ヨコハマA・KU・MA
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第一章
ヨコハマA・KU・MA
ただいつも何となく。
私は彼にだ、こんなことを言った。
「それは嫌」
「そこは行きたくないわ」
「また別のもの食べましょう」
「もう帰りましょう」
こうだ、デートの度に色々と我儘を言った。自分でもよくわからないけれど自然とそうしたことをしたくなってだ。
それで彼にいつも我儘を言った、けれど彼は。
そうした時は彼もまたいつもだった、仕方ないなと言いつつも。
私の我儘を聞いてくれた、それが私達だった。
そのことが気になってだ、私は高校の自分のクラスで女友達にこう話した。
「とにかく私がね、何を言ってもね」
「聞いてくれるのね」
「そういう風にしてくれるのね」
「そうなの」
このことを話したのだ。
「これがね」
「何かあんた随分我儘言ってるみたいだけれど」
「あの人それを全部聞いてくれるのね」
「まあ何て言うかね」
「我儘ばかり言うあんたもあんただけれど」
「それでもね」
「あの人もね」
その彼もというのだ。
「よくそんな我儘聞くわね」
「いつもいつもなのに」
「そのことが凄いわ」
「ある意味においてね」
「脱帽するわ」
「全くよ」
「何でかしらね」
その我儘ばかり言う私も言う。
「私はついつい我儘言ってしまうけれど」
「それを聞いてもらえる」
「それが自分でもわからないのね」
「我儘を聞いてもらえる」
「そのことが」
「だって私横浜スタジアムに行こうって彼が言ってもね」
それでもだった、私はいつもこう彼に言うのだった。
「川崎球場行こうとか」
「あんた太洋ファンなのに?」
「ロッテの試合観に行くとかしてるのね」
「ロッテも嫌いじゃないから」
パリーグはこちらだ、けれど第一はやっぱり太洋だ。
けれどそれでもだ、私はそうした時もわざと言っているのだ。
「だから川崎だけれど」
「あのボロボロの球場ね」
「おトイレが汚い」
「確かに昔は太洋の本拠地だったけれど」
「もう年代ものの球場じゃない」
「あえてそこって言うなんて」
「あんたも大概ね」
こう言う友人達にだ、私はまた言った。
「だから自分でもそう思うけれど」
「ついついしてしまう」
「そうなのね」
「それでもなのよ」
こう言ってだ、そしてだった。
私は皆にだ、こうも言った。
「私他の時は誰にも意地悪しないわよね」
「全然ね」
「あんた意地悪しないわよね」
「というかあんた意地悪じゃないから」
「いつもはね」
「そうよね、けれどなのよ」
彼に対してだけはなのだ。
「どうしてもなのよ」
「意地悪をしちゃう」
「そうなのね」
「そうなのよ、それが自分でもわからないのよ」
どうして彼にだけ意地悪をするのか、それがだった。
このことがわからない、しかしだった。
それでもだ、その彼にだけはなのだ。
「彼にはするのよ」
「全く、どういうことだか」
「そうするあんたもあんただけれど」
「その我儘、意地悪を聞くあの人もね」
「彼もどうなのかしら」
「寛容過ぎる?」
「それとも大人なのかしら」
彼は私達と同じ歳だ、ついでに言えば同じ学校だ。それでよく合っている。それでデートをする機会も多い。
けれどだ、確かにだった。
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