ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第190話 ALOからGGOへ
~妖精の世界・ALO~
「ん~……、リュウキ君、なかなか映らないなぁ……」
「それを言ったらお兄ちゃんも、だよ」
薄いパープルにやや水色がかかったショートヘアーの少女と薄くグリーンがかかった金色のポニーテールの少女。レイナとリーファの2人は、映された画面を見ながらそう呟いていた。そして、隣越しで座っている少女シリカ、頭にフェザーリドラのピナを乗せており、ピナも話に加わる様に話を繋げた。
「ほんとですね。何だか、意外でした。 予選ではすっごく目立ってたらしいですし、お2人の事ですから、てっきり最初から飛ばしていく、って思ってたんですが」
ケットシー特有のその大きな三角の猫耳をぴょこぴょこ動かしながらそう言っていた。
と、その会話を聞いていたやや女性達からは離れた位置。バーカウンターに陣取っている男、クラインが口を開く。
「まー、アイツ等は、ってかキリトは虎視眈々とトップを狙ってる筈だぜ? 絶対。 あんまし 目立たないで数減ってから行動して……、んでもって頂上決戦! ってなノリでキリの字が龍の字に挑もうとか思ってんじゃないか? 龍の字は……、まぁ なんつーか色々と頭がキレる奴だし、猪口才なこと考えないで、どっしり構えてそうだ」
「うんうん、それありそうだねー。キリト君、リュウキ君に予選で負けちゃったから、きっとリベンジっ! って感じだと思うし」
「私は、パパもお兄さんも頑張って欲しいです」
「そうだね。ユイちゃん」
クラインの言葉に同調したのがレイナであり、そして ユイとアスナも加わった。
「でも、パパならそんな隠れたりしないで、きっとカメラに映る暇もない程一瞬で敵の後ろに回って、フイウチしまくりですっ! だからきっと映ってないんですよー!」
ユイは、キリトの活躍を早く見たいのだろうか、ハキハキとそう答えつつ、シャドーボクシングの様に左右の拳をつきだした。
「ははっ! それはありそうだね。しかも、これ銃のゲームなのに、剣とか使っちゃって! 予選でも使ってたみたいだしねー」
アスナの左隣で座っているリズが笑いながらそう言った。それにつられて、一瞬全員でその様子を想像。たちまち朗らかな笑い声が部屋の中に満ち、シリカの頭上でくるまっているピナもそれに反応し、耳をぴくぴくと動かした。
「んで、その黒の剣士、キリト様の速度を捉える事が出来るのが、すっごい眼を持った白銀の勇者様のリュウキ様だよねー? レイ?」
「あ、あははは……、も、もっちろんだよっ! でも、どっちも頑張って欲しいよねー」
「ん~ レイは旦那さんを応援しないでいいの?」
「も、もぅっ! リズさんっ、からかわないでよー!」
「はは、ごめんごめん」
これみよがしに、からかうリズ。レイナは恥ずかしそうに照れながらも、必死にそう返した。確かに、リュウキには勝ってほしいけれど、キリトの事だって大切な家族だ。……大切な姉の大切な人、そして ユイにとっては最愛のパパなのだから
「えっと、勝負の世界は非情、とも言いますよね?」
「えー……ユイちゃん……?」
突然、ユイの言葉を聴いてアスナがぎょっとしていた。ユイは、小さなナビゲートピクシーの状態だから、アスナの肩に座っている。
「勿論、私はパパにもお兄さんにも負けて欲しくないですが、勝負、ですからね」
どうやら、ユイはレイナの考えがしっかりとわかっている様でそう答えたみたいだ。ユイの意図が判った皆は頬を緩めた。
「そうですね。お2人の勝負でしたら、どちらが勝ってもとっても爽やかな気がしますよ」
「きゅるるっ!」
シリカがそう答える。ピナも同様だ。……2人の事をよく知っているのはピナも同じだから。
「あっはは! スポーツみたいだね? 所謂、精神に則って~って感じで」
「でも、何だか判る気がします。お兄ちゃんとリュウキさんの勝負の時、すっごく悔しそうにしてるの見た事あるけど、最後は笑顔だったから」
リズとリーファも揃って笑っていた。
「へぇへぇ、やーっぱ どこに行っても大人気なんだよなー。黒銀共は」
2人の話題で予想通りに盛り上がりを見せている女性陣を眺めながら、酒をあおるクラインだった。
それは、大分久しぶりだった。
ここに集った7人と1匹だが、この場所は勿論現実世界ではない。
皆でプレイしているVRMMO、《アルヴヘイム・オンライン》の中だ。
広大なワールドマップの中心にそびえる巨大な《世界樹》上の空中都市《イグドラシル・シティ》の一画にアスナがキリトと共に借りている部屋が今日の集まり会場となっている。因みに、1ブロック先にあるのが、レイナ達の借りている同じ種類の部屋であり、アミダクジで場所を決めたのだ。
月額2000ユルドの賃料を払っているだけあって、7人入ってもまだまだ余る程相当に広い。
更にクラインが今飲んでいる酒に関しては、棚に並んでいる。酒呑みキャラを現実でも仮想世界でも貫いてきているクラインが各妖精の種族の領地から、更にはヨツンヘイムにも巡って集めてきたものだ。……リュウキにも色々頼んでいた様だが、現実世界での1件があり、中々首を縦にふってくれず、苦労したとの事だった。
キリトも、リュウキに習って拒否したりもしていた。レア装備とかなら兎も角、まだ酒を楽しむ様な歳じゃないし、魅力を感じなかった、と言うのもあるだろう。それに、入手は難しい事でもない。ただ、他の種族に圧倒的に顔が広い2人なら、楽に~と思った様だ。……その事を知って更に盛大に拒否したのは言うまでもないだろう。
今日、ここに集まったのは勿論 彼らの活躍をこの目で見るため、観戦する為にだ。
部屋に備え付けられている大型スクリーン、普段は都市の夜景を眺める事が出来るガラスに映されているのは、別世界の光景。即ち――ネット放送局《MMOストリーム》が生中継している《ガンゲイル・オンライン》の最強者決定バトルロイヤル大会《第3回バレット・オブ・バレッツ》のライブ映像。
「でも、エギルさんは残念だったね。これって相当大きな大会らしいから、見たかったって言ってたし」
「だなぁ、まぁ エギルの旦那も店のモニターで見てるんじゃね? ……ゆっくりはみれねぇと思うけど」
レイナの言葉にリュウキが繋げる。
そう、この場にはいつものメンバーが揃っているけれど、そのいつものメンバーの1人でもある巨漢の斧戦士《エギル》はいないのだ。今の季節、現実世界での喫茶店兼酒場は、ちょうどこの時間からがかき入れ時。
いっその事、《臨時休業》とか考えていた様だが、奥さんに盛大に反対されたとか。
……頭が上がらないのは見て分かる。
更に言うと、アスナ、レイナはそのエギルの酒場の2階を使用させてもらって、この世界にダイブしている。今大会が終わったら、速攻で2人をこの世界に呼ぶ為だ。
「しっかし、キリトとリュウキ2人してなんでまたALOからコンバートしてまでこの世界の大会にでようとか思ったのかしら」
不思議そうに首を傾げるリズ。
その言葉にやや過剰に反応したのはリーファだ。
事情を知っているのは、アスナ、レイナ、リーファ、そしてユイの4人。
ただ、遊び目的でこの世界に入ったのではなく、ALO仲間でもある水妖精族の魔道士《クリスハイト》の依頼。その正体、中身は総務省仮想課の役人《菊岡誠二郎》の依頼だ。
リーファはその事実を話そうか否かを迷っていた時に、アスナと目があった。
返事を任せます、といった意を汲みとったアスナは一瞬考えて答える。
「それがね……、何だかおかしなバイトを引き受けたらしいの。VRMMOの、って言うより《ザ・シード連結体》の現状リサーチ。みたいな、GGOって多くのVRMMOの中で唯一のシステム《通貨還元システム》があるみたいだし。……色々と有名になっちゃった2人だから、丁度リュウキ君とキリト君に声がかかったみたいなの」
「うん。この世界に入る前に、リュウキ君からもそう聞いたよ。他の仕事も終わらせちゃったし、丁度良いって言ってて」
アスナの説明にレイナも頷く。
この説明に関しては、キリトから直接聞いた事だ。そして若干の違いはあるようだけど、レイナも同じ事をリュウキから聞いていた。だけど、これが真実の全てであるとは思っていない。
2人が嘘をついているなんてことは思わない。でも、口にしなかった事が何かはある。と感じた。
――……ずっと、見てきたから。
アスナはキリトを、レイナはリュウキを。
2人の事なら、本当によく判る。……心を通い合わせた間柄だから。でも、それだからこそ、敢えて訊ねなかった。その理由は、其々の表情に出ていたから。……どうしても、言えない理由がある。でも、それが自分を、自分達を裏切るような内容じゃないことも、固く信じている。
だから、2人は安易に踏み込まず、「頑張ってね」とだけ、強く伝えた。
でも、あれ以来、なんだか得も知れぬ不安感が心を縛っている様に感じた。それはきっと2人とも同じだろう。漠然とした予感のようなものが、何かが起こる、いや もう既に起こっている、そんな感覚。あの世界で培われてきた感覚が再び蘇ったのだ。
そんなアスナとレイナの顔を見て、そして聴いたリズは親友故、だろうか、第六感で察したかの様に、どこかあやふやな表情で頷いた。
「ふぅん。……バイト、ね。リュウキがバイトって聞いただけだったら、違和感バリバリだけど、仕事が終わったなら……ありかね? まぁどんなゲームでも直ぐにコツ掴むアイツ等なら適任なんだろうけど」
「んでもよぉ、それが なんでいきなりPvP大会出場になるんだ? リサーチってんなら街で他のプレイヤーに話聞くとかが仕事なんじゃねぇの?」
クラインが発した問いに、皆首を傾げる。やがて、話を聞いていたシリカが口を開いた。
「もしかしたら……大会で優勝して、手っ取り早くお金を稼いで、それを実際に通貨還元してみるつもり、なんでしょういか? 確か、還元できる最低額が、かなり高いって聞いたことがありますから……」
その発言を聴いて、アスナの肩のユイが即座に、あやふやな部分の情報を補った。
「公式サイトにレートの記載はありませんが、ネット上の記事によれば還元最低額は、GGOゲーム内の内通貨で10万クレジット、対JPYのレートは100分の1なので、1000円からとなります。プレイヤーの登録メールアドレスに電子マネーチャージ済みコードが送信される形式の様です。優勝賞金は300万クレジットとなっているので、金額還元すれば3万円となります」
まさに、《立て板に水》と言うことわざが当てはまる、と思えるがこれはまさに今、ユイがネット上の膨大な情報をリアルタイムでまとめたものだ。そのサーチ速度及び、フィルタリング精度はどんな《検索の達人》も敵うものではない。それはキリトは勿論、アスナレイナ、そして あのリュウキも例外ではなく、ユイに頼む事は多いのだ。
「ありがと、ユイちゃん」
アスナが指先でユイの頭を撫でてやってから、考え込みつつ言った。
「……還元システムそのものは、そんなに複雑なものじゃないみたいね。電子マネーをコード化して、メールで受け渡しとか、私達もよくやるからね。キリト君は勿論だけど、専売特許、って言っていいリュウキ君が実地で確かめる必要はないよね……」
「賞金3万に目がくらんだ、って言うセンはあるんじゃね? 龍の字は兎も角、キリの字だったら!」
クラインが身も蓋もないツッコミをして、一同苦笑い。
確かに、リュウキは~と言う部分は同意するにしても、『あんたじゃないんだから』と、リズが即座に混ぜ返していた。そして、リズは更に続ける。
「んー。でもバトルロイヤル形式のPvP大会なら、どこかで隠れたままで、上位入賞狙うなんてては通用しないと思うんだよね。ALOでもそう言う対策あるし。こっちで言えば、自動的に看破魔法が寄ってきて、居所ばらされちゃうし」
「そうですね。それに、正直お兄ちゃんの性格的にも違和感があります。他人の戦闘サウンドを聞きながら隠れてる~なんて」
「……それを言ったらリュウキさんも、ですよ。BOSSクラスの敵が襲ってきても、躊躇せずに迎え撃ったりしてましたし。……正直、ちょっと戦闘で大人しいリュウキさん、って想像出来ないです」
長年の付き合いで言えば、キリトとトップであるリーファ。そして、付き合いが長い、と言えば皆とさほど変わらないシリカ。的を居ているその話に、みんなはそろって唸った。
そして、現実世界でなら、300インチはあろう巨大スクリーンでは多元のライブ映像が華々しくフラッシュしている。銃撃戦ゲームだから、基本的に中継は1人のプレイヤーを背後から追いかける形だ。
だけど、今映された映像は違う。
無数の人数が殆ど一箇所にいつの間にか集まってきたいる映像だ。
「うぉぉ」
その映像を見たクラインが思わず歓声を上げていた。皆が悩んでいる時にー、とおもわずにはいられない女性陣だったが、ひょっとしたら、キリト達が映ったのではないか、と思い画面を見ていた。
「わ、ナニコレ」
リズも思わず目を丸くさせた。
一体何処から湧いて出たんだ?と思える数のプレイヤーが、戦争映画宜しく大銃撃を繰り広げていたのだ。これまでの映像では、基本的に1人が誰かを見つけて銃撃、そして撃ち返し、から始まって、そこから何人か集まったり、と言うパターンだった。
だけど、この映像を見るからに、皆がせーの!と掛け声で合わせたかの様に銃撃戦が始まったのだ。
「突然、びっくりです……」
「銃声も凄いよね……、リタの魔法に比べたらどうしてもアレだけど、こうも連続してだったら……」
シリカとリーファも驚いていた。でも、不思議な事もあった。それはクラインが一体何に歓声染みた声を上げたのか?という所だ。
「あぁぁ……、せっかくの美少女が映っていたのに」
項垂れる様に地団駄を踏んでいた。
「はぁ、美少女?」
リズは盛大にため息を吐いた。だけど、クラインという男の事を考えたら仕方がないだろう、とも同時に思った。
「……美少女?」
リーファがその言葉に反応した。
「それってひょっとしたら、お兄ちゃんか、リュウキ君かもしれないよ!」
「え、リーファちゃん、ほんと??」
リーファの言葉にレイナが反応して、画面を見つめた。
「なんで、あの2人かもなの?」
リズはそれに気になった様で、そう聞いた。
「えとですね。今朝、BoBの予選結果が記載されたページをみまして、美少女プレイヤーとして、キリト君の名前とリュウキ君の名前があって……、そのアバターまではっきり映った絵は無かったですけど、確率は高いと思います」
リーファが指を経てながらそう答える。それを聞いたユイが再び超速度で検索を開始し、答えた。
「確かに、Fブロックの優勝者、準優勝者、3位の中に、パパとお兄さんの名前はあります。……ですが、リーファさんの言うとおり、カット場面等は、あまりありません。遠目の絵位しか無いですね」
ユイの言葉を聴いて、皆が画面に注目した。まだ 銃撃戦……と言うより、銃をむちゃくちゃにばら蒔いている場面が続いている。
「リュウキさんとキリトさんが……美少女……」
シリカは、どこか呆けた様子だ。……何かを思い浮かべているのだろうか?
「まー、確かに、ALOでもどっちかといえば女顔だったし、そう取られても仕方ないというか……」
リズもニヤニヤ、と笑っていた。(……こんな具合に→( ̄∀ ̄))
からかうネタが増えて良かった、とでも思っているのだろう。
「う~ん、リュウキ君だったら、確かに……。キリト君も、だけど 言っちゃ悪いと思うんだけど、初めて会った時」
「すっごく可愛いと思った、でしょ?」
「え、えへへへ……うん。可愛いのと格好いいのがすっごくいいバランスに合わさってて。あのお顔がほんとの黄金比、って言うのかな?」
アスナとレイナもほんわかと笑っている。だけど、その笑みも直ぐに止まる事になる。
「あ、あれ? 音が止んだ……」
暫く笑っていたレイナだったけど、銃声が止んだのに気づいて画面に再び集中した。
それは、他の皆も同じだ。
暴れていた何人かは完全に沈黙、即ち倒されていた。
弾丸の嵐の中で生き残っていたのはたった1人だけだった。銀色の髪を束ねた女性プレイヤー、クラインが言っていた美少女だろう。
ゆっくりと歩いている。
「銀色の髪……」
レイナは、クラインの様に……と、表現は市たくないけど、その銀の髪を持つ少女の方をじっと見ていた。確かに、同性である自分から見ても、惚れ惚れとする容姿だった。
そしてその歩く姿は、隙が全く見えない。
「リュウキ、君……?」
その素顔は、女性アバターのモノだけど、面影はある。
「……何? あれ」
そして、もう1つ気づいた事はあった。
多元ライブ映像の1つに映されたもう1人のプレイヤーを捉えた映像があった。その映された背景を見て、あのリュウキ?と思えるプレイヤーの傍にいる者だと言う事は判った。漆黒のフードを身に纏った男、その口元しか判らない表情、……マスクを被っているのだろうか? 目の部分が蒼く光っていた。
薄気味悪い蒼、生理的嫌悪感さえ引き出す様な蒼だった。
「趣味悪ぃ、マスクかぶってんな? コイツ」
クラインはそう思わず呟いた。
いつもなら、この場にいる皆が一斉に、『クラインが言うな!』 と言いそうだ。そのバンダナが趣味が良いとは言えないから。だけど、この時ばかりは誰も何も言わなかったし、言えなかった。
映された画面に、全員が集中していたから。
リュウキなのかもしれない、と言う事と、何より現れたもう1人のプレイヤーに、あの蒼い目をしたプレイヤーに集中していたから。
その男と向き合った2人。
何かを話したかと思えば、黒い銃をあろう事か、倒れているアバターに向けていた。そして、銃を撃ち放ったのだ。
「なにしてやがんだ? アイツ」
「追い打ち……? いい趣味してるとは思えないわね。あのマスク同様」
クラインとリズが口々にそう言う。でも、その行動の真意が判らない。
何より、レイナとアスナは、撃つ前のあの男がした所業に、何かが小さく引き攣れた気がしたのだ。
所謂、《十字を切る》仕草をしていたのだ。
その行為事態は別に珍しくもない。この世界での回復師系の職業のプレイヤーがそのロールプレイの一部として行う例は多いし、洋画等でもよく見かける。別にクリスチャンじゃないから、不愉快とは思わない。でも、あの仕草は違った。本能的に、何か触れてはいけない何かに触れてしまった様な、そんな感覚。
「あっ……!?」
暫くしてから、だった。皆が驚きを口にしていた。
追い打ちされたプレイヤー。もう屍となっているアバターに銃撃を加えた後、そのアバターが、ホワイトノイズ的なエフェクトに包まれて、消失したのだ。エフェクトの光はアバター本体が消えた後も暫し空中にとどまり、凝集して1つの文字列を作った。
先ほどまで表示されていた《DEAD》とは異なる文字列《DISCONNECTION》を残した。
そして、男はライブ中継カメラに向かって銃口を向けた。
中継カメラが拾うのは主に映像。だけど、そのカメラの傍であれば音声も拾う。
『く、くく……、これが力だ』
その気味の悪い蒼い目を更に光らせながら、続けた。
『死神の力は、死を齎す。……死神が持つ銃の名も、死銃。……まだ、何も終わってない。くく、何時かお前達の前にも、現れる。死神は、何処から現れるか判らない。……死神はいつも傍にいる。死はいつも直傍にある』
嗤っている顔なのに、冷たい無機質さが奥にある。とても、同じ人のものとは思えなかった。生々しい感情の歪みを押し包んだようなその声、それを聴いて、記憶の深い場所に軋みが生まれた。
そして、更に続く。……ニヤリと笑みを浮かべたあの男の口から、もう一度。
『イッツ・ショウ・タイム』
その英語を聞いた途端、最大の衝撃がアスナに、レイナに襲う。
――知ってる。わたしはあいつを知ってる。間違いなく、どこかで会ってる、言葉を交わしている。……間違いない、あの世界、あの浮遊城アインクラッドで。
示し合わせた訳じゃない。アスナも、レイナもほとんど同時に、そう考えていた。
――アレは、あの男は……。
閃光よりも早い超高速で更に頭を、思考を回転させる。
その時だ。
突然、右後ろで響いた硬質なサウンド。それを聴いて思わずソファーの上で飛び上がりかけた。
振り向くと、その音源は床の上で粉々に砕けてポリゴンの細片を消滅させつつあるクリスタルのタンブラーだった。
それを手にしていたのは、クライン。
そのタンブラーの中には、まだ液体が残っていたのだろう。床面に広がり……そして鮮やかな粒子片となって空中に漂っていた。
「ちょっと、なにやってんの……」
リズの文句をクラインの低く嗄れた声が遮る。
「嘘、だろ……? まさか、あいつ、あいつは……」
それを聞いた途端、アスナは飛び上がりかけたソファーから、本当に立ち上がって、向き直って叫ぶ。
「クラインさん、知ってるの!? あいつが誰なのか!?」
アスナにやや遅れて、レイナも立ち上がって、クラインの方を向いた。
「い、いや、……正確には、名前は知らないんだ。攻略組の誰もが、あいつの名前までは知らなかった。……だが、断言出来る」
刀使いは、まるで恐怖に彩られているかの様な目でアスナとレイナを見て言った。クラインも、かの世界では、トップレベルのプレイヤーだった。ギルドのリーダーであり、死地へと赴き、死線をくぐり抜けてきた歴戦の戦士と言っていい。
彼の目は、それだけでも 異常さを物語っている様だった。
「あいつは、野郎は《ラフコフ》のメンバーの1人だ」
「………!!」
アスナやレイナだけじゃない。
リズやシリカまでもが激しく息を吸い込んだ。アインクラッドを数々の凶行で血に染めた殺人ギルド《笑う棺桶》の名前は、当然彼女達の記憶にも刻み、染み込んでいるのだから。
「まさか、あいつらのリーダーだった包丁使いの……?」
「違う。《PoH》の奴じゃねぇ。野郎の態度や喋りじゃない。……いや、ちげぇな。……そもそも根本が違うんだ。あの野郎は。PoHも含めて。……あれは」
クラインがやや震えた様子で続ける。
「ラフコフの中で、キャラ名じゃなくただ1人、《死神》っつう異名で呼ばれた男だ。……判るのはあのラフコフのトップ2。それとさっきの『イッツ・ショウ・タイム』って言うのは、PoHと奴の決め台詞だ。あの野郎はPoHに次ぐ男だと言う事。殺しの数じゃ、ギルドNo1と言われている。……PoHの野郎よりも遥かに多い。……それも、判ってる範囲内でだがな」
呻くようにそう言うクライン。そして、もう一度スクリーンを見た。
皆もそれに続いてスクリーンを見る。向けられた銃口は既に戻しており、懐にしまいこんでいて、そして……向き合っていた。
あの銀色のプレイヤーと。
「リュウキ……くんっ!!」
レイナは思わず叫んだ。
今、あの男が何をしたのか、判らない。でも、何かよくない何かが起こった事は判る。そして、その狂気が彼に向かっている事も、判った。
「……そして、死神を倒したのはリュウキだ」
クラインは、続けてそういった。
「奴等とのあの戦いの後、リュウキの奴の事を連中は《鬼》と呼んで、アイツ等は畏れた。そして討伐戦争。 ……誰よりもアイツ等が、畏れてるのはリュウキの奴だ!」
クラインは、拳をカウンターに打ち付けると叫ぶ。
「おいリュウキ! ……おめぇがなんでそんな所で戦ってんのか、その辺の本心はしらねぇけど、負けんな!! もう一度、そいつを地獄へ返しちまえ!!」
あの世界、今リュウキやキリトが戦っている世界が、銃の世界ではなく、あの異世界に思えたのだろう。ここからでは、手が届かない。……かつての様に加勢する事だって、ともに戦う事だって出来ないだから、声を荒げる様に上げたのだ。……あいつに声を届ける様に。
「リュウキ君っ」
「リュウキ」
「リュウキさんっ」
「お兄さんっ」
皆が画面越しに、声をかけ続けた。あの禍々しい気配を纏っているアイツに負けない様に。
――……ALOの世界から、GGOの世界に届く様に。
全員が今は画面から、目を見放す事が出来なかった。
~第3回 BoB本戦~
それは、死神と対面した時の事。死屍累々と言う言葉が当てはまる戦場で。
「………」
目の前でプレイヤーが消滅した事に、流石にリュウキも驚きを隠せられない様子だ。そしてその様子を見た死神は、その口元を歪ませた。
「……さしの白銀も、仕様が無い、か。 生温い世界、腐った世界で長く過ごしすぎた様だな? ……死神は今、牙を向く。その首筋に」
胸元に仕込まれた鞘からナイフを抜き出した。それは湾曲した刀身、くの字、と言えばわかりやすいだろうか。
「……《ククリ》 あの世界で使っていた鎌の代わりのつもりか?」
リュウキは、ゆっくりとした仕草で相手を見据えた。
相手が持つナイフ……短刀と言うだろうナイフは、ネパールのグルカ族をはじめとする諸種族、およびインドでも使用される代物、一般的には《ククリ・ナイフ》と呼ばれているものだ。
この男は、あの世界では曲刀使い。
だが、この男が使っていたあの剣を誰も曲刀などとは呼ばない。あの世界では、こう呼ばれていた。
――死神の鎌。
だが、それを見ても、かの世界での記憶が呼び起こされても、……リュウキは軽く笑っていた。
「……何かおかしいか?」
ナイフをピタリと止め、そしてリュウキの眼を見据えた。……その赤く染まっている眼を。
「勘違い、してる様だな。やはり……」
リュウキは、はっきりとその男の眼を、自身の赤い眼で、男の蒼い眼を視た。
「お前に、力なんか無い。……今のお前はただの犯罪者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
ナイフの鞘から、抜き出したコンバット・ナイフを左手に、そして右手にデザートイーグルを構えた。
「……何?」
「聞こえなかったか? ……言っただろ。お前には、いや、お前達には何も力はない。ただ、まだあの世界から戻れていない哀れな犯罪者。……クレイジーな犯罪者だ」
そう、はっきりと告げる。
「ふ、ふふふ……」
死神は、両手を広げながら、朗らかに嗤う。
「見なかったのかな? その眼で。今 オレが消滅させたあの男の身体を。……お前はもう知っているんだろう? 現実世界であの男がどうなったのかを。……これまでの愚かな男達がどうなったのかを」
そう言うと同時に、ぼろマントの中から、長身の銃を取り出した。
それは、短機関銃、特徴的なドラム型弾倉。短機関銃の部類に位置される銃としては、6kg以上の重量であり、71発ドラム弾倉の総展示の重量は更に上がり7kgを超える。
その銃の名は《スオミ KP/-31》。
現実世界でも《死神》と称された、伝説ともなっている男が持っていた代物だ。
「知っている。……お前達が殺してきた男の事は」
リュウキは、たじろぐ事などせずに更に一歩近づく。
「だが、それはただの人殺しだ。VRMMO内のプレイヤーキラーじゃない。……ただの卑劣な人殺しだ」
「……なら、お前も味わってみるか? その人殺しの銃を。死銃の鉛の、……死の味を」
短機関銃を下げ、あの黒い銃を取り出した。トカレフだろう、と思っていたリュウキのその初見は間違えていないだろう。
特徴的なのはグリップ部分にある星の刻印、正式名称《トカレフTT-33》。
だが、クロムメッキを施しているのだろうか、黒光りが更に強調されている様な気がする。だから、ひょっとすればコピー品である中国製のトカレフだろうかとも思える。
「……オレにそれが当たるとでも思っているのか」
リュウキは、だらりと腕を下ろした。傍から見たら完全に隙だらけだ、と思うだろう。だが、違う。死神の異名を持つこの男はよく知っている。だが、不敵な笑みをした。
「試してみるのも悪くない……かな?」
「来いよ。……相手になってやる」
リュウキは、対峙する最中、強く思った。この男は、この世界、この大会から早く退場させた方が良い、と。
何故なら、まだ可能性があるから。再び、あの銃を持ち、プレイヤーの誰かを殺す可能性が。そして、この男のさっきのこう言った。
――死神が持つ銃の名も、死銃と。
即ち、この男以外にもアレを持っていると言う事。……この世界で、恐らくあの時であった赤い眼の男の事だろう。
止める決意を胸に、リュウキは銃のグリップとナイフの柄を強く握り締めていた。目の前の敵を見据えながら。
「この世界から、退出願おう。……お前の存在は、毒でしかない」
死神に断罪を下すべく、動き出したのだった。
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