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古城の狼

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13部分:第十三章


第十三章

 そうこうしているうちに目が冴えてしまった。どうにも眠れないので起きて月の灯りを頼りに本を読んでいた。
「明日はしんどいだろうな」
 そう思いながらも本を読んでいく。こちらで買った娯楽小説だ。ファンタジーものである。
「そういえばこちらじゃファンタジーは我が国でいう時代劇みたいなものなのかな」
 僕はふとそう思った。しかしよく考えてみると東映等がよくやる我が国の時代劇は江戸時代が舞台だ。それに対してドイツやイギリスのファンタジーは大体中世を舞台にしている。時代が異なる。
「そうして類型化して考えるのはよくないな」
 僕は思い直した。そして本をそのまま読んで楽しむことにした。
「こうして読むほうが面白いな」
 僕はあらためてそう思った。読んでいるうちに夜が更けてきた。
 携帯の時計を見る。もう四時半になっている。
「少しだけでも寝ておくかな」
 明日も色々と歩き回る。やはり少しでも寝ておいたほうがいい。
 だがその時正門の方から音がした。
「?」
 部屋から出ず耳だけそちらに注意を向けた。誰か来たようだ。
「こんな時間にか!?」
 幾ら何でも異常だ。こんな時間に来るなんて有り得ない。
 しかしどうも違うようである。来たのではないようだ。
「お帰りなさいませ」
 あの執事の声がした。朝が早いとは思っていたがもう起きているとは。
 それにしても妙だと思った。お帰りなさいませ、とはどういう意味か。
 彼がそのような挨拶をするとすれば二人しかいない。この城の主人か奥方だ。しかし二人共この城にいる筈である。
「あの日本人は!?」
 奥方の声がした。どうも帰って来たのは奥方らしい。
「ではやはり部屋にはいなかったのか」
 僕は何故部屋から気配がしなかったかわかった。
 それにしても何故僕のことを聞くのか。これまたわけがわからない。
「もう戻っていますが」 
 執事が答える声がした。やはり僕のことについてだ。
「そう。森にいないと思ったら」
 何か言葉に棘がある。いや、棘ではない。
 言葉の中には何処か飢えがある。何かを欲しているような。
「まあ機会は幾らでもあるわ」
 奥方はそう言った。
「食事の用意をして。今日はたっぷりとね」
「かしこまりました」
 奥方はそう言うと正門を後にした。そして自分の部屋に戻っていった。
「夜の間何処かに出掛けていたようだな」
 僕はそう結論付けた。
「しかし何故だ」
 それが不思議だ。
「夜に散歩するにしても一晩中だとは妙だ」
 逢引、と邪推したが違う。大体主人公認の逢引というのもあるにはあるが毎日というわけにもいくまい。
 結局わけがわからない。それに彼女は今えらくお腹を空かしているようだ。
「夜の間何をしていたんだ」
 僕はそれについて考えた。そうしているうちに月が消え太陽が姿を現わしてきた。
「寝そびれたな」
 白くなっていく空とその光を見せはじめた太陽を見て呟いた。仕方なくほんの少しまどろむことにした。
「それでも少しは寝ておきたいな」
 そしてベッドに入り少し眠った。
 一時間程しただろうか。部屋の扉をノックする音がした。
「はい」
 僕はベッドから出て扉を開けた。
「お食事の時間です」
 執事だった。僕は彼に導かれ食堂へ向かった。
「お早うございます」
 見れば主人も奥方も僕を笑顔で迎えてくれる。こうして見ると先程の正門から聞こえた話が夢だったように思える。
「はい、お早うございます」
 僕はそれに応えた。そして席に着いた。
「今日は何処へ行かれるおつもりですか?」
 奥方は早速尋ねてきた。
「わかりませんね」
 僕ははにかんだ顔を作って答えた。
「あら、そうですの」
 奥方は素っ気無く言った。だがその表情に微かに見えるものがあった。
 それは舌打ちであった。整った美しい顔がその時一瞬だけ変わった。 
 醜くおぞましい顔であった。それはまるで血に餓えた獣のようであった。
「・・・・・・・・・」
 僕はそれを無言で見ていた。だが気付かれるのを怖れて主人の方へ顔を向けた。
 見れば主人は黙々と食事を採っている。その動きはやはり何処か無機質であった。
 
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