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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十九 目には目を 歯には歯を

 
前書き
捏造多数です。また、一部アニメオリジナルの術があります。
ご了承願います!

 

 
何処からか、水音が聞こえてくる。

延々と続く木立。立ち並ぶ樹木の合間を駆け抜けたその先に、太陽を反射する光が見えた。
音の発生源に眼を留め、ぽつり呟く。

「アレにするか…」
「えっ、俺もそうしようと思ってたのに!」
途端、隣から上がる非難の声。

不服そうに顔を顰める左近に、「早い者勝ちだ」と涼しい顔で君麻呂は聞き流した。
ちえっと唇を尖らせた左近が後ろを振り返る。置いて来た二人の動向が気掛かりだと、背後に広がる森を見遣る視線が語っていた。

「鬼童丸の奴、遊び過ぎてんじゃねぇだろうな…?」
「………」
同じ事を考えていたのだろう。左近同様に、君麻呂もまた肩越しに振り向くと「…そうだな」と同意を返す。
「次郎坊はともかく、鬼童丸とお前は特にな…」
「俺もかよ!?」
飛び火を受けた左近が理不尽だと喚くのをよそに、君麻呂は神妙な顔つきで瞳を細める。

「……念には念を入れておくか…」
独り言よりも小さいその小声にぞっとする。
戦闘をゲームに見立てて遊ぶ癖を知っているからこそ、鬼童丸の事を口にしただけなのだが、思わぬ展開になってしまった。
秘かに冷や汗を掻きながら、今は居ぬ鬼童丸に、左近は心中詫びを入れるのであった。












左右の髪が前後に揺れる。
耳元を掠めたソレらは、背後にてチリヂリに散ってゆく。

深き森に射し込む僅かな光に照らされ、輝くのは、獲物を捕らえ損ねた蜘蛛の糸。
強靭且つ粘着性を誇るそれらを手刀で断ち切って、彼女は再び身構えた。


「……なかなかやるな」
己の蜘蛛の糸を破った相手を前に、くくっと喉を鳴らす。遠ざかる四人の木ノ葉の忍び達の背中を眼で追って、鬼童丸は軽く肩を竦めた。

どうやら突然参戦したこの目の前の少女が自分の相手をするらしい。最初は舐めているのかと憤ったが、彼女が『日向一族』となると話は別だ。

手のチャクラ穴からチャクラを鋭い針のように放出。糸に流れるチャクラの薄い部分を見切って突く事で、象が二頭で引っ張り合っても切れないほどの強度を誇る糸を断つ。
このような所業を容易に行える者など限られてくる。

「なるほど…。聞いた事がある。これが【柔拳】ってヤツか…」
ネジ達を先へ行かせた張本人――ヒナタに鬼童丸は眼を遣った。頬を膨らます。


「――【蜘蛛粘金】!!」
空気に触れた瞬間、硬質化する蜘蛛の糸。金色の金属が鬼童丸の口から吐き出される。
もはや糸ではない、巨大な金属の棒がヒナタに襲いかかる。

「―――【白眼】!!」
鬼童丸の攻撃を見極める。ギリギリで【蜘蛛粘金】を避けたヒナタは、そのまま間合いを詰めた。
鬼童丸が慌てて防御の姿勢を取る。けれどその時には既に、彼女は【柔拳】の構えを取っていた。


しかしながら次の瞬間、ヒナタは眼を見張った。
「……ッ!?」
手応えが、無い。


反射的に鬼童丸から距離を取る。【白眼】で見えた体内の経絡系を切るまでに及ばなかった。訝しむヒナタの視線を受けた鬼童丸が口角を吊り上げる。
「ふー…危ねぇ危ねぇ」
ちっともそんな風に思っていない風情で、鬼童丸はわざわざヒナタに見せつける。
【柔拳】を受けた腹部を金色の体表が覆っていた。


【蜘蛛粘金】――体外に出ると瞬時に硬質化する特徴を持つこの粘金物質は、チャクラを通さない。
また、体中の汗腺から金属を分泌させ金色の体表で覆えば、チャクラを用いた攻撃に対して防御が可能だ。
一方、【柔拳】とは内面的損傷を与える物理攻撃。【柔拳】をまともに喰らえば、経絡系をやられてチャクラが練れなくなる。その情報を前以て知っていた鬼童丸は【粘金の鎧】で咄嗟に防いだのである。


(【柔拳】が効かない…?でも、遠距離戦は分が悪い。接近戦に持ち込まないと…)
(【柔拳】相手に接近戦は無いな…。遠距離戦に持ち込むか)

緊迫めいた空気。互いが互いの動向を窺う。
しかしながら、緊張感溢れるこの戦況を鬼童丸は愉しんでいるようだった。つい悪い癖が出てきてしまう。


高く跳躍すると同時に印を組む。あやとりの如く手から伸びた蜘蛛の巣をそっくりそのまま大きくしたかのような網と巨大な蜘蛛が突如出現した。

鬼童丸が【口寄せの術】で呼びだした巨大蜘蛛――『雨蜘蛛』。

警戒しながら見上げるヒナタを尻目に、雨蜘蛛の卵嚢から次から次へと子蜘蛛が生まれてゆく。
「――――散れ!!」
鬼童丸の号令を皮切りに、巨木に張られた巣から子どもの蜘蛛が飛び降りてくる。小さな蜘蛛達は真下のヒナタ目掛けて、我先にと襲い掛かった。


無数の蜘蛛が頭上から飛び掛かってくるなど、女性ならば発狂してしまうほどおぞましい光景だ。
けれどもヒナタは少しも怯まなかった。
若干の不安はあったかもしれない。しかしながらそれは蜘蛛に対してではなく、彼女自身にあった。

瞳を閉ざす。深く呼吸した直後、彼女は構えた。日向宗家のみに伝わる術を構える。
足下に象られる八卦の円。
「【柔拳法・八卦三十二掌】!!」

撃ち落とされる子蜘蛛達。
八卦の領域内に入った敵を、ヒナタの柔拳が叩き落としたのだ。
遠く離れた場所から様子を窺っていた鬼童丸が思わず口笛を吹く。
「……面白い…」

指先に絡めた蜘蛛の糸を解く。
同時に周囲の木々に張り巡らせていた蜘蛛の糸が、【蜘蛛粘金】で硬質化させたクナイを解き放つ。
クナイの形をした金属がヒナタの身体を突き刺さんと、その鋭い刃先を向けた。
「この包囲網に耐えられるかな?」


【八卦三十二掌】で蜘蛛を迎撃していたヒナタを、更にクナイが襲う。無数の蜘蛛とクナイが頭上から飛び掛かった。
計り知れないほどの数。
無尽蔵な攻撃がヒナタの身に容赦無く迫り来る。
(……数が多すぎる…ッ)
迎撃しながら、ヒナタは唇を噛み締めた。子蜘蛛が吐いた糸が彼女の身体を拘束し、動きを鈍くさせる。纏わりつく蜘蛛の糸を断ち切る彼女の耳元で微かな羽音がした。

ヒナタが当初抱いていた、一抹の不安。
それは内気な性格故に、自分の力に自信が持てないという懸念。
(あれはまだ…実戦で使った事がない。でも―――)
だけど決して諦めたくない。その信念がヒナタの不安を打ち消す。
足下に象られる八卦の円が更に広がった。


「―――【守護八卦六十四掌】!!」

刹那、彼女に襲い掛かった子蜘蛛とクナイが一斉にやられた。
(なんだと…!?手数が倍になったぜよ!?)
驚愕の表情を浮かべる鬼童丸の視線の先には、全ての子蜘蛛と全てのクナイを撃ち落としたヒナタがいた。

拳から高速で放たれたチャクラ。それが蜘蛛達の攻撃が自分に届く前に全て迎撃したのだ。
ヒナタが独自に編み出した新技。


しかしながらあまりにも数が多過ぎた。疲労が蓄積し、肩で大きく息をしているヒナタを鬼童丸は見下ろした。口許を歪める。
(足下が疎かぜよ…)

子蜘蛛が吐いた糸が彼女の足下に絡みついている。それにヒナタはまだ気づいていないようだ。
今、攻撃を仕掛ければ確実に仕留められる。耳元でうるさい虫を手で追い払って、鬼童丸は双眸を閉ざした。
【呪印】が身体を取り巻き始める。一気に勝負を仕掛けようと、状態2になりかけたその瞬間――――。




『………遊び心も大概にしておけ……』
脳裏に轟いた冷たい声が、鬼童丸の全身を強張らせた。


伝えたい事柄を音にせず念じる事で相手に伝えられる【念華微笑の術】。この術を使える人間は極僅かだ。
『またゲーム感覚で遊んでいたのか。目的を忘れてはいないだろうな?』

普段会話する際も緊張する君麻呂の声が脳内で響いている。その怖ろしさに狼狽するあまり、鬼童丸は口を利けなかった。もっとも畳み掛けてくる君麻呂の非難は反論さえ許さなかったが。

『……解っているだろうが、この会話はあの方に筒抜けだ。もしお前がまだ遊ぶつもりなら、』
『わ、わかったぜよ!!』
君麻呂の言葉を遮って、鬼童丸は慌てて【念華微笑の術】で了承の意を述べた。何故ならば、気づいてしまったのだ。君麻呂が次に口にしたであろう言葉を。

【念華微笑の術】は君麻呂が心底敬愛している彼が編み出した術。故にこの術で話された会話の内容は、彼の耳に全て入る。
(……君麻呂でも無理ゲーなのに、あのチートキャラを相手にするなんて命がいくらあっても足りないぜよ…)

一度君麻呂と闘った身だからこそ解る。君麻呂でさえ、死ぬ一歩手前まで追い込まれたのだ。
その君麻呂が最も傾倒し、敬服する彼と敵対するなんて冗談じゃない。



了承の意を得た途端、聞こえてこなくなった君麻呂の声に鬼童丸はほっと安堵の溜息をついた。
唐突に入れられた横槍から気を取り直して、ヒナタの姿を捜す。
彼女はすぐに見つかった。
何故ならば、潜んでいた鬼童丸を【白眼】で捜しあてたヒナタ自身がすぐ傍まで来ていたのだから。
「チィ…ッ!」

接近戦に持ち込もうと迫り来るヒナタ。
咄嗟に纏った『粘金の鎧』が柔拳から鬼童丸を守った。同時に口から吐き出した蜘蛛の糸がヒナタを大木の幹に張りつける。
柔拳でそれらの糸を断ち切るのを見越して、その隙に、鬼童丸は雨蜘蛛に子どもを産むよう命じた。


けれど、何時もならすぐに卵嚢を産み出すはずの従順な蜘蛛の様子がおかしい。妙だと気づいたその時には、鬼童丸の目の前で雨蜘蛛は白煙と化してしまった。巨大蜘蛛と共に蜘蛛の巣も掻き消える。

ぼうん、と軽い音を立てて勝手に消えてしまった己の口寄せ動物に、鬼童丸は愕然とした。
何処かで、虫の羽音がした。



「蜘蛛の天敵は蜂だ」
突然、聞き覚えの無い声が鬼童丸の耳に届く。


何時の間にか、鬼童丸の目の前には顔を隠した少年が立っていた。
即座に距離を取った鬼童丸はヒナタと少年を交互に見遣る。

「なんだ、てめぇ…こいつの仲間か?」
「そうだ。同じ木ノ葉隠れの忍びであり、同班の者だ」
己の身体を拘束する蜘蛛の糸を断ち切りながら、ヒナタが驚いた声を上げる。
「し、シノくん!?」

日向ヒナタ・犬塚キバと同じ八班の油女シノ。
いきなり現れた同班の登場にヒナタが戸惑う。淡々と「話は後だ」と答えたシノを、鬼童丸は睨み据えた。
「……お前が俺の雨蜘蛛を…」
苦々しげな顔をする鬼童丸に、シノは白々しく答えてみせた。
「そうだ。お前の蜘蛛に蜂の針を刺しておいた。何故なら、狩り蜂類のベッコウバチは蜘蛛を麻酔させるからだ」


ヒナタと同じ任務に行っていたシノは、その帰り道に【白眼】で慌てて駆けて行った彼女の後を追ったのだ。咄嗟にヒナタの身体にメスの虫をつけさせる。
メスを追うオスの虫を追い駆けて着いた先では、ヒナタが誰かと闘っている最中だったのである。


気づけば、鬼童丸は大群の虫に纏わりつかれていた。うるさい羽音でハッと息を呑む。
「てめぇ、蟲使いか!?」

瞬時に鬼童丸は、蟲と共に生きる一族の事を思い出した。ならば、現在自分の傍で飛んでいる虫達はこのシノという少年の【奇壊蟲】だろう。
(マズイ…ッ)

自分の情報が確かならば、彼ら一族が扱う蟲はチャクラを吸う。そうはさせまい、と鬼童丸は体中の汗腺から粘金物質を分泌しようとした。
今にも寄生しそうな蟲から【粘金の鎧】で身を守ろうとする。

だが、鬼童丸の身体を覆うはずの金色の体表が出現しない。チャクラを通さないという特性を持つ【蜘蛛粘金】が妙な事に分泌出来ないのだ。

絶対防御が発動しない。
動揺する鬼童丸を前に、シノが簡潔に説明した。
「蟲達に命じて、秘かに汗腺炎を起こさせた。何故ならそれによって、分泌活動は出来なくなるからだ」


汗腺炎とは汗腺に細菌が感染し、毛穴が塞がれた状態である。そもそも汗腺とは汗を掻く為のものだ。つまり汗腺が塞がれた事により、汗の如く分泌する粘金物質を鬼童丸は出せなくなったのである。
【粘金の鎧】でチャクラを用いる攻撃が効かないと察したシノは、鬼童丸がヒナタの攻撃から身を守った直後や、粘金物質を分泌していない合間を見計らって、蟲に汗腺炎を発症させたのだ。


「くそ…っ」
鬼童丸の全身が無数の蟲に覆われる。もはや姿形すら見えない状況で、彼は最後に足掻いてみせた。
指先に絡めた蜘蛛の糸を解く。


瞬間、周囲に張り巡らせていた蜘蛛の糸から放たれる【蜘蛛粘金】のクナイ。
足場の悪い木の枝上、硬質化したクナイがシノ目掛けて飛び掛かった。
「……ッ!!??」

流石に想定していなかったのだろう。全ての蟲達を鬼童丸に向かわせている為、シノは身を守るすべを持っていなかった。一瞬、反応出来なかったシノの前に、小さな影が立ちはだかる。


蜘蛛の巣を打破したヒナタが独特の構えを取った。象られた八卦の円が大きく広がる。
「【守護八卦六十四掌】!!」

拳から放たれるチャクラが青白い閃光の如く光り輝く。
鋭く、強く、大きく、そしてしなやかに。
弾かれたクナイがカカカッと地面に突き刺さった。


「ヒナタ…!」
全てのクナイを迎撃するや否や、ヒナタの身体がふらり崩れ落ちた。それをすぐさまシノが支える。
視界の端で、鬼童丸が蟲に覆われたまま倒れ伏したのが見えた。
シノの蟲は相手のチャクラを吸い尽くすまで決して離れない。もう鬼童丸は動けないだろう。
「よくやった、ヒナタ」

いくら虫達に命じていたとしても、汗腺炎はすぐ発症出来るものではない。それに鬼童丸の厄介な能力を知り得たのはヒナタの尽力によるものだ。彼女無しでは鬼童丸に勝つ事は出来なかっただろう。


ヒナタが身動ぎする。
何かを訴えようとしている彼女の様子を察して、シノは耳を澄ませた。息も絶え絶えに、しかしながら決して諦めない信念を宿した瞳がある方向へ向けられる。

「……な、ナルちゃんを…助けな、きゃ…」

ヒナタの視線の先を追って、シノは立ち上がった。状況からしてヒナタ同様、波風ナルも誰かと対戦中なのだろう。
シノは気を失ってしまったヒナタを背に担ぐと、木の幹を蹴った。

気絶する寸前、それでもナルを気づかったヒナタの想いに応えるべく、彼は指し示された方向へ向かう。
既に次郎坊に勝利したナルがサスケを追っている事実を知らずに。




鬼童丸の敗因。
それは君麻呂との会話でヒナタを見失ってしまった点。
戦闘を秘かに窺っていたシノの存在に気づかなかった点。
口寄せした雨蜘蛛に迫る危機を失念していた点など、タイミングの悪さが原因だろう。
けれどなにより彼は遊び過ぎてしまった。故に報復を受けてしまったのだ。
蜘蛛の能力を持つ少年は、その蜘蛛を始めとする虫を操る一族の少年と出会ってしまった。

目には目を、歯には歯を。
そして―――蜘蛛(むし)には虫を。














何度も背後を振り返る。
残った二人の少女を気にしながら森の中を走り抜けるのは、シカマル・キバ・いの、そしてネジ。

やがて何処からか水音が聞こえた時、迷いを捨て去るように前方を向いたキバの鼻がぴくりと反応した。慌てて皆に立ち止まるよう呼び掛ける。

「待っていたよ」


警戒心を露に身構える四人。彼らを待ち構えていた少年が口許に微笑を湛えた。
中忍試験で少年の強さを間近に感じた事があるキバが後ずさる。同時に赤丸が怯えた声を上げた。

「僕の相手は誰かな?それとも……全員で掛かってくるかい?」

対峙した音の忍びの中で最も強そうな相手の早過ぎる登場に、キバ達の身が一瞬竦む。


音の五人衆―――『地の君麻呂』。

何を考えているのか。涼しげな顔で佇む君麻呂に、彼は一歩前へ進み出た。
唖然とするキバ達を庇うように立ちはだかる。
「―――俺が相手になろう」


君麻呂との対戦に自ら臨んだのは、『日向家始まって以来の天才』と呼ばれ続けてきた……日向ネジであった。

 
 

 
後書き
汗腺炎については深く考えないでくださるとありがたいです!今回正直、木ノ葉勢が有利過ぎましたが、同じ虫なら…と思いまして(汗)
次回、上手く書けるかわかりませんが、これからもよろしくお願い致します!! 
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