義愛
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1部分:第一章
第一章
義愛
日本人がなくしたものは多いと言われる。そういったものはまだ存在しているのだろうが少なくなってしまったのは確かだそれは残念なことに否定出来ない。
だがそれでもそれを今見ることができる。ここに一人の人の話が残っている。
台灣嘉義縣東石郷副瀬村富安宮。そこに像が一つある。見れば昔の日本の警察官の服を着ている。髭は濃く、まるで中国によくある関帝廟の様である。だがそうではないのはわかった。
「これは一体」
私はその像を見上げてこれが誰のものかと思った。
「関羽ではないようだし」
「ははは、関菩薩と思われましたか」
それを聞いた当地のお年寄りが私の言葉を聞いて笑った。
「まあ確かに似ていなくもないですね」
「あっ、貴方は」
私はここでお年寄りの言葉を聞いてはたと気付いた。彼は日本語を話していたのだ。
「御存知だと思いますが」
お年よりは私に顔を向けてにこりと笑ってまた日本語で語り掛けてきた。
「私がどうしてそちらの言葉を話せるのか」
「ええ、勿論」
私も微笑んでそれに返した。その理由はわかっている。
日本はかって台湾を統治しており日本語教育を行っていたのだ。その名残りである。もう話せる人もかなり少なくなってきていると言われているが。
「この方はね、日本人なんですよ」
「まさか」
私はその言葉をまずは疑った。
「そんな筈が」
「ないと仰るのですね」
「こちらのことは知っているつもりですが」
台湾のお年寄りの方々が日本統治時代を覚えていてそれを懐かしむ気持ちも好意も持っていることも若い人達が日本の流行を追い求めていることも知っている。日本には好意的な国であることは私も知っていた。だが幾ら何でもこれは。まるで神様ではないかと思った。
「しかしそれでも」
「素晴らしい方でなければこうなりませんよ」
お年寄りはまた私にこう言った。
「それだけの方だったのです」
「それだけの」
こう言われるとこの像になった人物に興味を持った。
「というとかなりの方なのですね」
「その通りです」
実に見事な日本語だった。台湾の前の総統がかなり、いや完璧なまでの日本語を話しているのは聞いているが。このお年寄りの日本語も素晴らしかった。
「御存知ないのですか」
「八田與一さんは知っていますが」
「ほお」
お年寄りは私の言葉を聞いて声をあげた。
「あの方をですか」
「ここにダムを築かれたそうで」
「はい、立派な方でした」
その人のことを聞くと顔が更に綻んでいた。
「私達の為に働いて下さって。今は極楽に奥様とおられますよ」
「ですね」
八田という人は技術者であり台湾の二つのダムを計画している。第二次世界大戦中に南洋に向かう途中で乗っていた船が沈められ死んでいる。その奥方は終戦後子供達に別れを告げて夫が作り上げたダムに身を投げた。その墓も銅像も台湾にある。夫婦で墓があるのだ。日本風の墓が。
「他にもね。おられるんですよ」
「三人の英霊も」
「ええ」
台湾沖航空戦において敵の戦闘機に体当たりして散華した三人の航空兵達を祭ってくれているのだ。有り難いことにだ。
「この方もその方々と同じなのですよ」
「どういった方なのでしょう」
「お時間はありますか?」
「旅中ですので」
私は答えた。
「何のあてもなくぶらぶらしております」
「そうですか。ではこちらへ」
お年寄りは私を店に案内してくれた。何か日本に昔よくあったような懐かしい喫茶店である。
「御老人のお店ですか?」
「はい、そうです」
木造のレトロな店の中に案内して答えてくれた。
「私が子供の頃よく見た店でして」
「ですね」
何となく戦前によくあったような感じの店だ。
「けれどクーラーはありますよ。安心して下さい」
「ははは、そうですか」
その言葉に肩の力が抜けた。
「リラックスしてね、お話しましょう」
「そうですね。じゃあ」
木造の古風なカウンターに座りメニューを見る。だが残念なことに中国語なのでよくわからなかった。
「ええと」
「コーヒーはどうですか?」
お年寄りはもうカウンターに移っていた。そこから私に声をかけてきた。
「いや、この場合は」
「カウヒィですかね」
「随分古い呼び方ですね」
「このお店を見ていますとね」
私は店の中を見回して応えた。テーブルも椅子も木造で趣きがある。客は今は私以外には誰もいなかった。
「その呼び方で」
「芥川とかそんな感じですね」
「芥川も御存知なのですか」
「日本の作家の本も若い頃読みましたからね」
カウヒィを用意しながら答えてくれた。
「覚えていますよ。河童とか」
「河童も」
「あれはかなり参っていましたね」
お年寄りは悲しい顔になって語った。
「あれからすぐだったのでしょう?あの人が自殺したのは」
「はい」
私はそれに答えた。
「あれは確か遺稿の一つです」
「やはり」
「どうも色々あったようですから」
私は語った。
「芥川は死ぬ前の二年程はずっとああでした」
「そうなのですよね、それまではあんなことはなかったのに」
「悩んで悩んで悩んだすえにだったのでしょう」
「自殺したと」
「けれど名前は残ってますがね」
私は言った。
「自殺したのは残念ですが」
「けれど。そうするしかなかったのかも知れませんね」
お年寄りは私にカウヒィを差し出して言った。
「あの方と同じで」
「そのあの方ですが」
私はカウヒィを手に取りながら尋ねた。
「どういった方なのでしょうか」
「はい」
まずは一呼吸置いた。それからまた口を開いた。
「ではお話させてもらいますね」
「お願いします」
私は頼んだ。そして老人の言葉に耳を傾けさせた。その話は今の日本には本当に少なくなってしまった、懐かしくも美しく、そして悲しい話であった。
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