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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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SAO編
  第74話 鍛冶職人 リズベット


~2024年 7月 第48層・リンダース~


 そこは、巨大な水車が緩やかに回転する心地よい音が、その工房の中を満たしている。さして広くも無い職人クラス用のプレイヤーホームだけど、この見事な水車のおかげでやたらと売値が高かった。でも、その外見……それを見たその瞬間、彼女は、『見惚れた! 此処しかない!』と思ったのだ。
 だけれど、ハードルが凄まじく高いものだった。そのプレイヤーホームの値札が愕然とするものだったからだ。


 目標の額、即ちその値段が≪300万コル≫だった。


 正直、その額を見た瞬間、彼女は、 がくっ……と膝から崩れ落ちたんだけれど、直ぐに気持ちを切り替えた。何故なら、優良物件故にライバルが多数いたのだ。……偶然にも 『購入をしよう』『まだ、お金が足りないけど、頑張って貯めるか』と言う会話を訊いたのだ。

 その後は、各方面に借金をし、重ね、そして 何よりも自分自身のアイデンティティを存分に活かした。そう、文字通り死に物狂いで働き、ハンマーを振り続けたのだ。

 もしもこの世界が、現実であるなら、自分自身は女子とは思えないほどに全身がっちりと筋肉が付いて、その右手には硬いタコが出来てしまう程になっていただろう。それ程、振り下ろしたと自覚している。……そう思ったその時、初めてこの場所が、この世界が現実じゃなくて良かったと心の底から思った。
 なぜなら、そんな身体になってしまえば、色気が……、なくなってしまうから……。ず~っと、遠のいてしまうから……。

 そして、日々の精進もあり 何とか数人いたライバルにギリギリ先んじて証紙を手にして、この水車付きの家、この場所は……。


≪リズベット武具店≫となったんだ。






 今まで沢山大変な事はあった。だけど毎日が充実している。
 今日も、自身に課せたノルマを達成したのだから。とりあえず休憩を、と言う事で 彼女は一息すると。


「はぁ~~……今日もよく働いたなぁ……」

 そう言いながら、工房の椅子に腰掛けた。工房に備え付けてある時計に目をやると、もう時刻は、店閉まい寸前だった。大分集中していた様で、全く気がつかなかった。その間に客が来なくて良かったと思える程だ。


 その武具店の名の通り、プレイヤー名 《リズベット》は、深く椅子に腰掛けると、ふぅ……と一息ついていた。


 その姿は鍛冶職人とは思えない服装だ……。そう、職人と言うより、ウェイトレス? と言える服装(装備)
 桧皮色のパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート。そして、その上から純白のエプロン、胸元には赤いリボンだ。見事なまでに、鍛冶屋とは思えない。

 因みに、この服装をコーディネートしたのは自分じゃない。友人である、お得意様の姉妹の2人にこの姿に変身させられたのだ。

 そうそう、その時の彼女達の言葉がこれだ。

『リズベットは童顔だから、ごつい服は似合わないよー!』
『うんっ! 私もそう思うよっ! やっぱり リズさん すっごく可愛いよっ。うんっ 似合う似合う♪』

 ……と言う事だった。自分の事を玩具にしてくれるとはいい度胸だ。とリズは思った。
 そして、正直、可愛いと言ってくれている方は妹の方であり、その妹の方は物凄く好感が持てるんだけれど、自分の事を、《童顔》と言ってくれやがったのは姉、そっちの方には。

『大きなお世話だ!』っと思った。

 だけど、彼女達姉妹の事、悪態を幾らついたとしても、嫌いになんてならない。なる訳がない。
 
 本当に良いコ達だからだ。攻略だって大変なのに、しっかりとギルドを纏めている。……それに、色々と大変な姉を上手くカバーしてくれてるのが妹だった。姉思いであり、妹思いでもある姉妹。……理想的な姉妹だって思える。

 何よりも、彼女達と会う時、いつも いつだって笑顔だった。
 心からの笑顔を見せてくれる、それだけで 心が温かくなる。……この世界に来て心のよりどころである存在だって、言っても決して大袈裟じゃない。だから、あの2人と本当に友達で良かった、とリズは 心から思ってる。
 その上、この姿にコーディネートしてもらってから、店の売り上げが倍増した事もあるのだ。

――本当に自分って可愛いのかな? とか思った程だ。




「はぁ………」

 でも……、リズにとっては、良いばかりじゃなかった。
 友達の……そう、その友達の名前が《アスナ》

 彼女が、以前この店に身嗜みを整えにきた。名目は武器・防具のメンテナンスだった。


『ピカピカにしときたいの!』


 アスナが、いつも通り ノックも無く 入ってくるなり、そう言うのだ。……だが、鍛冶屋のリズが見た所、アスナが装備している装備自体は、輝きが若干失ってはいたが お金を払ってまでメンテナンスをする程の事でもない。その時点で、『何かがある』とリズは踏んでいた。

 よくよく観察してみると、アスナの耳には、普段では付けたりしていない銀のイヤリング。下はブーツまで、まるで卸たてのように輝いているのが直ぐに判った。

 ここで、リズベットは最前線の状況を頭の中で思い出した。
 
 確か、第62層の攻略は、噂の《白銀》の異名を持つプレイヤーが、最前線攻略に積極的に来たらしく、攻略にそこまでかからなかったそうだが、今の層は違うようなのだ。
 お得意様には、攻略組は当然いるから、そう言った情報もよく入ってくるのだ。

『怪しいな~ よく考えたら今日は平日じゃない、ギルドのノルマはどうしたのよ。63層で手間取ってるっていってなかったっけ?』

 そうリズベットが聞くとアスナは照れたように笑いを浮かべていた。……話を聞くと、どうやら今日は、オフにしてもらったとのことだった。その理由が人に会う約束があって……との事。

『詳しく聞かせなさいよ! 誰と会うの?』
『ひっ、ひみつーー!』

 リズベットの言葉に、アスナは頬を僅かに染めながらそっぽを向いていた。それを見たリズベットは、完全に確信する。

 そして 深く頷くと。

『そっかぁー! あんたこのごろ妙に明るくなったと思ったら、とうとう 男が出来たかぁ!』

 リズは、うんうんと頷くと、それを訊いたアスナは、頬を真っ赤にさせ 慌てて否定した。

『そっ! そんなんじゃないわよっ!』

 否定はしているものの、アスナの表情は、よりいっそう赤くなっていく。留まる事を知らない程に。
 『そんなので否定出来ているのかね? この子は……』 と、リズベットは思えてしまい、尚更面白おかしくなり、更にからかいたい衝動が出てきた。あわよくば、相手の事を聴き出してやろう、とも思っていた 丁度その時だった。

『そうなのそうなのっ♪ お姉ちゃんにも春が来たんだよっ? ず~っと前から、気にはしてたんだけどねっ!』

 そんな陽気な声と共に、そこにふわりと上から飛び降りてきた少女がいた。
 というより、いきなり頭上から飛び降りてきたから、正直な所 2人とも驚いた。其々に集中させていたから。

『『わぁっ!』』

 リズベット・アスナ共に、衝撃だったから驚いていたのだが、相手が誰なのかが すぐに判ったから、落ち着かせ、リズベットに至ってはため息を吐いた。

『ったくもー……ほーんと、あんた達は 似たもの姉妹よね? 勝手知ったる他人の工房……ってか? っとと、それより、やっぱりなの? レイ?』
『そーそー!』

 そう、工房に突然現れたのは、アスナの妹の《レイナ》 今、リズベットが理想としている姉妹がここに揃った。

 リズベットはアスナからレイナの方に向いていた。レイナは、頷いて肯定をしていた。妹が言っているのだから間違いは無いだろう。

『ちょ、ちょっと! レイっ!!』
『えっへへ~♪ 良いじゃんお姉ちゃんっ。だって、ホントの事だもんっ!』

 楽しそうに絡んでいる2人。友達……と言うより、親友であるアスナ、そして自分にとっては歳下だから、後輩だと言えるんだけど、正直堅っくるしいのはキライだから、妹のレイナも親友のようなものだ。……2人を見ているのが凄く楽しいんだから。話をしている時が、最高に楽しいから。


 この時に、アスナに男がいる。間違いなくこの世界に好きな男性プレイヤーがいると言う事もわかった。この女の自分から見ても美人さんなアスナを落した男はどれ程の男なのか、と興味が抱かない訳はないだろう。



 そして、それは直ぐ後、数日後の事だった。



 いつも通り、鍛冶に精を出していると、店に全身黒ずくめの男性プレイヤーが来たのだ。


 その男は 来るなり、色々あって店一番の剣を叩き折ってくれやがった……。その言い方は女子には相応しくないが、それだけ衝撃だったんだ。最後は意地になって、納得のいく武器を、店一番の武器を折ったその武器よりも強いのを作ってやると、言って、男と共に《金属鉱石(インゴット)》を取りに行くことに決めた。
 自己紹介をしあって、パーティを組む事になる。


 男の名前は《キリト》だった。


 初対面、だと言うのに、いきなり呼び捨てで呼び合って……つまりは、剣を折られた事もあってか、第一印象は最悪だったが、仕様がなしに、なし崩し的に2人は採掘に向かった。

 場所は、雪山で 狙いは《ドラゴンの討伐》
 そのドラゴンは水晶を餌として、体内で金属に精製する。と言うヒントをNPCから得ていた故に、それが最も有力だった。

 だが、情報にはまだ続きがある。ただ単純に討伐をするだけではなく、鍛冶職人(マスターメイサー)が一緒じゃなきゃ出ないのではないか? と言う一文だった。

 だから、パーティを組んだのだった。

 初めはキリトは渋っていたんだが、リズは 鍛冶職人(マスターメイサー)、自分自身が必要だろう、と言う情報の事を切り出し為、折れたキリトは渋々パーティを組む事を了承したのだ。
 一緒に雪山へと向かう事になった。



 そして、一緒に行って死にそうになったんだ。



 それはリズベット自身のせいだった。……ドラゴンのブレスを受けて大きな大きな縦穴の中に落下してしまった。上る事も出来なきない大きさ深さだったから、そこで野宿をした。


 普段なら考えられないけれど、この時……、リズベットは キリトの温かさを知った。


 手の温もりは決してまやかしなんかじゃない……と。キリトは、何だかムカつく事、何度も言ってたんだけど……、決して見捨てない。誰かを見殺しにするくらいなら、一緒に死んだ方が良いとまで言っていた。

 心から、その優しさに触れる事ができて、そして知る事ができたんだ。

 確かに、アスナやレイナと一緒にいる時も、楽しく 温かい、と言う表現が取れる。……だが、キリトといる時に感じた温もりは また種類が違ったんだ。


 その後も、色々と大変だったけど、無事に目的の金属鉱石(インゴット)を入手した。


 入手方法、本当の入手方法は、情報通りではなかった。――……それ、、思い出すのも嫌だから、省略する事にする。


 入手の過程は最悪だったかもしれないが、それでも、その金属鉱石(インゴット)を使い、武器も納得がいく物が出来た。それは、自分は勿論キリトにも。だから、思い切って、リズは想いを告げようとした。


 でも……その時、偶然にも店にアスナが来たんだった。


 そして、その時 アスナの表情を見て……、自分や妹のレイナと話す時とはまた違う表情を見て……、アスナの想いを寄せている相手がキリトだと言う事。リズベットは、その時に知ったんだ。









「はぁ~~……」

 それは、ため息 2回目だった。
 あの時の事を思い出す度に、出てしまう。……ため息を、すればするほどに幸福は逃げて行く、と言う言葉は よく聞くけれど……、何度となく、やっぱりどうしても出てしまう。

 あんな気持ちになったのは初めてで。でも、キリトの隣にいれるのはアスナの様な強い心を持った女の子じゃなきゃ……と思ったからこそ、一先ず身を引いた。

 それでも、身を引いたと言っても、それはこの世界で、の話だ。

「……第2ラウンド、するんだからね? アスナ……」

 現実世界に戻ったら、絶対にする! っと言い聞かせていた。あれから随分たっているというのに、まだこの、キリトに対する気持ち、その想いは強いから。

 その時だ。

 カランコロン、と 工房の中に鐘の音が響き渡ったのは。
 
 それは、誰かが武具店に入ってきた証。出入り口が開くと音が響くようになっているから直ぐにわかるのだ。

「あぁ……あとちょ~っとで店じまいなんだけどなぁ……」

 っと、呟きちらりとリズは古時計の時刻を確認した。だが、まだ確かに営業中と言えばそうだ。それに、《CLOSED》と言う看板を立てかけた訳でもない。

「……駄目駄目、接客接客!」

 リズは愚痴を止め、そして考えていた事を考えるのもやめた。そして、鏡の前で笑顔をにっこりと造り、営業スマイルばっちり。接客業は笑顔が一番大切だから。
 そして勢い良く店に続く扉を開けると。

「いらっしゃいませっ! リズベット武具店へようこそ!」

 自分の中で最大級の笑顔、そして声量で迎え入れた。その店の中に立っていたのは、紺のコートを羽織った男?だった。

 
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