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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  五十五話 凶夜の警鐘 弐

 淡い月明かりが天壌に満ち、地上の七枷神社の境内では複数の松明が決闘場を照らしていた。
 境内の中央に諏訪子の力で創られた直径五mの土俵に酷似した即席の決闘場である。
 その上では対戦者である二人、拘束を解かれた萃香と虚空が対峙する形で向き合い、少し離れた社殿の前で紫、諏訪子、ルーミア、幽香、さとり、こいし、綺羅がいきなり決まったこの珍事に困惑していた。

「…………どういう事?」

 幽香の一言はこの場に居る全員の気持ちを代弁しているのだが、全員が同じ感想である以上その問い掛けの答えを有する者が居る由も無い。
 そんな困惑する一同を宥めるかのように松明の小さく爆ぜる音が夜虫の合唱と重なり、重奏曲となって響いていた。

 手合せの内容は武器及び能力の使用禁止――――つまりは唯の殴り合いである。
 虚空が萃香に提案した腕試しの勝利条件は『相手が降参するか、もしくは場外になるか』の二つのみ。そして勝者に報酬が支払われる。
 萃香の出した勝利報酬は当然の様に『自身の解放』、虚空の出した勝利報酬はこちらも当然の様に『全ての情報提供』である。

「さぁ萃香!正々堂々と勝負だッ!」

 萃香に向け指を指しながら声高にそう宣言する虚空であるが、

「「「「「「「 いやいやいや!怪我人相手に正々堂々ってないからッ!!! 」」」」」」」

 そう外野から盛大に突っ込みが入る。
 虚空自身も百鬼丸から受けた負傷があるがどう見ても萃香の負傷の方が酷く見える。他者から見ればどちらが不利かは一目瞭然だった。
 しかし虚空はそんな突っ込みなど何処吹く風、と言う様に無視し腰を落とし戦闘態勢をとり、対峙する萃香もそれに合わせる様に左手を軽く前方に突き出し右手を腰の辺りで構える。

 開始の合図など決めていない為いつ始まってもおかしくない。
 闘技場の上で対峙する二人を見ていた幽香が不意に隣にいたルーミアに疑問を投げかけた。

「そういえば……虚空って格闘戦出来るの?」

 幽香達は知り合ってから日も浅く、虚空が常に帯刀している為殴り合いをする想像が出来ない上にしている姿を見た事も無い。
 そんな質問を受けたルーミアは、

「知らないわ、どうなの諏訪子?」

 隣で社殿の(ふち)に腰を下ろしている諏訪子に問いかけ、

「いや見たことないけど、紫は?」

 更に隣に立っていた紫に問いかけるが、

「私も知らないわよ?」

 と答えた。
 娘すら知らない――――その事実に直面した瞬間その場にいる全員に途轍もなく嫌な予感が奔る、それはもうとんでもなく嫌な予感。
 幽香達がそんな焦燥にかられるのと時を同じくして一際大きく松明が()ぜ、その音は銅鑼(どら)の様に境内に響き渡った。

 まるでそれが合図であったかの様に萃香と虚空は同時に踏み込み、そして――――


 静寂だった空間に鈍い打撃音が響き渡るとほぼ同時に何かが夜闇を飛燕の如く駆け抜け、神社の塀を豪快に粉砕しながら闇へと消えていった。

 闘技場の上にいるのは拳を突き出した格好のまま固まり、目を点にして茫然としている()()

 紫達も目を点にしながらゆっくりとその視線を破壊された塀の方へと移動させる。
 一体何があったのか?そんな事は言わなくても分かっているのだが、理性がその事実を拒んでいた。
 頭に浮かんでくる言葉は全員が一致している、それは ――――

 “幾らなんでもそれはないだろう?”

 全員の視線が集まる中、壊れた塀の先からヨロヨロとした動きをしながら吹き飛ばされた張本人の虚空が現れそして、

「いや~~強いね萃香!僕の完敗だ!アハハハ!」

 笑いながらそんな事をのたまった、その瞬間――――

「「 こッ!のッ!ドォ阿呆ォォォォォォォォォッ!!!!! 」」

 一瞬で間合いを詰めた幽香の右上段蹴りと、同じく間合いを詰めたルーミアの左上段蹴りが虚空の顔面に合体技となって炸裂した、それはもう芸術的に。
 打撃点を支点に虚空の身体は空中で数回転した後、重力に引かれ地面へと勢い良くうつ伏せに落下した ―――― その様はまるで叩き付けられた蛙の如く。

 倒れた虚空を更にルーミアは掴み上げ、今度は首を締め始める。

「あんたねッ!こんな時までふざけんじゃないわよッ!」

 容赦なく締め上げられた虚空は呻き声をあげながら、

「グ、グェ~ぐ、ぐるじぃぃぃ~~!い、いや~予想外に強くて……あんなに怪我してるしイケるかな~と」

「理由も最悪だけど結果も最悪よッ!」

「ルーミアちょっと代わりなさい、一発殴らないと気が済まないわ」

「ゆ、幽香も、もう一発入れてるじゃないか!」

 そんな虚空の抗議の声に幽香は微笑みながら、

「さっきのあれは蹴ったから拳は別よ♪」

「理不尽だ~~!」

 ルーミアと幽香による虚空への私刑が敢行されるのを紫達は黙って見ていた。正直に言えば庇護出来ないからである、あの二人がしていなければ紫と諏訪子がやっていただろう。

 そんな漫才的な騒動を闘技場の上から萃香は未だ茫然とした表情を浮かべながら見ていた、展開に付いていけていないとも言う。

「あれ?萃香まだいたの?君の勝ちなんだからもう行っていいよ?」

 ルーミアに踏みつけられながら虚空は萃香にそう言葉をかけた。

「……本当にいいのかい?」

 萃香の疑問はもっともだろう、この様な展開で戸惑わない方が余程異常である。

「え?何々気が変わって僕達の仲間になってくれるの!」

 しかし虚空の言葉で萃香の戸惑いは消え去った、どんな結末にせよ勝ちは勝ちなのだ。戸惑う必要など何処にも無い。

「そんな訳ないだろう……結局あんたが何を考えていたかは知らないけどあたしの勝ちなんだ、帰らせてもらうよ――――じゃぁね」

 そんな台詞を吐くと萃香は霧となって夜闇に散っていき境内に何とも言えない沈黙が下りる。

「……それでお父様、振り出しに戻った訳だけど――――この後はどうするの?」

 沈黙を破り虚空にそう問いかける紫。その場に居るほぼ全員が手の打ち様が無い事を理解していた。

「どうするって――――これから百鬼丸の住処に強襲するんだよ、ほら紫達も早く準備して」

 そんな虚空の台詞に紫達は、

『頭を強く打ち過ぎて遂に壊れたか?』

 と、本気で思っていた。唯一の手掛かりをたった今失ったというのにどうやって敵の本拠に乗り込むというのか。一同がそんな風に疑念や懸念を抱いていると、

「上手くいったようです盟主殿…………何をなさっているのですか?もしかしてそういう御趣味が?」

 境内の暗闇から現れた天魔が、ルーミア達に踏みつけられている虚空を訝しげに見つめながらそんな疑問を投げかける。

「無いよそんな趣味は!……ってそうか上手くいったんだ、良かった良かった!」

 踏みつけから脱出し埃を払いながらそう言う虚空に、

「……お父様――――お願いだから私達にも分かるように説明してくれないかしら?」

 全く話に付いていけていない一同を代表するかのように紫が虚空を問い質す。
 虚空は一瞬ぽかん、とした表情をした後「ああ!」と呟き両手を叩く様に合わせると、

「いやーごめんごめん!説明するのすっかり忘れていたよ!アハハハハッ!」

 と、能天気に笑い声を上げた為、再びルーミアと幽香の蹴りが炸裂する事となる。













「――――つまりさっきの手合せの勝敗はどうでもよかった、って事でいいの?」

 虚空の説明を受けて最初に出た言葉は諏訪子のそんな疑問だった。

「どうでもよくは無いけど重要では無かったかな?まぁ勝てていれば手っ取り速かったんだけどね」

 先ほどの一撃で増えた傷の手当てをこいしから受けながら、虚空は諏訪子の言葉に苦笑いを浮かべながらそう答える。


 虚空が思い付いた作戦の概要は『追跡』。
 相手が口を割らないのなら案内してもらおう、と言った大雑把なものである。


「追跡するだけならさっさと解放すればよかったんじゃないの?手合せなんてする必要ないじゃない?馬鹿なの?……あぁ馬鹿だったわね」

 呆れ顔でそんな罵倒に近い言葉を投げかけるルーミアに意外な人物が横槍を入れた。

「さきほどの手合せは“術印(じゅついん)”を打ち込む為です、無駄な事ではないのであまり盟主殿を責めないでください」


 天魔の言葉通り萃香と立合わせをしたのは追跡の印をつける為。
 天狗の術の一つであるその追跡の術は目標に直接接触で術印を付けなければならなかった為、萃香に警戒されるのを避けた結果があの殴り合いだったのだ。
 本来の目的が触れるだけだったので虚空が言った通り勝敗はさほど重要ではなかった。もっとも本人も口にしていたが勝っていれば手っ取り早く手間も掛からなかった訳だが。


「お父様の思い付き……じゃなかった、作戦は理解出来たけど――――でもあの小鬼が素直に本拠地に帰る保証は無いわよね?」

 そんな紫の懸念はもっともだった。本拠ではなく別の住処に行く可能性もあるのだ、時間が無い今そんな不確定な事をする余裕はないはずだ、と。だが虚空は確信しているかの表情で、

「大丈夫だよ、だってその為に焚き付けたんだから」

 虚空が萃香に百鬼丸の事を話した理由の半分は、彼女の意識を“本拠帰還”に傾ける為。さとり達の話から仲間を重要視する傾向が見られたので、危機意識を煽ればほぼ間違いなく開放した後本拠に直行すると踏んだのだ。
 ちなみに残りの半分は“上手くいけばそのまま此方に加担するかも”という希望的観測だった(この辺りの思考をさとり達が読んだ)。

「まぁ話はこの位にして準備をしようか、あぁそうそう悪いんだけど綺羅と幽香も一緒に来てもらうから」

 気持ちを切り替える様にそんな話を切り出した虚空に対し綺羅は、

「はい構いません、恐らく彼等の本拠地は結界に守られている筈です。微力ではありますが御力添えいたします」

 と、力強く答える。
 彼の言葉通りこれまで集めた情報と状況から鑑みて百鬼丸の本拠は結界を使用し隠蔽、もしくは防御されている可能性が高い。人間である綺羅にとっては危険ではあるが高位の結界術師である綺羅の力は必要不可欠なのだ。
 快く承諾した綺羅と打って変わって幽香は微妙な表情を浮かべていた微妙と言うよりは呆れている、と言った方がいいのかもしれない。

「……ねぇ虚空、あんた私に言った事覚えてないとか言わないわよね?」

 幽香の言っている事は七枷の郷を襲撃(幽香の本意ではないにせよ)した際の虚空自身が出した処分の事だ。
 『七枷の郷の全ての住民から赦しを乞う事、それまでは郷から出る事を禁ずる』

 その問いかけを聞いた虚空は暫し無表情の後、額を指で叩き思案するような仕草をし――――急に頭を抱え、

「クッ!急に一時的且つ局所的な記憶障害がッ!幽香の言った事が思い出せないッ!多分さっきの蹴りの衝撃が原因だと思うッ!でも大丈夫!明日には思い出している!うん間違いなく!――――よしこれで解決だ」

 虚空の一人芝居にその場に居た全員が呆れ顔をしていたが本人は結構満足しているようだ。

「……はぁ、まぁいいわよ付き合ってあげる。と言うよりは連れて行かなかったら勝手に付いていく予定だったしね、あのクソ鬼は私が殺すわ」

 そう言いながら幽香は真紅の瞳に殺意を(とも)らせ微笑みを浮かべる、しかしその微笑みは見る者の心を恐怖で凍て付かせる冷たさを宿していた。幽香以外の全員がこれほど恐ろしい殺意を向けられる百鬼丸に多少同情の念を抱いたのは仕方が無い事であろう。

「殺る気が滾っている様で結構結構、天魔達もいいかい?」

「はい我等天狗衆、盟主殿と共に行く事に異存ありません」

 虚空の問いに静かに、そして固い決意を滲ませながら答える天魔の背後には何時の間にか烏天狗と白狼天狗が整列していた。

「さて気を引き締めようか、何たってこれから大和と戦争しようって連中にこの人数で挑もうっていうんだから!」

「一番気を引き締めないといけないのはお父様でしょ?」

 虚空の宣誓に空かさず紫が突っ込みを入れる、それはもう絶妙な速さで。そしてそんな紫の言葉に周囲からは『確かにその通りだ』等と同意の声が幾つも上がり小さな笑い声が広がる。

「非道いな~まぁその通りなんだけどね。さて準備が整い次第出発しようか、細かい作戦は移動しながら説明するよ」

 時刻は零時を回り夜は一層深くなっていく。その暗い闇の先に何が待つのかはまだ誰にも分からない………………








「そう言えばさ虚空、追跡の術が上手くいってなかったらどうするつもりだったのさ?」

 思い出したかのように諏訪子は隣を歩く虚空に問いかけた。上手くいったからいいものの、失敗していたらどうしていたのか?と。
 問われた虚空は不敵に笑うと、

「そんなの決まってるじゃないか、上手くいかなかった時は……………………その時考えるつもりだった」
 
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