少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
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第十話:彼女等の正体
親父は言うまでも無く、やはり持病のギックリ腰らしく、しかもいつも以上の激痛で白目を向いていた。
余りにも酷いので、いつも通っている整体外科の先生を呼ぶ事となった。
予想外では済まないぐらいの異常事態だったのだ。自分の腰の事を忘れていても、何ら不思議では無いだろう。
俺は固まった様に感じた首に手を当て、立ち止まってから一度ゴキリと鳴らし、気持ち懲りがほぐれたのを確認すると、急な『来客』が坐している居間へと歩いて行く。
途中で喉の渇きを癒そうと台所によると、急須を持った楓子がいた。
「茶入れるのか?」
「うん! マリスたんへの愛情をたぁ~っぷり込めて!」
「……」
甘ったるくてバカっぽい声に苦い物を覚えながら、俺は水以外で飲めるものを探している際に見つけた牛乳と、驚く事に飲む事が出来たコーヒーを混ぜた、ビン入りの自作無糖コーヒー牛乳を冷蔵庫から三本取り出す。
……ちなみにココアも飲める。これに気がついた時はかなり驚いたもんだ。だから糖分にもよるが、ビターチョコレートも美味しく食べる事が出来た。
ミルクたっぷりやホワイトが駄目なのは試さずとも分かる。
既に沸かして濾した後だったらしく、湯呑二つと急須を載せたお盆を持った楓子も着いてくるが、その表情が何処となく怪しい。
……否、クソったれなぐらい気持ち悪い。
「何考えてる?」
「うふ……うぇへへへへへへ、アタシの淹れたお茶がマリスたんの唇に触れ唾液と絡まってぇ、口の中を蹂躙して喉へ侵入してぇ……ウヘヘ、胃に溶けてゆくゆくはぁマリスたんの一ぶひっ!!」
楓子はお盆を持ったまま、豚の様な奇天烈な叫び声を上げた。
言っておくが、これは楓子がいきなり何の意味もない豚の鳴き真似をした訳でも、“ブヒ” と言う言葉に存在する、一種の感情を込めて口にしたモノでもない。
俺がお盆の真下へ膝蹴りをかまし、楓子の顎に湯呑がクリーンヒットし、お茶が掛かったから出た声だ。
……何も無しは流石にどうかと思うので、『来客』には無糖のコーヒー牛乳でも渡そうと思う。
「げぼほ!? げほげほっやあゅちゅ!? ごは―――あちゅちゅいっ!!」
最早何を言っているのか、何が言いたいのかも分からない奇声を発し、楓子はお盆を放り出すと両手でそれぞれ顎を口を押さえて、廊下の上でのた打ち回る。
自分で起こしておいてなんだが、これをいい気味だと思った俺は、それなりに可笑しいだろうか?
「に、兄ちゃん……ぐふっ、そういうプレイは注意してくれてからじゃないと、楓子ちゃん準備できないん―――」
「……あ゛?」
「いえいえいえなんにも! なんでもありましぇん!」
世迷い事をほざく楓子を、ひと睨みで黙らせる。
もし唯嫌々受け流すだけの人物がいたのなら、黙ってこいつの『求愛』とやらを受け入れた結果、どんなおぞましい事態になるか想像できない人物だと俺は思う。
暴力は暴力、確かに正当性が確実にあるとは言えないが、単純な気持ち悪さや理不尽を受け入れぬ為にやっている。
そもそもうちのバカが、こうやって睨みを利かせたぐらいで改心出来る存在なら、脚や拳など飛んでいない。
妹である楓子の悪びれなさ、反省の度合いのいい加減さには、ほとほと呆れさせられる。
「お前……バレンタインチョコに、自分の髪の毛入れる質か」
「ギックゥ!? 何でわかったの……?」
先のお茶関連の台詞といい、今までの奇行といい、此処までヒント出されてわからいでか……。
「やっぱり食べなくて正解だった」
「え!? 食べてないの!? な、ならそのチョコレートどうしたの?」
「クラスの物欲しそうにしていた……湯川の奴にあげた」
「捨てられた方がマシだったぁあっ!!」
頭を抱えてヘッドバンギングを開始した楓子を無視し、俺は雑巾を取って来て床を拭く。こうなった原因は楓子でも、汚した犯人自体は俺であろうからだ。
……雑巾に髪の毛が一本付いていたのは、床に落ちた者が吹きとられたのだと、そう思いたい。
そして雑巾を置いた後、漸く痛みから解放された楓子を伴い居間に入ると、正座して待っている『来客』へと目を向けた。
そこに居るのだ。
数十分前に勘違いから軽いイザコザを起こした……殺戮の天使、マリシエルが。
俺達を襲わないと言質は取ったものの、それは同時に状況的に唯の口約束と言う事でもあり、余り過剰に警戒しても仕方ないが、一応心構えだけはしておいた方が良いだろう。
持って来た三本の内、まだそこまで冷えていない自作の無糖コーヒー牛乳をマリシエルの前に置き、彼女の隣に座ろうとする楓子の髪を引っ張って床に叩きつけ、引き摺って横に座らせた。
楓子がどちらに座ろうとも話を邪魔される可能性は大いにあるが、まだ自分の傍に座らせた方が止めやすい。
しかしその分、変質者を隣に置かねばならない……俺には苦難しか待っていないとは、一体どんな理不尽なのか。拷問だ新手の詐欺だと訴えたい気分になる。
「……有りがたくいただく」
言うが早いかビンの蓋を開け、マリシエルは一口飲む。と、僅かに眼が見開かれ、凄い勢いであっという間に飲み干してしまった。
そして、此方をジッと見つめて来る。その視線は、俺の側にある二つの便に注がれていると見て、間違いなさそうだ。
「お代わり、いるのか?」
「……いる」
「ほらよ」
楓子が妙な細工をした際に時間をかけぬようにと(実際馬鹿な事をしていたし)用意した三本であったが、結果的に功を奏したらしい。
にしても凄い勢いで飲み干していく。
自分が作っておいてなんだが、そんなに上手いのだろうか? 特別なモノなど何一つ入れていないし、製法も普通に混ぜるだけだと言うに。
まあ味の好みは人それぞれだ……『人』 かどうかはかなり怪しいが。
ふと、そこで彼女に対して気になる事が一つ浮かび、今度は一気にの不味半分残して机に置いたのを見計らい、質問する。
「マリシエル、でよかったか?」
「……マリスでいい」
「じゃあマリス、一つ質問する――― “鎌” はどうした?」
翼が自由に出し入れできる事は、先の戦闘モドキな小さい諍いで確認済みだ。
ひょっとすると、鎌もそういう仕様なのかもしれないが、念の為聞いておきたかった。
「……翼と同じ、邪魔な時は消せる」
便利なもんだ。折りたたむ、では無く完璧に消失させられるのだから。
「……あなた達の名前も聞いておきたい」
「俺は麟斗」
「私は楓子だよ! 楓子ちゃんもいいけど楓子たんとかでもいいし、メープルだともっと良いな」
「……?」
だから、初対面の奴に何故その馬鹿話が通用すると思っているのか。こいつの脳内ホントどうなってんだ?
大方自分の妄想から生まれたのだから、自分の話が分かって当然、とでも考えているのだろう。……相手が何者だったとしても、普通そんな思考へは行きつかねぇよ。
マリスの方はと言うと、案の定彼女の抱く機微など分かる筈も無く、無表情うのまま小首を傾げてやがる。
「楓子でいい。会話の返しで分からなけりゃ、基本俺に聞け」
「……わかった。よろしく麟斗、楓子」
素直に頷き、此方の名を呼び返したマリシエル。
やはりと言うべきか、話は通じそうだな。
「ハーイハイハイハイハイハーイ! 自己紹介も終わったし、私からラヴくてラヴ~いマリスたんへ質問があります!」
「……何?」
「マリスたんは本当に私のマリスたんなんですか! それとも私のマリスたんとは違うんですか! と言うかぶっちゃけ、どっちでも愛しのマリスたんに変わりはぷん!?」
手等で脳天をぶっ叩いて、中身に乏しく重要性も無い言葉を止めさせる。
また、質問(の様な何か)の意味が分からなかったらしく、マリスは再び小首を傾げていた。
そりゃそうだわな。
如何言う意味か分からないと此方へその眼を向けて来るが、生憎俺とてすぐ理解できる筈もない。
説明する為考えるのも少々苦しいが、仮にもしすぐ理解できたのなら、俺はもう手遅れの領域に足を踏み込んでいる事になるので、どっちにしろ頭が痛い。
「まずは、何が起こったのか、何故 “人の様な何か” が複数対現れたのか、そもそもお前らは何者なのか、それを説明して欲しい」
考える事を放棄し、俺は率直に気になっていた部分の内、重要だと思われる部分を抜き出して聞く。
「……私も、レクチャーしたいと思っていた」
「ああ、なら頼む」
正直言うと適当に会話内であしらって、すぐにでもここを追い出したい気持ちが無い訳でもない。
だがこいつ等を生み出したの一端を担ったのは楓子で、彼女は家族な為俺たちにも無関係とは言えず、オマケにもう五体も空の彼方へ飛び去ってしまっているし、現場に居合わせた以上何もせずにいるのは無責任だ。
止める事が出来る可能性があるのは、今超常の存在が此方側に付きかけている俺達だけだと言うのも、また変えられない事実なのだから。
「……一言で言えば、私は死神」
まずマリスが口にした一言に、質問との繋がりが見えず、俺は疑問を持つ。だが関係無い事柄では無かろうと、口を挟むことなく黙ったまま聞き続ける。
「……私の役目は、死を受け入れずに拒み、成仏できず現世にしがみつく魂―――幽霊を捕まえ、あの世へと送る事」
「無理矢理か」
「……そう」
『幽霊を捕まえ』と言っていたので、生きた者を捌いたり捕まえる権利は無いのだろうと推測できる。
「……死して尚彷徨う者はとても多い。私達の仕事は絶える事がない」
「まあ大往生なら兎も角、無念のまま亡くなったのなら、納得できそうにないが……」
「……中には何十年、更には何百年、私達から逃げ続けている魂もいる」
そこまで長々幽霊暮らしを続けて、希望を探し続けることの方が不毛にも感じられるが、もし死神にあの世へと送られたらどうなるかと考えれば……怖い事この上ないな、俺だって逃げる。
微かな希望が有るかもしれないのなら、往生際が悪かろうと百年以上逃げたくもなるか。
「死神って実在したんだね~……でもあたし、マリスたんはマリスたんなのかと思ってたんだけど?」
「……? …………麟斗」
「ちょっと待っててくれ」
マリスが若干ながら―――本当に気の所為かと思うぐらい眉をひそめた。
だがすまん、俺もこいつが言っている事が分からない。何が言いたいのか一から探らねばならないんだ。
マリスはマリスなのかと思っていた、と言うのをちゃんとした言葉に変えるのなら………………いや駄目だ、何も浮かんでこねえ。
一応楓子の方を向き、訴えかけてみる。
「……さっきのはどういう意味だ?」
「だから、マリスたんはマリスたん何だと私は思ってたけど、死神の話を聞いてマリスたんはマリスたんじゃなかったんだーって分かったの」
「……は?」
「だーかーらー! 此処に居るマリスたんは、マリスたんであってマリスたんじゃないの! 分からないの兄ちゃん?」
妹の発したこの説明を解読できる奴が居たら、俺は今為に溜めこんでいる小遣いを全額くれてやっても良い。
それぐらい意味が分からねえんだよ、楓子の言葉は。
マリスたんがマリスたんでマリスたんじゃない? それは一体何処で使用する暗号だ?
(……ノートか? ……! そうか!)
そうやって悶々としていたが、置いてあったノートを見たとき、漸く暗号の意味が解けた。
マリスであってマリスでは無い―――――つまり楓子は、マリシエルは自分の書いた設定がそのまま具現化したものだと思っていたのに、そうでは無く死神がマリシエルの姿を取って現れたのが、思っていた事と違う……と言う事を言いたかったのだ。
……おかしい……俺と楓子とマリスは、ちゃんと日本語で会話している筈だ。なのに何故通訳やら解読が必要な羽目に……?
頭を余計に重くしながら、俺はマリスへと言葉に含まれて真相を告げてやった。
「それで、殺戮の天使では無いと?」
「……この体は、肉体を持たない私が三次元化において存在する為に、体に纏った概念」
一瞬思考がフリーズしかけたが、マリスが先に語った死神の話を思い出し、結び付けてから何を言いたいかを理解する。
「幽霊を捕まえる存在なら、それと同等の存在だって事か。だがそのままだと此方へは触れられないから……」
「……そう、だから体を得た。もっと詳しく言うのなら、あなた達からは私達を見る事も声を聞く事も出来ないけど、私達からは見る事も聞く事も出来る……触れられないのには、変わりないけれど」
「なるなる! で、その体透けてたマリスたんは今、アタシのノートの設定を借りて体をゲットしたのね!」
「……そう……このノートに書かれた設定を借りて、あなた達と触れ合う事が出来る様になった」
此処まで聞き、俺はマリシエルがこの現世に降り立った理由が推測できた。寧ろ、ここまで聞いて分からなければ、話をよく聞いていない奴だと言う事にもなりそうだが。
「……けれども、元がどんな存在であったとしてもこのノートの設定を借りた以上、書いてある通りの力と姿を得て具現化した」
差し出すような形で構えられていたノートを受け取り中を見てみれば、俺の予想していた者以上のバカげた設定が所狭しと書かれている。
例えば『女神の聖天使・メープル』という、神なのかその使いなのかよく分からない奴の項には―――
“彼女には【超究覇王滅閃】という、天空より極大の光束を呼び寄せ、降り注がせた効果対象を消去する、東京タワーすら一瞬で消し飛ばす究極絶技がある”
―――等と平気で書かれている。
焦げていて読めない部分も多いが、《何が書かれているか》は分からずとも、《何かが書かれている》のは分かる。
だからこそ疑問に思ったのはメープルの強さだ。
コイツだけえらく色々書かれており、しかも能力の系統が一種類じゃあ無く、数少なく一部のみだが応用法まで書いてある。
しかも主人公なんだろコイツ、触りを見るに。……バランスを考えやがれ。
行き過ぎたメープルは勿論の事、彼女に劣るだけで他五人もえらく出鱈目な事が書かれており、詰る所ゴジラにヘドラ、キングギドラにビオランテ、デストロイアまで一辺に野へ放った様なもの。
文章で表せば何とも陳腐で、物語の中ならばどうぞご勝手にと言えるが、それが現実に現れてしまったとなると話は違う。
まだあの天使モドキであるメープルが何をたくらんでいるのかは窺い知れないが、最悪死神に追われて溜まりにたまった鬱憤を晴らすべくとしていた場合、死人がどれだけ出るのか想像もつかない。
そしてそんな威力では放たれてしまうと、まず此方では止めようがない……何ともキツい話だ。
「話は大体分かった……お前が顕現した理由は、あの五体を捕まえる事か。そうなるとあいつ等は死神じゃあ無く―――」
「……成仏出来ぬ魂……即ち幽霊」
「で、逃げ回っていたその五人が、概念を借りてこれ幸いと生き返ったか」
「……その通り」
まったく別の存在となってしまったのなら、正しくは生まれ変わったと言うべきか。
「……あなた達の単位で表すと七時五十分二十八秒。強い盲執と聖なる炎……相反する二つが混ざり合う気配を感じた。……その気配に釣られたのか、五人の少女が引き寄せられ、概念を借りてその身にまとい肉体とした」
マリスの子の説明で俺が提示した三つの事柄は解決し、同時に俺が突拍子もないと考えていた推測が、見事に当たってしまっていた事が分かった。
本当に当てずっぽうだったのだが、まさか真実に近い答えだったとは……世の中何が起こるか、分からないものだ。
「だが、幽霊は沢山居るんだったな? 何故そいつ等だけ転生出来た?」
「……距離的な近さの他に、心理的近さも最大の要因たる一つと考えられる」
「心理的……ああ、漫画やアニメを好んでいたと」
「……正解」
「要するに私のノートの素晴らしさを一番理解できたのが、その五人だったって訳だね!」
何が理由で上機嫌となったか、楓子は偉そうに踏ん反り返って鼻を鳴らす。
俺としては 「痛々しいオタク気質でアホ設定と相性が良かった」が正解だと思うが、態々口に出せば、コイツは俺への悪口から予想もしない方向へ話をそらさせる可能性が “大いに” 有る。
なので余計な心労を溜めぬ為にも、受け流せる台詞は放っておく事にして、ビンを開けて無糖コーヒー牛乳を飲む。
「でもさー、折角ノートの設定通りだーってのに、何でマリスたんはメープルたんじゃないの?」
「……? ………麟斗」
「ちょっと待ってろ」
またこいつは性懲りもなく意味不明なオリジナル言語を作り出す……いい加減理解されないと気付きやがれ。
楓子の発言に頭を痛くした俺は、頭を軽く振ってからノートの一番最初を見てみる。
そこには……まあ無駄な文章が多いので端折るが、極端にまとめると―――
『天界から逃げてきたマリシエルを含むほか五人の堕天使を追い、メープルも天界から降りてきて地上で《婚約者》をへて、堕天使達を倒すべく行動を開始する』
―――と言う内容であった。
「わかった……つまり楓子の考えた設定が具現化したのなら、追手側であるお前がメープルじゃ無ければおかしいんじゃないか? と言いたいんだコイツは」
「……ありがとう、麟斗。分かりやすい」
「私の説明ってそんなに分からないの!? 舞子ちゃんは分かってくれるのになんムグググゥ」
「黙ってろ」
口を押さえて一旦黙らせ、頭を押さえて姿勢を低くさせた。不毛な質問を続けさせる気など無い。
それに……舞子の奴だって、お前の言っていること “そのもの” を理解しているとは思えないけどな。
マリスはコクコクと頷き、次いで自分の中で出すべき言葉を選び、まとめているのか少し下を向いて、そこから数秒後頭を上げて、楓子の疑問を説明し出す。
「…………聖天使は設定上最強の概念。だから幽霊たちに先に取られてしまった」
「ああ、概念が魂を選んでいるんじゃあ無く、魂が概念を選んでいたのか……考えてみればそうだな」
「……だから、私には設定上最も弱い、殺戮の天使しか残っていなかった」
説明は終えたかマリスは俺の方を向く。
人形のように表情は全くないが、しかしその眼は決して虚ろでは無く、透明だと言う感想が真っ先に浮かぶ、不思議な眼だった。
そして先まで、自発的かそうでないかに関わらず喋ってくれていたのに、急に黙りこくってしまう。
楓子は《?》と小首を傾げていたが、俺は何を言いたいか理解した。
「設定上最弱ならばどの堕天使にも勝てない。聖天使なんか論外だな。そうなると役目を果たすどころか暴走も止められねえ」
「……だから、私には《婚約者》が必要。……なのに、何故か《婚約》出来ない」
心なしか恨めしげな目線を向けて来るマリスだが、そんな事俺に言われても分かる訳が無い。
だいたい《婚約》とは何なのか、する必要があるのは何故か、《婚約者》とはどういう存在かなど、俺は知らないのだ。
しかもその部分だけ丸々焦げていると来た。
……最悪にも程があるだろ。
「おっかしいなぁ……兄ちゃんだったら、仮《婚約》の条件は普通に満たしてる筈なんだけど……?」
「仮? 条件? それは何なんだ」
「……説明したら、《婚約》してくれる?」
「いや、するも何も出来ないんだろ?」
「……そうだった」
こんな時にドジっ子もかくやのオトボケをやらなくても良いだろうが。単に時間が無駄になるだけだってのに。
「……仮《婚約》は相手の望む、望まぬにかかわらず……契約させる側が心から決めれば、仮《婚約》は成立する」
「他にも、『《婚約者》は十代男子に限る』って書いてあるし、本《婚約》なら兎も角、仮の時点で兄ちゃんが《婚約》出来ない筈は無いんだけど……」
そこで俺だけが気がつく……《婚約》とやらが出来ない理由に。
恐らくその “十代に限る” と言う年齢制限は、『魂』の年齢の事に違いない。
普通に生まれて普通に生きてきたのならば俺は当てはまっていただろうが、残念ながら俺は普通に無まれてきたのではなく、意識をそのままに体を赤子まで戻されたような状態で生まれたのだ。
なら魂の年齢は前の二十二歳と、今の十五歳を合わせて三十七歳相当。とっくの昔に十代を通り越している計算になる。
詰まるところ、幾ら盲点を突こうが思考錯誤しようが、《婚約》は永劫出来ないと言う訳だ。
自分一人納得し、次の言葉を紡ぐべく俺は口を開こうとする。
しかし―――――
「……恐らく、もう一つの概念が邪魔をしている為だと、そう推測される」
「へっ?」
「何だと?」
俺のその憶測を、マリスのその言葉が外して来た。
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