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White Clover

作者:フィオ
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異端審問官との決別Ⅲ

奇妙に揺らめくヴラドの触手。

好きに斬りかかってこいと言わんばかりにヴラドは腕を組み、余裕の表情を浮かべている。

「どうした。そうしているうちに儂が自然と倒せるとでも思っているのか?」

その様なことを思う筈もなく、しかし彼の挑発に乗る気もない。

絶対的な物量。
まともに相手をしたところで結果は目に見えている。

そう、まともに相手をしたならば。

私は駆け出した。
ヴラドへと向かい真っ直ぐと。

「ほう」

私の動きに反応し一斉に攻撃を開始する触手。

無駄に相手をする必要はない。

剣を一振り二振り。
危険な一撃のみ切り払い、他は避け、ただヴラドへと突き進む。

そう、あくまでも触手は彼の魔術。

全てを殲滅する必要などないのだ。

狙うは、ヴラドただ一人。

「死地は越えてきているようだ」

ついに、ヴラドへと刃の届く位置へと詰め寄る。

振り下ろす斬撃。

だが、目前まで刃が迫ろうと彼は余裕の表情のまま笑みを止めない。

「だが、遅い」

重く鈍い衝撃と腕のしびれ。

剣は側面よりの触手の一撃で吹き飛ばされ床を滑って行く。

「人の限界だ」

ブラドの手のひらが腹部に押し当てられたかと思ったと同時に、私の身体は一気に彼から遠ざかる。

何が起きたのか理解できなかった。

彼は再び腕を組み、私へと余裕の笑みを見せている。

「経験、小細工、意思。その様なものが通じるのはあくまでも主と同格の存在にのみだ」

ヴラドの言葉と共に消え去る触手。

代わりに、彼の背後に漆黒の翼が現れる。

「圧倒的な力を前に人は無力。いかに優れた知識も剣術も等しく無価値」

ばさりと翼が羽ばたかれると、無数の羽毛が宙へと舞う。

「ヴラド=ツェペシュと儂を呼ぶものがいる」

両腕を広げるヴラド。

「しかし、それは儂の名前ではない。ツェペシュ…それは串刺し公」

ヴラドの腕に従うかのように、一斉に羽毛は私へとその照準を定めた。

「なぜ、そう呼ばれるか…その身をもって教えてやろう」

羽毛がそれぞれ一本の槍へと形を変え、私へと一直線に襲いかかる。

紙一重、それらを避けるもそれでは終わらない。

狙いを外した槍は私を追撃し避けた先へと次々と追撃を行う。

まずい―――。

避けきれるはずもなかった。

彼のいう通りだ。
人間には限界がある。

全てを常に正確に、判断できる能力は持ち合わせていない。

しかし、それが異端者との戦いでは命取りになるのだ。

そう実感したのは、私の脇腹と腕を槍が貫き、吹き飛ばされた右腕を目にした瞬間だった。

ぐっ―――。

想像を絶する痛み。
ぼとりと床へと落ちる私の腕。

まるで悪夢を見ているかのようだった。

「馬鹿だとは思わぬか。腕を失い、命まで奪われようとしている」

膝をつく私にヴラドがゆっくりと歩み寄る。

「その様な目にあってまで、その小娘に尽くす理由はなんだ…贖罪か?馬鹿らしいことだ…そのような自己満は主の人生を棒に降るに相応しい理由だったのか?」

そう言った瞬間、ヴラドは自らの手で私のもう片方の腕を切り飛ばす。

断末魔が響き渡った。

私のだ。

人とはこれほどの声が出るものなのかというほどの、激しい断末魔。

最早出血で意識が飛びかけていた。

「答えよ」

「ヴラド様ッ、もう十分でしょう。このような事が何になるというのですかッ」

私を守るかのように立ちふさがるアルバート。

「何にもならぬ。この様な、不明確な覚悟の一人の人間に優秀な身体を与え同胞としたところで世界の何にもならぬのだ」

「ヴラド様…」

「故に答えよ。何故、小娘に付き従う。その小娘の行動で世界が滅びんとするそのとき本当に主は斬れるのか」

遠退く意識のなか、絞り出すように声を放つ。

私は、私が守れなかった大切な人間の大切だった彼女を守りたい―――。

だが…本当にその時が来たならば斬ろう―――。

しかし、わかりもしない未来の為に無意味に殺したりはしない―――。

それは、何になろうとも私は人間であり続けたいからだ―――。

「そうか」

冷ややかに見下ろすヴラドの深紅の瞳。
それが私の見た最後の光景だった。 
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