった。新兵が通常の騎馬隊の速度で進む事ができたのなら十分すぎる成果と言えたのである。悪いのは自分であるからこそ、後に誠意をこめて謝罪するつもりで、その日程を下した。
そんなエルミナの思惑の上をいき、ユインはそれ以上の成果を出してきた。それも、見事だと感嘆すら覚えるほどの。だからこそ、どうしても勘ぐってしまう。何か、不正を行ったのではないだろうか、と。
「はぁ……。私は、自分がこんなにも嫌な女だとは思いませんでした……」
エルミナはしばらく考え続けたところで、溜息を吐いた。解っている事はユイン・シルヴェストの部隊が類を見ない速さで辿り着いたと言う事であり、それ以上でも以下でもなかった。それなのにエルミナは相手がメルキアの降将と言うだけで、悪い方にばかり邪推してしまっていた。幾らメルキアを認める事が出来ないとは言え、仕事に私情を挟んででしまった自分が嫌になったのだ。
「ん? 何か言ったか、エルミナ?」
「どうかしたの、エル姉?」
「いえ、何でもありません」
そんなエルミナの呟きに、言い合っていた二人が不思議そうな顔をする。喧嘩しててもどこか息の合う二人に、エルミナは苦笑を漏らした。
「実際目にすれば、解る事です」
合同訓練が始まれば、実力かそうで無いかは嫌でも解る事なのである。そう呟き、エルミナは仕事に戻った。
「よう、ユイン。かなり早い到着だな。正直驚いたぜ」
「それは良かった。此方としても、趣向を凝らした甲斐があります」
強行軍で辿り着いた訓練予定地に、簡素な野営地を作り、調練の準備をしていた。まだ合同訓練には一日の猶予があったため、山岳地帯を駆ける調練と同時に訓練地帯の地形に兵たちを慣らしておこうと思ったのだ。 そんな時に、王が現れた。傍らに小柄な少女を侍らしている。赤を基調とした軍服を身に纏い、腰に特徴的な武器を駆ける、溌剌とした少女である。王の傍で腕を組む少女は、どこか此方を値踏みするように見つめており、俺に興味津々と言った感じである。
王が他の護衛も傍に付けずに少女と二人でいると言う時点で、並の人物では無いのだろうと予想はできているのだが、この視線はイマイチ良く解らない。
「はっは。いいねぇ、お前のそう言うところ。俺の好きそうな事を心得ていて、気分が良いぜ」
「それは何より」
くくく、と喉を鳴らし笑う主に、相槌を打つ。どうにも、傍らに立つ少女が気になるのだ。主であるギュランドロス様とは違った意味で、どこか非凡な少女だと感じた。
「へぇ、あんたが噂のユイン・シルヴェストか。ほむほむ。ギュランドロス様の前って事もあるけど、全然隙が無いや。相当な使い手と見た!」
「だっはっは。そりゃそうだろ、パティ。此奴は俺様自慢のユン・ガソル軍の精鋭を、あろう事か奇襲して横っ腹をぶち抜いた男だぞ。それも、寡兵であるにも関わらず、だ。もし指揮していたのが俺以外の並の将なら、きっと討たれ全軍潰走していた。それ程の男だぞ。弱い訳がないだろう」
「うーん。そう聞くと確かに物凄いかも。けど、そんなに凄いなら、なんでこれまで名前が知れ渡ってなかったんだろう」
「そりゃ、お前、あれだ。俺が知るわけないだろう」
「うう、ギュランドロス様に聞いたあたしが馬鹿だった」
「何だとこの野郎っ」
口を開くと、見た目通り溌剌な少女であった。何と答えようかと一瞬考え込んだところで、王が会話に加わり、二人で話し出す。何というか、会話に入る余地が無かった。仕方がないので、その会話に耳を傾ける。少女は王とかなり親しいようで、ただの主従とは思えないほど、ギュランドロス様に信頼されているのが理解できた。
「ふむ、三銃士の一角か。成程、たしかに普通とは違う」
呟いた。王が少女をパティと愛称で呼んだ。彼女をたった一人付けた状態でここまで来たと言う事から、かなりの人物と想像できたし、そういう条件でパティと呼ばれそうな人物は一人しか思い浮かばなかった。ユン・ガソルの三銃士、パティルナ・シンクである。恐らくそうではないかと、見当をつける。
尤もそれが解ったところで、やる事もないので、少女の様子を観察していた。王と談笑する姿に隙はそれなりにある。ありはするのだが、仕掛ければ痛い目に合う。そう言う類のものである。
要するに自然体に構えているのであった。だからこそすぐに解った。少女は並の者とはどこか違う。それが三銃士たる所以なのだろう。そう思った。
「うう、流石のあたしもそう見つめられたら、照れちゃうな」
「これは失礼。見慣れない方だったため、つい眺めてしまいました」
「おう、なんだ、ユイン。パティが好みなのか?」
流石に此方の視線には気付いているのか、そう言った。恥ずかしいと言いつつも、特に照れている様子はも無い。将軍と言うのは見られるのが普通なので、じろじろ見られたとしても特に何もないのだろうが、とりあえずは口にしたと言う事だろうか。
「またまた、ご冗談を。私如きが、王と対等に話す程の方にそのような気持ちを抱くなど、恐れ多い事です」
「あれ、何だろう。褒められているはずなのに、まったくそんな気がしない。……はっ、そうか、ギュランドロス様と同レベルだって言われてるからか!」
「と言うか、いきなり卑屈になるな、ユイン。似合わんぞ。そしてパティ、ちょっとどういう意味か小一時間程問い詰めてやろう」
俺の言葉に、少女はどこか釈然としないように考え、やがて意図していた結論に辿り着たのか手をぽんっと叩きそう口にした。自分がギュランドロス二号だと言われれば、流石に思うところがあるのだろう。人間として型破りな主である。それと同格と言われるのはいろんな意味で複雑なのだろう。
「っと、そういえば紹介が遅れたなこいつは」
「三銃士が一角、パティルナ・シンク様でしょう?」
「ええっ、何でわかったの?」
「そうだ、なんで解った!?」
「いや、結構推測できる要素がありましたので」
王の言葉に、状況から推測した事を述べる。尤も、このような事は三銃士の知名度を考えれば誰でもわかりそうな事なので驚くほどの事では無い。……と思っていたのだが、何やら二人して悔しそうに驚いている。自分を驚かせようとでもしたのだろうか? 二人の様子から、そんな事を思った。……、普通にやりそうである。
「それで王よ、三銃士を伴ってまで、私に何か御用ですか?」
「いや、特に要は無いぞ」
「……む?」
どうせこの主の事である、何かあるのだろうと予測し尋ねてみる。が、違った。特に来た理由は無い、と笑いながら告げられた。
正直、意表を突かれた。言うならば、思考の隙を突かれたように、数舜固まっていた。
「はっは。なぁ、ユイン。用がなけりゃ、配下の様子を見に着ちゃいけないのか?」
「そのような事はありません」
「だろう? なら、良いじゃねぇか。楽しく行こうぜ、おい」
「うんうん。楽しいのは良い事だよ、ユイン。まぁ、ギュランドロス様の場合は、自分がまず楽しくないとだめだけどね」
「おい、パティ。なんとなく貶されているように思うのは、気のせいか?」
「にひひ、きのせーだよ」
ならば、何をしに来たのだ。そう問おうと思ったのだが、その前にまた王とパティルナ様が楽しそうに会話を広げていく。何が言いたいのだろうか。考えるが、特に何も思い当たらなかった。仕方なく、楽しそうに語り合う二人を眺めていた。
「なぁ、ユイン。お前は今、楽しいか?」
「……どうでしょう。考えた事もありませんでした」
唐突に、王が此方を見た。質問の意味は解るが、意図が解らなかった。
「そうか、まぁそうだろうな。ユン・ガソルに来たお前は、只々部下の訓練に明け暮れていたと聞いている。それが悪いとは言わないが、お前は今を楽しむことができているのか?」
「……」
「答えられんか。まぁ、今はそれでもかまわん。だが、俺の部下である以上、いつかは満足できる解答を探し出しといてくれよな」
「解りました」
何故か、飲まれた。王はただ、俺に楽しいかと聞いただけなのだが、返す言葉が見つからなかった。ソレに、少しばかり驚く。訓練を施し、麾下が強くなることは純粋に嬉しく、充実した日々が送れていたと思う。だが、王が言うように楽しめていただろうか? 答えが出てくる事は、無い。
「あーあ、ギュランドロス様。それじゃだめだよ、解り辛いって。もっとシンプルに言わなきゃ。ユインは元メルキア軍人だから、いろんな葛藤があるだろうし、心無い事を言われる事だってきっとたくさんあると思うな。だから、ギュランドロス様は心配してるんだよ。ユインがウチで楽しくやれるのかな、ってさ」
「おま、パティ! さっきも似たような事を言ったが、そう言う事は解ってても言うんじゃねぇ!」
「えー、良いじゃん。別に何も減ったりしないんだし」
「減るんだよ、なんかこう、大事な何かが!」
三度、二人で騒ぎ出す。声を荒げるギュランドロス様にパテルナ様は、果敢に応戦する。その様子は、控えめに見ても仲が良く思え、どこか温かく感じた。苦笑する。真剣に考えた自分が、酷く滑稽だった。
「ふふ、お二人は、本当に仲がよろしい様だ」
「おう、なんたって俺様自慢の三銃士の一人だからな」
「そうそう。あたしたちがいないと、ギュランドロス様はダメダメだからね」
「何だとこの野郎!?」
本当に仲がよろしい様だ。そう、思った。バカらしいことで言い争う二人を見ていると、自然と自分も笑みを浮かべていることに気付く。あまり笑う事が無くなっていたのかもしれない。振り返ってみると、そう感じた。王や三銃士に気を遣わせるとは、自分もまだまだである。終始楽しそうに言い争う二人を眺めつつ、そう思った。久しぶりに、楽しいひと時を過ごした気がする。そんな気がした。
「そろそろ、兵の調練を行おうと思います」
「そうか、邪魔して悪かったな」
「いえ、私としても楽しい時間を過ごさせていただけたので、感謝する事はあっても邪魔などとは」
「はっは。それなら俺も安心できるぜ」
「いや、ギュランドロス様。ものすっごく、気を使われているだけだからね」
楽しい時間と言うのは、長くは続かない。流石に麾下達を待たせすぎているため、切り上げる。
「しかし、今日着いたばかりだろう? かなりの強行軍だっただろうし、半日ぐらい休めばどうだ?」
「いえ、それにはおよびません。この程度でへこたれる様な者は、我が麾下にはおりませんので」
麾下達を見てそう言うギュランドロス様に、静かに告げた。確かに疲労はあるが、実戦となれば疲れていようが戦わなければいけない。故に、どんな状態でも関係ないのである。何より、昼夜を問わない強行軍でここまで来たのである。夜、ゆっくりと眠れるだけでも充分すぎると思った。
「うーん。すっごい自信だね。常在戦場ってやつ?」
「そう言う事です」
パテルナ様が、その整った顔に不敵な笑みを浮かべ言った。目つきは、僅かに鋭くなっている。
彼女はユン・ガソルの兵士たちにとって、出れば戦局を動かす程の、いわば戦の象徴ともいえる人物であった。その腕には相当の自負を持っているのだろう。それはすでに解っていた。
「なら、あたしとやりあってみる?」
だからこそ、そう言われても特に慌てる事は無かった。
「本気でやりたいと言うのならば、何も言わずに仕掛けてくればよろしいのに」
仕掛けて来る様子の無いパティルナにそう返し、背を向け左手を軽く掲げた。
「なら、やるよ」
呟き。確かに聞こえた。刃、恐ろしい程の速さで向かってくるのが解った。当たればただでは済まない。聞こえてくる風切り音が、それ程のものであると告げていた。
「ふふ、では、また明日会いましょう」
横目に、呟く。愛馬が駆けていた。風を上回るほどの速度で交差する。その手綱を取り、瞬時に飛び乗る。勢いを一切殺さず、駆け抜けた。首の辺りで結っている髪を投刃が掠め、数本宙に舞った。構わず駆ける。眼前には麾下達が整然と並んでいた。今は、あそこが俺の居るべき場所であった。
「むー避けられた。本気で当てる気は無かったけど、やられたー」
「おう、頑張れよー」
背後から王の激励が聞こえた。一連のやり取りを見た筈なのだが平然と見送る我が王に、思わず苦笑が漏れた。
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