ダンジョンにSAO転生者の鍛冶師を求めるのは間違っているだろうか
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出会いは突然に――そして偶然に
前書き
こんなに早く日間二位を取れるとは思っていませんでした。
読んでくださったみんなに感謝です。
ダンジョンから外に出ると、既に日は沈みかけていて、空は茜色に染まっていた。
もうこんな時間か、なんて思いながら赤く染まる道を歩いていた。
ダンジョンの中に日光なんか届かないから、潜っていると時間感覚が狂う。
俺がまだダンジョンに潜るようになって間もないからのようで、お節介な俺の担当のアドバイザいわく、『他の冒険者は普通にわかるよ!君ももうすぐしたらわかるようになるよ!』らしいのだけど、いまだ慣れる気配はない。
いつ慣れるんだろう、ていうか腹減ったな、とメインストリートの両端に並ぶ賑わう出店から漂う食欲を刺激させるにおいに誘われそうになりながら、歩いていた――その時。
その少女が目に入った。
少女はこちらに背を向けていて、個人を識別する情報が後ろ姿のシルエットだけだ。
それなのにも拘わらず、何故俺が目を止めたのかというと、その少女の頭上に金色の【!】マークが浮かんでいたからだった。
SAOにおいて【!】マークが示すものは、クエスト開始NPCで、そのNPCに声をかけることで、自動的にクエストが開始されるのだけど、果たしてこの世界でクエスト開始NPCが何を意味するのかがわからない。
クエストって何をするのだ?
それだと丸っきりRPGだろ。
と、無意識のうちに少女を眺めながら思考を巡らせていると、やがて頭上、【!】マークの下にNPCカーソルとともに名前が虚空に浮かび上がる。
「なっ……………………」
その浮かび上がった名に思わず、目を丸くして、足を止め、絶句した。
今の俺の顔を見た人は一人も漏れず、「マヌケな顔」と言ってくれるという自信がある。
「…………アカギ……ミナト……」
我知らず、中空に浮かぶその名前を口がなぞっていた。
すると、三メートルしか離れていない出店で夕食を買い込んでいると思われるその少女がおもむろに振り向いた。
少女は『大和撫子』という名が似合うような容姿だった。
巫女装束の白い上衣と緋袴の袖と裾から伸びる手足はしなやかで、体格もすらりとしていることを物語っている。
丸っこい大きな瞳は黒く澄んでいて、すっと鼻筋が通っている顔立ちにはいまだ幼さが残る。
背の高さは俺より二〇センチ低いぐらい。
だから、俺が、一七〇センチ弱だから、一五〇センチ強ほどになるかな。
まさに可憐な巫女、と言いたいところなのだけど、腰まである艶やかで夕日に映える黒髪は何故か左右に束ねられていて、緋袴をとめる帯には黒い艶めく鞘に収まった刀がさしてあって、何ともちぐはぐな感じだった。
初めは可憐な容貌に言葉を失ってたけど、それを見て心にあった熱が不思議とさぁーっと引いていくのがわかった。
よりにもよって、巫女がツインテールかよ。
似合ってるけどさ。
しかも巫女が帯刀って、世も末、ていうか世紀末?
それとも僧兵ならぬ巫女兵なのか?
それなら百歩譲って薙刀だろ。
と、心の中でたらたらと批判してると、
「何?私の名を呼んだのは、君?」
その少女が透き通るような声で訊いてきた。
可憐な容姿に似合わず、高飛車な口調だった。
「いや、違う。気の所為じゃないか」
俺はその頭上にクエストマークを浮かべた少女が『アカギ ミナト』という名前だったのはただの気まぐれな確率という神の産物だろうと切り捨てて、その場を歩み去ろうとした。
「君、極東出身?」
「うおっ」
けれど、いつの間にか背後にいた少女に服の裾を捕まれていた。
よく見れば、少女の頭上の【!】マーク消えていた。
…………気の所為なのは俺の方か?
いや、だけど確かにあったと思うんだけど。
「そうだけど、それがどうしたんだ?」
消えたクエストマークに首を傾げながら、服の裾を掴む少女の手を振り払う気にもならず、神の気まぐれに付き合うのもいいだろうと思い、素直に答えた。
「そうか、そうか。君、私の巫女姿に惚れた口ね」
「……………………はっ?」
何故か顎に手を添えて、フムフムと心得顔で頷く少女に俺はぽかんと口を開いて固まった。
「オラリオの男どもは目が濁ってて、私の巫女姿に見向きもしない馬鹿ばかりだけど、やはり同郷の男ならイチコロね」
ふふんっと何故か誇らしげに鼻を鳴らしながら、ない胸を張って少女が言った。
この時、俺はこの少女の人となりを把握した。
…………こいつ、面倒臭い奴だ。
「そうですね」
「ちょっと、何で棒読みなのよっ」
少女はそそくさと逃げようとする俺の肩を掴んで逃走を阻んだ。
「私にそんな態度をとるなんて、何様?」
俺様、なんていうあまりにも使い古された決まり文句を吐こうとする口をつぐんでいると、
「それに、何で君は籠手しかつけてないの?君、本当に冒険者なの?」
と、立て続けに問い質された。
何から答えようかと、数瞬逡巡した末に、
「俺は冒険者じゃなくて、鍛冶師だし、籠手、というかガンドレットしかつけてないのは、防具が欝陶しいからだし、何様かというと、俺様だから」
全部答えることにした。
「はぁ?」
はぁ↑という怒り八割と疑問二割を含んだイントネーションから、俺の言ったことは、最後のボケも含めて、ほとんど通じなかったみたいだ。
「いや、だから、俺様っていうのは、お前が何様って言ったから――」
「それはわかっているわよ!」
だから俺は微に入り細を穿つぐらいのつもりでボケから全部説明しようとしたが、敢なく少女に遮られた。
というか、わかってくれてたんだ、俺のボケ。
てっきり、時代設定が違うから通じてなかったと思ったよ。
「防具が欝陶しいって、馬鹿なの?命と快適さを天秤にかけて快適さを取るって、死にたいの?それに加えて、鍛冶師なんだって?よくそんなことが言えるよねっ!」
「いや、本当に鍛冶師だし」
「それはわかっているわよっ!」
「?」
どっちなんだよ、っていう顔――がどんな顔なのかはわかり兼ねるけど――をしていると、
「鍛冶師なのに快適さをとって、装備をそんな軽装にしてよくダンジョンに潜ろうと思うわねっ、ていうことよ!」
「あ、ああ、そういうこと」
俺は少女の言わんとすることを理解して、手の平をぽんと拳で打った。
そんな俺の前で、物分かりの悪い誰かさんの所為で、肩で息をしている少女がいた。
「それなら、お前だって巫女服だけじゃないか」
「ちゃんと見なさいよっ」
「うおっ!」
俺の指摘に、いきなり少女が胸元を大胆に両手で開き、俺は咄嗟に顔を背けた。
…………『うおっ』は驚きの声だからね、全然喜びは含まれてないよ?まな板には全然興味ないし。
「馬鹿じゃないの、あんた」
「?」
冷めた少女の声に、恐る恐る顔を戻すと、少女が開いている胸元からは黒光りする戦国武将とかが装備していたような鎧が覗いていた。
俺はそれを見て、一番に思ったことは、夢がないということだった。
何故か?
鎧を着込んでいるのに上衣の胸元が全く膨らまない、その鎧の下にある双丘がほぼ平地に近いことが火を見るより明らかだからだ。
だから、下に鎧を着込んでいることなんて思いも寄らなかったんだけど。
「今、すっごく、女としての尊厳を傷つけられているような気がするんだけど?」
「はははっ、何のことかさっぱり」
胸元を直す少女に訝しむような眼差しを向けられながら言われ、俺は胸元に向けていた視線を泳がせながら、乾いた笑いとともに答えた。
「ふーん。そう言えば、あんた、極東出身で鍛冶師なのよね」
少女はいまだ少し疑いの色を残す目で俺を横目に脳天から足元まで見て言った。
「そうだけど」
「所属は?」
「【ヘファイストス・ファミリア】」
「名前は?」
「常磐だけど」
「フルネームよ、フルネーム」
「常磐浩希」
「ふーん、もしかして、今日直接契約を申請されたりしていない?」
「ん?してるけど、よくそんなこと知ってるな」
「まあね。それで、それを断っていたりしていない?」
「断ってる」
「そう。じゃあ、また申請させてもらおうかしら、常磐浩希。言っておくけど、嫌とは言わせないわよ」
「…………………………………………(シュダッ)」
「あっ、ちょっ、逃がさないわよ!」
少女がにこやかな笑みを浮かべて言った言葉の意味するところを少しの間を置いて理解した俺は全力で振り返り、敏捷力をマックスに利用して、走り出していた。
その最中、背に少女とは異なる視線を感じていたのは気の所為だろうか。
◆ ◆ ◆
「俺は直接契約するつもりなんてないって言ってるだろ!」
「そっちになくてもこっちにあるの!!」
「いや、それ意味わかんないから!」
広大なオラリオの中、俺はひたすらに走り回っていた。
既に陽は沈み、人気のなくなった路地を走っているのだが、後ろを距離を保って追い掛けてくる少女はまるで疲れを見せていない。
確固足る意志を感じさせる声音からは少女の中にある執念深さを感じ取れる。
ていうか、こいつ何Lvなんだ。
俺について来るとか。
ヘファイストス様いわく、Lv.3とか4の冒険者――ここでは、第二級冒険者と呼ぶらしい――を保有するファミリア自体少ないはずだし、どんなに多くてもファミリア一つに二〇人はいないそうだ。
あの少女が、そんな少ない第二級冒険者の一人というのか。
「というか、あんた何でそんなに逃げ足が速いのよっ!!」
走りながらも平気な顔をして叫んでるし、全然ばててないみたいだ。
俺も本気で走っているわけではないけど、それなりに本気を出しているのだ。
うーん、七割くらいかな。
それなのに引き離せない。
でも距離を詰めて来ないのを見ると、一応俺の方が優位のようだ。
「それはこっちの台詞だっ」
「もしかして、そんなに軽装なのは、逃げ足を速くするためなのねっ!チキン野郎っ!」
「違うっ!」
「なら正々堂々としなさいよっ!」
「それは、つまり、潔く捕まれってことだろっ!」
「よくわかったじゃないっ!」
「するかっ、馬鹿!!」
「チキンに言われたくないわよ!!」
「ああーーっ、もう、うざい!」
何だか欝陶しくなってきた。
もう、本気出す。
疲れるから嫌だったけど、このまま走っている方が絶対疲れると判断した。
「ふっ」
足に力を込めて地面を蹴った。
こんなとき《疾走》スキルがあったらと思う。
「まだ、速くなるの!本気で走ってなかったのねっ!!卑怯者っ!!」
背後でぴーちく言ってる小娘は無視して、力のかぎり激走した。
ざまぁ見やがれってんだ!
なんて、逃げ足の速さを誇ったからかな、
「うおっと!………………い、行き止まり」
曲がった角を突き進んでると、唐突に行き止まりに行き当たった。
油断したとき一番隙ができるというのは、SAOでも嫌というほど思い知らされたけど、学習能力がないのだろうか。
また窮地に立たされる。
路地ということもあって、前方は背の高い壁、左右は切り立った三階建ての建物が聳えていた。
「これを登るのは、流石に無理そう…………つまり、残された道は――」
と、言って背後を振り返った。
「こっちは行き止まりのはず。かかったわね、馬鹿が」
夜の闇に包まれた路地に駆けてくる足音とともに少女の声が聞こえてきた。
やばい、やばい。
どうしよう。
捕まるとか捕まらないとかの問題以前に…………超恥ずかしい。
ざまぁ、とか言って全力で走っていった奴が行き止まりで佇んでる絵とか。
恥ずかし過ぎるっ!!
ていうか、あちらさんは完全把握してるし、ずるくない?!
「こっちだ」
自分が少女に指を差されながら爆笑されている映像が脳裏に浮かんで、まるでその境遇に置かれているように恥ずかしさに悶えていると、横手から聞き覚えのある声が聞こえた。
ばっと、その方を見ると、行き止まりだと思っていた壁にあった金属製の錆の目立つ扉が僅かに開いていた。
俺は地獄に垂らされた蜘蛛の糸に縋るように、その扉に飛びつき、中に入った。
いや、入ったというのは、間違いだったみたいだ。
俺は行き止まりだと思っていた壁の向こうに出ていた。
「あ、ありがとうございます。椿さん」
俺はその扉を外から開けてくれた人物、着物に身を包む椿・コルブランドに頭を下げた。
「勘違いするな」
だけど、椿は俺に一瞥も与えず、閉じた扉に掛け金をかけながら、敵意のこもった声音で言った。
これが初めて言葉を交わした瞬間だった。
全然感動できないけど。
「な、何を――」
「黙れ」
「はいっ」
俺は椿の日本刀のように鋭利な声に一瞬で口を閉じた。
「あれ、こっちに来たはずなのにっ。道を間違えた?」
そのすぐ後に、扉の向こうに例の少女の声が聞こえた。
黙れって、そうか、追っ手に気付かれないためか。
いやぁ、(生理的に無理だから)黙れ、と言ったと思って本当に死にたくなるほど落ち込んだけど、よかった、そうじゃなくって。
「ちっ、逃がしたわ」
凄まじい舌打ちとともに少女の足音が遠退いた。
それに胸を撫で下ろして、俺は椿に向き直った。
「それで、さっきは何を――」
「黙れ」
…………えっ、あれ?
追っ手が来たから黙れ、っていう意味じゃなかったの?
「手前は貴様と馴れ合うつもりはない。今回は、ただ貴様の奇っ怪な業を外部に漏れさぬためで、貴様のためでない」
「…………?」
て、手前?…………………ああ、昔の「私」を手前って言ってたんだっけ。
ていうか、
「俺の秘密を守ろうとしたということは、つまりは俺を――」
「黙れと言っておろうがっ」
今度はこっちに鋭い眼光を飛ばして言った。
この時が初めてまともに目を合わせてくれた瞬間だった。
全く全然嬉しくないけど。
ていうか、眼光が鋭過ぎて泣きたいほどだけど。
「目は死んでおるというのに、のうのうと生きておる貴様を見るだけで嫌悪が沸くわ」
手前に金輪際話し掛けるな、と嫌悪で満たされた声で言い残すと、椿は俺に背を向けて歩き去っていった。
………………嫌われているどころではなかったみたいだ。
………………生理的に嫌われているようだった。
俺は目が死んでいるという指摘に、それは的を得ている、とどこか感心しながら、そう思った。
後書き
常磐はかなり椿に嫌われているます。
どれほど嫌われているかというと、IS(インフィニット・ストラトス)で言えば、ラウラ・ボーデヴィッヒが転校初日で主人公一夏をどれほど嫌っていたかを想像してもらえればと思います。
まあ、ラウラさんがその後どうなったかは言うに及ばずですが。(笑)
それはさておき、ご愛読ありがとうございます。
それと、ご感想お願いします。
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