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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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34.喪った者の言い分

 
前書き
ノルエンデ復興計画報告書

新しい復興参加者が『1人』加わり、参加者人数が『78人』に増えました!  

 
 
「ベルの奴、やけに遅いな……」

 ミネットとの約束を済ませた俺はとっくにホームまでたどり着き、同じくバイト疲れでホームに舞い戻った女神ヘスティアと一緒にもう一人の家族の帰りを待っていた。

「今日はダンジョンにも行っていないし外食する予定もなかった筈だが……厄介事に巻き込まれているんじゃないだろうな?」
「まさかリングアベルの夜更かし癖が伝染って歓楽街へ!?どう責任を取る気だいリングアベル!?あんな肉食系女子だらけの場所にベル君が行ったら大切なものをたくさん失ってしまいじゃないか!!」
「いやいやいやいや!俺はそこには行かないしベルにも行くなときっちり忠告している!それに俺は女性を金で買うようなマネは決してしないぞ!」

 この町の歓楽街はイシュタル・ファミリアの管理する夜の街。
 夜遊びは夜遊びでも、娼婦との一晩を買ったりする遊廓(ゆうかく)の側面が非常に強い。
 いうまでもなくベルのような純朴少年が迷い込めば財布から身体まで散々しゃぶりつくされることだろう。そっち系の女性関係には流石のリングアベルも手を出さないようにしている。

「……言っておくけどリングアベルだって自分で思ってるほど大人ではないんだからね?その辺をちゃんと自覚するように!」
「分かっているとも、敬愛する我が女神よ!……それより、ベルが帰ってきたようだ」

 外から響く足音が一直線に教会に向かっている。恐らくはベルだろう。
 だが、心なしか足音が一つ多いような気がする。ということは……とリングアベルの顔色が変わった。

(ベル、お前……まさか禁断の『お持ち帰り』を!?馬鹿な、女神ヘスティアにどう説明する気だ!!というか相手は誰だぁぁぁぁぁッ!?)

 そんな訳あるか、と完全に言い切れないのがベルの恐ろしい所。独り驚愕に悶々と悶えるリングアベルをよそに、ヘスティアは近づく気配がベル以外にもなんとなく覚えがある気質を持っている事に気付き、首を傾げる。

「ん?この風に似た気配はもしかして………」
「ただいま帰りました、神様!!それと、神様にお客様です!!」
「夜分遅くに申し訳ありません……」

 ベルが引き連れてきた女性――それは、先日訪れたばかりのクリスタルの巫女、アニエス・オブリージュだった。



「ボクは常々思っているんだけど、若者というのは少々向こう見ず過ぎる所があると思うんだ。うちのリングアベルとベルくんも大概なんだけど、キミも相当だね……いいかい、アニエス?この町にはね………くどくどくどくど」

 ヘスティアは意外と説教くさい所があるが、それはあくまで親が子を心配してお節介を焼くようなニュアンスが強い。だが、アニエスのやったことはある意味ベルが一人でケンタウロスと戦うくらいには無謀だった。唯でさえこのオラリオは多くの見えない危険が潜んでいるというのに、彼女は自分が方向音痴であることを自覚しながら一人で夕暮れの街を彷徨っていたのだ。

 前回の失敗を予想してエアリーのアドバイスをもっとよく聞くようにしたものの、結局アニエスは大きな通りを外れて路地に入り込み、挙句エアリーも知らないルートを開拓して迷子になっていたらしい。ベルは「見つけてて本当によかった……!」と胸を撫で下ろし、ヘスティアは可愛らしく腰に手を当てながらもアニエスに説教している。

「………なのに君ときたら!ティズ君の隙を盗んで態々迷子になるなんて、彼の思いやりを何だと思っているんだい!人に心配をかけるのはよくないが、だからって自力でどうこうできることとできないことの区別くらいは付けなさい!!」
「か、返す言葉もありません……軽率だったのは認めます」

 ……ただ、ヘスティアに比べてアニエスの身長が高いせいで子供がぷりぷり怒っているだけに見えなくもないが。おまけにもう一人の説教師に至っては小人族より遙かに小さい精霊エアリーである。

「そーよそーよ、軽率よ!エアリー悲しいわ……アニエスとは友達だって信じてたのに!」
「友達……エアリーと……?」
「え」
「あ……いえ!その、嫌という訳ではありません!ただ、何というか、エアリーは精霊で私は巫女だから、友達だって思ってくれてるとは思いませんでした」
「え」
「だってエアリーはいつもティズを贔屓してますし……」
「う」
「それはエアリーからすれば私は数いる巫女の内の一人でしかありませんから、言うならば『選べる』立場ですけど……ちょっと(ないがし)ろにされてるような気がして……」
「そ、そんなつもりは……」

 アニエスに反撃している自覚は全くないが、アニエスからしてみればエアリーの行動はティズの側に偏っているように見える。そのことを完全には否定できないエアリーは見る見るうちに言葉が詰っていき、それを横目でみるヘスティアも「贔屓は駄目だよ」と言わんばかりにジトっとしている。
 エアリー、攻防一転してピンチになる。

 ちなみにリングアベルは現在、早速『ねこねこネットワーク』を利用してティズを捜索して「迷子のアニエスと巻き添えになったエアリーを保護した。今日はもう遅いので明日引き取りに来てほしい byリングアベル」というメッセージを届けさせている。

「お、届けてくれたか!よしよし……ご褒美にじゃが丸くんの中身をあげよう!衣は猫が食べるには少々脂っこすぎるからな」
「うみゃー!」
「にー!」
「お、こっちはティズからの返信の手紙か?ご苦労さん!お前にはこっちのカリカリフードをあげよう!」
「なんかリングアベルがボクの知らないうちに変なスキル身に着けてる!!」
「せ、先輩!まさかねこのメスまで口説いてしまったんですか!?」
「ちがぁぁぁう!!ミネットの友達に協力してもらっているだけだ!俺だってそこまで見境なしにナンパはしない!!」

 失礼な!と言わんばかりに憤慨するリングアベルだがねこみみカチューシャをつけたまま反論しているので非常に間抜けというか、真剣味に欠ける。リングアベルは真剣なのだ。だが真剣になればなるほど周囲の目は胡乱気になっていく。
 なぜこの世界は正しい者がないがしろにされるのだろう。だが影ある所に光あり。世界に絶望して項垂れた彼に救いの手が差し伸べられる。

「………ふぅ、まぁボクだけは嘘ではないことは分かっているけどね」
「おお、女神よ!!俺の味方は貴方だけだ……!!」
「よしよし、いい子いい子」

 パッと見では年下の女の子に慰められる情けない男だが、年齢差ウン億年なので問題ない筈である。



 = =



 愉快なヘスティア・ファミリアとアニエスの天然炸裂で盛大に話がこじれたが、話は一周回って最初の疑問に戻った。すなわち、何故アニエスはティズの協力を避けてまでヘスティア・ファミリアへやってきたのか?という問題だ。

「ボクに用があるって話だったけど、結局キミは何の用事があってこんな時分にやってきたんだい?」
「はい。報告と……お願いに」

 あの後アニエスはティズと二人でオラリオ内を回ったものの、復興計画への協力に対して快い返答を貰えたファミリアはほぼ皆無に等しかった事を伝えた。ヘスティアはそれを神妙な顔で聞き、やっぱりと言わんばかりに小さな溜息をついた。

「そうかい……しょうがないと言えばしょうがないかな。オラリオのファミリアは意外と浮き沈みが激しいんだ。派閥争いや新人発掘競争で負けたファミリアは弱者の立場に追いやられ、周囲を警戒せざるを得ない。行き先で君たちを訝しがった神も多かったんじゃないかい?」
「……はい。殆ど取り合ってもらえないファミリアも多くありました。ティズと話し合いましたが、やはりヘスティア・ファミリアに協力を求めるという点で合意しました」
「あいわかった。しかし、ますます話が見えなくなってきたね……キミたちはここに来ることで同意したんだろう?ならば何故キミはティズくんに隠してまで今日このファミリアに来る必要があったんだい?」

 ヘスティアは不思議でならなかった。大筋合意しているのだから、来るのならばティズを除け者になどする必要はない。加えて態々夜に来ずとも明日の朝に改めてファミリアに来ればそれで事足りる筈だ。なのに、アニエスは何故遭難のリスクを背負ってまで今日ここに来ることに拘ったのだろうか。

 その疑問を解くために、アニエスはもう一つの話――「お願い」に移る。

「それなのですが……率直に言います。明日、私とティズ、そしてエアリーは改めてヘスティア・ファミリアを訪れます。その際、私とティズは冒険者としてダンジョンに入りたいと進言するでしょう」
「………一応、大雑把な事情はキミたちから聞いた。根源結晶というやつを見つけるために、冒険者にならなければいけないからだね?」
「ええ、その通りです。ですから女神ヘスティアはその時に――ティズのダンジョン入りを決して認ず、私にだけ許可を出してほしいのです」
「へっ!?」
「ちょ、ちょっとアニエス!?急に何を言ってるの!?」

 ヘスティアもツインテールをピンと立てて驚いたが、一番驚いたのはエアリーだ。
 昼間に「ヘスティアに決めてもらおう」などと言っておいて、何故いつの間にかティズを除け者にしようとしているのか。このタイミングに及んで約束を破るような真似をするなど、巫女であるアニエスがそんな卑怯な真似をすることが信じられなかった。

 だが、アニエスもアニエスなりの思惑と言うものがある。

「言い方を変えます……ティズを戦いから遠ざけて下さい。エアリー、貴方がティズのことを深く信頼している理由は問いませんが、これだけは譲れないのです」
「どうして!?だってアニエス一人じゃ根源結晶を見つけるのにどれだけかかるか分からないし、ティズだってあんなにやる気で……!」
「やる気だから問題なのです」
「……僕には分からないんですけど、ティズさんが冒険者になるのがそんなにいけない事なんですか?」

 蚊帳の外にいたベルにはそれが疑問だった。自分だって冒険者だが、ティズより年下でも冒険者を立派にやっているつもりだ。なのに自分より体格も勝るティズが何故駄目なのだろうか。
 その理由は――ダンジョンに来た経緯にある。

「確かに私とティズならばティズの方が強いでしょう。とても意志が強いし、野良魔物を仕留めるほどには剣の腕もあるようです。何より迷子にならない」
「あ、うん。それは重要だけどさ。そんなに迷子になる人なんてアニエスくらいだと思……」
「だから、厭なのです」
(スルーされた……)
(こら、エアリー。アニエスは真剣なんだから茶々を入れるな。彼女の話を聞こうじゃないか)
(うう、変な髪の変な奴に注意された……)

 リングアベルはこっそりエアリーに突っ込みを入れて、渋々ながら納得させた。

「私には、家族同然に育ってきた修道女たちがいました。嬉しい事も、悲しい事も、衣食住全てを分かち合って生きてきました。なのに………」
「魔物による神殿襲撃事件……かい?」
「………神殿内は魔物で入り乱れ、パニックになりました。でも、その時初めて、私は分かち合えなかった………何度止めてと叫んでも、何度もういいんだと叫んでも、修道女たちは決してそれを聞き入れずに次々私の盾となって死んでいきました………死だけは、分かち合う事は無かった」

 俯いた彼女の表情は、長い髪に隠れて窺い知れない。ただ、小さな方の震えだけが少なくない悲しみを感じさせる。ティズがそうだったように、アニエスもたった一日で家族を全て失ったのだ。しかも、目の前で。その悲しみの深さは計り知れない。

 明日からも続くと信じていた世界が幻であったかのように崩れ去る絶望……過去のないリングアベルには理解できないし、祖父を亡くしたベルが感じた悲しみも彼女に比べると微々たるものだった。ヘスティアもまだ、プライドとお金以外の物を喪ったことはない。
 もしもこの悲しみを理解できる人間がいたとすれば――それは、ティズだ、とエアリーは思う。

「ティズもまた、故郷を目の前で失った少年です。前からティズは、『こんな悲しみをもう誰にも味あわせたくない』と言っていました………その気持ちを、私は痛いほど理解できました。誰にも、もう傷ついて欲しくない。誰にも目の前で苦しんでほしくない………しかし、その想いの強さが私を惑わせる」

 アニエスは夢を見る。
 人がいいあの少年はいつか……あの修道女のように、壁となって散る。
 そんな見たくもなくて、悲しい夢を。

「私は死に瀕した彼を助けました。たった独りで生き延びてしまった彼と私自身の立場を重ねたのかもしれません。でも、それでも生き延びた彼をどうしても助けたかった。たとえ目を覚ました彼が事実を知ってどんなに苦しむとしても、目の前で苦しむ少年に……生きてほしい、と強く願いました」

 アニエスが修道女たちを喪って絶望に打ちひしがれたとき、真っ先に考えたのは「使命を果たせなかった私こそが死ぬべきだった」という自傷的なものだった。それでもアニエスが行動を起こしているのは、未来を託されたからに他ならない。

『巫女様をお守りするのよ!!』
『この命に代えても、巫女様だけは!!』

 今も耳にこびり付く、最期の言葉。修道女たちの誰もがアニエスを――風の巫女がいつか使命を果たすことを信じて散って逝った。確かにそれは託された物なのだ。

 だが、ティズは違う。誰かに戦う使命を与えられたわけではないし、きっと彼の家族もそんな使命を彼の背に科したかった訳ではない筈だ。アニエスだって、彼に壁になって欲しいから助けた訳ではない。

「ダンジョンは常に危険の付き纏う魔窟……命の保証などありません。私は……私はそんな場所に彼を送り出すために助けたのではありませんっ!!彼には使命感はあっても使命はない。戦う必要はないのです!なのにエアリーもティズも人の気を知らないで……ッ!!」

 聞いてみれば何の事はない。アニエスはただ純粋に、あの人のいい少年に戦いという血生臭いステージに立ってほしくないだけだ。巻き込みたくなくて、死んでほしくなくて、他に望む物など精々「平穏な生活を送って欲しい」程度でしかない。
 
 アニエスの優しさが痛いほど伝わってくる、悲痛な声。
 その場の誰もがそんな彼女に言葉を返すことが出来なかった。
 彼女の本気の想いが、そうさせたのだ。

 しかし、それでも口を開く男がいた。

「アニエス。君の話は分かったが……敢えてハッキリ言おう!!ワガママな女性は嫌いではないが、それは少々独り善がりが過ぎるぞ!!」

 オラリオのお調子者にしてファミリアの実質リーダー。
 空気を読めない男、リングアベルの反論が部屋に響き渡った。
  
 

 
後書き
リングアベルは馬鹿っぽいように見えて実は説得上手。アニエスの想いを汲んだうえで、敢えて否定します。次回、イケメンのターン!

更新遅れてすいません。体調悪かったりでずいぶん時間がかかってしまいました。 
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