ソードアート・オンライン〜Another story〜
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Extra Edition編
第157話 Debriefing vol.1
カウンセリング室の奥へと足を踏み入れる2人。
そこでは、先ほどの声の主が待っていた。軽くカウンセラー専用の机に手を当てて佇んでいる。白衣を身に纏い、2人を確認するとその綺麗な表情が更に魅力を増した。笑顔をみせるその仕草のひとつひとつに目を奪われてしまう……、とキリトは思わずそう思ってしまった。アスナに色々と言われている筈なのに。苦笑
「……今日は2人で、ですか。珍しいですね」
そんな中で、強者が1人いた。
キリトが色々と葛藤をしていると言うのに、直球どストレートで切り込んだのがリュウキだ。……本人はそんな事は考えておらず、ただ単に気になった事をいっただけだ。
流石は、リュウキくん! と言えるだろう。
初対面で、レイナを自身の宿泊している場所に泊めた上、あまつさえは風呂を貸したと言うのに、眉一つ動かさなかった男だ。その場所を例の情報屋に目撃されてもなんのその。色んな情報がとんでも、なんのその。
それは、幼いから?と思えなくもないが。
因みに、この時アルゴはそんな事はしなかった。したら、どういう事になるか……、身に染みちゃってるからだ。
『黒字≪リュウキに嫌われたくない』
この時の、そして ずっとアルゴの中にある方程式である。
「何ぼぅっとしてるんだ?早く行けって」
「お、おお」
リュウキに背中を軽く押されたおかげで、キリトは漸く更に足を踏み出す事が出来た。リズの言うとおり、美人カウンセラーの姿を見てから、固まってしまったのは事実だから。
そして、キリトは更に一歩踏み出す。そこには対面用の机、椅子が用意されていた。
数は3つ。
カウンセラーの先生と自分達の3人、だろう。だが、ここで思いもしなかった事が起こる。
奥側の椅子。カウンセラーの先生が座るであろう席が、近づいたと同時に、動いたのだ。その大きめのオフィスチェアが緩やかに回転し、そしてある男の姿がその席にはあった。見覚えのあるその姿を見た瞬間、キリトは表情を強ばらせた。
リュウキもやや、ため息を吐いている。2人とも随分と対照的だ。キリトは、『……こいつか』と言っている感じであり。リュウキは、『やれやれ、またか』と言っているかの様だ。
その男はスーツ姿。
太い黒縁のメガネに洒落っ気が全くない短髪の髪型。どこにでも居そうな、サラリーマンを思わせるが、この男はこれで国家公務員のキャリア組なのだ。
「やぁ、キリト君、リュウキ君。久しぶりだね」
色々な事を考察していたコンマ数秒後、男の方から声をかけられた。
「……菊岡さん」
「成る程、今朝、爺やが若干訝しそうな顔をしてたのはこの事だったのか。……納得」
キリトは男の名を呟き、リュウキは、ため息を再び吐きながらそうボヤいていた。今日、予定がある。と言う件を話していた時、何処となく表情に出ていたんだ。あの時は……、ちょっと色々とあって、追求も深くも考えていなかったけれど。
「……総務省、仮想課のエリート官僚様がこんな所で何をしてるんだ?」
取り合えず、ホイホイとこんな所にいていい様な人材ではない筈の地位の持ち主だ。少し前までは、世間を揺らしていた大事件があったばかりだし、間違いなく彼と同じ課の人間であれば、それこそ身を粉にする程働いていても不思議じゃない。
「ちょっと、君たちにまた聞きたい事があってね? それで、こんな場を設けてもらったと言う訳なんだ」
「……と言う事は、カウンセリングの話は嘘と言う事か?」
リュウキの言葉を聞いて、呆れているのか、睨んでいるのか、そのリュウキの表情を見て、菊岡の表情も軽く歪みそうになるが、殆ど陽気な表情のままに答えた。
「悪いね。そうでも言わないと、君たちは来てくれないんじゃないか、っと思ってね? それに、リュウキ君とのコンタクトを取るのも大変なんだよ。君は色んな意味でVIPな人、だからね」
「なら、オレはついでか?」
「いやはや、とんでもないよ、キリト君。……君達2人とも、だよ。どちらが欠けても駄目なんだ。君達じゃないと」
そう言って笑う菊岡。
何処か納得しづらいキリトだが、リュウキの事を考えたら、仕方がない。
今でこそ、クラスメイトとして。……親友として、気軽に話せる間柄になっているが、本来であれば、彼はある分野におけば、雲の上の存在といっていいだろう。だが、キリトは勿論、他の皆そんな態度は一切とっていない。……彼の親にも言われた事だが、元々そんな特別視をする様な事など毛頭ない。生死を共にした戦友なのだから。
「じゃあ、私はこれで……」
菊岡の直隣で、朗らかな笑顔をみせるとこちらへと歩いてくる。そして、2人の顔を交互に見た。表情を、顔色を見て問題無い、と判断し ニコリと笑うと。
「何かあったら、隣の準備室にいるから声をかけてね」
「あ……はぃ……」
「はい」
対面して数秒で退室していく美人先生を未練がましく見ているキリト。リュウキは、そんな事は考えておらず、ただ別の意味で、落胆していた。
それは。今日の直葉に水泳を教える……と言う会には正直参加する事が出来ないな、と言う事だ。その事を、心の何処かで覚悟し、又々、ため息を吐いていた。
「さて、立ち話もなんだから、座ったらどうだい?」
菊岡にそう諭され、半ば2人とも仕方なく大きめのオフィスチェアに腰をかけた。座ってみると、随分と大きく、頭の部分も全てもたれる事ができる。……これでは、例え菊岡が座っていたとしても、反対側に向いていたら 姿の殆どが見えないから 判らない訳だ。と想っていた。
「最初に言っておきますけど、この後約束がありますから、手短にお願いします」
「右に同じ」
約束と言うのは勿論、彼女達の事だ。
何が悲しくて、こんな夏休みの最初から 中年のおっさん……とまではいかないが、菊岡と延々と談議などできるものなのだろうか。菊岡はそんな思考を悟ったのか、軽く微笑むと。
「努力はするよ。実はね。SAOとALOの一連の事件を纏めるにあたって、君達から直接話を聞きたいと思ってね」
「その件については、もう何度も話ましたよ。……それにプレイヤーの行動ログを見れば大体のことは判るでしょう?」
「……キリトから聞いていたのにも関わらず、オレからも、聞いてたんですか? それは、二度手間じゃないですか……」
もう終わったと言わんばかりのキリト、そして 同じようなことを聞いたのか?と若干呆れているリュウキ。この2人同時に聞くのは、少々骨が折れるが、かなりの有意義な時間になりそうだ、と菊岡は頬を緩めた。
「いやいや。やっぱりね。それぞれの視点によって、捉え方、考え方が違ってね。二度手間、とはならないよ。リュウキ君の話も、キリト君の話も十分すぎる程 重要な証言だからね。後、キリト君。行動ログで判るのは《誰》が《いつ》、《何処》へ行ったかくらいでね。……そこで一体《何が起きた》かが判らないんでね。そこが重要なんだ」
菊岡からは、事細かな詳細が知りたいと言う申し出だった。だが、1層1層話をしていたら、時間がいくらあっても足りない。……今日一日じゃ語り尽くせない。
そんな浅い2年間じゃないのだから。
これでは、手短に~と言っていたキリトの願いは通じないだろう。菊岡は、自身のアタッシュケースを手に取ると…、その立派な鞄の中に入っているのには相応しくない代物を机の上に、どさどさ……と広げた。
《ポッキー、たけのこの街、ALMOND、うまい棒……etc》
とまあ、場を繋ぐ為とも言えるお菓子達だ。キリトは、そんなものをビジネスマンが持つアタッシュケースになんか入れるなよ。と思わずツッコミそうになったが、一先ず 何も言わなかった。
「SAO事件では、3000人もの犠牲者がで他にも関わらず、首謀者である茅場晶彦が死亡した為、事件の全貌は今だ掴めていないんだ。……最も、彼と付き合いの深い君が、彼から全て聞いていた、というのなら話は早いんだが、それは無さそうだしね」
菊岡はそう言うと、お菓子の山の中に、またその場所にはそぐわない代物を置いた。小型端末の様な形で、画面の端が円形上に赤く点灯している。
録音中だと言う印だ、つまり ICレコーダー。今日の証言を全て残しておく為に用意したのだろう。
「肝心の茅場先生の動機も全く不明。彼がどうして、SAOと言うデス・ゲームを作ったのか、それを明らかにする為にも、君達に改めて話が聞きたいんだ。協力、してくれるね?」
菊岡は、ガサゴソとあさり、手にとった一つの菓子を破ってその一粒をひょいっと口の中に放り込んで頬張る。
キリトは、リュウキの方を見た。その表情は多分、自分も同じことを考えているだろう、と思えた。確かに、あの世界での話をする事で、捜査が進展するかもしれない。
……だけど、思い出したくない記憶だってあるのだ。それを無闇に開けたくない。……例え、それが生き残った者の責務だったとしても。
「嫌だ、と言ったら?」
だからこそ、キリトはそう答えた。これは2人の総意だ。踏み荒らされたくない領域と言うものは誰しもが持っているのだから。
「廃棄処分される筈のナーヴギアの持ちだしを許可したり、アスナ君の病院を教えたりしたのは誰だっけ?」
「……」
その事はキリトから、聞いている。
菊岡は、キリトが目覚めた時、最初に訪れた男の1人なのだ。ただの善意での事だったら、良かったんだが……、色々と腹の黒い所が見えだしたから、敬語も薄れてきて、ぞんざいな口の利き方になってしまった。……意図してそう仕向けている様にも感じられるが、今は深読みはしないでおく。
「SAO帰還者へのメディア・スクラムが起きない様に対処しているのも、実はうちの部署なんだよね」
「……」
そこまでいわれてしまってはキリトとしては、言葉もない。
本当に世話になったという事は事実なんだ。
彼が明日奈の居場所を教えてくれたり、色々としてくれなければ、あの須郷達の悪魔的犯罪、魔の手から彼女達を救うことも出来なかっただろうと思えるのだから。
キリトが色々と考えていた時、同じくそれを横で聞いていた男は眉をぴくりと上げた。
そして。
「……総務省、の防衛プログラムの度重なるアップデートの件。……それに往来しているバーチャルスピース関連犯罪の撲滅運動……か」
「……うぐっ!?」
お菓子を美味しそうに頬張っていた菊岡が一気にむせた。変な所に入ってしまったのだろう、何度も ごほ、ごほ、と咳き込む。これはワザとではなく素だ。
「ふむ。RYUKIの友人が、ある男に脅迫まがいな事を受けて、それに怒ったRYUKI。……今後の仕事先に関する再検討を開始する……か」
「ちょちょ! ちょっと待ってくれ、いやいや、待ってください、お願いしますっ! リュウキさんっ!!」
思わずこちらの方が遥かに歳下だと言うのに、敬語を使う程の威力があるのだろうか。
「菊岡誠二郎、という名前の人物が原因だと言う事。……ふむふむ、情報化社会だ。その名前がリークするのも時間の問題。近々 防衛省でも人事異動のお知らせが来そうだ。それが例え出向者だとしても、きついだろうなぁ……色々と。それは同情する」
「わ、わぁ! そ、それだけは勘弁してくれっ!! 首が飛ぶだけじゃ済まないってっっ!! ほんとっ!!」
キリトは、今のリュウキを見て、味方だったら本当に頼もしく、敵だったら、本当に恐ろしく思えてしまった。だが、菊岡を虐めているかの様なその表情は、玲奈のそれとよく似ている。
……根本は全然違うが、やっぱりどSの分類に入る男なのだろう、と改めて認識し直していた。
そして。
「ははは、さんきゅ、リュウキ。……オレは良いよ。菊岡さんに世話になったのは事実だし。それに、……菊岡さんが色々と教えてくれてなけりゃ、リュウキと再開する事だって出来なかったかもしれないからな」
2人のやり取りを見て、身構えていた筈なのに、何処か毒気抜かれてしまったキリト。ここまで計算付くなのか?と思えるが、間違いなくリュウキとのやり取りは違うだろう。本気で敵に回してしまうと言う事の損失を知っているからこその行動だ。
……あの世界で言うアルゴと似た行動だろう。
「はぁ、判った。キリトが言うならオレも良い」
「は、はぁぁぁぁ……た、助かったよ。キリト君……、危うく国防省でのA級戦犯として吊るし上げられる所だった……」
「A級戦犯って……、戦争犯罪じゃないんだから」
「それほどなんだよ……、RYUKIと言うビックネームを敵に回す事の恐ろしさは。……ま、まぁ それは囁かれている事だけどね。噂じゃ 各国が狙っているとか」
「本人の前でいうか? ……まぁ 事実誤認だ。色々と仕事はしているが、そんな事言われた事無い」
「(……綺堂氏が手配をしてくれてるのさ。リュウキ君)ま、まぁ 悪かったよ。言い方がすごく意地悪だった。謝るよ、キリト君」
菊岡はそう謝罪する。
キリトとしても十分溜飲は下がった気持ちだったから、取り合えずOKだ。
だから、その謝罪への返答の変わりに、菊岡が持ってきた菓子袋を手に取る。それを破いて、ひとつまみ取ると口の中に放り込んだ。長くなる事も、ある意味では了承したのだった。
~学校専用プール・女子更衣室~
男性陣と別れた女性陣は、そのままプール更衣室へと直行した。夏休みだと言う事もあり、人気は全くなく貸切だ。この学校は水泳部と言うのが無いと言う理由もあるだろう。使用する者達が誰もいないのだ。例外として、使用許可をもらえば彼女達の様に使う事はできる。
勿論、学校関係者に限るが。
「あ、あのぉ……」
直葉は今更……とは思いつつも、身体をバスタオルで隠し、水着を手に持ちつつ皆に聞く。もう、自分以外の皆は着替えが終わっている様だ。……水着が、ちょっと違う気がするけれど。
「今更ですけど、あたし……この学校のプール、使わせてもらっていいんですか?」
この学校に通っているのは兄達であり、自分は違う。それを無料で使わせてもらう事に、やや心配だったのだ。不正でもしているんじゃないか?と。それを聞いたリズは、更衣室の奥から、ひょいと姿を現し。
「だーいじょうぶだって。ちゃんと許可はとってるから」
そう答えた。その辺はしっかり者のリズだから、問題ないだろう。
「わぁ、リズさんの水着、格好いいですね!」
リズの水着姿を見たシリカは思わずそう言っていた。リズはそれを聞いて、ポーズを決める。全体が赤色で構成されたタンキニの水着で、胸元のリボンが胸にボリュームがある様に見せてくれている。
「でっしょー? SAO前に着てたヤツは、流石にきつくってさぁ! 水着、新しいのを買ったんだ!」
それを聞いたシリカは、表情を俯かせた。だって、自分はそんな悩みなんかなかったから。
「……私は殆どサイズ変わってなかったですけどね」
だから、更に顔を俯かせてしまう。
ちゃんと誰かフォローを入れるべき!なんだけど、ここで真打ち達の登場である。
奥から一緒に来たのは、アスナとレイナだ。バスタオルを手に持って。
「おっおー! 2人ともやりますなぁ? 大胆ビキニ! それで、それぞれの男を悩殺するつもりだねぇ? この、この!」
リズはここぞとばかりにそう言う。アスナは、赤とグレーのボーダービキニ。レイナは、水色と黒のボーダービキニ。2人ともスリーサイズも殆ど一緒だから、一際大胆に見えてしまう。
「え、ええっ! べ、べつにそんなんじゃ……、わ、私も その……大きくなったから、新調しただけで……」
「そ、そうよ? そんなつもりじゃないわよ~……」
2人とも顔を赤くさせながらそう言っていた。でも、全て間違っている訳ではない。今日は、キリトやリュウキも一緒に泳ぐ筈だったんだ。だから、見てもらって……、褒めても貰いたかったんだ。
『綺麗だ』って。
……だから、リズにそう言われて思わず赤くさせてしまった様だ。
それにしても、本当に楽しそうな皆。直葉以外は……。
「……あ、あれ? 皆、学校指定の水着じゃないの……っ?」
そう、この場所は学校、学校のプールだ。即ち市営のプールというわけじゃない。だから、直葉が持ってきたのは……。
直葉の言葉を聴いて視線が集まる。
「だ、だって、学校のプールで泳ぐって聞いたから……」
もじもじとさせている直葉。その水着はスクール水着。学生であれば、誰もが持っている個性が無い水着だ。……一部では熱狂的なファンもいる様だけど、それはスルーの方向で!
一瞬沈黙が流れ、そして苦笑いをするアスナとレイナ。その中でシリカは、拳を握って。
「す、スクール水着も可愛いですよねっ!」
とそう答えフォローをする。同意を求める様にリズの方を見て。そして、リズの返答は、正直逆効果だった。
「そーそー、だって、直葉、スクール水着、似合いそうだし?」
その一言を聴いて、直葉は思わず、かぁっ!と顔を赤くさせる!遠まわしに童顔!と言われているも同義だからだ。……因みに、アスナから童顔と言われていたリズだから、囁かな逸らし行為だったりもする。
「どういう意味ですかっ!! もうっ!!」
めいっぱい、顔を赤くさせて 反論をする直葉だった。
「さ、さぁ! 行こうよ、直葉ちゃん! ここに来た目的は、水着の鑑賞会~じゃないし、披露会でもないからね! 泳ぎだよ、本命は」
「あ、あぅ……///」
レイナに手を掴まれた直葉。やっぱり恥ずかしいのだろうか、まだまだ顔は赤い。
「そうですよ! ほら、行きましょう!」
もう片方の手をシリカが握る。
2人につかまれたらもう逃げられない。
「わ、わ、ちょっと待ってください。ま、まだ持っていくものが……」
「あ、そーだったね。うん!ごめんごめん」
レイナは、ぺろりと舌を出して謝った。自分にも持っていく物がまだあったからだ。両手を塞がれてしまったら、持てないだろう。
「ほーら、行きましょう? 皆」
「よーし、このおねーさんがビシバシ、鍛えてあげるからねー直葉。その代わり、ゲームの中じゃ、活躍してもらうわよ? 空の上並に!」
「え、ええ! いきなりそれはきついですよぅ……」
直葉はリズの宣言を聴いて思わずそう言ってしまっていた。自分の最も得意な戦闘スタイルは、空中戦闘。そして、最も苦手なのが水中戦闘なのだ。
空中ならまだしも……、いきなりそこまで行く自信など持てなかったのだ。
「ふふ、頑張ろう? 直葉ちゃん」
「えいえいおー! だよっ!」
「あぅぅ、ぜ、善処します……」
勢いに負けた直葉は、覚悟を決めた様だ。せめて、ちゃんと水に慣れれる様に頑張る、と。
~学校校舎3F カウンセリング室~
一先ず話をする事にOKを貰えた菊岡はほっとしたのも束の間だ。時間も惜しいから、キリトから口を開いた。
「さて、と。何処から話せばいい? オレの視点、リュウキの視点、其々あるから、聞きたい場面場面は、指名してくれ」
「そうだね。まずは事件初日の事を聞きたいな。あの初日は現実世界でもインパクトが強いからね。どちらに聞いても同じだと思うけど、キリト君によろしく頼むよ。えっと……日付は確か……」
「……2022年11月6日だ」
「もう、2年半も……か」
あの日については、決して忘れられる物ではない。全てが始まったのだから。SAO生還者であっても、現実世界の人たちであっても。
――……あの日から今日でもう2年半も経っている。
そう考えると、月日が経つのも早いと思ってしまうのも仕方がないだろう。それ程、濃密された時間だったからだ。……現実世界ででも、長く感じる時はあるが、あの世界と比べたら、どうしても霞んでしまうのだから。
~Debriefing~
そう、運命のあの日。
仮想世界と言う異世界に魅入られた10000人ものプレイヤー達全員が期待を胸に、あの機械を装着してあの世界に入ったんだ。世界の始まりを祝するファンファーレの中、其々が行動を始める。
早速攻略を始めようとする者、観光をする者、等だ。
あの日、リュウキとキリトは前者だった。即座に、攻略に行こう、レベル上げをしようとした時に、キリトが先にリュウキを見つけた。見覚えのある姿を。特にライバル視をしていたキリトだったからこそ、リュウキを直ぐに見つけられたのかもしれない。
そして、道中。
後に戦友として、良き友として共に切磋琢磨し合うクラインと言う男とも出会い。この世界を存分に堪能していったのだ。
だが、それも夕刻までだった。
血の様に赤く染まる空。空に浮かぶ巨大な人影。頭まですっぽりとローブに身を包んでいるその姿。
その者は名乗った。
自分は《茅場晶彦》だと。
そして、デス・ゲーム開始を宣言したのだ。
「………」
キリトは、話を続ける内に、徐々に表情を曇らせていく。あの時、自分は見捨てたのだ。自分が生き残る事しか考えず、ずっと自分の為ばかりを考えて……。
「キリト、少し肩の力を抜け」
「っ……!」
リュウキにそう言われ、肩を軽く叩かれて、思わず身体が震えてしまった。この記憶は何度思い出しても、後悔してしまう。あれからずっと、気にするなと言われていても、どうしても。だから、キリトは後悔しても もう、心配はかけない様にする事だけに集中した。これ以上、気を遣わせるのははっきり言って格好悪いから。
「悪い。どうしてもあの時の事、考えるとな? もうちょっとクレバーに動けたら、って思うんだよ。リュウキの様にな?」
キリトはそう言って笑った。『もう大丈夫だ』と、言うように。
「……そうか」
リュウキもそれを聞いて軽く笑った。
「ふむふむ……、キリト君は事件があったその日、その瞬間から、もう行動を開始していたんだね……リュウキ君は何をしていたんだい?」
菊岡は、リュウキのほうに視線を向けた。キリトについては、以前にもそれなりには話は聞いた事があるから、直ぐに輪郭を帯びる事ができるのだが、リュウキに関してはデータが不十分だから。
「オレは……、兎に角 はじまりの町周囲を視てまわっていたよ。……βテスト時と現在との差を比べる為にな。それはオレの様な元βテスターじゃないと出来ないからな」
リュウキは当時の事を思い出しながらそう答える。あの時は確かに、その行動をとったと記憶はしていた。キリトの提案を受けずに、街の外へと。……不穏な気配が視えたからだ。
それを聞いたキリトは、にやっと笑った。
「そう、この男のおかげで 1層での犠牲者の数が減ったと言っても間違いないぜ。至る所を歩き回って、情報を仕入れたと思えば、直ぐに道具屋に並んでてな」
「……別に 煽てても何も出ないぞ」
リュウキは恥ずかしい様で、そっぽ向きながらそう言っていた。それを見た菊岡もニヤニヤしだして……、そんな菊岡を見るのも嫌だったから、キリトも速攻でやめるのだった。
~学校専用プール~
着替えを終えた4人は、一目散にプールサイドに飛び出た。キラキラと太陽光を反射させて 光っている水面。その25mプールの中には誰もいない。
正に貸切状態だ。
「うっひゃ~~、貸切プールさいっこうっ!!」
リズは、まるで水面と同じ様に目を輝かせていた。こんな事、中々できるものじゃないだろう。だから、提案してくれたアスナ達や来る切欠になった直葉に乾杯だ。
「新鮮ですねー!」
シリカも、見渡しながらそう言う。
夏休みと言う長期休みだし、そんな時にこんなプールに入れる事なんて滅多にない。……市営のプールじゃまず100%見ることは無理だろう。
シリカが、回りを見渡していた時。
「わったし、いっちばーん!!」
リズが、隙?を見て真っ先にプール内へと飛び込んだ!ばしゃんっ!と言う水音を立て、水飛沫を飛ばしながら、水面に波をつくる。
「わ、わわっ! ずるいですよっ! リズさんっ!」
シリカも、慌てて飛び込んだ。それを見ていたレイナは。
「もー、準備運動しないと、足つっちゃうよ?」
と、大人な対応を言いつつも、うずうずさせてしまっているレイナ。
基本的にプール内にジャンプして飛び込むのは御法度だ。回りのお客さんに御迷惑がかかるから、と言うのが定番である。
でも、今回はその心配はしなくてもいいし、怒られない。
「そうだよ! もうっ」
アスナもそう言っている。2人して、大人だ。ちゃんと、プールに入る前に、身体をしっかりと伸ばして、準備運動をしているのだ。だけど……。
「おねーちゃんっ! ごめんねーっ!」
レイナも、隙?を見てアスナよりも先にいざ水の中にダイヴ!
「あ、レイっ! ずるいっ!!」
それを見たアスナも飛び込んだ。
つまり、皆子供の様にはしゃいじゃってると言う事。まぁ、まだ大人とは言えない年齢だとは思えるが。
……スタイルは随分と良いけれど、それはご愛嬌だ。
「あはははっ! 気持ちいいっ! って、わぷっ!!」
レイナが水面浮かびあがり、顔を出した所で、リズの水鉄砲!ならぬ、水大砲!両手で掬った水を一気に発射させていた。
「へへ~ん、油断大敵よ?」
「やったなーリズさんっ! よしっ、シリカちゃん! 挟み討ちだよっ!」
「任されましたー!!」
「なな、2人掛りとは卑怯な!」
「ふふ、しょーがない。リズには私が味方をしてあげる!」
「さすがアスナ~~っ! 親友だね~」
「うー、お姉ちゃんは、妹の私が可愛くないの~!」
「その可愛い妹に裏切られる様に先に入られちゃったお姉ちゃんは悲しいのです」
「はぅ……」
「あはははは!!」
きゃいきゃい! とはしゃいでいる3人。
あれ?人数が1人足りない……、と思ってたら、もう1人はやや遅れてプールに入っていた。なぜ遅れたかというと……。
「ふぅ、膨らませるの、時間かかっちゃったけど……、わぁ、水が冷たくて、気持ちいいっ!」
直葉は、大きな大きな赤と白の模様の浮き輪をぱんぱんに膨らませていたからだった。
浮き輪をして泳ぐ?……これじゃあ、……泳ぎの練習にならないよね?
そう思ったのは、作者だけじゃないだろう。1人が、期待に応える為に、と行動を颯爽と開始していたのだった。
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