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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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15部分:第十五章


第十五章

「そうか」
 このことはすぐに知事にも話された。彼は自分の部屋でそれを聞いていた。
「やはりな。妖怪だったか」
「信じて頂けるのですね」
「だから君に依頼したんだ」
 知事の返答は実に単純明快であった。
「違うか?」
「いえ」
 沙耶香はそれに応える。それから述べた。
「そうでなければこちらも依頼を引き受けはしません」
「そうだな。私もものを書く身だ」
 知事は自分のことをこう切り出してきた。
「だからだ。こうした話もかなり読んできた」
「はい」
「雪女の話もな。実は嫌いではないんだ」
 この知事は意外にも頭はかなり柔らかい。臨機応変に物事を考えることができるしユーモアもある。そして決して姑息でも卑劣でもない。しばしば舌禍も招くがそれでも中々柔軟な思考を見せてくれるのだ。
「小泉八雲は好きだ」
 そのうえで言ってきた。
「あの中に雪女の話があるな」
「はい」
 あまりにも有名な話である。若者の命を助けその若者の妻となる雪女の話だ。冷たいが優しく美しく、そして悲しい雪女の話である。日本の怪奇話の古典的名作でもある。
「あれで雪女を好きになった。しかしだ」
 彼は饒舌に話を進めてきた。どうやらこうした話が本当に好きらしい。
「雪にまつわる妖怪は案外多いのだな」
「それは確かに」
 これは沙耶香の専門である。だから彼女は言葉を返すことができた。
「雪女の他にも子供や老婆の妖怪」
「ですね」
 どれも東北の話であることが多い。雪が多いと雪にまつわる妖怪が多くなるのは当然であるのだ。これは山に山の妖怪がいるのと同じである。
「結構話としては好きなのだがね。実際に出るとなると」
「迷惑ですか」
「ホームレス達の保護をすぐにはじめておいて正解だったな」
 彼は窓を見てふと言ってきた。
「さもないと凍死者が出るところだった」
「そこまで考えておられたのですか」
「基本ではないのかね?」
 何を今更といった返答であった。
「そういうものは。仮にも私は政治家なのだから」
 強者の論理をよく言うとされている人物である。しかしこうした細かい気配りも実はできるのだ。そこが口だけの自称人権派と違うところである。彼は雪が続くのを見てすぐに路上生活者達を施設に一時保護することを決定したのである。これが政治というものであろう。
「それは考えたよ」
「ですか」
「君の家は知らんがね」
 ここで悪戯っぽく沙耶香に顔を見せて微笑んできた。
「そもそも君は住所は」
「プライバシーですので」
 沙耶香はうっすらと笑ってそれに応えてきた。
「お答えするわけには」
「そうかね」
「はい」 
 その上で頷いてきた。
「呼び出しがあればすぐにお伺いしますので」
「ふむ。気遣いは無用と」
「そういうことです」
 沙耶香は述べてきた。
「ではいい。犯罪者でもない限りプライバシーには関わらない」
 最低限の節度はわきまえている。
「しかし誰にもわからない呼び方ばかりだが」
「ふふふ」
 その言葉には妖しく笑ってみせてきて述べた。
「それでもわかるのですよ。必要となれば」
「私も知ったしな」
「偶然でしたかしら」
「その通りだよ」
 知事は答えてきた。
「人づてで聞いて。知事になってからな」
「私のことを知っている方は少ないので」
「少ないのか」
「ええ」
 妖しい笑みのまま述べるのであった。
「あくまで。ただし」
「ただし?」
「私は私を必要とする方の前以外には姿を現わさないので」
「不思議なものだな」
 笑みを浮かべる知事の顔は決して怪訝なものではなかった。むしろ楽しむものであった。
「そういうこともまた」
「自然とです」
 彼女は答える。
「運命に導かれて」
「それであれかね」
 彼はまた声をかけてきた。
「女性もまた」
「私の前に花が現われたなら」
 彼女は語りはじめた。
「その花は私の手の中に収まる運命なのですから」
 そう語る。語る声もまた妖しいものであった。音色も響きもそうであった。
「それはまた」
「ふむ。そういうことか」
「はい。そして男性もまた」
 沙耶香の妖しい笑みはさらに続いた。

 
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