絶対魔王と氷結姫
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絶対魔王と氷結姫
少女は走っていた。 ただひたすらに。
右手に剣を持っていてもその速度は落ちない。 眼前に見えるのはまばらに散る無数の魔物。少女はそれすらも無視して駆ける。
少女が走り去っていった二秒後には魔物達は既に絶命していた。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
肩で息をしようがいくら疲れようが少女は走るのを止めない。町が瓦礫の山になってようが足場を見つけては飛び上がり屋根の上に乗って屋根伝いに走る。
「待ってなさいよ魔王‼︎私が倒してあげるわ‼︎」
少女は激昂しながらただただ駆けて行く。
少女はただ先に行った仲間に加勢するため、そして魔王を倒すためだけに魔王の居城を目指す。
降り注ぐ瓦礫の雨を掻い潜ったり魔物の群れが視界に入ればすれ違い様に攻撃をかます。
魔物達は理解出来ずにただただ倒れて行く。
"認識を超える速度の攻撃"。
これが彼女の攻撃だった。もちろんこの他にも魔法が使えるがあくまで彼女の戦闘スタイルは接近戦。
「ちぃ・・・うじゃうじゃと湧いてキリないわね」
そうボヤく少女の前にはワラワラと湧く魔物だった。そしてその少し先に見えるのは魔王が居城とする城が見えた。禍々しい殺気が充満しているのが少女には分かった。
────────私には戦ってくれている仲間がいる。
「そのために私は一刻も早く着かないと行けないのよ‼︎くたばりなさい!
破壊の放流 怒りの豪火 大地に刃向かう愚かさをその身を以って無駄と知れ
砕けろ 『天地熔災の流焰《ヴォーゲン・ヴルカーン》』」
少女の足元に展開された魔法陣。それが光を発し、少女が胸に手を置くとさらに力強く発光し広がりながら消えていった。
その直後、魔物達の地面から火柱が上がり魔物の身体を焼き払った。しかしそれだけでは魔物は倒し切れていない。高度数千メートルから10の小型の隕石が魔物を襲う。爆ぜる地面に波紋のように広がる衝撃波は荒れ狂う暴風のようだった。
大小様々なクレーターが出来上がり周辺の家屋は衝撃波によって倒壊していた。少女は魔物が生き残っていないか確認したあと凄まじい速さで移動を開始した。
移動を始めて10分が経過した頃、少女は魔王の城の門まで到達していた。
「ここね・・・。ぶっ潰してあげるわ魔王!」
少女は黒髪のツインテールを靡かせながら自身の十数倍もある門の中央を蹴り飛ばすと同時に剣を抜き頭上に襲い掛かってきた魔物を切り伏せた。魔物は頭から股を真っ二つに切り裂かれ絶命した。
休む間もなく魔王のいる所へ向かう少女。
魔物が襲い掛かってくるが少女にとってそれは障害でしかなかった。
一階、二階、三階と全ての魔物を切り伏せた少女は止まる事なく目指す。
戦っている仲間を助けるため、世界から脅威を無くす為に。そして見つけた一つの扉。
走りながら剣を下方に構えその扉を体当たりで強引に開きその反動を使って地面を蹴る。
「魔王ーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎食らえええぇぇぇぇぇ‼︎‼︎」
仲間二人が膝を付く姿は少女の目には写らなかった。その仲間の二人に今まさに止めを刺そうとする幼い少女だけを視界に入れ全力を以って叩き斬った。
甲高い金属音が響くと同時に重くのし掛かる振動に少女は少し顔を苦痛に歪めた。
「何だ・・・仲間がいたのか・・・。この二人は大した事無かったがお前は楽しませてくれるか?」
間一髪。少女の振り下ろした剣は魔王の籠手に阻まれた。否、魔王が反応し左手の籠手で防いだのだ。白銀の髪に紅い瞳、整った顔、頭から生えた二本の角が特徴の魔王。口角を歪ませ狂気に満ちた目で少女を見つめる。
魔王は少女の剣を上に押し上げると蹴りを少女の腹に捻じ込ませた。
「がはっ⁉︎」
肺の中に溜め込んであった空気を吐き出され吹っ飛ばされる少女。しかし直ぐに起き上がると右腕を水平に伸ばす。すると剣が少女の右手に吸い寄せられるように戻ってきた。
「今日はホント客人が多いわねぇ。貴女達と戦う前にも9人くらいここに来たのよ?
全く勘弁して欲しいものだわ」
魔王はため息をワザとらしく吐いて大袈裟に肩を竦めて見せた。
「うるさいわねぇ・・・少し黙りなさい‼︎」
少女は剣を上から下に振り抜きながら怒鳴る。地を蹴って間合いを詰めた。
魔王はそれに反応し身構えようとした瞬間、魔王の鎧の腹部に衝撃が走り体制を崩す。
驚きのあまり目が見開き声が詰まった。
「はああああああああああああああああああああ‼︎」
体制を崩した所に容赦ない一撃が見舞われた。魔王はクルクルと回転し地面を滑るようにして体制を立て直した。
「あなた、今何をした?」
苦悶の表情を浮かべながら敵である少女に問い掛ける。
「敵であるあんたに教える訳ないでしょー⁉︎
馬鹿じゃないのっ⁉︎」
案の定少女は教えてくれなかった。少女は剣から三日月状の斬撃を縦、横、斜めの順に恐ろしい速さで繰り出すと同時に音速で魔王の背後に回り込む。
魔王はそれを魔法陣を展開して防ぐ。間髪入れずに横薙ぎが視界に入る寸前に上空へ回避した。
しかしそれを見逃す少女ではない。
「良い運動神経じゃない。よっ・・・!」
少女はバク転をしながら魔王に斬りつける。
魔王はそれに反応出来ず腹部にもらい、さらに空中から一気に叩きつけられた。
「がっ⁉︎」 先程の少女と同じように肺の空気が無理矢理押し出され一時的な呼吸困難に陥る。
「魔王も案外大した事ないわね。急いで来たけどその必要もなかったかしら・・・ね!」
少女は言い終わると魔王の後頭部を踏みつける。その少女は人間というにはあまりに強過ぎた。十分も経たずに魔王の後頭部を踏みつけて悠々と魔王を見下ろしているのだから。
突如少女の足から1メートルぐらいの地面から巨大な黒い棘が少女に凄まじい速さで衝突した。 不意を突かれた少女は全く反応出来ずかなり後方まで吹き飛ばされた。
「少し遊び過ぎたようね・・・。歴代最強と謳われる魔王の力の片鱗を見せてあげるわ。少し強い程度の人間風情が私に勝てると思わない事ね‼︎」
ペッと血が混じった唾を吐き捨てると魔王の銀髪がうねる様に靡く。闇の力が、魔力が爆発的に上昇し始めた。 魔王は人懐こい笑みを見せると口を開いた。
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私の名前はサラディウス。五代目魔王、サラディウスよ。貴女の名前も聞かせてもらおうかしら?」
魔王サラディウスは先程とは違い多少の余裕を見せていた。少女の出方を伺うのだ。
名を名乗るのか、無視して攻撃か、如何なる攻撃に対処出来るよう全身の感覚を研ぎ澄ます。
「私の名前?敵である貴女に教えるのは些か不本意だけど教えてあげるわ・・・私の名前は───────」
言葉を途中で切り、少女は姿勢を低くしてジグザグに駆け出したがサラディウスに読まれていたためサラディウスの拳が少女に振りかかる。しかし少女は身体を無理矢理右斜めに捻り回避した。
「なっ⁉︎」
回転して出来た遠心力を利用してサラディウスの身体を真一文字に切り裂く。
「私の名前はヒサメ・・・。朧 (おぼろ) 氷雨よ。その身に刻み込みなさい」
言い終わるが早いか、サラディウスの全身に"認識を超える速度の攻撃"が走った。サラディウスは鎧を装備しているので出血こそしてないないが鎧が壊れるのではないかと錯覚する程の痛みが襲った。
「ぐっ・・・隙ありよ・・・・・・」
技を出した反動で身体が一時的に硬直した氷雨にサラディウスの裏拳が顔面にまともに直撃した。
ミシッ・・・と骨の軋む音が氷雨には聞こえ、そのまま顔面から地面に叩きつけられ地面を転がる。
「追撃よ、喰らいなさい。【ブラック・レイン】」
サラディウスは右手を前に突き出す。するとサラディウスの頭上に黒い穴が出現し、その穴から闇の魔弾が五発放たれる。
狙いは地面を転がっている氷雨。避ける術のない氷雨の身体に無情にも一発直撃した。
氷雨は完全に動きが止まってもその身体はピクりも動かない。
「人間にしては良くやった方だけど力不足だったようね・・・。さて、次はあなた達よ死に損ない」
サラディウスは身体を翻し二人の男を見ながら口角を吊り上げた。
「ぐっ・・・氷雨・・・」
騎士のような格好をした男が倒れている氷雨を心配するように剣を杖にしながら立っている。自慢の銀の鎧はひび割れており、皮膚が出ている箇所もある。特に損壊が激しいのが右腕部分だった。肩口から鎧が完全に破壊されており腕の裏側以外は剥き出しだった。
さらに右肩から出血していて右手まで伝っている。
「氷雨の思いは無駄にしない・・・はぁ・・・はぁ・・・行くぞ魔王‼︎」
剣を中段で構え走り出す。 刃こぼれしている剣の刀身にオーラが纏う。
サラディウス目掛けて袈裟斬りを繰り出すが右手を翳すと魔法陣が展開して高い金属音を響かせる。
「・・・・・・遅い。氷雨の攻撃の方がもっと重かったしずっと速かった」
少し低い声色で呟いたサラディウスは懐に潜り込んで強力なボディーブローを捩じ込む。
鎧が音を立てて砕け、破片が飛び散る。
衝撃が辺りに飛散し空気が歪む。 男は吐血しながら壁に背中から突っ込んだ。
ヒビが入った壁に深くめり込む。男はそこで力尽きたのか、右手から剣が抜け落ち力なく垂れている。
魔王の死角からもう一人の袈裟斬りが迫っていた。サラディウスはそれをまるで読んでいたかのように身を翻し其れを華麗に躱す。
黒い棘が男の身体を吹き飛ばし空中へ押し上げる。
「無様ね・・・。あなた達二人じゃ氷雨一人にも及ばないわよ?クス・・・。"魔剣・クラディウス"」
闇の魔力が収束して創られた魔剣・クラディウスの切っ先を男に向ける。
サラディウスは右肩の肩口から斜めに袈裟斬りをし逆手に持ち帰ると柄で腹部を殴り地面に叩き落とす。斬撃を下から斬り上げるように繰り出した。 サラディウスは片膝をあげ魔剣を太ともも辺りで持っており、見下ろすように空中に立っていた。
クルッと踵を返すと、一度クラディウスを振るった。 斬撃は男の落下と同時に男の腹部を切り裂いた。男の腹部からは夥しい血が流れていた。このまま放って置けば出血死は免れないだろう。
サラディウスは男を一瞥すると静かに地面に着地した。
「ふぅ・・・もう少し楽しませてくれるかと思ったけど肩透かしも良いとこね」
小馬鹿にするように大袈裟に肩を竦めて見せた。
「まだトドメを刺すには早くないかしら?」
サラディウスの耳に倒れている筈の少女の声を聞いて僅かに身体の動きが止まる。
「随分頑丈なのね・・・。私の裏拳をマトモに食らった筈よ?まぁ良いわ。しかしあなたも結構残酷なのね?自分の体力回復の時間稼ぎの為に仲間を犠牲にするなんて・・・ね?」
「あら?私は時間の有効活用をしただけよ?それにあいつらもそれは同意済みだわ。切って捨てられる世の中なのよ?仲間に気を取られて殺られたでは其れこそいけないわよ。勝つ為なら仲間さえも利用する・・・。全滅するよりはマシでしょ?」
何を今更と言わんばかりに吐き捨てるように言葉を並べる氷雨。言い終わると瞬時に間合いを詰め、サラディウスに斬りかかった。サラディウスも其れに反応し軌道を合わせる。火花が飛び散り、鍔迫り合いになる。サラディウスの右腕が大きく自身の胸元まで寄せられる。
サラディウスは押し返そうと力を入れて氷雨に全体重を乗っけて押し返した。が、氷雨に其れを上方に受け流されてしまう。
「【狂い踊る毎夜《ルナティック・ナイトメア》】私の手のひらで狂い踊りなさい」
サラディウスは受け流された力を利用してその場で右捻りに沈み込む様にスピンし、回転切りを繰り出す。氷雨は其れをバックステップで回避する。サラディウスは飛び上がると体重を乗せて氷雨に斬り掛かるが失敗に終わる。切り返しをして不意を突くも防がれる。
サラディウスは一旦距離を取り魔力を練り上げる。
「これならどうかしら?」
そう言ってサラディウスの左右に剣が出現し浮遊する。左手にも追加しており計四本。真正面から氷雨に突っ込んだ。サラディウスは上下左右から攻撃を展開する。氷雨は其れをギリギリの反射神経で避けたり受け流したりした。
「いつまで保つかしらね」
余裕そうな笑みを浮かべ氷雨に問い掛けるサラディウス。
「あんたにはガッカリよサラディウス・・・」
そう低く、歯軋りをしなから氷雨がつぶやいた。サラディウスの空中に展開していた剣が二本とも弾かれ地面に刺さった。
「なっ⁉︎」
「手数を増やしてもその程度の剣術じゃ私には勝てないわよ。見せてくれるんじゃなかったの?歴代最強の力を?
【滅炎球】」
氷雨が片手を空に翳すと、炎が渦巻きながら集まり出す。急激な炎の集まりに比例して氷雨とサラディウス周辺の酸素が減った。
「っ⁉︎」
其れを目の当たりにしたサラディウスは巨大な魔法陣を展開しさらに自身を覆うようにしてバリアーを張った。その瞬間巨大な炎の塊がサラディウスの張った魔法陣を割り一秒も経たずにサラディウスをも呑み込んだ。
爆発的に炎が肥大化し小さな太陽が現れたと錯覚に陥る程だった。
「魔法はあまり使いたくなかったのよね・・・。私の魔法が強力過ぎて耐えれる魔物が居ないからね」
形勢逆転と言う表現が正しいか。ほぼゼロ距離で放たれた其れを眺めて氷雨が誰に言うでもなく呟いた。
「ふざっけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
炎から聞こえた怒号と共に炎が掻き消されて行った。サラディウスの怒号だ。サラディウスは右腕を斜め上に伸ばし身体を少し捻っている状態で立っていた。 恐らく剣を振り抜いて無理矢理剣圧で炎を掻き消したのだろう。
肩で息をしており呼吸が荒かった。風貌は少しだけ変わっていた。鎧に鎖が巻き付いていたのだ。綺麗だった銀髪は跳ねておりボサボサだった。赤の瞳は怒りに満ち溢れていた。
「たくっ、無茶苦茶ね。剣圧で私の炎を無理矢理掻き消すなんて」
呆れるように、しかし驚きを隠せない様子でサラディウスを見ていた。
───────無茶苦茶なのはこっちの方よ‼︎何なのあのデタラメな炎の塊は⁉︎
サラディウスは内心焦っていた。歴代最強と言われているのはあくまでも魔界での評価だ。だが肉体的に精神的にも脆弱な人間がここまでやるのは計算外だった。
それ以上に驚きなのは抑え付けきた力の解放を余儀無くしたこと。それが鎖の巻き付いた鎧だった。肩、首、胴体、腕、手首に巻き付いた鎖は自身の力を抑制する為のもの。
「氷雨・・・貴女に絶望を教えてあげるわ」
この人間は完膚無きまで叩き潰すしかない。
それくらいの強い意思がサラディウスから見て取れた。先程まで怒号をあげていたのが嘘のように冷静だった。
「やってみなさいよ。私はあなたを倒すだけだから!」
売り言葉に買い言葉。お互いに触発し合い主導権を握ろうとする。先に動いたのはサラディウスだった。膝を曲げ、瞬発力を利用して音速を超える速度で氷雨の所に到達し、蹴り上げた。近距離で音速を超える速度で蹴り上げられたのだ。躱せる人間なんてまず居ない。
一秒も経たずに天井に勢い良く衝突した。余りの衝撃に粉塵が舞い、城全体が少し揺れた。
「・・・・・・ごほぉ⁉︎ うっ・・・げほっ!」
血反吐を吐き苦悶の表情を浮かべる氷雨。氷雨ですら躱せなかった攻撃。サラディウスが地を蹴りまっすぐ向かってくる。
しかし氷雨が追撃を許す筈がなかった。
氷雨の背中から無数のレーザーが発射されたからだ。レーザーは不規則に軌道を変えながら全てサラディウスに向かって行った。サラディウスは僅かな隙間を見つけると身体を回転させて潜り抜ける。
サラディウスはクラディウスの切っ先を氷雨の喉元に突き立てた。突き刺すのでなく突き立てたのだ。
「・・・何のつもりよ。サラディウス・・・。トドメを刺しなさい」
慈悲か情けか、其れとも哀れに思われたのか氷雨は意識が朦朧としながらそんな事を考えていたと同時に何故自分に止めを刺さないのか不思議で解せなかった。
「いまここで貴女を殺すつもりはないわ。実力差が分かったかしら?私が察するに貴女は全力を出し切れてないわね?全力を出し切ってから死になさい。私が殺してあげるわ」
「・・・・・・後悔・・・・・・しても知ら・・・ないわよ・・・。【魔力解放】」
その瞬間、サラディウスが弾かれるように地面に叩き落とされた。かなりの威力だったらしくクレーターが出来ていた。
しかしサラディウスは何事もなかったかのように立ち上がる。その全身は小刻みに震えていた。
武者震い。サラディウスは氷雨の膨大な魔力に武者震いを起こしていた。
「やっと楽になれたわ。感謝するわねサラディウス。さて、私の世界へ強制招待してあげる。【氷結・絶零度 (ぜつれいど)】」
キズだらけだった身体は嘘のように回復しており、氷雨は空間結界魔法を発動させた。
氷雨とサラディウスの空閑の360度が氷の世界に上書きされて行く。 数秒もすれば地平線まで続く氷の世界に様変わりしていた。
「実は私は異世界人なのよ。向こうでの二つ名は"氷結姫"。氷のスペシャリストなの。さて、少しだけこの空間の事を説明しといてあげるわ。この空間は時間経過によって気温が下がり続ける。大体5分でマイナス5度よ。因みに今の温度はマイナス10度。早くしないと凍死しちゃうわよ?」
最後にウインクしながら恐ろしい事を氷雨は言い放った。しかしサラディウスは寧ろ嬉々としていた。
「これで最高に楽しめるわね"氷結姫"‼︎
はああああああああああ‼︎」
狂気とも言える笑みを浮かべながら氷雨に突っ込んでくる。動きが単調になったものの速度があった為、氷雨は"認識を超える速度の攻撃"を数発叩き込む。が、効いてる様子はない。
「ヌルいのよぉ、その攻撃はぁ‼︎」
絶叫し恐ろしい速度でクラディウスを振るう。氷雨は処理し切れずに何発か食らった。
飛び散る鮮血に顔を歪める氷雨。攻撃の手を緩める事なくサラディウスは氷雨に襲い掛かる。縦、横、斜めの斬撃。
氷雨は其れを受け流してサラディウスを殴り付けた。一瞬サラディウスの動きが停止し、その隙に氷雨は氷壁にサラディウスを閉じ込めた。
「はぁ・・・はぁ・・・。何て攻撃よ・・・。腕が千切れそうな威力してたわね・・・」
息を切らしながらもサラディウスを何とか氷壁の中に閉じ込めた氷雨。何があるか分からないので警戒心を解くことはなく魔力を持続放出して臨戦態勢に入る。
─────────ピシッ・・・
氷雨にも聞こえない小さな音を響かせて亀裂が入った。
一瞬の間が空く。氷壁に光か漏れ幾つも屈折を繰り返したのも一瞬、氷壁は音を立てて爆散し舞い上がる煙の中を人影が駆けた。
「氷雨ええええええええええええ‼︎」
怒号を上げ煙の中から姿を現したサラディウスは太刀筋が視認出来ない速度で振り下ろす。一瞬、反応が遅れた氷雨は肩口から胸を切り裂かれる。 飛び散る鮮血、大量に失われていく血液に氷雨は意識が飛びかかる。
「〜〜〜っ⁉︎」
激痛を必死に堪えて前を見ると蹴りが迫っていたので剣を胸元に出しガードする。ズドンッと剣がへし折れるんではないかと思う程の重たい一撃が身体を伝わる。地面を滑って衝撃を逃がす。
「ぐうううぅぅ・・・・・・‼︎」
刀身が手のひらに食い込んで血がポタポタと流れる。緊急処置で全身に魔力を生き巡らせて治癒力を高める。先ずはこの出血をどうにかしなければと判断したのだ。
胸から下が真っ赤に染まっていた。氷雨は其れを一瞥すると身体に淡い赤色のオーラを纏わせる。
「天焼け 地焼け 身を焦がせ 王の墓前に火を捧げ 煉獄超えて夜に立つ 暗黒喰らう漆黒の焰を纏いし黒の王 『万象飲み込む黒の焰燁《ベーゼ・フランメ》』 」
氷雨の赤色のオーラに上乗せするように漆黒を思わせる黒のオーラが纏っていた。その二つは混ぜ合さり、赤黒いオーラに変化した。
氷雨は身体能力を飛躍的に上昇させる身体強化の魔法を発動させたのだ。
────今さっき受けた傷口が開く可能性があるからなるべく早く終わらせたいわね・・・。そう簡単に行かないと思うけど。
氷雨は短期決戦で勝負を決めようとしていた。しかし其れをやすやすと決めれる相手ではないと重々承知している。
氷雨は持っている剣の刀身から冷気を放ち、サラディウスを見る。サラディウスも氷雨を見る。お互いの視線が交差し沈黙が流れる。
二人は同時に地を蹴ると剣を交える。火花が散る。反動で距離を取るが再度交わる。
それが何度も続き速度も上がる。
「やるわねぇ氷雨!その身体でもここまでやるなんて予想外よ! はぁぁぁっ!」
「自分でもビックリしてるわよ。こんな身体でも身体がびんびん動くんだから!やぁぁぁぁ!」
言葉と花火を散らし二人の戦いは加速する。何度目の金属音が響いただろう、氷雨とサラディウスは地面に着地する。
氷雨は地面に手を付く。
すると氷雨の足元から巨大な黒い棘がサラディウスの身体目掛けて突出してきた。サラディウスは其れを上体を反らして躱す。しかし躱した棘からさらに棘がサラディウスを突き刺さんと迫る。
サラディウスは其れをバックステップで躱す。着地したと同時に氷の地面から生える。地面を蹴って空中で一回転しながら躱す。
地面から生えた棘に根元辺りから突出する。
「しつこいわねぇ・・・・・・っ!」
苛立ちを覚えつつ、さらに下から突き刺すように伸びてくるが腰を引いて上手く躱した。着地するとまた今度は左右から交わるように出てきたので飛び上がって其れを回避する。
飛び上がる際に一回転し空中で反撃に出ようとした瞬間、何処から出たのか大剣がサラディウスの腹部を鎧ごと貫通し棘に剣先が刺さった。
苦痛に顔を歪めるサラディウスに氷雨が一回転をし斬りかかって来た。
身動きの取れないサラディウスは自らの腹部に突き刺さった大剣を抜いて氷雨の攻撃を防ぐ。
サラディウスは何度か打ち合いをし、氷雨に競り勝つ。地面まで追いやられた氷雨を逃すまいと空中を蹴って加速する。
氷雨は傷口が開く覚悟で赤黒いオーラを身に纏いサラディウスの其れに臨んだ。
そして一閃──────────。
倒れたのはサラディウスの方だった。そして倒れたサラディウスのすぐ側に何かの落下音が響く。それは人間の腕だった。この場での生きている人間は氷雨しかいなかった。
氷雨は左腕を失った。しかし顔色一つ変えずにコツコツとサラディウスに近付いて切っ先を向けた。
「・・・・・・一つだけ良いかしら?」
目を閉じたままサラディウスが口を開いた。
氷雨は動作を一瞬停止した。
「・・・・・・何よ。言いたい事があるなら言いなさい。こっちも立ってるので精一杯なんだから・・・」
目はサラディウスを睨み付けたまま、口を動かす氷雨。その口調は何処か悲しみが見え隠れしていた。
「私達魔族と人間は初代魔王の時に戦争を起こした。それは魔族が人間界の大陸を支配しようとしたから・・・・・・と人間の歴史ではそうなってるけど実際は違うわ。初代魔王はただ友達が欲しかった。ただそれだけなのよ」
「・・・・・・え?」
サラディウスが語り出した内容に氷雨は絶句した。しかしサラディウスは其れを無視するように話し始める。
「あなた達人間だって告白なんかする時に仲間に勇気をもらって伝えに行くでしょ?私達の先祖も其れと同じだった。皆と友達になりたくて部下である魔族達を引き連れて友達になろうと言い放った。 でも人間達は先祖を恐れおののいた。魔族と言い、嫌悪した。しかし其れでも諦めずに私達の先祖は人間と友達になるために言い続けた。 しかし其れを拒絶した人類。魔王は何がなんでも認めて貰うため孤島を占領したのよ。しかし初代はすぐに病没した」
サラディウスはここまで一気に言うと深く深呼吸をした。
「・・・ごめんなさいね。続けるわ。
私達魔族は元々魔法が使えた。其れを何処から聞いたのか、人類はますます私達を嫌悪した。そして人類にも魔法が使える人物達が現れた。原因は不明なんだけどね・・・。
其れから月日が流れていつ間にか私達魔族の領域が魔界になってた。人類の台頭。人類は私達を人間界の大陸から追い出した挙句、今度は人類同士で戦争を始めた。いつしか私達魔族の考えも変わって行ったわ。友達から敵へとね・・・・・・ゴホッゴホッ!」
口から血を吐き出しながらも話を続けるサラディウス。
「愚かなモノね人間も・・・・・・。自らの種族を・・・同じ人類で殺し合いをするなんて・・・ゴホッ、そんな人類に注目したのがこの私、サラディウスよ。・・・・・・はぁ。私は人類の滅亡を防ぐ為に戦争の抑止力となった。けど力による抑止力は長く持たない・・・そんな事は解ってるわ今まさにその状況だもの・・・。話がズレたわね。人類の戦争は私達しか止められなかった。まだあなた達は聞きなれないかも知れないけど、人類は核兵器を製造・保有しているわ」
氷雨は聞きなれない単語に首を傾げる。
「核・・・兵器・・・?」
「そう・・・核兵器とは核分裂の連鎖反応、もしくは核融合反応で起こる膨大なエネルギーを利用した大量殺戮破壊兵器よ。その兵器が惑星レベルで使用されたら殆どの生物が絶滅、もしくは甚大な被害を受けるわ。私達も壊滅的な被害を受けるかも知れない。
そう遠くない未来には核兵器が主流になってくるわ」
淡々と事実を述べるサラディウス。
「私の魔法ではどうにかなんないの⁉︎」
「無理よ・・・エネルギーの量が違い過ぎる。間者からの情報だけど、一つの核エネルギーだけでも私の魔力と同等の量を誇るわ。
あなただけでどうこう出来る問題じゃないわ・・・いっそ、核戦争で星が住めなくなるより私達の手で滅ぼしても良いのよ?核で自滅するより効果的よ?」
その言葉に一瞬思い悩んだ氷雨だが、剣を持つ手に力が入る。
「なら、あんたはどうなのよ⁉︎人間の戦争の抑止力⁉︎ 確かに今は人類が協力し合ってあんたを全力で殺そうとしてる。いや、もうその一歩手前まで来てる!私がやろうとしてるのよ!最初は魔王なんてぶっ潰してやるって意気こんでた。そしてあんたとの死闘。決着が着いて遺言くらいは聞いてあげようと思って聞いてたけど、あんたは・・・・・・サラディウスは何の為に生きてるのよぉぉぉぉ‼︎」
絶叫。氷雨はサラディウスがあまりに可哀想だと思った。 その思いが爆発しての事だった。
「私の・・・・・・生きる意味? 決まってるじゃない。あんたみたいな強い人間と戦う為よ。私の夢みたいなものね・・・。楽しかったわよ? それにしても人間は面白い種族ね。少し前まで殺し合ってた魔族であるこの私をここまで思ってくれるなんて・・・ね。
覚えておきなさい。人間はもっとも弱い種族でもあってもっとも強い種族でもあるの。
さて言いたい事は全部言ったわ。さっさと殺しなさい」
何かが氷雨の中で溢れた。 サラディウスに情が湧いたのか、自分の愚かさに、人類に愚かさに気付いたのか定かではないが、氷雨は殺す事を躊躇った。 最後の最後で躊躇いが出た。
────この魔族の王をこのまま殺してもいいのか
と。自分に問い掛ける。確かに最初は憎くて、仲間にトドメを刺そうとしていた。しかしその仲間を氷雨自身見殺しにしている。
自分のやっている事が正しいのか、サラディウスがやっていた事は全て正しくなく、全て悪と言えるのか? サラディウスは間接的に世界を救っている存在だ。其れを失ったら世界はどうなる?
考え出したらキリがない。歯止めの効かない思考は止まることを知らなかった。
「心配しなくてもいいわ。私が居なくなっても私の妹が六代目の魔王になるわ。私の意思は妹が継ぐ。少し歪んでる性格だけどしっかりやってくれるでしょう」
氷雨の思いを汲み取ったのか、サラディウスが独り言のように呟いた。
「ゴホッ・・・ゴホッ! 良く、正義の反対は悪って言うけど其れは言ったもん勝ちじゃないかしら? 正義と悪っていうのは曖昧で不確かな基準なのよ。私は正義の反対は別の正義と思ってるわ・・・・・・ゴホッ、がっ⁉︎・・・・ごめんなさい、ゴボッ。人間には人間の正義があるように私達には私達の正義がある。ただ、其れだけの事・・・。もう喋り疲れたわ・・・早く殺して頂戴・・・」
そう懇願したサラディウスの姿は余りにも弱々しく、酷いくらいに美しく思えた。
「さよなら私の──────────」
氷雨が喉に剣を突き刺すほんの一瞬、サラディウスがか細い声で消え入るように呟いたのを氷雨は聞き逃さなかった。
こうして長きに渡るサラディウスの生涯は氷雨の攻撃によって幕を閉じる事になった。
氷雨は空間結界魔法を解除し、魔王の居城を後にした。
辺りは星が燦々と煌めく夜、一人草原に佇む氷雨は夜空を見上げる。
「さよなら私の・・・・・・友達、か」
酷く、銀髪で瞳の赤い角の生えた少女の顔が頭から離れなかった。
ー完ー
後書き
稚拙な小説を拝読ありがとうございます。
この続きを考えておりますが俺の諸事情によりそれは当分先の話になると思います。
続きが気になる方もいるかもしれませんがご容赦ください。
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