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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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GGO編
  第198話 戦う勇気

 
前書き
~一言~


何とか早めに投稿ができて良かったです。凄く妙な時間帯ですが……。GGO編もそろそろ終盤戦、最後まで書き切ります!

 
 最後に、この二次小説を読んでくださって、本当にありがとうございます。
 これからも、どうかよろしくお願いします。

                                じーくw 

 

 その真剣な表情。そして、突然掴まれた肩。伝わる温もり。

 シノンはその1つ1つに、動揺を隠す事が出来ない。至近距離から見つめ合っている事もその要因の1つだ。決して目を逸らさずに 見つめているのだから。容姿を考えたら、普通であれば、こんな動悸がしたりしないだろう。だけど、彼の素顔が アバターを介して見せる気がしたのだ。だからこそ、頬が紅潮してしまうのだろう。

 だけど、シノンは 今は その感覚に浸る間は、無かった。

「シノン。……正直に答えてくれ」
「え、ええ」

 リュウキがシノンに訊いたから。

「――君は1人暮らしか?」
「う、うん。そうだけど」
「次だ。……鍵は? ……それと、ドアチェーンはかけているか?」
「いちおう、電子ロックだけじゃなくシリンダー錠も、掛けてあるけど……うちも初期型、旧式の電子錠。チェーンは……」

 シノンは、必死にこの世界にダイヴする前の事を思い返していた。

 簡単に片付けた部屋。そして 節約の為に消した部屋の灯り。……空調設備の設定時間。そして……、ドアのチェーンは……。

「……してない、かもしれない」

 そう、戸締りに関しては、しっかりと確認していると自信を持って言える。だが、そこまで厳重に掛けているか? ドアも二重にロックしているか? と訊かれれば、縦に振れなかった。

「そうか……」

 リュウキは、ゆっくりと頷くと、キリトを見た。

 キリトも、悟った様だった。判った上で、頷いていたから。

――……彼女を一番に考え無ければならない。……守らなければならないと言う事を。

「本当は、話したく無い事だった。……悪戯に不安を煽る様な事は、したくない事だった。……全て知らない内に、決着を付けるべきだった。……だが、死神も来ている以上は……。っ、でも……まだ オレは……迷って……」
「……良い。言って」

 リュウキの表情は、これまでに無い程、色濃い懸念が浮かんでいるのを感じた。シノンは、その表情を見て もう、その温もりさえ 感じられなくなる程、触覚ではなく視覚に情報収集が集中してしまっていた。


――……嫌だ。訊きたくない。その先は。


 シノンはそう思っていた。心の底では、既に自分も判っていたのかもしれない。ただ、言葉にされるのが、とてつもなく恐ろしかった。だけど、訊かずにはいられなかった。……矛盾しているのだが、どうしても。

 リュウキは、シノンの言葉を、そして 僅かに動いた顔を見て、言葉を紡いだ。

「あの時。……廃墟のスタジアム近くで、死銃は 麻痺したシノンを、撃とうとした。いや オレが割って入ったから、未遂に終わったが、間違いなく撃っていた。そして ロボット・ホースの上でも……」

 リュウキは、キリトの方を向いて、確認を取る。
 キリトは、頷いていた。間違いない、と言っているのだ。

「つまり、準備が完了している、と言う事なんだ」


――ジュンビ? じゅんび? ……準備?
                                          

 シノンの頭の中で、その単語の意味を必死に検索をかけた。普段であれば一秒にも満たない時間で出てくるであろう、その言葉の意味。だが、彼女の中では、まるで永久に感じる程に、時間がかかってしまっていたのだ。

 やがて、掠れた、殆ど声にならない声で、尋ねる。

「準備、……って、何の……」

 シノンの状態は、一目瞭然だった。かなり動揺をしている事、そして その先に何があるのかももう判っているであろう事も。
 だけど、ここまで来たら もう言わない訳にはいかない。

「……今。この瞬間に『現実世界の君の部屋に死銃と死神の共犯者が侵入して、大会中継画面で君があの銃に撃たれるのを待っている』――と言う可能性が高いんだ。……限りなく」

 落ち着かせる為に、気の利いた言い回し方など、思いつくはずも無い。どう言い繕っても、今もシノンの傍には、殺人鬼(・・・)がいる筈なんだ。そうでなければ説明がつかない事が多すぎる。逆に、そうであれば、今回の死銃の事件、その全てが繋がるのだ。


――……シノンは、告げられた言葉が意味を成す形となって意識に浸透する。


その長い時間は、体感時間は、先ほどの《準備》と言う単語を検索していた時間よりも、遥かに長い。すぅっ と周囲の光景が薄れていく。目の前でいる筈のリュウキの顔も消え失せる。

 そこは見慣れた自分の部屋だった。まるで、幻視の様に高い位置から、六畳の部屋を見下ろしていた。
                                            
 こまめに掃除機をかけているフローリング風のフロアタイルと淡い黄色のラグマット。小さな木製テーブル。西川の壁に面して、黒いライティングデスク、そして同じく黒いパイプベッドが並べられている。飾り気のないシーツも。全てが見慣れた光景。いつも見ている見てきているから。

 そして、明らかにいつもとは違う光景が見える(・・・)

 それは、自分が見下ろしていると言うのに、自分自身が、ベッドで横たわっている自分自身の姿が見える。トレーナーとショートパンツ姿で、無防備に横たわっている自分。額には、今の自分を縛っていると言っていい金属環で構成された機械(アミュスフィア)が装着されている。

 そして、何よりも違うのが、その傍にいる何か(・・)

 ひっそりと、まるで亡霊の様に自分の傍で佇んでいる。眠っている誌乃(じぶん)を覗き込んでいる。その姿までは見る事は出来ないが、間違いなく目に映っているのは、その右手に握られたモノ(・・)

 この世界では、悪夢の兵器(五十四式・黒星)。……現実世界では、曇ったガラスのシリンダー、そしてその先端から伸びる銀色の針――致死性の液体を満たしたもの。

                                                               
 そう、注射器。



 それを完全に認識した瞬間。シノンの中の世界が再び反転した。
                         
「い、いや、いや……っ」
                       
 シノンは、ぎしぎしと強ばった首を動かし、呻いた。そんな中でも、その針は、注射針だけは、はっきりと見えた。その先端から、液体が出ているのも。……自分を殺しうる液体が出ているのを。
                
「いやよっ……、そ、そんなの……っ」
                
 恐怖、どころではない。そんな生易しいものではない。激甚な拒否反応が身体中を駆け巡る。全身が震える。感覚がなくなっているのに、震える事は止められない。

 動く事も出来ない無力な自分の身体を、間近で見知らぬ人間が見ている。

 これまで、他人は敵だと決めつけ、他人との関わりを絶とうとしてきた誌乃。なのに、今、まさに今 誰かがそばに、いやそれだけじゃない。その凶器(注射器)を構え、突き刺す場所を探しているかもしれない。

 不意に喉の奥が塞がるような感覚とともに、呼吸が一切できなくなる。

「あ、ああ……っっ」

 この感覚は、あの時(・・・)と同じか、それ以上のものだった。
                                             
 



 あまりの恐怖から、時間が逆行して、また幻視が起こった。





――これ、は。


 空気を求めていた筈だったのに、その空気を必要としていた筈なのに、苦しい筈なのに、それをも 忘れて見入っていた。

 そこには、あの《死銃》がいた。……そこは 街の路地裏。

 いや、死銃だけじゃない。……あの女達(・・・・)も、一緒にいたんだ。

 その女達とは、《遠藤》 高校生活で、自身を孤立へと追いやった超本人だ。そしてその取り巻きの女達。かつて、自分が友だと思っていた相手だった。
 薄ら笑を浮かべている。まるで、悪魔の様な笑みだった。その笑みは伝染するかの様に他の2人も同じ様に笑っている。

 そんな中で、遠藤は銃を、兄から借りてきたと言う銃をこちら側に向けてきた。

 シノン(・・・)ではなく、誌乃(・・)である自分。それを見せられただけで、動けなくなってしまう。

 吐き気が、込み上げてくる。再び呼吸を思い出す。苦しみが再び全身を襲ってくる。だけど、どうする事も出来ない。立ち尽くしていた誌乃は、腰を抜かせた様に倒れ込んだ。

『あっ……あっ……』

 焦点が合わないのにも関わらず、遠藤達の顔ははっきりと見る事は出来る。

 そして、遠藤達を押しのけて……いや、彼女達がまるで仕えているかの様に、道を開けて。あの死銃が出てきた。
 
 その手には、黒星(ヘイシン)が握られて……。

『い、いやっ……いやぁぁっ……』

 涙が流れ出る。涙腺が崩壊してしまったかの様に、涙だけじゃない。涎も一緒に出てきてしまい、止める事が出来ない。胃酸が逆流し、喉が焼ける様に痛くなる。凡ゆる痛みが現実となって襲いかかってくるのだ。

『あさだぁ~……』

 この時、遠藤の幻視だけではなく、追い打ちをかける様に、その幻聴までもが聞えて来たのだ。

『そうさ。お前は死ぬんだよ……。あっははっ この銃でなぁ……。良い気味じゃねぇか』

 歪む顔。……邪悪に歪む顔で向けられる明確な殺意。それに反応して 死銃が銃を構えた。向けられた銃は、確実に額を狙っている。
 そう、あの時の男に、誌乃が男を打ち抜いた場所と全く同じ場所だった。

『………イッツ・ショウ・タイム。死銃伝説の、花と、散れ。……シノン』

 いつか訊いた声。

 死銃の声……、そして 向けられた銃口から、人を殺しうる弾丸が放たれる刹那。

――もう、ダメ。何も見えないし、何も感じない。……私は死ぬんだ。
 
 誌乃が、シノンが 全てを諦めてしまったその時だった。


――たった1人相手に、これだけの人数。感心しないな。


 声が、声が聞えてきたのだ。

『っ!』

 死銃は、驚き振り向こうとしたが。身体は押さえ付けられた。
 向けられた銃も、弾き飛ばされてしまい、その身体も同時に吹き飛ばした。遠藤達も、それは同様であり、抵抗している様だが、全く意味を成さず、そのまま 倒れ込んでしまっていた。

『……大丈夫、か?』
『ぁ……ぁぁ……っ』

 誌乃は、シノンは……この時、漸く思い出す事が出来た。

 そう あの時も、そして今も、()が また 助けてくれたんだ。

 でも、あの時は何も礼はできなかった。何も言う事が出来なかった。だから、今は……と誌乃は思っていたのだが、どうしても声が出なかった。少しも出なかった。負の連鎖、痛みが体中を這い回っているのだ。まるで、蛇の様に……。

『……落ち着け。大丈夫だ。シノン(・・・)
『っっ!!』

 誌乃は、シノンは 驚愕する。衰退しかけていた脳が急速に回転する。
『何故、彼は自分の名前を知っている?』 と。

 あの時は、確か 名前までは言っていなかった筈だった。《朝田》と言う名字しか。だけど、彼は続けた。

『そのまま、ゆっくり、ゆっくり。落ち着いて。……深く呼吸をするんだ。シノン』
『あっ……ぁ……っ』

 いつの間にか、彼は自分を包み込む様に 抱きしめてくれたのだ。


 光が、遠ざかる感覚がしていた身体に、まるで押しとどめてくれているかの様に、彼は強く自身の身体を抱きしめてくれた。


 そして、世界は再び一転する。



 次に目の前に映し出された光景。……そこは、薄暗い岩と砂で出来た洞窟内だった。

「頑張れ。……今は大丈夫だ。シノン オレが、オレ達が必ずアイツを倒す。そうすれば全てが終わる。……だけど、今自動切断するのが一番危険なんだ。奴らの顔を見てしまう可能性がある」

 耳元で、訊こえてくる声。決して 大きな声ではない。だけど、身体の中にまで、頭にまで響いてくるかの様だった。

 シノンは、失われていた感覚を取り戻す事が出来た。いつの間にか、自分の身体は リュウキの身体に包まれていた。

 アバターの大きさを考えれば、決して大きくないその身体だ。だけど、自分の全てを包んでくれているかの様な抱擁を感じた。

「あっ……あっ……」

 焦点が合わなかった眼も、やがて 揃っていく。動くようになった両手は、無我夢中でその温もりを求めて力を込める。そして その力に答える様に 彼の力も増す。しっかりと繋ぎ止めるように力が込められた。

「……死銃のあのハンドガン。黒星(ヘイシン)に撃たれるまで、そいつは何も出来ない。それがアイツ等が定めた制約だ。愚かな事だが、それでも それがあるからこそ、シノンは大丈夫なんだ。……だけど、心拍や体温異常、バイタルデータの異常値で 自動ログアウトをしてしまって、侵入者の顔を見てしまう事の方が危険なんだ。……だから、落ち着いてくれ」

 リュウキは、シノンの髪をゆっくりと撫でた。ゆっくり、ゆっくり、震えが収まる様に。

「で、でも……」

 シノンは、首を振った。

「こ、怖い……怖いよ……っ」

 それは、まるで子供の様に訴えていた。

 誌乃の幼少期は、子供らしい子供ではなかった。父親を、失った母は精神的に幼児化傾向に陥ってしまった。そんな母を見て、守らなければならないと強く思ってしまったからか、ここまで子供の様に甘える様な事は、これまでに殆ど無かった。……いや、全く無かったかもしれない。
 誌乃としての自我を持ち始めた年齢から 考えても……まるで記憶になかった。

「大丈夫だ。……シノンはもう、1人じゃないんだ。オレの手を取ってくれた。……そして、オレの震えだって止めてくれた。 オレが。……オレ達がついている」

 リュウキの言葉が、ゆっくりとシノンの身体に入ってくる。そして、その声と共にリュウキの鼓動も訊こえてくる。規則正しく刻むその鼓動を必死に耳を澄ませた。狂騒的なアグロで喚くシノンの心臓を、リュウキの穏やかささえ醸し出しているリュウキの心臓の鼓動でメトロノームのようにそっと宥めていくのだった。




 そんな光景を間近で目の当たりにしている者が勿論、リュウキ以外にもいる。

「(……オレ、今 空気だ………、ぜったい……)」

 直ぐ横で見ていたキリトは、決して口には出さないものの、何処かドラマチックさが出ているこの空気を感じ、まるで映画の中の世界にでも入り込んだ感覚がしていた。世の男であれば、なんとも羨ましささえ出るシチュエーションだと思えるだろう。見ていたのが、あの悪趣味な赤いバンダナをしている刀使いであれば、盛大に苦言を、そして地団駄を踏んでいる事だろう。
 だが、キリトはそうは思わない。……間違いなく自分の背後に目を光らせている女性の顔が目に浮かぶから、と言うのは野暮だ。

 その点 リュウキも同じ筈なのだが、性質が違う。
 所謂、下心が一切無い彼だから。だから いつもは彼女がヤキモチを妬いてしまう、と言うパターンしか無いのだ。……彼女にしてみればたまったもんじゃないと思われるが、その姿が本当に愛らしいのは 周知の事実だから 恒例行事となってしまっている感がある。

 ……と言うより、話を戻すが、間違いなく、自分はいてもいなくてもイイ様な感じ、殆ど空気だ。

 リュウキが、言っていた言葉『オレ達がついている』

 確かにその中の《達》は複数形だから、自分も含まれている。そのおかげで 客観的に見ていたこの世界を現実の者とすることができていた。


 シノンが我を忘れ、恐怖のあまり 強制ログアウトになりかけた時、キリトも慌てて止めようと、落ち着かせよう思った。大きな声で、叫ぶ様に言おうと思ったのだが、それはリュウキに制された。妄りに大声をあげる事は、確かに頭に響くかもしれないが、精神の安寧を得られるか? と言われれば必ずしもそうじゃない。

――……自身が震えている時に、その震えを止めてくれたのは、他者の温もりだった。

 キリト自身も、そのことはよく判っている。……あの世界で生まれた絆、最愛の人から教わったから。
 それはリュウキも重々であり、寧ろ誰よりも深い闇を背負っていた彼だからこそ、人と人とのつながりを殆どもたなかった彼だからこそ、深く心に刻みつけたのかもしれなかった。

 だからこそ、直ぐに行動にうつせたんだとキリトは思えた。男が女を抱きしめる事の難しさは、キリトもよく知っているから。

 やがて、シノンの激しい動悸が収まっていくかの様に、震えている身体が静まっていく。リュウキにも伝わっていた程の激しい震えが……なくなっていくのを、キリトも感じていた。

「(何にせよ……、これで安心だな。……ま、レイナも、今回ばかりは許してくれるって。拗ねたりは絶対すると思うけど。……って、見られてるわけじゃないから、それはないか」

 キリトは苦笑いをしながら そう思う。

 ただ、それは間違いなのである。
 



 キリトが色々と考えている間に、シノンの身体の震えは徐々にではあるが、収まっていくのを感じたリュウキは、後ろ髪を撫でるのをやめた。

「……落ち着いたか?」

 そのアバターからは、似つかわしくない低い声。それと同時に リュウキの身体が自分の身体から、離れていくのを感じたシノンは小さく首を振ると呟いた。

「もう少し、もう少しだけ…… このままでいて」
「判った」

 シノンの言葉を訊いて、なんの躊躇いもなく リュウキは 再びその華奢な身体、それはお互い様だが、 その身体で精一杯出来るだけ、シノンの事を包み込もうと抱きしめた。

 まだ、溶けきっていない氷の身体。その体の芯を徐々に、溶かしていく。狂おしい程、愛しさが沸き起こってくるシノン。それを感じながら、深く息を着くと、全身から力を抜いた。

 数十秒もそのままでいてから、シノンはぽつりと呟く。

「……リュウキの手、なんだか お母さんに似てる」
「ん? お母さん?」

 リュウキは、シノンの言葉を訊いて、若干戸惑いが生まれた。まだ、アバターの事を言っているのだろうか、と一瞬想ったが、それは即座に否定する。今、そんなことを言える様な状況じゃない事は判るから。

「温もり、か。……ふふ」
「……何かおかしかった?」
「いや……」

 シノンは、《お父さん》ではなく《お母さん》と言った事に、疑問を持たれたか? と思ったのだが、リュウキはただ、笑っていたのを訊いて、逆に問いかけていた。
 リュウキは、再び微笑むと、キリトの方に目を向けた。

「オレは、向こう(・・・)じゃ、キリトの息子、って事になってるんだがな、と思ってな」
「……む、息子っ??」
「は……?」

 突然の告白を受けて、思わず声が裏返ってしまうシノンと、そんな話の振られ方をして、戸惑いを見せるキリト。

「だから……、シノンの父親がキリトになるんじゃないか? ちょっとおかしいと思うが」
「……ちょっとどころじゃないじゃない。……はぁ。そうだった。出歯亀がいるの、忘れてた」

 軽く微笑みを浮かべてそう言うシノン。

 シノンは、当然ながら キリトがいる事は判っている。当初までの、キリトに対する想いのままであれば、ここで取り乱しの1つや2つはするだろう。だが、リュウキの事を知ったと同時に、キリトの事も知って 彼女の中でキリトに対する考えが変わったのだ。

「で、出歯亀って……、お、オレはそ、そんなつもりじゃ……」
「ふふ。……冗談よ」

 程よく力の抜けた声だった。シノンは、そのまま リュウキの胸に再び頬を押し付けて言う。

「――これから、どうしたらいいか、教えて」

 それを訊いたリュウキは、すっと 視線を細める。

「決まっている。……死銃と死神、アイツ等を この世界から叩き出す。……そうすれば 現実世界での共犯者も、何もできずに姿を消す筈だ。……それと、正直に、言っていいか? シノン」
「……うん」

 シノンは 頬をリュウキの胸にくっつけながら、頷く。リュウキはキリトの方を一瞬見た。キリトも頷いていて、意図は理解出来た様だった。

「シノンは、ここで待機していて欲しいんだ。あいつらは、オレ達が倒す。……なんの力も無い偽りの力を翳した連中は、オレ達が仕留める」
「……そうだな。オレ達の責任。義務でもあるんだ」

 リュウキの言葉に、キリトも頷いた。それを訊いてシノンはゆっくりと顔をあげる。

「本当に、大丈夫、なの? リュウキは……あの時 」 
「ああ。オレは撃たれてもなんとも無い、とはいかないな。少々HPが減ったくらいで 問題ない。……キリトも大丈夫だよな?」
「ああ。オレはエントリー時に名前も住所も書いてないし、それに そもそもオレは自宅からダイブしているわけじゃないんだ。直ぐ側に人もいる。だから大丈夫だ」

 その言葉を確認し、頷き合う2人。

「……正直な所、アイツ等は牢獄。……現実世界での 牢獄に叩き込んでやりたい気持ちが強い。だが、この世界で出来ることは限られているんだ。だから、ゲームのルール、この世界で出来ることをすべてして、アイツ等を倒すだけだ」
「でも…… 私は死神の力は見てないけど、あの片方、死銃の力はみた。あの《黒星(ヘイシン)》抜きにしても、かなりの腕だった。たった100mからの距離のへカートの弾丸を軽く避けた。……回避力を見たら、2人と同等かも知れない」

 シノンは不安を抱いていたんだ。

 確かに、リュウキ決闘スタイルとは言え、撃つ瞬間が大体把握出来るとは言え、僅か10mからの距離のへカートの弾丸を防いだ。それ自体ありえないと思える程の行為だが、死銃のそれもまた、別格だ。確かに弾道予測線(バレット・ライン)は見えていたと思われるが、それ(・・)が何時来るかは、はっきりとは判らないのだ。そして、『来た』と思ってからの回避では絶対的に遅すぎる。亜音速で迫るへカートの弾丸は 予測線があろうとも、近距離であれば、狙った獲物は即座に喰らい尽くしてしまうのだから。

 そして、キリトと共に行動をしている際にもそうだ。マシンガンの弾丸が嵐の様に吹き荒れる戦場で、剣だけで駆け抜けた。その弾丸を躱し、あまつさえは正確に叩き切ったのけたのだ。へカートⅡをキリトに撃ち込んだらどうなるのか。……当初は考えたくも無いことだったが、『斬られてしまう』と言う光景が鮮明に目の前で浮かんだのだ。
 リュウキが『反応速度はキリトに及ぶべくもない』と言っていたから、更にそう連想させたのだろう。

 
 リュウキは、シノンの言葉を訊いて、苦虫を噛み締めた表情をした。

「……確かに、な。アイツ等の事を舐めてる訳じゃない。……SAOの世界でも屈指の実力者だって言っていい連中だったから、な」
「同感だ。絶対の自信はオレも勿論持てないよ。……他に選択肢があるとしたら、出場者が4人になった所を見計らって、自爆する手もあると思うけど……」

 キリトは、チラリと時計を見た。シノンもリュウキも殆ど同時に時計の文字盤を覗き込む。

――午後9時40分――

 いつの間にか、9時30分の衛生スキャンもスルーしてしまっている様だった。この洞窟に逃れてから25分もの時間が経過した様だ。

「厳しい、な」

 リュウキがそう呟いて、シノンも首を左右に振る。

「うん。……多分、私もこのままここに隠れてはいられない。そろそろ、私達がこの砂漠の洞窟に隠れている事は、ほかのプレイヤー達も気付いている。洞窟はそんなに数が無いから。もう、いつグレネードで攻撃されてもおかしくない。寧ろ30分近くも無事だったのは随分運が良いわ」
「そうか……」

 キリトは唇を噛み締めた。外に関しては 打ち合せでは 見張りを付ける算段だったが、色々とあって、3人一緒になっている時間が長い。リュウキも時折、外の方を視て(・・)いる様だから、とりあえず、今直ぐどうにかなるとは思えないが、有効な手じゃなく、死路だと言う事は理解出来た。

「キリトとリュウキは、コンビを組んで、アイツ等と戦うつもり、だったんでしょ?」
「ああ」
「うん、そうだな」

 シノンは、それを訊いて ゆっくりと身体を起こした。

「そこに、私が加わる。……ここまで来たんだから。最後まで3人で戦う」
「だが、万が一にでも……」
「そうだよ。……もし、撃たれたら」
「あんなの、所詮は旧式のシングルアクションだわ」

 そんな言葉が自分の口から滑らかに発せられたことにシノンは内心少しばかり驚いていた。

 あの銃――《五十四式・黒星(ヘイシン)》は長いこと、誌乃を苛む凡ゆる恐怖の象徴だったはずだから。

 いや、おそれが消えた訳じゃない。それでもあの時に見た幻覚。……心の中の情景と言えるものを見た時から、彼女の中で 勇気が芽生えてきたのだ。立ち上がる勇気を。戦う事が出来る様にと ()からもらったから。


 そして、何よりもあの銃はゲームとしてのアイテムでは決して強力な武器ではない。レア武器であれば、シノンも見ている筈だから、ただの拳銃。実像以上に怯えていたら戦えるものも戦えなくなるのだ。

「それに、ここにはアサルトライフルを蹴散らした剣士と私のへカートを、ちゃちなナイフで弾いてくれた銃士がいるんだから。――仮に、私が撃たれたとしても、あなた達が守ってくれるんでしょ?」

 シノンは震えを押し殺してそう言ってのける。

 その勇気を見て、あらん限りの力を振り絞った彼女を見て2人は懸念と安堵がないまぜになった。

 心的外傷(トラウマ)と言うものは、安易に断ち切れるるものじゃない。その事を誰よりも2人は判っているからこそだ。

「ああ。勿論だ」
「決して君には撃たせない。全部弾くよ」

 だからこそ、キリトとリュウキの2人は、笑みを返す事が出来たのだ。

「だが、シノン、忘れてないか?」
「え?」

 リュウキの不意の言葉に 思わず気が抜けそうになってしまうシノン。うまい具合にまとまっていた時だったから。

「シノンは、狙撃手(スナイパー)だ。その真骨頂は 『敵に姿を見せず、存在を知られず、息を潜め、相手を穿つ事』だろう? じぃ…… シノンが戦った《彼》と色々と話したって言ってたし、大分学んだと思うが」
「っ……。こんな時に嫌な事を思い出させないでよ!」

 バツが悪そうに、シノンは拳を作ってリュウキに振るう。でも良い具合に緊張もほぐれている様だ。……恐怖心も。
 とりあえず説明すると、シノンは正面に立つのはスタイル的によくないと言う事だ。

「だから、こうしよう。キリトは 死銃を頼む。アイツは訊いた話じゃL115A3(サイレント・アサシン)を装備している。消音器(サプレッサー)標準装備なのがかなり面倒だが、キリトなら、いけるだろう?」
「それって……、オレが囮、って事か?」
「ああ。ぶっちゃけて言えばそうだ。囮って訊くと訊こえが悪いが…キリトは躱すんだ。絶対。相手にとったら、それこそ最悪の手だ。位置情報がバレるんだからな。そこで、シノンが撃つ」
「キリトが観測手(スポッター)をする、って事。……大胆な作戦ね、それ」
「大胆っていうか、人使いが荒いっていうか……。ま、任せてくれ。たまにはリュウキも無茶言う時だってある、って事だしな」
「オレは無茶だと思っていないんだけどな」
「はぁ……」

 シノンは、呆れるのと同時に、苦言を呈するものの、確かに見た。

 キリトは苦笑いをしているものの、その表情には何処か自信がある様にしている。そして、リュウキがキリトを見ている眼も、信頼で満ちているのを。

 シノンが 本当に、2人は 何年も何年も共に戦ってきた戦友同士だと言う事がよく理解出来た瞬間でもあった。期間にしたら、2年程だ。……でも、凝縮された時の中で共に戦ってきた間柄なのだから、そう見えるのだろう。
 
「それで良いわ。リュウキはどうするの?」

 役割が決まっていないリュウキの方へ2つの視線が当たる。それと同時にリュウキは答えた。

「オレは、とりあえず遊撃に回る。これが一番だろう」
「「は?」」

 リュウキの答えを訊き、キリトとシノンは殆ど同時にぽかんとした声を上げていたのだった。

  
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