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古城の狼

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9部分:第九章


第九章

「おや、どうしました?」
 先程の獣医さんが声をかけてきた。
「いえ、ちょっと落し物が無いかと思いまして」
 僕はあえて臭い嘘をついた。ありたきりだが実は実際に腕時計を落としている。
「これですか?」
 獣医は腕時計を差し出した。僕のものであった。
「あ、これです」
 これで嘘をついていないことになった。偶然というか幸運であったが。
「ところで一つ気になることがあるのですが」
 獣医は表情を暗くして言った。
「何ですか?」
 僕はその様子に只ならぬものを感じていた。
「時計に毛が付いていたのですが」
「毛!?」
 何か得体の知れぬ不吉なものを感じた。
「これです」
 獣医はそう言うと僕にあるものを見せた。
 それはビニールの袋に入れられた金色の毛であった。
 短い。五、六センチ程であろうか。それは見たところ犬の毛に似ていた。
「死体にも同じ毛が付いていました」
「・・・・・・・・・」
「近くの木の下に落ちていたのですが。どう思われますか」
 獣医はそう言うと言葉を改めた。
「あっ、別に貴方を疑っているわけではありませんよ」
 そう取られることを懸念したようだ。
「これはどう考えても人が起こした事件ではありませんし。ただこの時計が見つかったのはついさっきのことです」
「さっき、ですか」
「はい。何かが動いたと思ったら」
「何かが、ですか」
 僕はそれを聞いてピン、とした。
 素人の僕ですらそうだったのである。警官である彼等は既に確信していた。
「どうやら木の上に隠れていたようですね。そして立ち去ろうとしたその時に持っていたこの時計を落としてしまった」
「そうなのですか」
「この時計は何処で落とされました?」
「何処でですか!?」
 その質問に僕は考え込んだ。
 言われてみると何処で落としたのだろう。よくわからない。気付いたのは村に入ってからであった。
「ええと・・・・・・」
 とんと見当がつかない。まずは起きてからの時を思い出してみる。
 朝起きて腕に時計を着けたか。記憶にない。
(あの時か!?)
 どうもそんな気がする。だがこれはありえない。
 何故城にある筈の時計が今ここに。それだけでも充分不可思議だ。
「思い出されましたか!?」
 獣医は尋ねてきた。
「その・・・・・・」
 僕は口籠もった。確証は無いしもあひあったとしてもこんな話誰も信じてはくれないだろう。
「どうもこの森みたいですね」
 僕は嘘をついた。そういうしかなかった。それに幾ら何でもありえないからだ。
「そうですか。では容疑者は貴方が落としたこの時計を拾ったようですね」
「はあ」
「そして現場から逃走する際に落とした。そう考えられます」
「そうですか」
 僕は警察の捜査というものはよくわからない。正直そうですか、とかはあ、とか答えるしかない。幾ら何でもドラマとは違うということ位わかる。
「申し訳ないですがこの時計は暫くお預かりします」
「やはり」
 これは予想していた。
「犯人捜査の重要な手懸かりですので。検査が済み次第すぐにお返しします」
「どうも」
「その間どうされます?よろしければ腕時計をお貸ししますが」
「いえいえ、いいです」
 流石にそれは図々しい。僕は断った。
「これがありますから」
 そう言って携帯電話を取り出した。そこにはタイマー機能もある。
「携帯電話ですか。それなら問題ありませんね」
 獣医はそれを見て微笑んだ。
「ええ。日本製ですよ」
「おや、奇遇だ。私のものもですよ」
 彼はそう言って自身の携帯を取り出した。
「今までは我が国のものを使っていたのですが評判がいいので。噂通りの性能ですね」
「そうでしょう。僕も好きですよ。色々と細かい機能もついていますし」
「人によってはそれが煩わしいと言いますけれどね」
「まあそれは人ぞれぞれです」
 携帯の話をして別れた。森を出た時は夕刻近くになっていた。
 夜の森は危険だ。人狼がいるならば尚更だ。僕は城に戻った。
「お帰りなさいませ」
 執事が出迎えた。そして僕を夕食に誘う。
「わかりました」
 僕は一旦部屋に戻り荷物を置きシャワーを浴びた後食堂に案内された。昨日と同じく主人が待っていた。
「グーテナハト」
 主人は微笑んで挨拶をしてくれた。僕はその微笑みを見てふと思った。
(やはりあの神父とは違うな)
 当然といえば当然であるがそれ以前に何か異質なものを感じる。
 何だろう、僕は考えた。やはり何処か生気が感じられないのだ。
 人はその身体にそれぞれの気というものを持っている。生きているという息吹である。
 それが全く感じられないのだ。まるで人形のようである。
 それはこの主人だけではない。執事や他の使用人達もである。まるで城全体が作り物のように感じられた。
 僕はようやくそれに気付いた。気付くとあまりにも不気味であった。
「どうかなされましたか?」
 主人はその無機質な声で僕に問うてきた。
「いえ、何も」
 僕はそれを打ち消す様に答えた。そしてテーブルに着いた。
 今日は羊料理だった。だが羊の匂いはあまりしない。
 
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