黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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1部分:第一章
第一章
黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
今東京で異変が起こっていた。しかも只の異変ではない。
雪に覆われている。しかしその雪が普通の雪ではなかったのだ。
紅の雪であった。まるで血の様に赤い雪が降りそれに覆われてしまっていたのだ。交通への被害は甚大でそれが世界的なニュースにまでなっていた。
そうした事態になって一週間。降り続く雪に打つ手がない都庁はここで一つの解決策を出してきた。
「彼女を呼ぶか」
都知事はその都庁の一室でこう言った。窓の外には相変わらず紅い雪が降っている。
「彼女といいますと」
「ああ、君は知らなかったか」
官僚の一人が問い掛けてきたのを見てそれに返す。もう七十を越しているが背が高く背筋も伸びている。顔にも精力があり実際の年齢よりも若く見える男である。
若い時から何かと話題になる人物であった。傲慢でありながら繊細なところのある面白い人物だ。その彼が今得意の奇策を出してきたのである。
「実はだね」
「はい」
官僚は彼の言葉に応える。また何をしてくるのかと内心では思っていたがそれは口には出さない。
「魔法使いを呼ぶ」
「魔法使いといいますと」
それを聞いた官僚の顔が怪訝に歪む。
「君にもわかったようだな」
「あの人ですよね」
「そう、彼女だ」
知事はこう答えて面白そうに笑ってきた。
「彼女ならば解決できると思うが」
「私はあまりお勧めできません」
それでも彼はこう述べるのであった。
「やはり彼女はですね」
「その性癖が気に入らないかね?」
「少なくとも妻や娘、とりわけ娘には紹介したくはありません」
憮然とした顔と声でこう述べてきた。
「何があるやら」
「まあ覚悟はしておくべきだな」
知事は笑ったままこう言ってきた。
「私も娘がいれば彼女には会わせたくはないものだ」
彼は息子ばかりいることで有名なのだ。それで時として無神経なマッチョイズムの象徴のように言われるが中々繊細なところもあるのだ。
「お孫さんならば」
「余計だな」
ユーモアを利かせて言葉を返す。
「そのまま誘惑されかねない」
「困ったものです」
「一応は両刀使いらしい」
「はあ」
そう言われてもあまり信じられないのもまた事実である。
「彼女は男性も好きなそうだ」
「そのわりには女性との浮名ばかりですが」
「好きになるのがたまたま女性ばかりだからだそうだ」
「とてもそうは思えませんな」
官僚は憮然としたまままた述べる。
「どうにも」
「まあそれでもだ」
彼は述べる。
「彼女しかいないだろう、ここは」
「例の彼は」
「彼は今は東京にはいないそうだ」
知事はこう答えてきた。
「残念なことにな」
「わかりました。では彼女しかいませんね」
「そうだ。では私から連絡を取っておく」
「連絡の取り方も御存知なのですか?」
「おいおい、私を誰だと思っている」
その言葉に笑って返す。傲慢なようにも聞こえるが実に様になっている。
「都知事だぞ。だが実は個人的な知り合いなのだよ」
「あの人とですか」
「話してみると中々面白いぞ」
「左様ですか」
「うむ。ではこの件はすぐに手を打とう」
都知事は即断してきた。決断力では定評のある人物である。
「すぐにな。それでいいな」
「はい。ではお任せします」
「うむ」
こうして都知事自らある人物に連絡を取ることになった。それはどういった方法なのかは彼は明かしはしなかった。だがそれはどうやら確実な方法であるらしい。
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