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幻影想夜

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第十三夜「花火」



 何も考えていなかった、あの頃の夏。
 僕らは刹那を生きるだけで良かったんだ。

 その時までは…

 さぁ、語ろう。あの青春の一頁。

 通り過ぎて逝った過去の物語を…。



  *  *  *


「あっちぃ~っ!」
 セミの声が否応なしに飛び交う八月上旬。僕は高校生活最後の夏休みを満喫していた。が…エアコンのないこの部屋は、朝十時ともなれば蒸し風呂のような暑さとなって、とても寝てられなかった。
「仕方ない、起きるかな。」
 のっそりとベッドから這い出て、眠気覚ましに顔でも洗おうと洗面所へ向おうとした時…。

―ピロロロロ…―

 不意に携帯が鳴った。見ると、親友の順平からだったので、仕方無く…着信ボタンを押した。
「よっ!起きてっか?」
 今日はまた、随分とハイテンションだなぁ…。
「ああ、起きてるから出たんだ。で、何の用だ?」
 この暑さに叩き起こされたため、僕は少しイラついていた。
「淳、そんな冷たく言わなくってもよぅ…。」
「で、用は何なんだ?」
「あ、そうだ。お前さ、今日河川敷の花火大会行くだろ?」
 言われるまで忘れていた。別に興味もないので、どうでもいいんだけど。
「そう言えば、そんなもんがあったな。別に行かないけど。」
 そう順平に伝えると、順平は苦情を申し立てた。
「えっ!?そりゃ困るっ!どうせ暇してんだろ?オレらと一緒に行かね?」
 …オレ“ら"?
「他に行くヤツは、どれくらい居るんだ?」
「えっとな、友仁のヤツに友仁ん彼女の弥生ちゃんだろぅ、後は弥生ちゃんの友達の明美ちゃんに、そして美雪が来るぞ?」
 それを聞いて僕は言った。
「順平くん?きみってば、また僕も来るって言ったんだね?」
 携帯の向うで、順平がバツの悪そうに「そう言わねぇと、美雪のヤツ出て来ねぇじゃん。」と、呟いた。

 美雪は、僕と順平の幼馴染みだ。保育園の時からこの三人はいつも一緒だったけど、高校は別々になった。
 美雪はミッション高校に入ったが、なんでも母親の母校だと言うことらしい。順平は、陸上の強い高校を選んで入った。
「やっぱなぁ。お前ってば、春にも似たようなことを…」
「止めろっ!その話しは。過ぎた話しだ。もう何も言うな!」
 順平は美雪のことが好きなんだ。気付いてないのは当の美雪だけ。なんか哀れだよなぁ…。
「分かった。じゃあ付き合うことにするか。で、何時に何処へ行けばいいんだ?」
 順平のために一肌脱ごうじゃないか…。
「よっし!じゃあ六時半に三河神社の鳥居の前で!」
「オイッ!それじゃ人がごった返してて、見つからないんじゃないのか?」
 こう問った僕に、いかにも名案と言わんばかりに言った。
「大丈夫っ!みんなには風船持たせっから!」
 うちらはどこぞの幼稚園児か?高校生の団体が、風船持って楽しく花火大会ですか?
「お前のことだ…本気で持たせるんだろうな…。どんな風船を持たせる気だ?」
 俺は恐る恐る聞いてみる。すると順平はいかにも名案と言わんばかりに返した。
「キャラクター入りのカラフルバルーン!目立つこと受け合いだろ?これだったら、いくら淳でも見っけられるぞ?」
 絶対見つけたくはないな…そんな団体様は…。見かけても知らぬフリが一番じゃないのか?
 しかし…順平は一度言いだしたら聞かないしなぁ…。仕方ない、これも運命と諦めるしかないだろう。
「分かった分かった…。そいつを目印に行くから、夕方六時半にな。」
「おぅ!待ってっからな!」
 そこで会話終了とばかり、僕は携帯を切った。

 何となく暑さが増幅してるようだ…。
 僕らはもう高三だぞ?順平のことだから、あらぬ美少女戦士やカードゲームなんかのキャラクター持たせて喜んでるに違いない。僕は普通の風船を買ってった方が身のタメだな…。
 そんなくだらないことを考えながら、再び洗面所へ向ったのだった。


  *  *  *


 PM.6:30、ここは三河神社前。予想どおりの混雑ぶりだった。
 花火大会と言ってはいるが、一応は町祭りなのだ。この三河神社から真直ぐに延びている道は、丁度三岐川に行き当たり、この神社からでも花火はよく見える。
 この三岐川は、三本の川が合流したもので広い川幅があり、この時期は水量が少なくなってだだっ広い川原が出現するのだ。そこで、この三河神社への奉納として花火が打ち上げられる。
 以前は御輿なんかも出して本格的な祭りを催していたらしいが、数十年前に神社が火事で全焼した際、祭事具も焼失してしまったので、現在は花火大会としてその名残を留めている。
 さてと、ヤツらはどこに…?

―嫌だ!あの団体の近くに寄りたくない!―

 もの凄いオーラだ。とんでもなく淀んだ空気に埋もれているような…。
 順平以外の一同は皆、持っている風船を見上げては溜め息混じりの苦笑い…と言った風情だ。友仁なんかは切れそうになっている…。

―このまま…回れ右して帰ってもいいよな?―

 しかし、そうは問屋が卸さないのが約一名。
「あっ、来たぞ!お~い、淳!こっちこっち!」
 周囲の人々が一斉に、順平と愉快な仲間達&僕に向って視線を投げ付けてきた。
 一瞬、辺りの喧騒が止んだ…ような気がするほど、それはまさに異様な光景だった。いや…奇々怪々と言った方が妥当だろう…。
「お母さん、お兄ちゃんなんで女の子の風船持ってるの?」
「ダメッ、見ちゃいけません!」
 そんな声がチラホラと…。
「淳~!早く来いよ~!」
 はぅっ!名前を呼ばないでくれ!って、うわっ!駆け寄って来ないでくれぇっ!
 と、思いはするものの…順平のヤツは僕の心なぞお構いなしに、爽やかな笑顔を撒き散らしながら駆けて来た。

―これで町中は…当分歩けない…。―

 僕は溜め息をついた…。
「遅かったじゃね~か!これだけ目立つようにしといて、分かんなかったんか?」
「いや、嫌味なくらい目立つよ…。」
 これで僕も苦笑い組の仲間入りだ!向うでは、友仁が“お前も同類だ!”的にニタリと笑ってやがる!
「じゃ、そろったとこで行くか。まずは屋台で何か買ってこうぜっ!」
 一人張り切ってる順平を余所に、僕は女の子に見入ってしまった。
 三人は申し合わせたように浴衣姿だったからだ。

―可愛過ぎる…来て良かったかも。手にキャラクター入りのカラフルバルーンが無かったら、もっと良かった…。―

 正直な話し、彼女達も順平に向って青い炎をちらつかせてたが、それは置いておくことにしよう。
 僕らはまず、屋台の多い境内へ入った。風船は邪魔(ハッキリ言って恥ずかしい)なので、そこらの木に結び付けた。
「やっぱ屋台と言ったらリンゴ飴っしょ?」
 とか訳の分からん自説を言っては、あちこちの屋台を駆けずり回っている順平を、僕は羨ましいと思うことがある。羞恥心が無いということは幸せだ。
「淳くんは何か買わないの?」
 明美ちゃんが言ってきた。
「ああ、後で買うよ。順平のヤツいつも買い過ぎるから、大体はヤツのおこぼれで間に合うからな。」
 僕が率直にそう言うと、明美ちゃんは可笑しそうにそれに返した。
「そうなんだ。順平くんて少し変わったとこあるけど、何か憎めない人よね?あの風船は、ちょっとどうかな?って思ったけど。」
「そうだよな?あいつときたら、いつも俺たちを巻き込んでは一人で騒ぎまくってんもんなぁ。」
 そんな会話の中、友仁カップルも加わってきた。その後ろには、苦笑いを浮かべた美雪がいた。
 美雪は、薄い色の朝顔の柄の浴衣を着て、手には同じ柄の扇子を持っている。そこへ藍の帯を絞めているため、それが映えて引き締まって見える。

―美雪らしいな。―

 彼女はかなりボーイッシュな女性だ。スポーツ好きで、髪はショート。ロングにしたとこは見たことがないな。でもそれが、彼女の顔をより一層目立たせてるのかも知れない。
 友仁達は三人で、屋台を飛び回っている順平を見て笑い合っているので、僕は美雪のとこにきた。
「よっ!なんか久しぶりだよな?学校の方はどう?」
「まぁ、ボチボチって感じかな?女子ばっかりのミッションスクールだから、別にこれと言って話題になるようなものもないしねぇ。そっちはどうなの?彼女出来た?」
 ニタリッと笑って、美雪が聞いてきた。一番痛いとこを分かってて突いてくるのが、美雪の悪い癖だ。
「出来る訳ないだろうが。男子校だぞ?どこにそんな余裕があるんだって。」
「じゃ、彼氏は出来た?」
 うぎゃ~っ!美雪のヤツ、何ちゅうことを言うんだ!
「嫌だ!そんなのは困る!」
「私も困るわ…」

―ドーンッ!―

 美雪が言い掛けたとこで、花火が炸裂した。
「お、始まったな。」
 友仁グループが順平を捕まえて帰ってきた。順平の両手には大量の食料がぶら下がっていた。
 美雪の言葉は気になるが、あまりにも滑稽な順平の姿に、僕は美雪と顔を見合わせて笑い転げた。
「おい、順平。そんなに誰が食うんだ?」
「もっち、オレ様だ!」
 食えるわけねぇだろっ!たこ焼き2パックにお好み焼きに唐揚げ、クレープにリンゴ飴二本にたいやき(10コ入り?)が一箱、そして何故か桜餅が…。
「順平、桜餅なんて季節外れなもん、どこで買ってきたんだ?」
「これ?源さんの屋台だぞ?今年は桜餅だったんで、思わず10コ買っちまった。」
 源さん(68歳)は、毎年この花火大会に風変わりな屋台を出すので有名なのだ。
「そう言えば…源さんって、去年は確か千歳飴の屋台出してたわよね?」
 友仁の隣で弥生ちゃんがそう言うや、それに友仁が続けた。
「そう言われりゃそうだ。去年はお前ら忙しくて来れなかったから、弥生と二人で来たんだ。源さん、張り切って売ってたかんなぁ。これが結構評判良くて…」
 ふ~ん、去年は二人で来たんだ。僕はバイトだったし、順平も美雪も部活だかの合宿で居なかったしな。
 でも二人で来たんだ。ふ~ん…。
「ずりぃ!オレなんか訳の分からん合宿させられて、朝から晩まで勉強して走るの繰り返しだったんだぜ?」
「私だって!朝五時に起床で礼拝させられた上に、聖書と神学の勉強させられたわっ!」
 順平と美雪がこの手の話しを始めたら止まらなくなるので、僕は取り敢えず話を切ることにした。
「そろそろ川の方へ出ようか?」
 そう声を掛けると、他三名の愉快な仲間達がそろって返した。
「異議なしっ!」
 そう答えてくれたため、二人分の愚痴を聞かずに済んだ。ホッと胸を撫で下ろしたことは、二人には内緒で…。


  *  *  *


 あぁ、どこまでも花火の美しい輝きがあったのなら…。その弾けた瞬間を閉じ込めておけたのなら…。

 あぁ、この時の火の花は、僕の心の中に咲き続けるだろう。
 水面に映り込んで揺れる、彩どり豊かな火の花は、僕の心の中に、永久に咲き続けてゆくのだ…。


  *  *  *


 川へ向う道すがら、ふと順平が口を開いた。
「そう言やさ、ちょっと前にニュースでやってたヤツ憶えてっか?」
「アレだろ?どっかの警官が銃取られた上に大怪我したってヤツ。」
「それだったら私も憶えてるよ?その犯人て、まだ捕まってないんだよね?」
 友仁と弥生ちゃんが話に合わせてるが、そんな中でも花火はずっと咲き乱れていた。
「僕も見たよ。隣町の話しだろ?ほんと、こんな田舎でも物騒になったもんだな。」
 僕がこう言ったら、美雪が半眼になって…
「ちょっとジジ臭いわよ?って言うか、こういう雰囲気で話す話題じゃないでしょ!」
 そう口を尖らせて苦情を漏らした。それもそうだな。でも明美ちゃんは心配そうな顔をしている。
「まだ見つかってないんでしょ?この人込みの中に隠れてたら…嫌よね…。」
 そんなことを言うもんだから、弥生ちゃんは「そう考えると、ちょっと恐いわね。」とか言って友仁の腕に縋りついちゃったりしている。

―クソッ!僕も絶対に彼女作ってやるっ!―

 僕は心の中でそう思うものの、現実はキビシイんだよな、これが。そんなこと考えながら美雪をチラッと見た。

―ちょっと違うんだよなぁ、美雪のヤツは。美雪は大切な家族って感じだし。まぁ、順平も似たような感はあるが…。―

 順平と友仁は、弥生ちゃんと明美ちゃんを巻き込んで、さっきの事件の話で盛り上がってるみたいだ。
「ねぇ、淳はどんな花火が好きなの?」
 少しだけ妄想気味の僕に、美雪が声を掛けてきた。
「ん、花火?あっと、そ~だなぁ…、さっきみたく下へ垂れ下がってくヤツが好きかもな。」
「ああ、枝下柳ね。私も好きよ。」
 そう言ったかと思うと、僕の目の前に出てきて、「でも、やっぱりまんまるでしょ?」と、ニッと笑って僕を見たので、僕は戸惑った。いつもの美雪っぽくなかったからだ。
「う、うん、そうだな。色も多彩だし、やっぱまんまるかな?」
「でしょっ!あ、みんなと逸れちゃうから追い付こ!」
 そう言うや、美雪は僕の手を取って、みんなのとこへ駆け出した。

―美雪の手って、柔らかいな…。―

 などとバチ当たりなことを考えつつ、引かれる儘にみんなのとこへ行ったのだった。


  *  *  *


 土手の上の混雑ぶりは尋常ではなかった。
 川原には降りられないため、この土手の上が花火をみるための最前列となるからだ。
「やっぱ花火はここじゃねぇとっ!」
 一人お祭り男が張り切ってる。
「順平、わざわざこんな人混みの中で見なくたっていいだろ?」
 多少不機嫌に僕が言うと、順平は当たり前と言わんばかりに返した。
「何言ってんだよ!花火だぞ?大スクリーンで見なきゃダメじゃんっ!」
 僕の不機嫌さは微塵も伝わってない上、全く意味の分からんセリフで切られてしまった…。
 だが、ここで弥生ちゃんが順平に苦言を呈した。
「ねぇ、ここちょっと人が多過ぎて、私たち人酔いしそうだよ。道路側へ降りて見ようよ。」
 さすがに順平も女の子の意見を切る訳にも行かず、溜め息混じりに渋々言った。
「まぁ、しょうがねぇか。女の子には逆らえません。」
 そう言って順平は土手を降り始めたため、みんなも後に続いて下に降りた。
 夜空では、色とりどりの花火が次々と咲き乱れ、土手の上では多くの人が歓声を上げている。
 それほどではないが、下の方にもかなりの見物客が集まってる。いくつかの屋台も立ち並んでいるため、そこは終日満員御礼の勢いで、休んでいる間もないようだった。
 僕達は何とか座る場所を確保して、一応落ち着いた。
 そんなとこに美雪が沁々っ言った。
「ほんと、お祭騒ぎって…こういうことを言うのねぇ。」
 そんな風に疲れたように言うもんだから、みんなしてついつい吹き出してしまった。
「美雪ィ~、オレ達まだ十代だぜ?なにババむさいこと言ってんの!」
 美雪のこめかみがピクッとした。
「順平…後であんたの食料、全部魚の餌にしてやるから…。」
「あぅっ!それだけはご勘弁下さいっ!」
「あ、入れ物はちゃんと返してあげるから、心配しないでね。」
「イヤ~ッ!エコですか?自然に優しいんですかっ!?」
 こんな漫才をみんなで笑い、轟きながら咲き続ける花火を楽しんでいたんだ。

―あぁ、これがいつまでも続いたらいいなぁ…。―

 なぜかそんなことを思った。
 それもそうだろう。もう、みんなでそろうことなんてないだろうから…。
 高校生活も後半年程で終わりだし、卒業したらみんなバラバラな路へ進む。だからきっと、こんな風に考えてしまうのかも知れない。

―ドーンッ!―

 花火の弾けた刹那、妙に明るく美雪の顔が照らし出された。

―この一瞬が、永遠であってほしい…。―

 口には出せないが、世間で言うところの“恋愛感情”ではない。ただ、楽しそうに眺めている彼女が、ちょっと綺麗だったんだ。家族の写真を残したいと思うのと、多分同じ心境だね。
「私、飲み物買ってくるね。無くなっちゃったから。」
 明美ちゃんがそう言って席を立つ。すると美雪も立ち上がって言った。
「じゃ、私も一緒に行くわ。いつ行こうかなって思ってたのよ。」
 その手にはカラの紙コップがあった。
「みんなは何か飲み物いる?」
 そうと美雪が聞くや否や、まず順平から口を開いた。
「オレ、コーラ買ってきてほし~。」
 続いて友仁と弥生ちゃん。
「俺はウーロン買ってきて。」
「私はお茶だったら何でもいいから、お願いするわ。」
 と、それぞれが言ったので、僕は、「じゃ、僕も一緒に行くよ。」と言って席を立った。
「よいしょっと。」
「淳、ジジ臭いって…!」
 美雪がそう言うと、みんなして僕を見て笑った。ほんとに失礼なヤツらだ!明美ちゃんまで笑ってるし…。
「あっ!ほら、枝下柳よっ!」
 美雪の言葉で僕が空を見上げると、しなやかに垂れてゆく花火が輝いていた。
 その刹那…


―ズドンッ!!―


 花火ではない、鈍い破裂音が響いた。
 驚いて振り向くと、美雪の浴衣が血に染り…倒れゆくところだった。
 少しずつ、まるでスローモーションのように見えた…。
 それは…誰もが目を疑うような光景だった…。

 そして…


―ドサッ…!―


 美雪が完全に倒れると、明美ちゃんと弥生ちゃんが同時に悲鳴を上げた!
 僕は直ぐに、倒れた美雪に駆け寄って抱き起こしたが、美雪の目は虚ろになっていて、胸からは止めどなく鮮血が溢れ出ていた。
「誰かっ!誰か救急車を!早くっ!!」
 順平と友仁は大声で周囲に呼び掛け、何人もの人たちが救急や警察などに通報してくれたようだ。
 僕はと言えば、美雪を抱いて、ただ呆然としながら「しっかりしろ!死んじゃダメだっ!」と、そう言い続けるしかなかった…。
 僕には、この流れ続ける鮮血を止める術も、下がり続ける体温をどうする術もなかった…。
「なぜだ!なんでこんなことになったんだっ!誰だよっ!誰がやったんだよっ!!」
 順平は、手当たり次第に人々に食って掛かっていた。
「きみ、少し落ち着いてくれ!わしらにだって分からんのだ!救急車は直に来るから…」
 しかし、見れば分かるだろうと思う。彼女はもう助からないと…。
 僕は自分のシャツを脱いで、少しでも流血を止めようと傷口に押し当ててはいたが、とてもそんなものでは止められなかった。シャツは見る間にに紅く染まり、そこから新たな流れを作っているのだから…。
「しっかりするんだ!死ぬんじゃない!もうすぐ救急車が来るからな!生きるんだ!生きなきゃダメだっ!」
 そんな僕の叫びを嘲笑うように、打ち上げ続けられている花火は、夜空に大輪の花を咲かせている。
「淳…キレイ…花火……淳…好き…ず…と…」
「バカ、喋るなっ!お前は生きるんだ!また花火を見るんだよ!僕と一緒に見にきてくれるだろ?来年もその次も、ずっとずっと!」
「見た…い…はな…び…き…れい…じゅ…ん……す…き……」
 それが美雪の最期の言葉となった。
「美雪…?美雪っ!ああ、死んじゃダメだっ!寝ちゃダメだよ!ああ!なんでだよっ!なんでなんだっ!」
 僕の叫びに、周囲は美雪の死を悟ったようだった。
「嘘、だよな?何かの間違いだろ…?なぁ?嘘なんだろ?」
 順平が虚ろな目で美雪を見つめて呟いた。
「オレ、まだ何も言ってねぇよ…。嘘だって言ってくれよ。いつもみたく冗談だって言ってくれよ!美雪ィ!」
 そんな順平を、友仁が押さえ付けた。
「順平っ!静かにしてやれ!美雪のヤツは今な、花火見てんだよ!煩くしたらどやされっぞ!」
 そう言う友仁の瞳からは、大粒の涙が零れていた。
 二人の女の子は、屋台のおばさん達に保護されて、離れたところで泣きじゃくっているようだった。
「なぜなんだ!なんでこんなことにっ!」
 僕は、咲い続ける夜空の花に叫んだ。


―でも、やっぱりまんまるでしょ?―


 胸の奥に、美雪の声が浮かんでくる。
 刻一刻と冷えてゆく美雪の躰。その開かれたままの瞳は、ずっと好きな花火を見続けているようだった。

「美雪…僕も好きだよ…。」

 今は二人だけで花火を見ようか。僕、少し花火が歪んで見えちゃうよ…なんでかな…?
 

 救急が着たとき、その光景は不思議な程に凛として、近付きがたかったという…。
 血の海の中、まるで恋人同士が寄り添うように花火を見ていた二人を、ただ見つめるしか出来なかったと、後に救急隊員は語ったと言う…。


  *  *  *


 そうだなぁ…あれからもう六十年も経ってしまうが、今でも手に取るように憶えている。僕の手のなかで消え逝く温もり…流れ続ける血が、やけに熱く感じたんだ…。
 あの事件は、やはり盗まれた銃で行なわれたものだった。犯人は数発発砲してから逃走していたらしく、拳銃に残っていたのは一発だけだったのだ。それなのに…。
 彼女が旅立った七日後、犯人は捕らえられた。だが、精神異常と言うことで無罪という判決であった。
 そして…そいつは精神病院に入れさせられ、そこから出ることは終ぞなかった。病室で首を吊って自殺したのだ。
 当時はかなり世間を騒がせたニュースで、僕や他のみんなのところにも取材が殺到したが、皆口を鉗んで語ろうとはしなかった。
 今となっては、もはや過去の事件で、憶えてる人も少ないだろう。
 あれ以来、人が変わったように暗くなってしまった順平は、彼女の死から六年後、アルコール中毒により亡くなってしまった。友仁は弥生と結婚し、今でも健在ではあるが、美雪のことは一言も口にすることはない。
 残る明美だが、事件から四年後に僕と結婚し、今も一緒だ。僕の心を知っていて、それでも僕と生きたいと言ってくれたのだ。美雪も許してくれるだろう。

 さて、そろそろ時間だな…。


「片桐さん?片桐さんっ!?だれか先生呼んで!片桐さんの容体が急変したわっ!」
 ものの数分も経たぬうちに医師が来たが、もはや手遅れだった。
 傍らに付き添っていた明美は、全てを察したように言った。
「お先に行くんですね?解りました。私は後からゆっくり行きますから、皆様にはそうお伝えくださいね…。」
 そして…僕の手を強く握りしめたのだった。


  *  *  *


「迎えにきたよ。」
 随分と久しい声が聞こえてきた。
「美雪…わざわざ来てくれたのか。僕はこんなにも歳をとってしまったよ。」
 彼女はあの時のままだった。あの美しい姿のまま…。
「大丈夫よ?淳もあの頃のままだから…。」
 気付くと、いつのまにかあの頃の自分に戻っていた。だが、それに驚く間も無く、また久しい声が響いた。
「ようっ、久しぶりだな。先に来ちまって、悪かったな…。」
 見ると、順平まで来ていた。バツが悪そうに頭を掻いてる姿は、勿論あの頃のままだ。
「あっと、明美がゆっくり来るから、みんなにはそう言ってくれだってさ。」
「うん、聞いてた。ちょっと妬けちゃうかな?でも、今の私たちって、三角関係っぽくない?」
 そんなことを美雪が言って、三人して吹き出してしまった。
「じゃ、行きましょ。明美さん、待ってるからね。」
 僕は一度明美を振り返り、そして…二人の手を取って光る海へ吸い込まれていった…。


  *  *  *


 あの人が亡くなってから、もう三年が経つわね。一年前に友仁さんが亡くなって、弥生と「今度はどちらが先かねぇ。」なんて話してたら、三ヵ月前に弥生が先に行ってしまったわ。
 私は到頭一人になってしまったわねぇ…そろそろ仲間に入れてもらわないと。


―ドーンッ!―


「あら、花火だわ…。」
 なぜかしら、看護婦さんが怪訝な顔をしてるわねぇ。こんな綺麗な花火が見えないのかしら?


―ドーンッ!―


「ほんとにキレイねぇ…。」

 きっと、これが最期の花火ね。ずぅっと見ないようにしてきたのだけれど…

「ほんとに、キレイな花火だこと…」



- ドーンッ…! -



       end...



 
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