俺と乞食とその他諸々の日常
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一話:こんな日常
耳から不愉快な音が響いてくる。俺―――リヒター・ノーマンは寝ぼけ眼で音の出どころである端末を探し出し勢いよく手を振り下ろしてクラッシュ! ……することはさすがにせずに普通にアラームを止める。
以前はよく端末ごと粉砕して母と父に怒られたが今となっては良い思い出だ。
朝というものが嫌いな俺はアラームを止めた後も布団にくるまり籠城を決め込む。
だが、いつまでもこうしていれば高校に遅れてしまうのは免れない為に起きなければならない。
脳内における激戦の末に何とか布団の魔力から逃れた俺はベランダに出て太陽の光を浴びる。
「あー……眠い。朝なんて消えてしまえばいいのにって……ん?」
ベランダに何か引っかかってる。
そうとしか言えない光景が俺の目の前にあった。
体をくの字に曲げてベランダに器用にひっかかっているのは見慣れた黒いジャージにいつもどこにしまってるんだとツッコんでしまう長く黒いツインテール。
ここまで見て誰かを理解した俺は今度からベランダに油でも塗っておこうと決意する。
そんなところでひっかかっていた物体は顔を上げて笑顔を浮かべる。
「お腹減った。お腹いっぱいご飯を食べさせてくれるとうれしいーわ」
その台詞に対して勿論俺は―――
「ごめん。うちには夏の暑さでだめになっているであろう焼きそばパンも傷んだ野菜もないんだ―――とでも言うと思ったか、ジーク!」
容赦なくジーク―――ジークリンデ・エレミヤの肩を押してベランダから突き落とそうと努力を始める。
すると、何故かジークは体をくの字に曲げたままわたわたと暴れはじめる。
「ちょっ! お願いやから押さんといてリヒター! 落ちるから、落ちるから!」
「フリか? フリだな。よし、任せとけ」
「フリじゃないって、ほんまに落ちる!」
「落ちても魔法があるから大丈夫だろ。だから早く落ちろ」
「普通はそっち側に引き上げてくれるんやないの!?」
ちょっと何を言ってるのか分からない。そもそも普通の人間はベランダに引っかかったりしないはずだ。
取りあえずこのままだと布団が干せないからジークをどけることには変わりがないな。
まあ、今日は布団を干す予定はないけど。
「取りあえず中に入れてくれへん。私ほんまにお腹ペコペコなんよ」
「黙れ、乞食!」
「う、事実やから否定できへん」
ジークは以前に行き倒れているところを拾ったのが出会いだ。
面倒なことに自宅のアパートの前で倒れていたので俺は面倒事にならないように他の所に捨てようと考えた。
そして燃えるゴミか燃えないゴミどちらに捨てるべきか悩んでいる時に起きたので仕方なく飯をあげたわけだ。すると、あら不思議。立派な乞食の完成だ。
気分としては捨て犬に餌をやって懐かれた気分だ。
「ふぅ……取りあえず一回落ちてから上がれ。もう、疲れた」
「いや、リヒターがやってきた……って、結局落ちんといけんの!」
「玄関から上がるのが常識だろ」
「悔しいけど、その通りよね」
その後なんだかんだあって結局ジークはベランダから家に入って来たのだった。
「はぁ……お腹いっぱいや」
「人の家とは思えん食いっぷりだな。お前は雑草でも食ってろ」
「それは昨日食べたんよ」
「……………」
「ちょ、そんな引かんといて、傷つくから」
どんだけサバイバルじみた生活を送っているんだ、こいつは?
今度からはおにぎりの具に雑草を入れてもばれないかもしれない。
というか、普通に上手そうに食べそうだ。
「お金ないとそういう物しか食べれん時があるんよ」
「それで俺の所にたかりに来るわけか。ヴィクターのとこに行け。あっちの方が、金があるんだ」
「う、私はリヒターの手料理が食べたかったんよ」
「俺の弁当のおかずになる予定だった冷凍シューマイを食い尽しておいてよく言う」
「そ、それもリヒターの料理みたいなものやん」
何やら目を右往左往させながら答えるジークにデコピンの連打を食らわす。
冷凍シューマイ楽しみにしていたんだぞ。食い物の恨みを思い知れ。
しばらくデコピンを続けていると最初は痛そうにしていたジークが笑い始めた。
「何、こいつ変態?」
「ちゃうって! ただ、なんかこういうのもええなって……」
「やっぱり、変態じゃないか」
叩かれるのがいいなんてドMの変態以外に何と言うんだ。
思わず後退ってジークから距離を取ってしまう。
変態とはどうか知り合い程度の付き合いに止めておきたい。
「だから、ちゃうって! なんか仲のええ、カ、カップルみたいやなーって……」
何やら顔を赤らめてクネクネと動きだすジークに白い目を送ってみるがまるで気にする様子がない。
さて……いつの間に俺はフラグを立ててしまったのか。俺は別に一級建築士の資格を持っているわけではないんだけどな。
というかこんなやつの紐になってやるつもりはない。
働かざる者食うべからず。これ鉄則。
「とにかく、飯食べたから俺はそろそろ学校に行かせてもらうからな」
「あ、なら私が皿を洗っとこうか?」
「やめろ! お前に任せたら家が次元振の後みたいなありさまになる!」
「そんなことあらへんよ!」
俺の言葉に憤慨して頬を膨らませながら否定するジーク。
ふむ、なら思い出して貰おうじゃないか。
これまでジークの腕で粉砕してきた我が家の家具の数々を。
「一週間前は皿を十枚。二週間前はお気に入りのカップを。一ケ月前に至っては机を真っ二つだ。最初の二つはまだ分かるが最後は何だ? 何が起きたら真っ二つに出来るんだ」
「あー……打撃の練習?」
「取りあえず今すぐ家から出て行け」
こいつは人の家をトレーニングルームか何かと勘違いしているんじゃないか。
可愛らしくテヘペロってやっても許さないからな。というか、顔を真っ赤にしてやるぐらいならやるなよ。
あ、でも写真は撮らせて貰う。
「全く、誰が壊れた家具の金を払ってると思ってるんだ?」
「そ、それはー……」
「ヴィクターだ」
「え、そうなん!?」
「最近は完全にお前の保護者化してるぞ、あいつ」
壊れた家具の弁償とか、俺に対する謝罪が明らかに保護者化してるからな。
何だよ、あの子がまたご迷惑をかけましたって。完全に母親じゃないか。
エドガーもそろそろ皿が割れるころだと思っていましたとか言ってくるしな。
というか一歳しか違わない相手に子ども扱いされるジークって……。
「はぁ……」
「なんや、その溜息。ハッキリ言ってくれた方が気が楽なんやけど」
「いや、お前って残念な子だなって」
「……意外と傷つくものなんやね」
器用に椅子の上で体操座りをするこいつが次元世界最強の十代女子というのも世も末だな。
取りあえずこれ以上ダラダラしてると本気で遅刻するのでジークを家の外に追い出すために椅子ごと持ち上げる。
「うわっ! び、ビックリするやん。何するんよ」
「ベランダから突き落とす」
「まだ、ベランダの件ひきずっとったん!?」
玄関から入ったら、玄関から出る。ベランダから入ったらベランダから落ちる。これが常識だろ。
「そもそも、何でベランダに居たんだ?」
「ノリやね」
「なら、仕方ないな」
結局、その後ジークと一緒に玄関から出ることになった。
後書き
こんな軽い感じで書いていくつもりです。
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