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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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5.君はもっと強くなる

 
前書き
意外と評価されててほんのり嬉しいです。 

 
 
 タイム・パラドックスという考え方がある。
 SF小説ではよくある話だが、過去や未来に纏わる歴史の改変が起こると、本来の歴史とその改変によって誕生する歴史に矛盾が発生する。その矛盾にどのような決着がつくかはいまだに結論の出ない所ではあるが、総じて歴史は変えるべきではないとするのが普通だ。

 果たしてDの日記帳に記された内容が「あるべき未来」なのかどうかまでは不明だが、少なくともその筋道をなぞれば日記のままの未来が訪れると考えられる。逆に、日記の流れに逆らえば未来は全く違う形になってしまうかもしれない。
 つまり、翌日にベルが5層に降りてミノタウロスに襲われるという事態を避けるという選択肢も取れれば、避けずに続けると言う選択肢も存在するということだ。

「日記によれば……この一件は恐らくベルの飛躍的な実力の向上の、きっかけの一つだろうな」
「確かに……この後、ベル君は短期間でレベル2に到り、『世界最速兎(レコードホルダー)』の異名を得たとあるね。でも……」
「ああ、これを捨て置くということは、ベルを命の危険に晒すという事でもある。軽々しく決めるのは躊躇われるな」

 今日の冒険でそれなりに疲れが溜まってしまったのか既に眠りについているベルを遠目で見ながら、リングアベルとヘスティアは小声で今後の話を進めていた。

「ボクとしては、正直危険な事はして欲しくないね。例えリングアベルが付いていたとしても、ミノタウロスは15層の魔物。命の危険は拭えない」
「ああ、俺も手ごわい美女ならともかく、手ごわい魔物に事前情報なしで戦うのは出来る限り御免こうむりたいな。しかもベルを庇いながらとなると……不確定要素が大きすぎる」
「真面目なのか不真面目なのかはっきりしようよキミ……」

 常識的に考えればそのようになる。
 別にベルはこの事件がなくともいつかはレベル2に達するだろうし、それならば態々リスクを背負ってまで危機を放置する必要もない。なにより、リングアベルというイレギュラーがいるために、それは起こらない未来なのかもしれない。

「だが……ひょっとしたら、それが起きるのも必然かもしれない」
「必然?」
「運命の女神たちに聞いたことがあるんだ。事実とは一度起きるとそこに運命力が発生する。もしここに記された内容が一度どこかの時間軸、世界線で発生してしまったことだとしたら……現実の因果律がそれに追従することになる」
「それが起きる事実は確定しているから、これから起きることを避けようとしても意味がないと?」
「分からない……分からないが、ベル君を5層に連れて行くのは当分止めてほしい。彼が5層に行けば本当に死にかねない。ベル君はダンジョンに憧れを抱きすぎだ」

 そう言って、ヘスティアは大きなため息をつく。彼女にとってベルは決して替えの利かない大切なファミリア。その未来を憂う表情は、子を憂う母親のようでもあった。

「無理して冒険しなくたって人は生きていける。ベル君には普通に暮らして、普通に戦って、普通に老いて欲しいな」
「………了解した。確かにベルはまだダンジョンに対する危機感が欠けている節があるからな」
「それ、キミは人の事言えないからね……」

 その日、話は結局「ベルを5層に近づけない」という方向性で決まった。
 だが、このとき二人は二つの致命的なミスを犯していた。

 ひとつ、ベルが途中から目を覚まし、自分を5層に近づけないことをヘスティアが決めたあたりから話を聞いていたこと。

 そしてもう一つは、その話を聞いていたベルが二人の想像以上に「男の子」だったことだ。

(神様もリングアベルさんも、ひどいや……僕だって4層までは平気だったし、1層下に降りたって実力は通じる筈だ!それに……僕はオラリオに『冒険』しに来たんだ!神様の言うような平凡な日々を送るために剣を取ったんじゃ……ないよ!)

 この日の夜、ベルは人知れずあることを決定した。
 明日、リングアベルにもヘスティアにも黙って5層に行き、自分が二人が言うほど弱くない事を証明してやる、と。その子供っぽい反抗心は、結果的に日記と同じ道を辿ることになる。



 = =



「はぁっ、はぁっ、ベルめ……何所にいる!?まったく、俺に男を追いかけさせるとはいい度胸だッ!!」

 普段の余裕ある笑みを浮かべたキザな態度は鳴りを潜め、リングアベルはダンジョン第4層を全力疾走していた。最近購入した弓矢を携えて目の前の魔物を次々に撃破しては、魔石もドロップアイテムにも目をくれずにただただ周囲に目を光らせる。

 朝起きた時、ベルの姿がないのに気付いたのはヘスティアだった。一体どこへ行ったのか不思議に思った二人は周囲を見渡すが、どこにも彼の姿はない。やがて食卓を囲うテーブルの上に1枚の書置きを発見した時、二人は思わず悲鳴を上げそうになった。

『今日は一人でダンジョンに潜ります。僕だって一人でできる事くらいあります』

 その文章から、微かな怒りと意地を感じ取れた。その短い文章を読んですぐに、二人は「昨日の話を聞かれた」と悟り、自分たちの迂闊さを呪った。まさがベルが勝手にこんな行動をとるほど短絡的だとは思っていなかったのだ。
 事態を把握したリングアベルは、すぐさま装備を抱えて教会を飛び出した。ヘスティアの呼び止める声も聞こえたが、今回ばかりは後回しにした。

 ――あの大馬鹿野郎め!

 ギルドによると既にベルは迷宮へ入っていた。恐らくは5層へ向かっている筈だ。
 そして今日、5層にはロキ・ファミリアが狩り逃したミノタウロスがいる筈。
 まだ冒険者になりたてのベルでは勝ち目がない。ベルは自分の実力を過信しているが、彼の強さはあくまで4層まで通じる強さでしかない。その慢心が招く結果を彼は間違いなく理解していなかった。

「もうすぐ5層……!!まだ無事でいろよ、ベルッ!!」

 5層に入ると同時に、グレート・バットが前を遮る。
 暗い場所を好む蝙蝠型魔物の翼が視界を遮った。他の魔物と複数で敵を襲い、吸血を行うのがこの連中の特徴だった。だが、リングアベルにはそれらの相手をのんびりしている暇など無い。すぐさま弓に矢をつがえ、狙いを定める。

「邪魔だ!無粋な客はご退場願おうかっ!!」

 矢継ぎ早に発射した弓が翼に次々命中し、グレート・バットは悲鳴を上げながら落下していく。翼を持つ相手に対して弓は非常に有効な攻撃手段だ。加えてグレート・バットは意外に動きが緩慢なので弓矢の素人であるリングアベルにも簡単に命中させることが出来る。元々はそのために用意したい武器でもあった。
 目の前を遮る魔物を片づけたリングアベルは他の魔物をそのままに正面を突っ切る。今はともかく時間が惜しかった。
 と、遠方から巨大な魔物の雄叫びが耳に入る。

『ヴォオオオオオオオオオオオアアアアアアア!!』
「この声……聞いたことはないが、ミノタウロスだな!?この層でこんな雄たけびをあげる魔物はいない……あっちか!!」

 この迷宮はそれなりに複雑な構造をしており、マップを頭に入れてない人間が入れば袋小路に辿り着きやすい。そしてベルの突発的な行動に、十分な下調べと装備が整っている可能性は低い。
 日記ではベルは助かっていた。だからと言ってこれから助かるとは限らない。
 ならば見捨ててなるものか。徒労に終わったのなら笑って済ませればいいのだ。

 そのミノタウロスを倒せるかは分からない。だが楽観論は勇気を以って否定する。
 自分でも驚くほどの衝動と熱に駆られ、リングアベルは矢の切れた弓を放り出して疾走した。
 そして、とうとうその少年を視界に捉えた。 
 白い髪、赤い目、兎を彷彿とさせる――

「ベルゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
「り、リングアベルさんッ!?こ、こっちに来ちゃ駄目です!!」
『ヴアアァァァァァ………?』

 今にもベルに襲いかかろうと丸太のような腕を振り上げる、醜悪なる牛闘志。あれがミノタウロスだろうと理解すると同時に、リングアベルは槍を引き抜いて構えた。先ほどの大声でミノタウロスの注意がこちらに逸れたからだ。

「そうだ牛頭ッ!こっちに色男がいるぞッ!!」

 ――周囲には誰の気配も感じないため、今のところ助けは望めない。だが、噂によるとそろそろロキ・ファミリアが遠征から戻って来るらしい。このミノタウロスがそれから逃げてきたのなら、ロキ・ファミリアがそろそろこの層にも来るという事である。
 なら、無理に戦わずにとにかくヘイトをこちらに集める。出来ればそのままミノタウロスの動きを誘導してベルを逃がす隙も与えてやりたい。

 ふっと軽く息を吐きだし、ミノタウロスのリーチギリギリから槍による刺突を繰り出す。
 だが、硬い表皮に阻まれて思うほど傷を与えられない。リングアベルとミノタウロスのステイタス差が大きすぎるか、或いは槍の性能が悪いせいかもしれない。そう分析していると、鬱陶しい蠅を払うようにミノタウロスが暴れ出した。

 ブオン!と空を切る音が空間に響き、バックステップしたリングアベルの前髪に微かに拳が掠った。
 あれに命中していたら――どっと冷汗が溢れる。恐らく痛いでは済まなかっただろう。内心でほっとしたのもつかの場、ミノタウロスの連撃が次々に襲いかかった。

「どうしたウスノロ!そんな大雑把な動きじゃ女の子に逃げられるぞ!?」

 挑発によって自分を鼓舞しながら、さらに荒れ狂うミノタウロスの猛攻を全力で躱す。しゃがみ、跳躍し、地を駆けながらその暴風を躱し続けた。体力の消費は激しいが、その隙にベルがなんとか袋小路から脱出するのが見えた。

「リングアベルさん!援護を――」
「そんなことより助けを呼べ!!お前が来たところでコイツは倒せない!俺も長くは保ちそうにないから、早く!!」
「でも、ここで見捨てたら……まるで僕が殺したみたいじゃないですかぁッ!!」
「愛に生きる男、リングアベル!世界中の女性とガールフレンドになってないのにこんな所で死ねるか!!」
「こんな時まで女の子第一!?」

 この意地っ張りめ、上に戻ったら絶対に晩飯を高い店で奢らせてやる!と心の中で叫ぶリングアベルだったが、ここで5層まで全力疾走して失った体力分が体を鈍らせ始めていた。次第に重りを背負ったように動かなくなっていく体。せめて反撃の隙があればいいが、無尽蔵のスタミナで暴れまわるミノタウロスにこちらからの有効打がない。

 この前バグベアーを一撃で仕留めた『ホライズン』も、この至近距離で敵の攻撃を避けながら命中させるには難し過ぎる。考えれば考えるほど、状況に希望が見えない。
 やがて、とうとう疲れの所為で一瞬集中力が途切れ、足が周囲のぬかるみに取られる。

「しまッ―――」

 瞬間、全身が弾かれるような衝撃に見舞われて、体が宙を舞った。体はそのまま壁に盛大に叩きつけられ、肺から空気が強制的に吐き出される。

「ガハァッ!!」
「リングアベルさんッ!!」
「はぁ……うぐ、げほッ!はぁ……はぁ……」

 辛うじて握ったままでいた槍を杖代わりに何とか立ち上がり、ミノタウロスを睨みつける。
 吐き気がして、全身が焼けるように痛む。額からは血も流れているようだった。極度の疲労から何度呼吸しても上手く酸素を頭に送り込めない。

「―――………」

 なのに、どうしてだろうか。

 脳裏に、一人の少女の影が映った。
 凛々しい表情に、癖のある跳ねた前髪。
 腰に刀を携え、笑顔が似合い、腰に剣を差した――その少女を想った途端、身体は動いていた。

「吹き飛ばされた……おかげで、距離が……開いたな。じ、実にいい距離だ……ッ」

 俺の身体は限界に近い筈なのに、身体は思うとおりに動き、槍を構えていた。
 苦しくて倒れそうな筈なのに、腕にはむしろ今まで以上の力が漲る。

 こんな所で――『彼女』にも出会わぬままリングアベルという男の冒険は終わるのか?
 否、それは断じて否だ。

 まるで逆境を背に燃える男子(おのこ)の本懐を遂げているように、その切先がミノタウロスに突き付けられる。この程度で殺されてなるものか。もう逃げるのは難しいが、ここから奴を倒すことくらいはやれる。やってみせる。

 不意に、できれば剣で戦いたいと思った。考えてみれば最初は剣を握っていたのだから、元々は剣士だったことを思い出したのかもしれない。この戦いが終わったら奮発していい剣を買おうと決めた。

『ヴヴアアアアアアアアァァァァッ!!!』
「吠えるなよ、牛頭……頭に響くだろ?こちとら体中痛いんだ……!!」
「リングアベル、さん……僕の所為で、こんなことに……!」

 ベルが今にも泣きそうな顔でこちらを見つめている。
 せっかく終わったら飯でも奢らせようと息巻いていたのに、その顔を見ると許してやってもいい気がした。ゆっくりと近づいてくるミノタウロスから目を離さず、リングアベルはニヒルに笑う。

「そんな何もかも終わったような顔を……するなよ。人生は、いつだって一発逆転のチャンスだぞ……?」

 理屈は分からないが、きっと今の自分はさっきまでより強くなっている。
 それに、投擲に必要な距離も測らずして開いている。
 なら――やれる。

「今から、俺の本気を見せてやる!しっかりその目に焼き付けておけよ、ベル……!!」

 全身に漲る力を、槍を握る腕一本に全て集中させるように腕を引き絞り、それを支える足腰を固定するようにがっちり地面に踏みしめる。この一撃に、正真正銘今のリングアベルという男が持つ戦闘能力の全てを注ぎ込む。

「この一撃はヘビィだぞ……!――『ホライズン』ッ!!貫けえぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 血液が沸騰するほどの熱気と、命を削るような咆哮を上げながら、リングアベルは槍を投擲した。
 槍は躱す暇も与えずにミノタウロスに迫り――その巨大な腕を肩諸共抉り飛ばした。

『ヴォオアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?』

 情けない悲鳴を上げながら千切れとんだ肩を必死で掴もうとする醜態が、とても滑稽に見えた。
 ザマぁみろ、牛頭め。運命の(ひと)にも巡り合えないまま死んでたまるかというのだ。そう強がっていたが、体力が限界に達して尻もちをついて倒れた。

 辛うじてつなぎとめた意識が、周囲の喧騒を聞こうとするが、まるで水中に沈んでいるかのように上手く音を聞き取れない。ただ、視界に長い金髪と俊足の刃が見えた。

 瞬時にバラバラに引き裂かれるミノタウロス。恐るべき実力だ。
 金髪の、剣士。奇しくもそれは、最後の一撃を叩き込む直前に幻視した想い人と特徴が似ていた。

 けれど――『彼女』はそんなに髪は長くなくて。
 身長もそのシルエットより小さくて。
 太刀筋は速度と手数に特化したそれではなくて――

(君じゃ、ない……)
 
 その事実を少しだけ悔いながら、直後に体力を使い果たしたリングアベルは意識を手放した。





 その日、ヘスティア・ファミリアに泣きじゃくる一人の少年と、やり遂げたような顔をして伸びた一人の青年がロキ・ファミリアの手によって運び込まれた。主神ヘスティアはまずベルに一回ビンタをし、続いて意識のないリングアベルの頭を殴り、最後に堰を切ったような大泣きで二人を抱きしめたという。

 この日の出来事を、ベル・クラネルは一生忘れる事が出来ないだろう。
 仲間の為に命を張った偉大なる先輩の雄姿を。

 この日、彼は自分の将来の夢のに、「先輩にこの恩を返して格好いいところを見せる」という内容が追加された。



 ……なお、この際に不器用ながら慰めてくれた「剣姫」アイズ・ヴァレンシュタインにちゃっかり一目惚れしており、もう一つ目標が増えていたが。

「それでいいぞベル!男の背中より美女を追いかける事が男の本懐だッ!!」
「はい、リングアベル先輩ッ!!」
「キミたちは馬鹿かぁぁぁーーーッ!!?」

 ヘスティア・ファミリアは今日も平和です。
  
 

 
後書き
やべ、ミノタウロス抉っちゃった……。今回はリングアベルがやる時はやる話と、今後に日記の扱いがどうなるかをほのめかすような内容になりました。

なお、そろそろティズの話を上げようと思っているのですが……アンケートでどう登場させるかの決議をとったところ、現在原作通りにノルエンデ村を葬るという運命が多く選択されてます。アンケートは明日に締め切ろうと思います。 
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