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黒魔術師松本沙耶香  薔薇篇

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14部分:第十四章


第十四章

 沙耶香には神なぞ知ったことではない。魔をその身体に纏う者にとっては神という存在程嘲笑すべきものはない。その神が何をしてきたのか。神の名において何が行われてきたのか。それを全て知っている彼女にとってはその名を出されても哂うことはあっても怖れることはなかった。
「では。若し神が赦せば貴女はここで私に抱かれるのかしら」
「神がそんなことを御赦しになられる筈がありません」
 エレナはそれを頭から否定した。どうやら結構信仰心は深いようである。
「この様な大罪を。どうして」
「大罪だからよ」
 沙耶香は必死で否定しようとするエレナを見ていた。その黒い目が薄暗い部屋の中で妖しく輝いていた。まるで闇夜の中の黒水晶の様に。
「人は罪を犯すもの」
 そして言う。
「罪を犯す存在だからこそ赦されるのよ」
「ですが」
「なら。教会の懺悔室は何故あるのかしら」
 沙耶香の姿は何時の間にかエレナの前から消えていた。そして後ろから声が聞こえてきた。
「えっ」
「聞いているのよ。何故懺悔する為の部屋があるのかしら」
 沙耶香は後ろにいた。後ろからエレナに囁いていた。顔を後ろに向け見上げる彼女を見下ろして。もうすぐ側にまで来ていた。彼女の白い整った顔を覗き込みながら尋ねる。
「それは人が罪を犯してしまった時の為に」
「そうよね」
 沙耶香はその答えに頷いた。
「その通りよ。それじゃあ」
 その答えを聞いたうえで言う。
「わかっているわね」
 言いながらその手をエレナのベストの中に入れてきた。
「罪を。犯しましょう」
「罪を」
「そう、清められない罪なぞ存在しないわ」
「ではこの罪も」
「ええ、清められるのよ。だから」
「犯しても」
「そのまま。貴女は清められるのよ」
 エレナを抱いていた。黒い天使が美女を捉えていた。そして。二人は甘美な魔界へと旅立つのであった。
 エレナに甘美な背徳の罪を犯させ、それを共有した沙耶香はその後ですぐに服を着た。側ではエレナが半ば呆然としながらも服を着ていた。
「どうかしら、この罪は」
「これが罪・・・・・・」
「そう、神が赦さないというのならね」
「私は。罪を犯した」
「けれどそれは赦される罪」
「じゃあ」
「そうよ。神に祈りなさい。そして」
 沙耶香はここでまた妖艶に笑った。
「また私と」
「この甘美な罪を」
「共に味わいましょう。いいわね」
「はい」
 その言葉にこくりと頷いた。それから沙耶香に声をかける。
「ところで今日のワインは」
「シャトー=ペトリュスがいいわ」
 沙耶香は答えた。
「シャトー=ペトリュスですか」
 エレナはそのワインをよく知っていた。赤のフルボディのワインだ。ボルドー産であり少産ということもあり希少価値のワインとされている。
「あるかしら」
「はい、年代ものが一本」
「じゃあそれを頂くわ」
「わかりました。それじゃあ」
「夜寝る前にはね。女の子とワインが欠かせないわね」
「はあ」
「そして薔薇が。今度はどの薔薇かしら」
「薔薇!?」
「何でもないわ」
 これはエレナとは関係のない話であった。すぐに打ち消した。
「けれど。貴女もまた大輪の薔薇であり、そして美酒ね」
「私が」
「その味、堪能させてもらったわ。よかったらまた」
 彼女に目を向けて言う。
「また。罪を犯しましょう」
「はい・・・・・・」
 それは罪を刻まれた者の返事ではなかった。罪を共有する者の返事であった。今彼女はその身体も心も沙耶香のものとなったのであった。そして沙耶香もそれははっきりとわかっていた。そのことに満足感を感じながらワイン蔵を後にした。シャトー=ペトリュスと共に。
 
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