万華鏡の連鎖
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宇宙戦艦ヤマト異伝
火星の砦
「貴様等、何をしとる!?
何故、火星へ向かわず戻って来た!
まさか敵《エネミー》の攻撃は既に、地下基地に及んでいるのか?」
シュルツの身を案じる忠実な副官、ガンツの脳裏に悪夢の予感が閃く。
最悪の事態を疑い、悲鳴か詰問か解らぬ絶叫に最古参の要員が答える。
「マニュアル通りの操作したって、動きゃしませんよ。
こんな状況の時こそ職人の腕、名人の見せ場でさぁ。
司令部に知れたら大目玉間違い無し、非正規操作術《アブノーマル・オペレーション》。
上手くやらないとエネルギー・プラントが暴走して、大爆発を引き起こしちまう。
正規のやり方じゃありやせんが、自分しか知らない裏技がありましてね。
この状況じゃあ危険も糞も無い、無理を承知でやるしかないでしょう。
火星軍司令部との通信も途絶してますし、大目に見て貰えやせんかね。
先刻はびびっちまって、情けないマネを晒しやした。
反射衛星砲が無けりゃ、火星に逃げても持ち堪えられやしませんわな。
ありったけの裏技を駆使して、反射衛星砲を使用可能にして見せます。
副司令官殿には目標選定と、砲撃開始の時間調整をお願いしやす。
火星で御荷物扱いされるより、ずっと気が利いてまさぁ。
我々も副司令官を見倣い、最後まで持場で本分を尽くします。
副司令官殿1人残して敵前逃亡する訳には行きません、一蓮托生ですな。
我々一同、副司令官閣下の許で最後まで戦える事を誇りに思います。
他の者も自分の持場に戻りました、副司令官殿1人だけ良い恰好は無しですぜ」
上官を上官とも思わず、絶対に言う事を聞かない事では定評のある古強者。
一筋縄では行かぬ傲岸無比の古参兵が初めて、心の籠った敬礼を贈る。
「ありがとう、感謝する!
一生、恩に着るぞ」
ガンツの眼が潤み、視界が霞んだ。
ディモス基地残留を志願した十数名、全員に敬礼を返し右掌を差し出す。
酷い傷跡の残る歴戦の強者、豊富な経験を物語る風貌が照れた様に微笑む。
本来の持ち場に戻った全員が不退転の決意を瞳に宿らせ、力強い握手で応えた。
「こっちこそ、申し訳ありやせん。
一度は、生命惜しさに逃げ出しちまいやした。
反射衛星砲の光線が停止したのを見て、我に返ったんでさぁ。
此処は我々の持場、家みたいなもんです。
本来は他所者の副司令官を残して、家の者が先に逃げちまうのは筋違いってもんです。
どんな処罰を受けても、文句は言えませんわな」
「よし、罰を与える!
全員、後で俺の居住室に出頭せよ!!
火酒でも葡萄酒でも麦酒でも、眼の玉が飛び出る程に豪勢な高級料理でも構わん!
好きなだけ飲み食いさせてやる、費用は総て俺が持つ!!
勘違いするな、懲罰だ!
俺と同じ体型になるまで放免せん、覚悟しろ!!」
各自の定位置に着席した要員が爆笑、指揮官の冗句に応え腹の底から哄笑を響かせた。
司令室を爆笑の渦が包み動力部や砲塔室、各部署に波及。
「自分が操作を代わります、副司令官殿。
主管制席に御移り下さい、基地機能の維持は俺達が何とかします。
火星司令部から安否確認を受信、返信不能ですが通信関係施設も修復中。
目に物見せてやる、ガミラスの意地ってもんを奴等に叩き付けてやりやしょうぜ」
「ディモス基地の応答は皆無、フォボス反射衛星砲も完全に沈黙しました!
反射衛星は残存していますが戦闘衛星は爆発、ハンター衛星も全滅です!!」
火星地下要塞、対宙防衛陣地指令室に絶叫が響く。
「宇宙空間の戦闘は、これまでだな」
冥王星《ハデス》前線基地の司令官、改め火星防衛軍の指揮官シュルツが呟いた。
太陽系外周部を巡る第11番惑星、準惑星エリス近傍と衝角攻撃の記憶が鮮明に甦る。
火星大気圏周辺は無限艦隊が制圧、2個の月面基地は通信不通。
地球人に倣い地下要塞を急造したが、何処まで耐えられるか。
だが再度の機会を与えてくれた女神への感謝、借りは返さねばならない。
総統は不甲斐無い自分を信頼し新たな故郷、火星の防衛軍を任せてくれた。
『我等の前に勇者無く、我等の後に勇者無し』と大口を叩いた以上は後に退けない。
口は災いの元と戒める諺もあるが、今度こそ期待に応え最善を尽くす。
主力艦隊は水星方面で戦闘継続中、連絡が途絶し救援は望めないが。
ガミラス宇宙軍の名誉に懸け最後まで諦めず、1隻でも多くの敵を倒すのみ。
女神の教えを遵守し、報恩の念は行動で示す。
最後の最期まで未知の可能性を探り、突破口を切り拓く希望は棄てない。
折れ掛かる心を立て直した直後、眼も眩む目映い閃光が絶望の闇を切り裂いた。
走査員《スキャナー》の絶叫、歓声の声が総司令部に響き渡る。
「反射衛星砲が復活、敵艦隊を次々に撃破!
通信回路は不通ですが発光信号を確認、射撃目標の指示を求めています!!」
「衛星から敵の眼を逸らす為、赤道方面の衛星軌道上に敷設した機雷を爆破せよ!
両極付近の敵艦を砲撃、後は自軍基地の安全を優先せよと伝えろ!!」
宇宙戦艦ヤマトへ突撃を命じた際、消極的な副官の顔を過った驚愕の表情。
太陽系防衛戦では献身的に働いてくれた忠実な漢の鮮明な笑顔が、脳裏に甦る。
「反撃《カウンター・アタック》だ、ディモス基地周辺の敵を撃滅せよ!
エネルギー光線反射剤を塗布した切り札も投入、敵の注意を引き付けよ!!」
「了解《ラジャー》、光線反射式噴進弾を連続発射!
地下基地の座標を秘匿する為、自己誘導弾から先に撃ち尽くせ!!」
火星の地下に急造された秘密基地から、真紅の砂塵を撒き上げ無数の誘導弾が飛翔。
多弾頭爆弾が敵艦を覆い、ディモス周辺宙域で姿を消した。
「総司令部は無事だ、充分な戦闘力を維持している!
我々を援護してくれているぞ、相互連係で撃退可能だ!!
こっちも負けるな、全砲門解放射撃!
頑張れ、女神を救う為に!!」
「応っ!」
衛星デイモスを刳り抜いた基地、火力陣地を制御する司令室の内部で声が重なる。
ガンツも火星を預かる上官と同様、脳裏に嘗ての体験を想起させていた。
太陽系第11番惑星《エリス》付近で、宇宙戦艦ヤマトに敗死した際の苦い記憶。
『立派な方だ。俺はもっと、この上官を助ければ良かった…』。
痛切な悔恨は一生、消える事は無いだろう。
《女神救出作戦》の発動と共に記憶が回復して以来、寝食を忘れ尽力して来た。
日和見な態度を捨て去り、積極的に意見を具申したと自負しているが。
冥王星《ハデス》前線基地で無限艦隊と戦い、敵の実力を身に染みて感じた。
時間を稼ぐ間に無限の罠、心理的効果を思い知らされた故に他ならない。
火星に急造された防衛陣地へ転進の後、戦訓を踏まえ実戦に即し改修を急いだ。
戦闘報告と実際の体験を基に様々な状況を想定し、出来得る限りの訓練を行った。
時間も資材も、何もかもが絶望的に限られていたが。
努力を惜しまず、敬愛する上官に心底から協力出来たと確信している。
挽回の機会を与えてくれた恩人、時間流を操る星の女神に感謝の言葉を捧げたい。
尽きせぬ後悔を晴らす可能性、廃分岐先の時空を復活させた女神の恩恵に何としても応えねば。
思い掛けぬ敗者復活戦、太陽系防衛戦では納得の行く行動が出来た。
望外の機会と選択肢を与えてくれた恩人、可能性を司る星の女神に感謝の言葉を伝えたい。
例え無限艦隊の攻撃で戦死したとしても、今度は自分の行動に満足して逝ける。
勇敢な部下達にも恵まれた、自分は幸福な指令官だと確信しているが。
敬愛する上官シュルツに直接、惜別の辞を述べる機会を逃した事は痛恨の極みだ。
慙愧の念を或る程度までは晴らす事が出来た、溢れる感謝の想念を伝える術は無いものか。
「無限艦隊の反撃です、重層防御力場が突破されました!」
予想を覆す迅速な新手の殺到、無数の弾幕射撃を受け瓦礫の山と化す反射衛星の群れ。
ディモス内部を激震が疾り電力供給が途絶え、各部署の照明が消失。
司令室の天井が崩落、火星防衛軍副司令官ガンツの意識が失せた。
「ガンツ!」
火星防衛軍の最高指揮官、シュルツの口から痛恨の呻き。
女神救出作戦の開始後、嘗ての頼り無い副官は見違える働きを見せた。
ガミラス人の新たな故郷、火星の防衛体制を構築の際に衛星陣地の責任者を志願。
冥王星基地の防戦で得た教訓、経験値を基に判明した弱点の補強に奔走。
創意工夫を凝らし対策を考案、限られた時間と資材を活用し実用的な第3善を構築。
シュルツを司令官の責務に専念させ、火星防衛軍の各種装備は格段に改善された。
火星に戦線が迫ると最前線に赴任を志願、反射衛星砲の陣頭指揮を執り無数の敵艦を撃破。
今まで何とか踏ん張れたのは、忠実な副官の功績と云っても過言ではない。
「わしも途くぞ、ガンツ。
必ず礼を言わせて貰うからな、冥土で会おう」
太陽系第3惑星、水星《テラ》の防衛を優先する総統の判断に異論は無い。
火星防衛陣地の活用を図り代役を買って出たが、総統の重荷を少しは減らせただろうか。
大規模な爆撃が惑星の地軸を破壊、と錯覚する程に強烈な衝撃波に地下都市が震撼。
太陽系の絶対防衛線、小惑星帯《アステロイド・ベルト》の軌道以内に残された最後の砦。
火星防衛軍《ガミラス・ディフェンダー》の総司令部、無人火力陣地の制御室から照明が消えた。
後書き
コミック・アンソロジー『宇宙戦艦ヤマト 遙かなる星イスカンダル』に刺激されました。
ガンツは脱出後、シュルツの仇を討つ為に戦い続けたのですね。
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