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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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sts 14 「謎の少女」

 俺はエリオとキャロを連れてレールウェイ乗り場にやってきた。理由はふたりに予定を聞くと、シャーリーから今日のプランをもらっていたからだ。街に慣れていないふたりのためにそんなことをするとは彼女も気が利く。

「えっと、シャーリーさんが作ってくれた今日のプランは……まずはレールウェイでサードアベニューまで出て市街地をふたりで散歩。ウィンドウショッピングや会話等を楽しんで……」
「食事はなるべく雰囲気が良くて会話が弾みそうな場所で……」

 読み上げられた内容に、俺の脳内に凄く良い笑顔を浮かべて「成功を祈るわ」などと言っているシャーリーの姿が浮かんできた。思わず顔を手で覆ったのは言うまでもないだろう。
 ――あいつはいったい何を考えてるんだ。
 このふたりが大人びているのは分かるが、どう考えても今のプランは10歳の子供にさせるものではない。その証拠にエリオとキャロは顔を見合わせて首を傾げている。

「な、何だか難しいね」
「うん……兄さん、どうしたらいいのかな?」
「どうしたらって……俺は付き添いで来てるだけだからな。お前達の行きたい場所に行けばいい」
「じゃあ……キャロ、順番に回ってみる?」
「うん」

 興味の向くままに散策すればいいと思っていたのだが、まさかのプランどおりに進もうとするなんて……シャーリーに聞かれた時のことを考えたのだろうか。
 子供に余計な気を遣わせるとは……いや、そもそも10歳の子供にデートプランを用意するあたり馬鹿げている。別にエリオとキャロがそういう関係になるのは構わないが、さすがにまだ早いだろう。シャーリー、帰ったら覚えてろよ。
 そんなことを考えているうちに、俺はエリオ達と一緒にレールウェイに乗り込む。移動の際は自然とふたりに手を握られるあたり、完全に保護者の立場である。まあこの手のことは昔からやってきたし、何よりフェイトから念押しで頼まれている。片方でも迷子にすれば、きっと怒られるに違いない。
 席はふたり分のスペースしかなかったため、エリオとキャロが一緒に座り、俺は彼らの向かい側に座ることにした。楽しそうに話すふたりを見ていると、自然と微笑ましい気持ちになるだけにきっとフェイトは可能ならばこの場に居たかったに違いない。

「そういえば、キャロの竜ってフリード以外にもう1匹いるんだよね?」
「うん、ヴォルテール。黒くてすっごく大きな竜なんだ。フリードはわたしが卵から育てたんだけど、ヴォルテールはアルザスの地に憑いてる守護竜なの。だからわたしの竜というより、わたしがヴォルテールの巫女で力を貸してもらってるというか……そんな感じ」

 過去の経験から竜達の力を恐れている素振りがあったが、今の声色からして恐怖はあまり感じられない。この前フリードの力を解放できたことでずいぶんとキャロの中の認識が変わったようだ。
 ただそれでも恐怖は残っているのだろう。けれどそれでいい。それがあるからこそ、間違った方向に力を使わないのだから。きっとキャロは優れた竜使いになっていくことだろう。

「そっか、フリードみたいに紹介してもらえたら嬉しいんだけど……そんなに偉大な竜ならわざわざ来てもらって挨拶だけってわけにもいかないよね」
「うん、大きさも大きさだし。ヴォルテールの力を借りるのは本当に危険な時だけだから……でもいつか紹介するよ。フリードもエリオくんのこと本当の友達だと思ってるみたいだから、ヴォルテールともきっと仲良くできると思う」
「そっか、なら嬉しいな」

 笑い合うふたりを見ていると、多少だが俺の存在が邪魔のように思えてきた。
 10歳という年齢を考えるとフェイトの心配も分かる。だがしかし、エリオ達は魔法文化のある世界で育っていることを考えると、自分達だけで歩き回っても別に問題ないのではないだろうか。
 ……いや、だとしても今日は最後までちゃんと付き添う必要があるよな。急な仕事が入れば別だろうが、フェイトに頼まれて引き受けてしまっているわけだし。もしも何かあれば、彼女だけでなく他の隊長陣からも何か言われるだろう。
 静かに気を引き締め直していると、ちょうど目的の駅に到着した。俺が一声掛けるとふたりは元気に返事をして、再度俺の手を握ってくる。
 周囲の客から温かな視線を向けられている気がするが、俺はこんな大きな子供がいるような年齢ではない。言葉にはしないが、精神の安定のために心の内では言わせてもらう。

「……ん?」

 のんびりと仲良く歩いていたのだが、不意に左手を違和感が襲う。俺の左手を握っているのはキャロなのだが、何やら顔を俯かせて落ち着きがない。
 最初はこのように手を引かれたりすることに慣れていない。または握り心地が悪くて直しているのかとも思ったのだが、どうにも手の動かし方や握りの強弱からして違うようだ。

「キャロ、何か言いたいことでもあるのか?」
「え……えっと、その」
「キャロ、言いたいことがあるなら言っていいよ。行きたいところとかあったのなら僕は反対とかしないから」
「うん、ありがとう……でもそういうんじゃなくて」

 どこかに行きたいわけではないとすると何なのだろうか。顔に赤みが差していることを考えると、言葉にするのが恥ずかしいのだろうとは思うが……雰囲気からしてトイレというわけでもなさそうだし、何か食べたいものでもあったのだろうか。

「えっと……やっぱりいいです」
「あのな、子供が遠慮とかするな。ダメなものはダメって言うが、即行で言うつもりもない。というか、俺はフェイトほど付き合いがないからな。言ってくれないと分からん」
「……その……ショウさんにお願いがあるんです」

 お願い?
 キャロから頼まれそうなことを考えてみるが、竜に関することは彼女の方が知っている。デバイスに関することも考えられるが、別に言うのを恥ずかしがることではないだろう。補助魔法の訓練という可能性は考えられるが、このタイミングで言うことでもない……。
 他の可能性としては以前お菓子の差し入れをしたことがあったので今度また作ってほしい、というものが浮かんだ。しかし、キャロの口から出た言葉は全く別方向のものだった。

「あの……わ、わたしもお兄ちゃんって呼んじゃダメですか?」
「は? お兄ちゃん?」
「はい……ショウさんっていつも見守ってくれてる感じがして、それに褒めるときとか頭を撫でてくれるし。その、お兄ちゃんみたいな人いなかったから……」

 フェイトのほうが見守ったり、褒めている気がするのだが……この場合はエリオの影響が強いのかもしれない。同い年の子が兄扱いしていたならば羨ましいと思ってもおかしくなのだから。
 キャロのお願いを聞くとある人物がまた羨ましがったりへこんだりしそうだ。が、エリオに許可を出しているのに彼女には許可を出さない理由もない。おじさんだったら許可しなかったが。

「何だそんなことか、キャロがそう呼びたいのなら呼べばいいさ」
「本当ですか?」
「ああ、それと変に畏まった話し方しなくてもいいからな。そのほうが兄妹っぽいだろ?」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 実に嬉しそうな笑みを浮かべるキャロを見ると、こちらとしても嬉しく思う。エリオとの共通点が新しく出来たせいか、俺のことを話す彼女達の距離は若干だが縮まったように見える。今後のことを考えると良いことだろう……フェイトさんのことを考えなければ。
 兄貴分がいるのがよほど嬉しいのか、キャロは必要以上にお兄ちゃんお兄ちゃんと呼んでくる。エリオもそれに触発されているのか、普段以上に兄さんと呼んでいる気がする。今の姿を知人に見られでもしたら何と言われるだろう――。

「ん? 覚えのある顔だと思えば夜月か」

 ――嫌なことを考えるとどうしてこのように現実になりやすいのだろうか。
 話しかけてきたのはたった今すれ違った女性。長い黒髪に狼のように鋭い目、無駄のないすらりとした体をスーツで覆っている人物の名前は織原千夏。中学時代の担任である。

「久しぶりだな、元気そうで何より……私の記憶が正しければお前はそのような大きな子供がいる年ではなかったはずだが?」
「ええ、その認識で合ってます。この子達は今同じ部隊に居る俺の教え子みたいなものですよ。ここに来てる理由は、今日はオフになったので遊びに来ただけです」
「なるほど……確かに八神が自分の部隊を作ってお前達を集めたという話を以前耳にしたな」

 地球に居たはずの織原先生がこの場に居て、当然のように魔法に関連している話を出来ていることに疑問を抱く者もいるだろう。
 理由を簡単に言ってしまえば、織原先生は地球で教師になる前は魔導師として活動していたからだ。
 今の説明でも分かるだろうが、織原先生はすでに魔導師は引退している。だが彼女は《雪影流》と呼ばれる古流剣術の達人であり、その実力はシグナムに勝るとも劣らない。
 しかし、この評価は正確ではない。
 俺は中学を卒業してから最近まで織原先生に剣の手解きを受けていた。それから考えれば、彼女が魔導師を引退してから長い時間が経過しているのは明白だろう。
 また織原先生が魔導師を引退したのは元々魔力量が少なかったのも理由らしいが、それに加えて負傷によってさらに魔力が減ってしまったかららしい。つまり、全盛期の彼女はシグナム以上の腕前だった可能性が極めて高いのだ。

「兄さん、この方は?」
「あぁ……簡単に言えば、この人は俺の中学時代の担任で剣の師匠だ」
「え、お兄ちゃんの?」

 ふたりとも興味を持ったようで織原先生に視線を向けるが、織原先生の視線は前線を退いた今でも充分に鋭い。故にふたりが怖がってしまうのも無理がない話だ。
 織原先生は仕方がないといった風に笑みを浮かべてくれている。魔導師引退後に教員免許を取ったのだから子供は好きなはずであり、またよくあることなので当然……のようにも思えるが、実際は少なからず傷ついている気がする。

「目つきが怖いのは分かるが悪い人じゃない、大丈夫だ」
「おい夜月、それはフォローになっていないように思えるが?」
「だったらその目つきの悪さを直してください」
「馬鹿者、生まれつきなものを直せるか」

 なら、その武人みたいな佇まいというか雰囲気を変えてください。先生が未だに独り身なのはそこに理由があると思います。

「何か言いたいのなら素直に言ってみろ」
「いえ別に……」

 ここで馬鹿正直に言うのは殴られて快感を覚える変態だけだ。織原先生に剣の手解きを受けた経験のある俺には、彼女の繰り出す技の威力は身に染みて理解している。技を使わなくても鉄拳だけで充分な威力があるだけに話題を変えるのが無難だろう。

「ところで、何で今日はこっちに?」
「……まあいいだろう。その質問に答えるなら、お前の義母親に用があったからだ」
「義母さんに? ……刀剣型デバイスの意見でも求められたんですか?」
「まあそんなところだ」

 俺の聞いた話では織原先生のデバイスは、義母さんが開発したものだったらしい。故にふたりの間にはそれなりの繋がりがあり、俺が義母さんに師匠になりえる人物を知らないか聞いた時に織原先生の名前が挙がったのだ。

「すみません、うちの義母が……」
「気にするな、どうせ今日は暇だった。それに知り合いの元気な姿を見るのは気分が悪いものではない。お前を含めてな」
「俺も先生が元気そうで安心しましたよ。教え子達は元気がない方が嬉しいでしょうけど」
「人を鬼教師のように言うのはやめろ。まともに学校生活を送っていれば私は何も言わん……まあ剣に関しては別だがな」

 そんなのは言われなくても分かってますよ。剣を教えてくれている時のあなたは本当に鬼のようでしたから。

「せっかくの休日を邪魔しても悪いしな。私はそろそろ立ち去ろう……暇な時は尋ねて来い。そのときは剣の続きを教えてやる」
「それはありがたいですけど、先生の剣を習得するには時間が掛かりますからね。当分は無理ですよ」
「そんなのは理解しているし、こちらにとっても都合が良い。錆び付いた今の腕では大したことは教えてやれないからな」
「いったいどこまで教える気ですか……俺は先生以外にも剣を習った相手がいますから、純粋な雪影流の使い手にはなれませんよ」

 俺の剣は元々我流であり、それをシグナムとの訓練で強化してきた。そこに雪影流の教えが加わって昇華されたのが今の俺の剣術だ。
 そもそも雪影流は刀を用いる流派。俺の剣は直剣が主であり、複数同時に扱うこともあれば合体させて使うこともある。雪影流の技を使えたとしても、真の雪影流とは呼べないだろう。

「俺とは別の後継者を見つけたらどうです?」
「私は普段はただの教師だ……それに剣に関しては鬼教師だからな。並大抵の根性では逃げ出すのがオチだろう。そのように言うのならばお前が誰かしら連れて来い」
「人の退路を立つような言い方しないでもらえますかね……まあ誰かしら居れば連れて行きますよ」
「そうか、では気長に待っていることにしよう」

 颯爽と去っていく織原先生の姿は率直に言ってカッコ良かった。異性には怖気づかれ、同性には黄色い声を上げられそうなほどに。
 会話が終わるまで大人しく待ってくれていたエリオ達の頭を撫でた後、俺達はシャーリーのプランをクリアするために歩き始める。次の課題はウィンドウショッピングである。
 道中ふたりを心配したスバル達から連絡が入ったが、こちらのプランを聞くと呆気に取られた反応をしていた。シャーリーのプランが完全にデート用のプランなため当然の反応だろう。まあ俺が一緒なので変なことにはならないだろうということで落ち着いたが。
 将来的には自分の子供を連れて今日のような1日を過ごすのだろうか、などと考えた矢先、何か重いものがずれるような音が聞こえた。

「お兄ちゃん?」
「キャロ、悪いがちょっと静かにしてくれ」

 神経を研ぎ澄ませていると、再びかすかにだが同じ音が耳に届いた。
 ――場所は……ここからそう離れてはいない。……だがそれらしい音を発する存在はこのへんには感じられない。一般的に考えて空中じゃないだろう……ということは下か。
 確かこのへんには下水道があったはずだ。音がした方向と入り口の場所を考えると、あそこの建物と建物の間の道の可能性が高い。

「あ……今何かゴリッみたいな音が」
「ああ、多分あっちだ。ふたりとも付いて来い」

 薄暗い路地に走って向かうと、予想通り下水道への入り口があった。そこに近づいていくと不意に入り口の扉が開き、小さな手が現れる。
 下水道から現れた人影は、顔立ちや背丈からして6歳ほどと思われる金色の長髪を持った少女。これだけならば下水道で遊んでいたとも考えられたが、彼女は地上へ出るのと同時に倒れる。反射的に地面を蹴って滑りこんだことで抱きかかえることには成功した。
 顔色を見て衰弱していることは一目瞭然だった。ボロボロの布を1枚だけしか纏っていないことを考えると、何かしらの虐待を受けていたのかもしれない。

「……これは」

 俺の視界に飛び込んできたのは小さな腕に巻かれた頑丈そうな鎖。それをずっと追っていくと、レリックのケースと思わしき物体が現れた。どう考えても迷子の保護というもので終わらせていい案件ではない。
 俺は持ってきていたバックを揺する。何でそんなことをしたのかというと、連れてきていたファラを起こすためだ。彼女が出てくるまでの間に俺は一緒に居た彼らに静かに告げる。

「エリオにキャロ、悪いが休暇は終わりだ」


 
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