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俺と乞食とその他諸々の日常

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二十五話:魔女っ娘と日常


 あの後、リアル鬼ごっこから無事に逃げ出すことに成功した俺は誰もいない部屋の片隅で休んでいた。
 しばらくここに潜んでエレミアの手記を探して、ほとぼりが冷めたら戻るとしよう。
 ハリーのパンツが白だと分かったのは収穫だが対価が自分の命じゃ割に合わない。
 まあ、今はそれよりも重大な危機に直面しているわけなんだが……。

「おえ……気分が悪い。流石に調子に乗って無限スピンをしたのは間違いだったか?」

 壁に手をつき今にもリバースしてしまいそうなパンの耳を何とか押しとどめる。
 一人になったことと初めての無重力空間ということが災いしたのか調子に乗って無重力を満喫したのがこのざまだ。
 いっそ胃の中の物をぶちまけてしまいたいがそんなことをすれば書庫が大惨事になるので出来ない。
 ヴィヴィオちゃんを呼ぶというのも先程の件で却下だ。

「詰んだな……俺。おえっぷ…!」

 口を手で抑えながら弱々しい声で呟く。じっとりとした嫌な汗が止まらない。
 おまけに顔も鏡で見れば真っ青になっていること間違いなしだろう。
 ごめんなさい、会ったこともない司書長さん。
 これ以上は耐えられな―――

「大丈夫……?」
「うぇっぷ……君は?」
「大丈夫じゃなさそう。ちょっと待って」

 後ろから声を掛けられて振り向いてみると金色の髪に金色の瞳をした魔女っ娘が立っていた。
 魔女っ娘は俺の問いかけに答えずに何やらゴソゴソと懐をまさぐって錠剤を取り出し俺に渡す。
 飲めばいいのかと問いかけると無言で頷くので意を決して飲むと不思議と楽な気分になって来る。

「もしかして酔い止めなのか?」

 またしても無言でコクリと頷く魔女っ娘。ふむ、非常に可愛らしいな。
 何はともあれ無限書庫にモザイクが漂う危機を救ってくれたこの子には感謝しなければならない。

「ありがとう。君のおかげで大分楽になったよ」
「……気にしないで。吐かれても迷惑だから」
「全くだな。それで君も何か本を探しに来たのか?」
「そんなところ」

 最近の子供は無限書庫にまで調べものに来るのがトレンドなのだろうか。
 ヴィヴィオちゃん達にしろ、この子にしろ、まだ小さいのに偉いことだ。
 それと先程から気になっていたことがあるので尋ねる。

「ところで君のお友達は中々に面白いな。特にこいつの腹なんかぷにぷにだ」

 魔女っ娘の周りを飛び回っている骨とコウモリと悪魔を見つめて呟く。
 試しにゲッゲッと鳴いている奴に触ってみると思いのほか触り心地がよかった。

「……気持ち悪がらないの?」
「ん? 可愛いじゃないか。ぷにぷにだし」

 ぷにぷにな物は見た目が少しあれでも触れば許せるから不思議だ。
 まあ、俺だけかもしれないが。

「変わってるんだね」
「失礼だな。俺はこの上なく常識人だぞ」
「常識人ははしゃいで気分を悪くしない」

 魔女っ娘の容赦のない言葉が俺のハートにグサリと突き刺さる。
 骨とコウモリと悪魔もコクコクと頷いているのがムカつく。
 デフォルトでいやらしい笑みを浮かべているので煽り度は倍プッシュだ。

「……いいよ。放っておいても害はなさそうだし」
「何を言っているんだ?」
「何でもない」

 なにやらコウモリが魔女っ娘に寄り添うようにして何かを伝えたようだが俺にはわからない。
 尋ねてもはぐらかすように首を振られるだけだ。
 まあ、考えても仕方がないので本の検索を開始する。
だが、まだ酔いが残っていたのか再び気分が悪くなってしまう。

「まだ、気分が悪いなら休んだ方がいい。プチデビルを置いていくから」
「すまないな……」
「じゃあ、私は探し物があるから」
「ああ、頑張ってくれ」

 悪魔、改めプチデビルと一緒に魔女っ娘に手を振る。そして姿が見えなくなったところで出来るだけ体を固定するように本棚にしがみつく。
 しばらくはこうして休んでおこう。幸いなことに魔女っ娘は俺にプチデビル(おもちゃ)を置いて行ったので暇になることは無いだろう。
 俺は空いている方の手でプチデビルをぷにぷにと弄び始めるのだった。


「人質はひとまとめにするより分散した方がいい。あの人ならいざとなってもプチデビル一匹で倒せそうだし」


 そんな魔女っ娘の呟きが聞こえるわけもなく俺はただひたすらプチデビルをぷにぷにして悶えさせていたのだった。





「何だ? この爆発音は」

 しばらく休んで復活した俺の耳に突如として何かが爆発する音が聞こえてくる。
 十中八九なにかがあったのだろう。
俺に撫でられ続けてぐったりとしていたプチデビルもなにやらそわそわしているので間違いない。

「魔女っ娘の場所が分かるのか?」

 小さな体を精一杯に上下させて答える姿に少し癒されながら俺は部屋から出て行く。
 プチデビルに先導して貰おうと思ったのだがまだぐったりとしているので肩に乗せて移動していく。
 調子に乗り過ぎたと少し反省している。
 迷わないように壁伝いに進んで行く俺とプチデビル。
 すると、何やらヨタヨタと進んでいる子どもの影が見えてきた。

「はぁ…はぁ…う、動きづらいわ~」

 見慣れたバリアジャケットに黒髪ツインテール。顔も見覚えのある人物だ。
 だが、しかしどこからどうみても子どもだ。
下手したらヴィヴィオちゃん達よりも年下かもしれない。

「はわっ! リ、リヒター!?」
「お前まさか、ジーク―――」

 顔を赤くして目を回すロリっ子の正体に愕然として俺は思わず叫んでしまった。


「―――の子どもか!」


「何でそうなるん!?」

 まさか、子供がいたなんて……ヴィクターが知ったら悲しみと嬉しさのあまりに発狂死してしまうかもしれない。
 そして巻き添えの雷が俺に降り注ぐな。間違いなく。

「違うわ。(ウチ)よ、(ウチ)!」
「ああ、ついにオレオレ詐欺の現行犯を見ることになるとはな」
「それも違う! 大体、今の(ウチ)の見た目年齢から考えて子供は無理があるやろ」
「心配するな。悪いのはお前の親であってお前は悪くないぞ。ジークリンデ・ロリミア」
「ロリミアってなに!? というか、分かっててからかってるやろ!」

 おっと、バレたか。理由は知らないが面白かったのでからかったんだが俺も状況が知りたいのでこのぐらいにしておこう。
 因みにプチデビルは俺と一緒に愉快そうに『ゲッゲッゲー』と笑っている。
 中々に話の分かる奴で助かった。

「って、それ魔女っこの!」
「なんだ、お前もあの子とあったのか」
「ええから、はよそいつから離れて、リヒター!」

 ヨタヨタとファインティングポーズを取ろうとするジークだったがバランス崩してそのまま一回転してしまう。
 可哀想なものを見るような目で見つめる俺とプチデビル。
 目をグルグルと回してバタバタ手足を動かすジーク。
 気まずげな静寂が辺りを包み込む。

「……助けるか」
「……ゲッゲゲ」

 プチデビルも了解してくれたのでジークに近づき回転を止めさせてから抱きかかえる。
 いわゆるお姫様抱っこだが昨日もやったので別にいいだろう。

「お、おおきに……ッ! て、お姫様抱っこ!?」
「なんだ、昨日もお前が気絶した後にしてやったんだぞ」
「なんでそん時に目覚めんかったんや(ウチ)…ッ! で、でも今は夢やないんよね?」

 ほんのり頬を染めてすがるような目で見上げてくるジーク。
ロリミア状態だからかいつもより可愛くて困る。
 これがようじょの力だとでも言うのか?

「ゲ! ゲーッ!」
「あ、そう言えばこの子のこと忘れとった。何されるか分からんから離れたほうがええって!」
「ん、別に危険性は無いぞ?」
「ゲッゲッゲッ」

 危険性がないことを示す為にプチデビルのお腹をぷにぷにと触ってやると悶えて力なく俺の肩の上に崩れ落ちた。
 なんか、悪魔が持っている槍みたいな物を取り落していたがそれに関しては確かに危なそうなのでそのままにしておく。

「……なんか心配した(ウチ)が損した気分やわ」
「まあ、理由は分からないがそれは行きながら聞くことにするか」

 ジークをお姫様抱っこしたままふわふわと飛んでいく。
 理由を聞くと何でも魔女っ娘の呪いによりジークはロリミアになってしまったらしい。
 魔女っ娘にはいい仕事をしたと言わざるを得ないだろう。

「戦闘音がする……リヒター、あっちや!」
「はいよ」
「ゲーッ!」

 ジークの指示に従い赴いてみるとそこでは確かに激しい戦闘が行われていた。
 恐らくは大人モードの魔女っ娘と思われる女性を拘束するヴィヴィオちゃん。
 どうでもいいが縛り方がやけにエロい。
 しかし、少ししか見てないがこの角度から見ても見えないということは、まさか―――



「はいていないとでもいうのか…ッ!?」



 もしくはお尻が映えるTバックを見た目はともかくあの年ではきこなしているというのか。
 どちらにしても、魔女っ娘……恐ろしい子だ。
 
 

 
後書き
おまけ~ある朝目が覚めると小動物になっていたリヒター~


俺の名前はリヒター・ノーマン。しがない高校生だ。
……取りあえず落ち着くために自己紹介してみたがダメだった。
全く分からない。一体どういうことだよ、なんで目が覚めたら―――


「ニャーッ!(猫になっているんだよーッ!)」


 力いっぱい雄叫びを上げてみるが聞こえてくるのは可愛らしい鳴き声だけだった。
 念話で誰かを呼ぼうかとも思ったが猫になったせいかできなかった。
 おまけに端末もこの手では操作できない。

「ナァ、ナッ! (こうなったら外に出て助けを求めるしかない!)」

 俺は意を決して外に飛び出していく。
まずは猫に詳しそうなアインハルトちゃんを探そう。
 いつもトレーニングしている場所まで駆け続けるとアインハルトちゃんと無事遭遇できた。
 ヴィヴィオちゃん、リオちゃん、コロナちゃんもいるのは好都合だ。

「ニャン!(お願いだから助けてくれ!)」
「猫…ですか?」
「もしかしてティオのお友達ですか」
「にゃあ?」

 違うそうじゃない、俺だ、リヒターだ! お願いだから俺だと気づいてくれ。
 あ、ティオが近づいて来る。賢いティオなら俺だという事に気づいてくれるはずだ。
 案の定、不思議そうな顔をしながらも体をすりよせて甘えてくるティオ。

「にゃ!」

 キリッと顔を上げてアインハルトちゃんに何事かを伝えるティオ。
 よし、でかしたぞティオ! これでこの姿ともおさらばだ―――

「そうですか、お友達ですか。よかったですね、ティオ」
「ニャ!? (なんでさ!?)」
「にゃあ!?」

 二匹でツッコミを入れるがアインハルトちゃん達はその様子を微笑まし気に見つめるだけだ。
 しまった、俺の言葉が通じないようにティオの言葉もまた通じないのだ。
 ……まずい、このままだと一生猫の姿で過ごすことになりかねない。

「この子可愛いなー」
「あ、リオ私にも撫でさせてよ!」
「ヴィヴィオは後で」

 ……別にこのまま猫の姿でもいいかもしれない。
 よくよく考えたら家猫になれば飯の心配は一切する必要はなく毎日好きなだけ寝ていられる。
 実はこれはチャンス?
 いや、人間としての尊厳が俺を許さない! やはり戻らなければ。

「あれ、ヴィヴィちゃん達やない。何しとるん?」
「ナァー! (ジーク来たー!)」
「はわっ! ど、どないしたんこの子」
「ニャ! ニャニャ! (俺だ、リヒターだ! 気づいてくれ!)」

 ジークに飛びかかり腕の中でつぶらな瞳で訴えかけるとジークは何やら小難しい顔で俺を見つめる。

「なんか、この子…どことなくリヒターに似とる気がする」
「ニャン(そうだ、俺だ)」
「ま、気のせいよね」
「ニャーン! (なんでだよ!)」

 思わずジークの小振りの胸に猫パンチをした俺を責められる奴はいないだろう。
 こそばゆそうに頬を赤らめるジークを見上げながら俺は行く末を思う。
 果たして元の体に戻れる日は来るのだろうか……。

【続く】
 
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